第三十六話 「急行」
「おい、陛下に報告に行かなくていいのか?」
「報告に行ってどうする? 信じてくれると思うのか? 仮に信じたとして、勇者召喚が行われて大陸全土巻き込んで戦争が勃発だ」
日の沈んだ城下町を駆け抜けながら、俺とグレンは言い合いをしていた。
「確かにそうだが……俺たちだけで何ができる?」
「幸い俺たちは魔導師だ。魔導師の力は一国に相当する。赤の精霊に訊いてないのか?」
「お前の精霊ほど友好的じゃないんだ」
精霊にも性格があるのか。面倒な仕様だな。
だが、精霊がいなくても魔導師は魔導師だ。俺のように詠唱破棄は使えないが、それでも十分脅威になる。
「ユートレアが攻めてきたのは威力偵察だったわけか……。だが、足並みを揃えるなんてどうするんだ?」
「手紙をちゃんと読んでいないのか? 海路を使うんだよ。そうすりゃ、王国に知られることなく攻め込む時期を決められる。王国は、ゼノスたちが海でどんな動きをしようとも察知できない」
「海路を封じられたせいか……」
「全く、陛下はとんだ考えなしだ」
舌打ちをしながらも駆ける足は止めない。
隣のグレンが咎めるような視線を向けてくるが、王が招いた事態でしかないのだ、この戦争は。
頭の中でどう行動すればいいか考えるが、いい案はあまり浮かばない。
「……白の魔導書を持たせた王女を連れていくのも手だが」
「ダメだ。二人とも戦場に連れていけるはずがないだろう?」
連れ出すこともできるが、王に知られればまずい。
ただでさえ学校祭が近づいているんだ。なのにわざわざ国境に行く理由なんてないのだから。
それに王に感づかれてもアウトだ。召喚魔法陣を使い、攻め込むだろう。
「いっそ勇者を召喚してしまうのは?」
「アホか。5万年前の民衆を率いたってことは、純色神ほどではなくとも神を封印するほどの力があるだろうよ」
「……確かに、戦争へ一直線だな」
「平時ならまだ時間は稼げる。だからこの情報が確かだったとして、王都に知られてはダメなんだ」
俺は自分で言っておいてかなり無茶なのを理解している。
学校祭のせいだ。
学校祭では、俺もグレンも魔導師として注目されている。いないことで何かあったと思われてもダメなのだから。
「学校祭を遅らせてもらうように頼んだが、たぶん一日二日程度だ。あまり変わらない。大雨でも振らない限りはな」
「どうする? 南東と北で、国境は逆位置だ。同時に対処は不可能だ」
「……確かに同時には不可能だ」
だけど、ずらせれば十分可能だ。
しかし、そんな無茶ができるかどうか……。
ただでさえ時間がないのに、さらに時間の短縮を試みるにはどうするべきだ?
頭の中で状況の整理と戦略を思い浮かべていくが、どれも無茶苦茶な方法ばかりだ。
国境が逆位置にあるせいで、移動に時間がかかりすぎる。
「くそ、鉄道でも引けってんだ……」
「なに?」
「なんでもない」
こんな時にないものねだりをしても意味がない。
今、俺の使える最速の移動方法はガルーダによる上からのルートかスワッチロウによる暴走ルートだ。
ガルーダに乗れば、三日でトロア村まで行ける。だが、ヨルドメアの言葉通りなら、アレルの森からゼノス帝国まで軍人でも五日はかかる。
「まさかガルガドが将軍を下ろされるとはな!」
憎々しげに吐き捨てる。
ホドエール商会から受け取ったネリの手紙ともう一枚の手紙。
それはたぶんガルガドの直筆の手紙だった。
内容は簡単に言えば「ゼノスがユートレアと足並み揃えて攻めてくる」だ。
他にはガルガドが下手な攻めしかできないとして将軍が挿げ替えられたのだ。
人族であるネリを養育しているせいで情が移ったなどの理由で、だけど魔剣【マンイーター】の使い手として戦線離脱させることもできず。
結局、頭を変えて今度こそ王国を本気で攻めるつもりだ。
ネリの身柄については保証すると書かれていたので、もう信じるしかない。
だから今は、この戦争を回避させなければいけない。
でなければ大陸全土を巻き込んだ戦争になる。最悪な場合、第三次世界大戦だ。
「ゼノスの兵を一日……いけるか……?」
かなりきついな。軍事国家のゼノス帝国だ。本気で攻めてくるなら、斥候も精鋭になるだろう。
だが、アレルの森を越えるにはヨルドメアの案内が重要だ。
トロア村まで三日、アレルの森を抜けるのに五、六日。
アレルの森で交戦するとしたら、合わせて1週間半……。
「くそ、時間が足りねえ!」
ぎりぎりすぎる。
ゼノス帝国を先に退けたとして、ユートレア共和国があるレギオン公爵地までどれだけの時間がかかる?
