第六十二話 「クーデター」
イズモが暗黒大陸カラレア神国領を統一して約一週間。晴れてカラレア神国の女王となったイズモ。
今日は統一祝いか何か知らないが、王城でパーティを開いていた。
呼ぶのは統一に尽力した者たちや有力諸侯ということらしい。
有力諸侯については、レイアの国を攻める際に兵を動かした者たちを呼んでいるとのこと。
まあ、俺の方へはその兵は回ってきていないので、誰が誰だかわからないのだが。
王城のパーティーホールに集められた参加者は、出されている料理を食べながら交流を行っていた。
俺はというと、なぜかホールの前側に設けられた席に座っていた。
隣にはイズモの椅子がある。
だが、イズモはあいさつ回りの最中で、今は空席になっているが。
一人、適当にとってきた料理を頬張っていると、片腕のなくなった馬頭が近づいてきた。
「よう、最大の貢献者」
「ただの恩返しだ。貢献して当たり前」
「奴隷への恩返しってだけでもありえねえのに、それが国を取り返すこととはね。スケールがでかい」
「良いんだよ、俺のやりたいことでもあったんだから」
一国相手に喧嘩売るとか、国の統一とか。
「……その割にゃ、浮かない顔だな」
「……まぁな。ちょっと、どうしようかって」
イズモのことだ。
結局、俺への依存を拭い去れていない気がするのだ。
それは俺のせいでもあるのだろうが……帰るときには後腐れのないようにしておきたいのだ。
だが、その方法をどうするか……。
強引で最悪な方法しか思いつかないのだ。
「ま、それはそれとして。……右腕、悪かったな」
「いーや、気にしてないね。おれは左利きだし、そこまで困ることもない」
「だが……」
「確かに、おれの右腕を斬り落とす必要はなかったかもしれないけど、済んだことだ」
そう、馬頭の言う通りだ。
聖宝が本物であろうとなかろうと、俺が装備できてしまうという事実だけで、レイアを脅迫するには十分なのだ。
だが、俺は聖宝の効果を甘くみていた。
腕輪を付けても、死ぬ前に取り外せるだろうと、勝手に決めつけていたのだ。
民衆の前で本物だという証明を行ったのは結果的にはよかったかもしれないが、最悪必要ではないのだ。
レイアが不審に思われないよう、民衆に聖宝が本物か疑問を持たれないようにするだけだったのだから。
「……落ち着いたら、いろいろと聞きたいことがある」
「だろうな。おれもだ」
馬頭とは積もる話もあるが、後日話し合うとしよう。
今この場で始めて、パーティが終わるまでに話し終えるとも思えない。
馬頭は軽く手を振りながら、俺から離れて行った。
俺は手持無沙汰になり、軽くパーティ会場を見回した。
アレイスターとシルヴィアがイズモのあいさつ回りに付き従い、ロビントスやコトが諸侯たちと話し合っている。
シグレットがマルクに決闘を申し込まれていなし続け、レイアはなんかヤケ酒っぽくなっている。
それ以外の招待客と言えば、イズモの挨拶を受ける者、数人で集まって談笑する者、――俺を観察する者。
その様子に、ため息を吐いた。
「ミュゼ」
「はいはい、何でしょう?」
呼ぶと、間髪入れずに後ろから返事があった。
近くにいるとは思ったが、まさか後ろにいるとは……。
「あいつら、俺をどうみている?」
ミュゼの得意分野は情報収集だ。
戦闘や策略ができない分、情報収集能力に関して言えば群を抜いている。
その能力を買っての副団長、ということらしい。
……しかし、これって姫騎士団と黒騎士団がいつも一緒じゃないとうまく回りそうにないんだが。
まあ、元国軍同士、仲が良いから大丈夫なんだろうけど。
「……そうですね、裏の支配者、といった感じでしょうか」
「へぇ、大ハズレってわけでもないから困るな」
だってイズモのマスターだもん。そりゃ裏の支配者的なものにはなれるわな。
きっと、俺が政治にまで口出ししてしまえばホイホイ言いなりになってくれそうだ。
だけど、それじゃあいけない。
