第六十一話 「偽後継者」
ユノウスでの会議から約3か月が経った。
俺は馬頭と勝手について来たミュゼを連れて一つの町を攻め落とした。できる限りの無血で。
魔導には間接攻撃系も豊富だが、魔力調整に慣れてきたことでいくらか楽だった。死なないように魔力調整を何百回と続けていれば、そりゃ慣れる。
で、先日。
ようやくのことこちらの要請に応じて話し合いを求めてきた偽後継者。指定日は三日後、向こうの領地であるトレッチという町で行われる。
相手に残された領地は、たった町3つ。よくもここまで我慢したものだと拍手を送りたいね。俺だったらさっさと逃げるか賭けに出ているだろう。
その話し合いについての会議を、今日は久しぶりに集合した主要人物で行うことになっている。
会議を行うのはローフェンだ。ここはアレイスターとマルクのタッグが早々に取っていた。
以前、騎士団が本部として使っていた施設の一室を使い、会議を行う予定だ。
「ようやく統一ができるな……」
「まだ早いんじゃねえか?」
会議室へと向かう途中、何気なくつぶやくと隣を歩く馬頭に軽い調子で問われる。
「……どちらにせよ、これでどちらが本物か、あるいは両方が本物だとわかるわけだ」
「相手は偽物でしょう?」
馬頭とは反対側でついてくるミュゼが、小首を傾げながら訊いてくる。
「さてな。まあ、イズモの正統性を主張し続けるために偽物偽物言っていただけであって、別に相手が本物である可能性を排除していたわけじゃないんだが」
イズモの叔父の隠し子、あるいは誰も知らない直系である可能性。
完全否定は難しい。
だけど、一つだけ言えることはあるだろう。
「イズモが、王女であること。相手の聖宝が本物ならばイズモにも装備できて当たり前。できなけりゃ、嘘だ」
「確かにそうですけど……装備させる気ですか?」
「それだと、少々リスキーじゃねえか?」
両側から疑問の声が上がってくる。
だが、そもそもリスキーなんかではない。
残された相手の領地は、ここから北西にある三つの町。
そこに、王城はない。
つまり俺は既に王城にある文献を読み漁り終わっている。そのおかげで、俺たちの部隊は一つの町しか落とせなかったのだが。この3か月のほとんどを、王城の調査にあてさせてもらった。
おかげでイズモの種族である吸血族についても調べ終わっているし、
「聖宝なんて存在しないことも確認済みだ」
王城を隈なく調べ上げ、文献を読み漁り、アレイスターやシルヴィア、最古参の有力諸侯どもの証言のもと、聖宝は存在しない。
そこから導かれるものは何か? 決まっている。
「聖宝は嘘、きっと迷宮道具だろうな」
最初の装備者以外が装備した場合、拒絶反応が起こる、なんていった迷宮道具だろう。
迷宮道具なら対策は簡単だ。先に俺が手にしてしまえばいい。
すでに迷宮道具でも魔力操作ができるか試した。結果、命令式の改ざんは可能だった。
あまり大幅に変えてしまうと効果がなくなってしまうのだが。騎士団が保有するいくつかの迷宮道具を台無しにしてしまい、シルヴィアにきつく叱られた。
そのおかげで、どこまで改ざんできるかの限度を掴めることができたから結果オーライ……とはいかないか。
今度、ダンジョンに行ったら弁償しておこう。失くした分よりも有用な迷宮道具を渡せばいいだろう。
いつになるかは知らんがな。
「迷宮道具だったとして……奴はどこでそんなものを手に入れたんだ?」
「知らん。が、その道具の効果がわからないから後手に回ってしまいそうだけどな」
洗脳系だったら困る。
使用者の都合のいいように、記憶が書き換えられる、とかな。
その時は、迷宮道具を奪って洗脳を解くしかないだろうけど。
二人と話し込んでいると、会議室の扉が見えてきた。
さて、最後の大詰め、大事に行こうか。
☆☆☆
相手側の要望通り、トレッチまでやってきた俺たちは、そこの兵士に案内されて城の内部に来ていた。
俺たちのメンバーは、まあ会議を行うときに呼びつける奴らだ。
ここは相手側の領地の中心地なのか、随分とでかい城だ。これでは王城の威厳もなくなりそうである。今度改修が必要そうだな。
まあ、そんな張り合いはどうでもいいんだ。勝手にやってくれるだろう。
兵士の誘導に従って歩いていると、馬鹿でかい扉の前までやってきた。
両脇に控える兵士合わせて4人が力を合わせてようやくゆっくりと開くような重厚さだ。
開かれた先には、一本道。
その道の両側には家臣団、といったところだろうか。
こちらは10人程度の手勢に対し、随分と数が多い。どれだけ警戒しているのだろうか。
まあ、これら全員を相手にしてもきっとこちらは逃げることは可能だろうけど。
一本道の先には、豪華な玉座に座り、頬杖を突きながら無表情でこちらを見てくる女。
確か名前は……レイア・ダンピール。
「随分と傲慢な態度じゃねえか」
「お前ほどじゃないだろ」
何となくつぶやいたら、後ろから馬頭にそういわれた。
……え? 俺って傲慢かな?