馬車で大体2週間行かないくらいだろう。それも昼夜問わず移動して。
上からならもう少し短縮できるかもしれないが、それまでに攻め込まれればどうしようもない。
それにユートレア共和国の国境からさらに学校祭までに王都に戻る必要がある。
幸い、俺もグレンも出場種目が同じで、学園長の計らいで騎馬戦も棒倒しも後回しにしてくれる。
それでも足りない。余裕が一切ないのは明らかだ。
「……グレン、十日だ。十日、ユートレアの軍勢を足踏みさせろ」
「足踏み? 食い止めるのではなく、か?」
「攻め込まれればどうしようもない。応戦してしまえば、情報はすぐに王都に行く」
俺の無茶なお願いに、グレンは難しい顔をする。
「俺は一応、エルフの里の領主の娘と面識がある。絶望的だけど、話し合いの余地はあるはずだ。無理なら、俺が実力行使する」
「……七日だ」
「あん?」
「もって七日だ。それ以上はわからない」
「……できれば上出来だ」
俺は口端を吊り上げて見せる。
グレンもまた、苦笑気味に口端を吊り上げた。
「できれば、情報が嘘か間違いであって欲しいな」
「俺もそう思うよ」
だが、そうはいかないだろう。
状況証拠だが、ユートレア共和国は確かに攻めてきたのだから。
それにこの作戦が前々から計画されていたなら、ガルガドなら手紙ではなくもっと直接的なコンタクトは取れたはずだ。
できていないということは、軟禁か監視状態にあるのだろう。だから、ネリに無理にでも手紙を書かせて、それをリリックを通じて俺に送ってきた。
ガルガドの手紙によれば、攻め込むのは一週間後くらいだ。
ガルガドも何とかもう少し遅らせるように図るようだが、これもそう長くはないだろう。
「……なあ、なぜお前の知っているゼノスの将軍は協力的なんだ?」
「元から非戦派なんだろうよ。将軍というよりも教官が性に合うって言ってたしな。それに、俺の妹を世界最強の剣士にしたいらしいから」
「何とも私事だな……。今はうれしいが」
ようやく城門まで辿り着きいったん停止する。
王都に入る際と出る際には必ず記録を取られる。以前の俺のように、城門を飛び越えたりしないなら。
だが、今回はそうもいかない。
俺はクロウド家とはいえ、かなり自由に動き回っている。それは学園長の取り計らいやじいさんが容認してくれいてるからだ。
学園だって7組であるおかげでそこまでの注目は集めていないし、よくいなくなるので、俺が今更いなくなっても王都民はそこまで気にしないだろう。
しかしグレンは違う。騎士学校と魔法学園の優等生で、しかも公爵様だ。おまけに魔導師で注目度が違う。
隣のグレンを窺うと、肩を竦めてみせた。
……あまり時間はかけられないのだが。
どうしようかと考えていると、後ろから呼び声がした。
俺が学園長に事情説明と頼みごとをしている間、先行させていたイズモをいつの間にか追い抜き、追いついてきたようだ。
「マスター、とりあえず食料品などを買ってきました。それと、フレイヤ様からグレンのいない間はうまくやっておく、とのことです」
「わかった。じゃあ、行くぞ」
俺の言葉に二人が頷き、イズモを含め三人で城門を出た。
☆☆☆
グレンはさすがの騎士で、馬だけでなく鳥のスワッチロウまでも手綱を引いて駆けて行った。
俺とイズモは前と同じようにガルーダを乗り継ぎながらできるだけ早くトロア村に向かった。
二日目の夕方に何とかトロア村に辿り着いた。 イズモにはアルバートに報告してくれるように頼み、俺は一人でアレルの森に入る。
アレルの森全体を覆うほどの結界を瞬間的に作り上げ、異質な魔力を持っているヨルドメアを突き止める。 あとは千里眼でヨルドメアを見張りながら近づいていけばいい。
ヨルドメアはまだ王国側にいた。だとすれば、何とか間に合ったのだろう。
急いでヨルドメアの元まで駆ける。