何度でも言うが、なぜ人族の俺が魔人族のこいつらを統治しなければいけないのか。
それは、魔人族に対して失礼だ。
「……4人目、かぁ。なかなか多いな。そしてさらに増えそうだ」
「何が、でしょうか?」
「んー……腐りきった変態貴族様、かな」
イズモの決定的な弱点。
イズモ自身、きっと自覚していない。自分でもわからないような、深層心理に植え付けられた恐怖心。
航海中でのトランプ遊びでもみせた、弱点だ。
「俺の責任、かぁ……」
つぶやき、立ち上がる。
「ミュゼ、後のことは任せる」
「え……?」
「アレイスターに訊けば、きっとわかるだろうさ」
戸惑うミュゼを置き、俺は歩き出す。イズモのもとへ。
さて、まずは派手にやらかすとしよう。
盛大に、間違った教育を、強引で最悪な方法で軌道修正する。
俺は、別れってのが苦手だからな。
アレイスターとシルヴィアとともにあいさつ回りをしているイズモ。
今もまた、脂ぎった気持ち悪い牛頭の魔人族とあいさつをしている。
そして、握手を求められたイズモは、それに応えようと手を伸ばす。
俺は、その差し出されていた牛頭の手を蹴り抜いた。
「うぎゃあああああ!!」
戦闘を考慮した靴だ、手の骨が砕けたっておかしくない威力だろう。
牛頭は手を抱えながら、蹲ってしまう。
「ま、マスター……?」
「貴様、何をしている!? イズモ様の――」
「シルヴィア、少し大人しくしといて」
俺はシルヴィアに向けてナイトメアを放つ。
シルヴィアの精神力があれば、このくらいなら立ち上がれなくなる程度で済むだろう。
ナイトメアを受けたシルヴィアは、予想通り叫びを押さえて膝を折るだけで耐えた。
アレイスターの方へ顔を向けてみるが、こちらの意図を察してくれているのか口を噤んでいる。
周りが騒然としてくる中、俺は蹲る魔人族の頭を引っ掴んで無理矢理顔をあげさせる。
牛頭というより、豚と言っても過言ではなさそうな顔だ。
俺は汚物でも見るような目をする。
「……きったねェ面しやがって」
「な、な……!」
私兵を連れ込んでいた諸侯どもが、すぐに兵を展開して俺を取り囲んでくる。
「あ、あの! ちょっと待ってください! これは何かの――」
「間違いでも何でもないぞ。お前らはそれで正しい」
イズモの言葉を遮り、俺は周りを睥睨する。
俺は情けなく泣き叫ぶ、掴んでいる魔人族を掲げながら言葉を続ける。
「俺はこいつのような腐りきった貴族を見ているのがどうにも嫌でな。他にも、まだ3人ほどいる。
そいつらを、俺はこのままにしておきたくない。お前ら、魔人族のためにもなぁ。
俺が好きな人材は冒険者だ。あいつらは良い。自ら進んで危険地帯に飛び込む。その蛮勇と無謀が、たまらなく大好きだ。
だが、対照的にこいつのような、後ろで指示だけをしてひきこもっているような奴は大嫌いだ。肉の壁にも使えねえ、害悪でしかない。
金に目が眩み、国家権力でさえ食い物にしようとする。金と権力のためだけに生きているような、こんなくその詰まった肉袋なんて大嫌いだ」
俺は掴んでいた魔人族を、ある方向に投げつけた。
その動作を隙と見た兵士が襲いかかってくるが、そのうちの二人をまた別のある方向に向けて投げつけ、残りは重力魔法で床に縫い付ける。
投げつけた魔人族と兵士は、その先にいた別の魔人族の諸侯に衝突して転がる。
俺は状況についていけないイズモに向き直ると、その腹を思いっきり蹴りつけた。
……ここまで強く攻撃を加えたのは、もしかすれば始めてかもしれない。
当たり前だ。今までイズモは、俺の奴隷として逆らうようなことはせず、言われたとおりに動いていた。
だけど、それじゃダメなんだよな。やっぱり。
イズモがどう思おうとも、他の連中が許しはしない。
短い悲鳴とともに、イズモは飛んでいく。
そして俺の狙い通り、前に設けられたイズモ用の椅子に座りこんだ。
俺は魔法で拡声器を作り上げると、外で待機している兵士たちにも聞こえるように声を出す。