「馬頭、傲慢ってのは、」
俺はイビルゲートを開き、レイアの座る玉座の背後に移動する。
そしてレイアの頭を撫でる。
「こういうのじゃね?」
平手で、少し強めにぐりぐりと。
「うわ、何こいつの頭。ごわごわして気持ち悪っ。お前もうちょっと髪洗った方がいいぞ? 髪は女の命だろ?」
ごつい髪の毛が、手袋の布の隙間を縫って手のひらに当たるし。
パッと手を離して、軽く手を振って感触をリセットしようとする。
女性の髪でこんな感触がするなんて初めて知ったよ。イズモには注意させておこう。
「――き、貴様無礼だぞッ!?」
「何をしているのかわかっているのか!?」
凍り付いていた家臣団が、いきなり騒ぎ始めた。
それらの叫びを、耳を塞いで無視する。
あーあー、聞こえなーい。
ふとイズモたちの方を見てみれば、アレイスターとシルヴィアが俺を焚き付けた馬頭を叱っている最中だった。
自業自得だ、馬頭。俺にあんな質問するのがいけな――
「マスター、いけませんよ?」
レイアを撫でていたはずの俺の頭に、イズモの手と声が振ってきた。
「……こっわ! おま、え? 今、飛んだ?」
「戻りましょうね」
俺の知らないうちに、とても怖く育ってしまった。
声の質とかもう親の静かな怒り並みの迫力があったぞ。笑顔なのがさらに怖いわ。
それにしてもイズモのさっきの移動方法、翼を加速器にしたか?
飛ぶには大量の魔力が必要だから、飛ぶ以外の方法の活用法を考えたわけか。
しかし今の速度は凄かったな。思わず見失いそうになってしまった。俺でこれなら、他の家臣連中見えてないんじゃないか?
あーあ、レイアでもうちょっと遊びたかったんだけどなぁ。
まあいいか。これで、どちらが上か分かっただろう。
「貴様ら……!」
「静まりなさい」
家臣団がさらに怒声を張り上げようとしたとき、随分と威圧的な声が響いた。
声の主は、俺が撫でてもイズモが一瞬で移動しても、一言も発さなかったレイアだ。
家臣団の怒りを収めるはいい判断だろう。
「よくわかってんじゃん。こいつらは使えそうにないけど」
シルヴィアたちの下へ戻る際、肩越しにレイアを振り返りながら言う。
背後を一瞬でとれるということは、イコール一瞬で殺せるってことだからな。
上下関係はしっかりさせておかないとな。話し合いの進み具合が違ってくる。
レイアがゆっくりと立ち上がり、玉座から降りてくる。
その体が直立した瞬間、周りにいた家臣団が一斉に片膝をついて服従のポーズをとった。
……うぇ、ナニコレ気持ち悪い。
もう一糸乱れぬ動きとか、偽物にここまで服従している事実とか、こいつらの低能さとか。
すべてひっくるめて気持ち悪い。
「レイア、こいつら立たせていいぞ。こっちは膝つく気ないから」
「……そう。皆、立って」
レイアが俺の言葉に頷いて、家臣団を立たせる。
本当に主を守りたいなら、こんな動きにくいポーズは取らない。
立って、いつでも主君の肉の壁になる気でいなければ。
周りの家臣団が困惑しながらもゆっくりと立ち上がっていく中、こちらに近づいていたレイアが足を止める。
「話し合いと言っていたわね? 何を話し合うというの?」
俺はイズモの方へ顔を向ける。
このまま俺が進めるのもいいかもしれないが、三か月でどれだけ変わったか見せて欲しいものだ。
俺の意図に気付いてくれたか、イズモは一つ頷くと一歩前に出た。
「それを、訊く必要がありますか?」
随分と、俺と似た話の進め方で……。
「……そうね。では、どちらが本物か、領民の前で証明しましょう。ついて来なさい」
そういってレイアは身を翻すと、歩き出した。
☆☆☆
レイアについていくと、広いベランダに連れてこられた。
そこから見下ろせば、ここの領民だろうか? 魔人族の人々が大量にひしめいていた。中には、他種族の者もいるが。
「マスター」
「洗脳はされていない。大丈夫だろ」
魔力眼で一瞥してみるが、見たところそこまで露骨な魔術は感じ取れない。
敵の領民だ、何かあると考えても不思議ではない。イズモが訊いてこなくとも確認はしていた。
しかし、それにしてもうるさいな。
レイアが姿を見せただけで、下に集められた魔人族が叫びのような声をあげている。
コトの言う通り、施政者としては優秀なのかもしれないな。領地が残り少なく、反撃もままならないくせに人気は高い。
下の領民たちに挨拶をしていたレイアが、ようやくこちらに振り向いた。
そして、腕につけてあった腕輪を外した。
「これが聖宝よ。王族の正統後継者以外には、使えないわ」
「その前に、一つ確認していいか?」
「……なに?」
俺の声に、レイアは表情を変えることなく了承してくれる。
「お前の親、誰?」
「父はローデン、母は名も知らない娼婦らしいわ」
……まあ、名前訊いても俺にはわからないんすけどね。
「ローデンはイズモ様の叔父だ」
「ふうん、ちゃんと設定はきっちりしているな」
イズモより早く答えたシルヴィアの注釈に納得する。
気付かれない程度にイズモの表情を窺うが、心なしか少し歪んだだろうか?