「ヨルドメアッ!」
『なんだ、騒々しい』
ヨルドメアは体を小さくして木の枝に巻きつき眠る直前だったようで、声音に少し不機嫌さがある。
「今すぐゼノスまで送ってくれ」
『……嫌だと言ったら?』
「殺す」
『…………物騒な物言いはよせ、まったく。乗れ』
木から降りて体を大きくしたヨルドメアは、頭を垂れて差し出した。
礼を言いながら飛び乗り、ゆっくりと動き出した。
俺は進む先を見ながら、ヨルドメアの言葉を思い出していた。
「……いつから知っていた?」
ヨルドメアの言い方だと、俺が来た理由を知っている様子だった。
つまり、ゼノス帝国がユートレア共和国と同時に攻めてくることを帝国に知らされていたのだ。
ヨルドメアはゼノス帝国にとって重要な存在だ。アレルの森を時間短縮しながら抜けられるから。
……ならば、帝国もヨルドメアの計画を知っているのか。
『かなり前だ。海路を使えど、逆位置に変わりない。時間がかかるからな』
「ってことは、前のガルガドの襲撃も威力偵察か……」
『そうだ。ついでにマンイーターの補充もかねて、な』
「……なら、なぜ教えてくれなかったんだ? 今は教えたのに」
『貴様の妹ではないか? あの時、帰ってくれると思っていたなら話す気は元からないだろう。それに部下の目もある』
「なるほど」
『だが、なぜだ? なぜ、王国の味方をする?』
ヨルドメアが納得できない、といったように、少し苛立たしげに訊いてくる。
「味方をするつもりはねえよ。だけどな、もしも攻め込まれたら、大陸全土を巻き込んで戦争が起こる。俺のいるところで、そんなことさせるかよ」
『……我は王国が滅ぶならなんだっていいのだがな』
「その結果、ゼノスもユートレアも滅ぶ可能性がある。最悪な場合は王国の一人勝ちだ」
『そこまで国力があるとは思えんが?』
ヨルドメアの疑問ももっともだ。軍事力は、ユーゼディア大陸だとゼノス帝国が断トツだ。それに二手から攻められれば防ぎようがない。
魔導師が二人いたとしても、王は俺をあてにはしないだろう。グレンもまだまだ経験が浅い。
俺はため息を吐きながら、ヨルドメアの疑問に答えてやる。
「勇者召喚だとさ」
『ゆう……? なんだそれは』
「異世界から一人でも世界征服しちゃうような奴を呼び出すんだよ」
『……にわかには信じられん』
「当たり前だ。信じられても困るわ」
俺だって実際に目にしたことはないのだ。
前世の知識で、そういう奴が呼び出されるってことしか知らない。
俺も転生者ではあるが、魔導師に選定されているからこそ、アレイシアに会ったからこそ、こういった規格外の力があるのだ。
だが、勇者召喚で呼び出された奴は、大概が元からチート能力者だ。結局はこの世界の住民でしかない俺では、太刀打ちできないだろう。
ヨルドメアがアレルの森を進む。かなり広大で、夜のせいでかなり暗い。
少し先の枝すら目に見えないのだ。
「ゼノスまでどれくらいだ?」
『我が運んだところで五日はかかる。休憩も挟みたいし、貴様も寝ずに行くのは無理だろう?』
「まあ、そりゃ……寝てる間に逃げえるなよ」
『そんな命知らずな行動はせん』
どこまで本音なのやら。
もう一度ため息を吐き、胡坐をかいて目を閉じる。
「適当に休憩をはさんでくれていいぞ」
『わかった』
ヨルドメアの返答を聞き、ゆっくりと眠りに落ちた。
☆☆☆
四日目の夜明け前だろうか。
周囲は鬱蒼とした森の中でもまだ暗く、日はまだ昇っていないだろう。
ヨルドメアの話ではゼノス帝国までもう少しかかるそうだが、千里眼で周囲を観察していた俺は帝国兵を発見していた。 ご丁寧にヨルドメアの分身が案内している。
帝国兵は俺の行く方向とは少しそれている。
「お前……」
『チッ、千里眼か』
ヨルドメアの反応から、たぶん擦れ違いさせる気だったのだろう。