「今回の戦争について、不満があるやつ。
報酬でも統治者でも仕えている貴族でも何でもいい。
不満がある奴は、トレッチに集合しろ。俺が、お前らを率いてやる。
手柄をあげれば、あげた分だけ相応の報酬を払ってやろう。お前らの望むままにな。貴族にも取り立ててやろう。
今の状況に、少しでも不満がある奴。我こそは真の統治者だという奴。これを機になり上がろうという奴。
なんだっていい。どんな理由だろうが構わない。
一人残らず、トレッチに向かえ。俺が、この現状をぶっ壊してやる」
俺の宣言に、ホール内に困惑が伝播していく。
それに構わず、俺はイズモに人差し指を突きつける。
「イズモ、十日後だ。十日後、俺はお前を攻め込む。
卒業試験だ。俺を、越えてみろ」
イズモが驚愕や不安、悲哀といった感情がないまぜになった表情で見返してきた。
俺はイズモの目を振り切り、背を向けて歩き出す。
俺には、こういった解決方法しか思い浮かばない。
だけど、これでいいだろう。
俺への依存はなくなるし、恐怖心も和らぐかなくなるだろう。
だからこれが正解だ。
そう、思い込もう。
イズモが、俺の真意に気付いてくれると信じて。
☆☆☆
統一祝いのパーティから七日が経過した。
王城に攻め込むまで、あと三日だ。向こうがそれより早く打って出れば、迎え撃つが。
俺はトレッチにある城の、レイアが座っていた玉座に頬杖をついて座っていた。
こちらに流れてきた兵の数は、それなりに多い。統一直後の兵数の約半分ほどはいるんじゃないだろうか。
……それもそのはず、向こうの一大戦力がこちらに来てしまっているからである。
「なぁ、シグレット」
「どうかしたか?」
「……なぜこっちに来たし」
てっきり残るものだと思っていたのに。
他についてきてくれた相手といえば、馬頭とロビントスとレイア、それにカランだ。
……いや、ロビントスもなんでこっちに来ているんだろうか。
マルクは、まあ向こうにいるだろうな。シグレットがこっちにいるから。たぶんシグレットがいなかったらマルクがいたな。
コトは、どちらに勝機があるかわかっているんだろうな。基本、頭いいから。
「少しでも不満があれば、ここにくるのだろう?」
「そうだけど……」
シグレットの堂々とした態度に、思わずため息を吐いてしまう。
シグレットがこちらに来たせいで、黒騎士団の武闘派連中がこちらにつき、加えてカリスマのあるロビントスがいるせいで冒険者兵もこちらにごっそりついてきた。
他には、報酬目当ての兵士や仕えている貴族に不満がある私兵や本気で成り上がりを考えている命知らずだ。
来てない兵と言えば、姫騎士団だろうかな。
こちらにはミュゼもいない。来たそうな目をしていた気がするが、気のせいだ。後のことを任せたんだから来るなってんだ。
シルヴィアはどうせイズモにべったりだ。いつでもどこでもイズモの護衛をしている。奴の脳内はイズモでいっぱいだ。ゆえに来るわけがない。
まあその溺愛というか責任感というか、そのせいでイズモの弱点を見抜けていないようだが。たぶん、どんな弱点もわたしがカバーしてやる! とでも思っているんじゃないだろうか。
「……内政は全部レイアとカランに任せる。好きなようにしてくれ。この椅子もあげるわ」
「ああ、わかった」
俺は玉座から離れ、ベランダへ向かう。
そのベランダから、王城のある方向を見る。
さすがに距離が遠く、魔眼でも見るのは困難だ。だから、ただの風景しか見えない。
俺は体を反転させ、柵に肘をつきながら空を見上げた。
「アレイスターが向こうに残ってくれているのが幸いだよなぁ……。あ、もしかしてシグレット、お前アレイスターの指示だったりする?」
「そんな指示もあったな」
「……基本、自分の判断なのな」
シグレットはどういった不満があるのだろうか。傍から見ていれば、普通に優遇されて不満の持ちようがなさそうだけど。