「腕輪を付けてみよ」
そういってレイアは腕輪をイズモに手渡した。
が、イズモはその腕輪を付けようとはせず、眺めている。
「偽かどうか悩んでいるの? なら、貴様の部下につけさせれば?」
血反吐吐くのに、こっちにつけさせるのかよ。
別にいいけどさ。
さて誰がつけるかということで悩み始めるイズモ。
ここは不死身のロビントスか? それとも、別の奴を俺が連れてくるか。
俺は口出しせずに待っていると、なんと意外な奴が立候補した。
「おれがつける」
馬頭だ。
「へぇ、まさか自殺志願者だったとは。血反吐吐いて死ぬぞ」
「おう、死んだら墓を頼むぜ。見晴らしのいいところによ」
「ハッ、バカらしい」
馬頭の返事に、吐き捨てるように返した。
「いいんですか?」
「何が起こるかわからん以上、一番戦力になりなさそうなおれが適任だ」
「……そんなことは」
「いいから渡せ。……後は頼むぞ、ネロ」
「言われずとも」
随分と買われているようで。
俺は変な笑みを向けてくる馬頭に対して軽く肩を竦めて答えた。
馬頭は一度、腕輪を眺めまわした後、一息に腕に装備した。
「――ごはっ!」
その瞬間、馬頭が血を吐いてぶっ倒れた。
すぐに駆け寄り、魔力眼で馬頭の体を眺める。
魔力の流れは簡単に読み終わる。腕輪から放たれた魔力が、馬頭の体内の魔力回路を傷つけている。
腕輪から発される魔力は、レイアの魔力と同じだ。俺の考え通りというところか。
あとは外した腕輪を俺に渡してくれればいい。
「……おい、すぐに外せよ」
だが、いつまで経っても外そうとしない馬頭は、そのまま口から血を吐き続けている。
なんだこいつ、M属性でもあったのだろうか?
「は、ずれねぇんだよ……!」
「ああ!?」
右腕につけた腕輪を、馬頭は左手で必死に外そうとしているのはわかる。
だが、腕輪は吸着しているのか外れる気配はない。
咄嗟にレイアの方へ顔をあげる。
「おいレイア!」
「聖宝よ? そこらの下郎が使って、生きていられると思わないで」
「……ああ、そうかよ!」
顔を馬頭の右腕に戻すが、魔力による吸着ではなさそうだ。
腕輪の内側から何かが突き刺さっているのか? だったら、腕輪を壊すしか外せそうにないぞ。だが、壊したら壊したで、いろいろと面倒になりそうだ。
……くそ、あんまり悠長に考えている暇はねぇ。馬頭の吐血量がそろそろやばい。
無理矢理、力づくで引きはがせるのか? これで傷ついたとかいう難癖も付けられそうだな。
「く、そ……! ちょっとどけ……!」
「何する気だ?」
「腕を斬り落とす……!」
「……テメエ」
「命引き換えに片腕だ。安いもんだろうが!」
馬頭は俺を突き飛ばすと、腰につけていた短剣を引き抜いて腕輪のついた右腕の肘から下を斬り落とした。
「ぐぅ……!」
「このバカ!」
痛がるくらいならするなってのに!