俺は無言でヨルドメアの頭に拳を叩き込むと同時に魔術を使って吹っ飛ばす。
「余計なことしてんじゃねえよ」
『貴様一人で勝算があろうはずもない』
頭を吹っ飛ばしたというのに、煙が晴れるころにはすでに再生されていた。
「魔導師なめんな」
『魔導師も所詮人の子よ』
「魔獣もだろうが。……ま、相手だって人だ」
獣人ではあるが。
ガチンコ勝負では勝てないだろう。
詠唱破棄が使え、魔眼もある。何とか凌げるだろう。
「まあいい。ここまで運んでくれたから、殺すのは我慢してやる」
『ハッ、そりゃありがたい』
ヨルドメアがゆっくりと停止し、俺は頭から飛び降りる。
千里眼で発見した帝国兵の方へ向かって歩き出す。
『一応、気をつけろ』
「ありがたいお言葉をどうもありがとう」
『死なれたら、こちらも少しは困るのでな』
俺の嫌味に対し、ヨルドメアが息を吐きながら言う。
まあ、ガラハド関連だろう。魔獣が探しに行けないのなら、それなりの理由があるだろうし。
俺にガラハドを探させようとしているのか。いつかは探しに行くけど。
「できれば、お前の分身は黙らせてくれたら嬉しいね」
『怪しまれぬ程度に、な』
ヨルドメアは見つからないよう、来た道を戻り始めた。
蛇が通った後の一本道を、辿るように帰っていく。
俺は千里眼で帝国兵を見失わないようにしながら、ゆっくりと近づいていく。
人数で言えば50人程度か。斥候としては多いな。
中にはガルガドもいるし、たぶん戦闘部隊も含んでいるのだろう。
先頭を行くのは見たこともない獣人……元からそこまで知らないが、外見はキツネか。
キツネの獣人というと、ノエルを襲った暗殺者を思い出すな。結局逃げられたし、こいつも逃げ足が速いのだろうか。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
俺は深呼吸を一度行い、気持ちを落ち着ける。
実戦はほとんど魔物相手だ。人相手では訓練でしかやったことがないし、殺し合いは幼少時にトロア村が襲われたあの時以来だ。
明確な殺意を持って人を殺すのは二度目。だが、一度目は何も考えていなかったせいもあり、感触が曖昧だ。
……実質、初めての殺し、か。
とはいえ、殲滅が今回の目的ではない。むしろ、殲滅は控えた方がいい。
何が帝国の逆鱗かがわからない。ここは脅して攻められないような状況に持っていかなければいけない。
交渉による撤退と戦争の先延ばし。少なくとも、俺がいなくなるまでの間だ。
別に王国を助けたいわけじゃない。だけど、俺のいるところでの大量殺人となる戦争は寝覚めが最悪だ。
一息ついて、ナトラの剣を抜き、グリムの召喚陣に突き刺す。
「闇より這い出る混沌よ、我が身を糧とし、武器と為せ」
引き抜けば、以前と変わらないのっぺりとした真っ黒の刀身。
魔力を流して刀身の強化を施す。身体強化の魔法を使う。柄を握りしめ、腕を引き絞る。
狙いを定め、そして――投げつけた。
腕を重点的に強化したため、剣は亜音速でぶっ飛んでいく。
それと同時に俺も駆けだす。剣に追いつこうと、地を蹴りつけていく。
俺の投げつけた剣は、先頭に立っていた兵士3人ほどを貫き、4人目の脚を木に縫いとめた。
だが、攻撃に気付いたキツネには素早い身のこなしで避けられてしまった。
「な、なんだ!?」
「剣!? どこから?」
突然の攻撃に浮き足立つ帝国兵にようやく追いつき、そのまま目の前にいた兵士の顔面に膝蹴りをする。
兵士は受け身も取れず吹っ飛んでいき、地面に体をしたたかに打ち付けた。気絶したのか、動く気配はない。
そんな兵には一瞥もくれず、俺は木に突き刺さっていた剣を引き抜く。
縫いとめていた兵士は顎を蹴りつけ、気絶させた。
体を部隊の方へと向け、俺は無理に笑みを形作る。
「さあ、交渉しよう」