まあでも、アレイスターが向こうにいてくれているから、こいつらの処遇はそこまで考えなくて大丈夫だろう。イズモも殺そうとは思うまい。
俺は顔をロビントスへと向ける。
「ロビントスはなぜ来た?」
「……女王よりは、お前に仕えたいからだな」
「俺に仕えたら使い潰されて過労死するぞ。特に有能なお前はな」
「自分の得意分野で死ぬまで働けるなら本望だな。そもそも、おれの種族は基本不死だ」
皮肉も通じないとは……というか、基本不死ならなんで繁殖するんだろうかね。意味が解らん。
まあ、この世界の不死性って魔力ありきだからな。魔力のたまる魔臓を切り落とせば、基本不死の奴でも死ぬ。
ゆえに基本不死の種族であるイズモの両親や叔父は死んだわけだが。
「レイアはー……あ、俺に脅されているからとかか?」
「違うわよ。こちらにつけば、もし万が一があるかもしれないじゃない?」
「ねえよ」
「あるでしょ。本気で貴様の意図に気付かなかった場合、とかね」
「……その時は、お前に国をくれてやろう」
「ほらみなさい」
考えたくもない結末だ。
本当に気付いてくれなかったらどうしよう。イズモをリハビリという名目で連れまわそうかな。
まあ、そんな結末は考えたくない。ちゃんと気付いてくれよ、イズモ……。
「カランはー……お前も脅されたからとかいうのか?」
「あなたが〈黒の魔導師〉だということを知っている者が少なからずいる中、そんなあなたと敵対できるわけないでしょうに」
「お、おう……なんかすまん……」
そういや、ロビントスを取り込んだあと、カランの居場所を吐かすために4人ほどの信者にばらしたな。
まあ、口外しないように厳重注意をしたつもりだが……。
「んで、馬頭はー……まあいいか」
「流しやがった……」
いや、だって俺が重用しているだけで、基本一兵士にすぎないし。
まあ、それについてきてくれるとは何となく思っていた。だから、いい。
それについてきてくれないと話す機会がなくなりそうだし。
「冒険者仲間の子供のお守りも大変だねぇ?」
「まったくだ。無鉄砲すぎるところは、母親に似てやがる」
「……母さんがここまで無鉄砲とは思えないけど」
何となく気付いていたことだ。馬頭が、母さんの、サナの冒険者仲間だということには。
まあ、俺をどこでどうサナの子供だと気付いたのかは知らないが、な。
「確かに、お前は無鉄砲すぎるな。けど、ラトメアに聞いていた以上にすげぇ奴だ」
「わーお、懐かしい名前だぜ」
でもまだ1年半ほど前なんだよな、エルフの里を去ったのって。
この1年半は随分と長く感じているな。
まあ、馬頭がラトメアと連絡を取り合っていたことに驚きだが。
「名前教えろよ、馬頭」
「そういや、まだお前に名乗ってなかったな」
結構長い付き合いだと思っていたが、俺はまだこの馬頭の名前を聞いていなかった。
馬頭は軽く笑うと、一息ついてようやく名乗った。
「エクアス・ウァサゴだ」
「悪魔持ちかよ。怖いな」
「末端の末端だがな」
それで馬頭のままなのか。
魔人族の人型は、多くが名前に悪魔を持つ。それはイコールで高位の種族である証拠なのだ。
シグレットもアレイスターも持っているし。
「しっかし、随分と巡り合うな。母さんの冒険者仲間、他にどこにいるの?」
「そうだなぁ……デトロア、ゼノス、ドラゴニアに一人ずつだな」
構成は人族二人に獣人族、亜人族、龍人族、魔人族が一人ずつか。
「随分と他種族パーティだな」
「ああ。どの国の冒険者ギルドでも、ここまでばらばらのパーティはさすがに驚かれた」
エクアスが懐かしむように遠い目をしながら言ってきた。
当たり前だ。人族と獣人族と亜人族が肩を並べるなんて、奇異にしか映らない。龍人族だって、普段は海人族以外の種族と馴れ合うようなことはしないはずだ。
まあ、俺的には他種族交流ウェルカムなわけだけど。だって転生者だし。もっと皆仲良くしようぜ! そして生態をもっと詳しく調べさせろ!