俺はすぐに回復魔法を馬頭にかけ、並行して魔力回路の修復とレイアの魔力の排除を行う。
「ふうん、腕を切り落として死を免れたの。なかなか根性あるわね」
「そりゃどうも……!」
馬頭は、レイアの見下してくるような視線を睨み返しながら、そう返した。
「随分と余裕があるな、おい」
「ああ、お前のおかげだな」
治療の済んだ馬頭の背を軽く叩きながら、俺は腕輪のついた馬頭の右腕を拾い上げる。
……うーん、結構グロいな。生の切断された部位なんてあんまり見たいものではないし。
だが、ついていた腕輪は、すでに外すことができるようになっている。魔力の供給で反応しているのだろう。
腕輪を外し、軽く手の上で弄んでから、イズモに渡す。
「はいよ。馬頭が命張って本物だと証明してくれたぞ」
「そう、ですね……」
俺から受け取った腕輪よりも、壁に背を預けて荒い息を吐いている馬頭へと心配そうな目を向けるイズモ。
「早く装着してみなさい。……どうせ無駄だろうけど」
「あなたは、よく平然としていられますね」
「敵に恩情を与えるつもりはないわ」
「……あなたとは仲良くできそうにありません」
「する気もないわ」
俺は、表情を険しくしていくイズモの頭を掴む。
「とりあえず、つけろ。話はそれからだ」
「……はい」
イズモは渋々といったように承諾した。
……それにしても、随分と態度がでかいな。
レイア自身、腕輪が聖宝であり、王族しか身に着けられないという偽情報を信じ切っている。疑っていない、のだ。
それはつまり、レイア自身王族であると信じているのだ。
偽であると、知らない。知っていてこの態度ならば、名俳優になれるだろうな。
だが、それでは辻褄が合わない。
元国軍騎士団の奴らが誰一人として知らないのだって、イズモ自身レイアの存在を知らなかったのだから。
こっちが嘘を吐いている? それはさすがにないだろう。
契約紋は絶対だ。俺の命令式も完璧のはず。そんなイズモが、嘘を禁止されているのだ。
レイアの父……イズモの叔父、だろうな。
結局、行きつく場所はそこだろう。
イズモの叔父がガラハドに殺される間際、拾ってきたか本当に自分の子供か知らないが、レイアにあの腕輪を聖宝だと偽って渡し、のちに崩壊したカラレア神国を立て直す新たな統治者の筆頭に仕立て上げたのだろう。
何とも用意周到。そこまでして、国を欲するのか。
そしてレイアは、その言葉を信じ切っている……のだろう。
魔人族の大観衆の下、イズモが聖宝である腕輪を装備する。
そして血は――吐かない
「……ふむ、ならば両方とも本当の後継者、というわけね」
レイアが顎に手を当てながら、そう何の疑いもなく答えた。
……確信した。レイアは、この聖宝について何も知らない。いや、誤った情報を鵜呑みにしている。
つまり騙されている哀れな王様気取り、ってところか。
イズモは腕輪を外し、俺に渡してくる。
「だけど、両方ともが王族だとわかったところで――」
「あれれー? おっかしいぞー?」
俺は某名探偵の眼鏡小僧のような声を出し、腕を掲げてみせる。さりげなく、下の魔人族たちからは見えない位置に移動して。
「人族である俺にも、王族の聖宝が装備できたぞー?」
なんか背後から「とてもいい笑顔だ……」という大量の声が聞こえてくるが、知らんな。
はてさて、レイアはこの意味をちゃんと気付いてくれるかな?
「これってさー、つまり聖宝、偽物じゃね?」
「……何を馬鹿な」
「だって、デトロア王国育ちの、人族の俺に、装備できたんだ。偽物じゃね?」
俺の問いかけに、レイアがようやく動揺を見せてくれる。
やっぱり、死ぬのは嫌なのだろう。今の地位を捨てるのは怖いのだろう。
「だ、だけど先ほどのあなたたちの仲間は……!」
「うん、だから、……わかるか?」
「あなた……ッ!」
ようやくわかってくれたか。
下に集まっている魔人族の人々は、この聖宝が本物だと思っている。
だが、もしも俺がこの腕輪をしたまま外に出たら?
聖宝は偽物だと伝わり、レイアの正統性が一切なくなる。
対し、イズモは元国軍を率いている。
どういうわけか?
つまり、レイアが偽物だということが知れ渡る。
俺は今、一国の主に対し脅迫を行っているのだ。
貴様の大義名分を奪うぞ、と。
うそつきだと吊るし上げるぞ、と。
……おお! 一国の主相手に脅迫なんて、なんかぞくぞくしてくるぞ! 楽しくなっ――
てきたぁぁぁああああ、という思考の途中でイズモにはたかれた。テレパスかよ……!?
「楽しまないでください」
「くっそこえぇ……」
俺は腕輪を外し、レイアに投げ渡す。
きっちりとキャッチしたレイアは、腕輪をもう一度つけようとはせずに眺めまわす。
「もう一度つけたって血反吐は出ねえぞ。安心しろ」
「……それを」
「安心しろ?」
少し威圧してみると、レイアは冷や汗をかきながら腕輪をもう一度装着した。
今この瞬間から外したら民衆に怪しまれることがわかっているのだろうか、この後継者様は。
そして困惑気味のレイアを無視し、本題へと入らせてもらう。
「さて! 話し合いを、行おうか!」
この場は、俺が支配したッ!