「さて、積もる話は今度にして。おれはお前がこんな暴挙に出た意味を知りたいな」
エクアスが昔話を打ち切って、代わりに今の状況の説明を求めてきた。
そりゃ、今回の俺の行動、イズモの近くにいないとわからないか。
俺はため息を一つ、柵に腰を掛けながら説明をしてやる。
「イズモには、決定的な弱点が一つある」
☆☆☆★★★
カラレア神国の王城の会議室に、要人たちが集められていた。
その数は少ない。今までずっと女王を支えてきた者たちだけしかおらず、その半数が離反してしまっているためだ。
姫騎士団団長シルヴィア、副団長ミュゼ、黒騎士団副団長アレイスター、S級冒険者マルク、コト。
会議室の空気は重い。その空気を作り出している原因は、上座に座る女王イズモのせいだ。
俯き加減の彼女は、これまでずっと暗い表情のままだ。
隣に座る姫騎士団団長のシルヴィアは、それでも会議を進めるために視線を黒騎士団副団長のアレイスターに向けた。
アレイスターはそれに頷き返し、会議進行のために声を出す。
「彼の離反から七日、兵の流出は止まったようです。数えたところ、使える兵士は諸侯たちの私兵もすべて合わせて10万程度ですね。
ただ、黒騎士団の方はシグレットの離反のため、戦闘要員のほとんどが抜けてしまいました。
姫騎士団の流出はほぼありませんでした。
痛いのは、冒険者兵です。
彼らの離反、ロビントスについていたものたちのほとんどが、向こうについてしまいました」
アレイスターは会議を進めようとはするものの、やはり女王であるイズモの様子が気になってしまう。
「……攻めてくると宣言された以上、迎え撃たないわけにはいきません。
それに加え、彼の行動はさすがに、諸侯たちは容認しません。最悪の場合――」
「アレイスターさんは」
説明の途中、唐突にイズモの声がかかり、中断するアレイスター。
イズモは、俯けていた顔をあげてアレイスターを見つめ、質問する。
「なぜマスターが、こんなことをしたかわかりますか?」
「……それは」
正直に言えば、わかる。
彼女の隣にいたときから、薄々感じていたことだったから。それが確信に変わったのは、ユノウスを攻める前の諸侯にあいさつ回りへ行ったときだ。
彼はもっと前から気付いていたのだろう。そして、それを克服させることができず、最後の最後にこんなことをした。
そう、推察できる。
だけど、と。アレイスターは口を噤む。
これは本当にボクから言っていいことなのか、と。彼女自身が気づかなければ、克服もできないのではないか。
「どうなんだ、アレイスター?」
イズモの隣に座るシルヴィアからも聞かれる。
「……わかりません。彼の考えは、きっとボクの推察の上を行く」
「なら、お前の推察を」
「ダメだ。突き放すようで悪いけど、こればっかりはイズモ様自身が気づいてくれないと、彼の期待に応えられない」
シルヴィアの追及に、アレイスターはかぶせるように答えた。
アレイスターの答えに、イズモはまた俯き加減になる。
「……わかり、ました」
「……すみません」
イズモのか細い声に、謝罪を返した。
その謝罪に、苦しそうに笑って、イズモ。
「いえ、大丈夫です。マスターはいつも、……誰かのために動きます、から」
自分のために何かをしていた様子は、見たことがあっただろうか。
彼には、自分の意志というものがあっただろうか。
……わからない。
高々一年。だけど、そのほとんどを彼のそばにずっといて。
それでいて、彼自身がまったく、わからない――?
「……頑張って、自分で考えてみます」
その日も、会議は上手く進行しなかった。
★★★
今日もまた会議がまったく進まなかった。
アレイスターはその責任を感じながら、会議室から出ると大きく息を吐いた。
「アレイスターさん」
そんな彼に、同じように会議室から出てきたミュゼが声をかけた。
「何?」
「……彼が、何を考えているのか教えてくれませんか?」
ミュゼの質問にアレイスターは少し考える。
シルヴィアに教えれば、きっとそのままイズモに筒抜けになってしまうのはわかるが、ミュゼはどうだろうか、と。
「彼に、後のこと任されたんですけど、よくわからなくて。アレイスターさんに訊けばわかる、っていわれたんですけど」
「……そうだね。じゃあ、シルヴィアにもイズモ様にも内緒にしてね?」
「わかりました」
「イズモ様には、決定的な弱みがあるんだ」
「決定的な、弱み?」
「そう。それは――」
★★★☆☆☆
「――奴隷根性、とでも言えばいいだろうかね?」
「……奴隷根性?」
鸚鵡返しに訊いてくるエクアス。
……奴隷根性、とも少し違うんだろうけど。
俺は頭を掻きながら、詳しく説明をする。
「イズモは、幼少期からずっと幽閉され、その後は奴隷生活だ。自分が王族であると知っていたとしても、そんな奴がいきなり王に復帰できるか?」
「……できるんじゃねえのか?」
俺は盛大にため息を吐きながら、やれやれと首を振って見せる。
「これだからバカは……」
「てめえ表出ろ」
「今のはあなたが悪いわ」
意外なところから援護が来た。レイアだ。
レイアは半目で馬頭を一睨みすると、俺の方へ顔を向けた。
「それで奴隷根性ね。つまり、イズモ様は反抗をすることができない、と」
「そんなところだろうな。イズモ自身気付いていないようだけど、あいつに少しでも威圧的な態度を取ると簡単に呑まれる。あのパーティでそれに気付いたのが4人いた」
「ああ、ネロが投げつけて転がした貴族か」
「そう。ああいった奴が蔓延ると、政治どころじゃなくなる。俺よりひどい、ただの傀儡政権の出来上がりだろうな。カランはどちらにせよ、俺がいる時点でそう思っているようだけど」
シグレットの言葉に頷きながら、そう返す。
カランはまだ俺が黒神に操られていると思っているのだろうか? ……さすがにそれはないか。ないよな?
「だけど、それでなんでこんな敵対するような暴挙にでるんだ?」
エクアスには、これだけ言ってもまだわからないのだろうか……。
脳みそまで動物並なの? 悪魔持ちのくせに。
「俺とイズモの関係は?」
「マスターと奴隷、だろ」
「奴隷がマスターに、真っ向から勝負して打ち勝つ。最高のシチュエーションだろ?」
覆せない主従関係を、覆すんだから。
下剋上の究極版だ。最ッ高に楽しいだろ?
「……お前のツボがわからん」
エクアスが呆れたように言ってくるが、俺にもわからん。まあ、楽しいもんは楽しいでいいじゃん。
「ですが、それでなぜ克服できると?」
「そうだなぁ。たとえば、ただの6歳児くらいが親に向かって正論振りかざして『あなたは間違っている』って、言えると思うか?」
「……無理でしょうね。するにしてもあなたくらいか、異常者です」
おい待てカラン。てめえ俺を異常者とかいうな。……あ、いや、転生者って異常者か。
それに俺、一回ニューラに対してやってたわ。黒の魔導書を手に入れた際の、獣人族の兵の処罰に対して。
「とりあえず、何も知らない子供が親に反抗することと似てるんだよ。イズモは自分よりも立場が上のものにも反抗できる力……というか、まあ精神的なものだろうな。それが必要なんだ。それを、ここで身につけてもらいたいのさ」
「そのために敵対、と?」
「これ以外に、俺には何も思いつかん」
もうちょっと柔軟な思考ができればいいんだけどな。
アレイスターに相談すればよかったかなぁ……だけど、こればっかりは俺の責任だし。
「あとあの豚どもが気に食わないってのもあるけどな」
イズモと敵対しているし、抹殺でもしてやろうかな、あの腐った貴族様方。
殺すといっても、廃人化しかできないだろうけど。十分か。
しかし、どうして貴族様方はあんなのが多いのだろうか。偏見か? でも実在しているしなぁ……。
金と権力は人を狂わす、ってところか。あんなのにはなりたくないねぇ……。
「さて。そろそろ本格的な攻める準備でもするか」
ああ、あと、こいつらにはちゃんと言っておかないといけないな。
「お前ら、ちゃんと状況見て寝返れよ? 俺はどっかで、……暴君になるからよ」
……しかし、だとしたら名前を変えて兵士の前に出た方がいいだろうな。
冒険者登録しちゃっているし、去った後に追いまわされて殺されるのも嫌だし。
偽名は何がいいかな……そうだな。
「それと、お前らこれから俺を〈レックス〉って呼んで。ネロって名前は、控えてくれ」




