第三十四話 「学校祭 練習」
翌日の学園では、学校祭についての説明から始まった。
競技種目は全部で一周走、二人三脚、騎馬戦、リレー、棒倒し、魔騎戦争。
一周走はトラックを一人が単純に一周するだけ。
まだトラックを見ていないので長さがわからないが、クラスメイトが言うにはかなり距離があるらしい。
二人三脚は四組出場で、一組半周の二周する。
これは仲が良くないと成立しない種目だろう。俺はやったことがないので詳しくは知らん。
騎馬戦はそのまま。四人一組で騎馬を組み、頭に巻いた鉢巻を奪い合う。
勝負方法は総力戦だ。時間切れまでに相手の鉢巻をすべて奪う、または相手より多く騎馬を残すことで勝利だ。
リレーは決められた王都内のコースを10人で走り抜ける。
一人500m近くあるらしく、かなりきつい。毎年魔法学園の生徒が泣くらしい。
棒倒しは少し違うかな。一本の棒を奪われないように守り抜き、相手の棒を自分の陣営に持ち込んだら勝ち。まあ、大差はないだろう。
前世で俺の通っていた学校ではどこもやっていなかったので、もう実在しないんじゃないかって怪しんでた種目だ。
魔騎戦争もそのまんま。魔法学園生徒と騎士学校生徒と別れ、それぞれ校舎のてっぺんに立てたフラッグを取り合う。
先にフラッグを取れば勝ち。これは全生徒参加になり、かなり混迷……盛り上がるだろう。
どの競技も魔術、武器の使用を許可されている。
ただし、止めに入るのに遅れる場合があるので、武器は木製で殺傷力のないもの、魔術も殺傷力の低い低級に限られる。やりすぎ厳禁だ。
それとリレーに関しては城下町に迷惑をかけない程度にしか使ってはいけない。
違反は即失格、場合によっては退学だそうだ。
会場は王都でも大きいいくつかの屋外闘技場で行われる。競技も同時に行われるので、出場者によって客が増えたり減ったりするそうだ。
今回の注目株はフレイ、グレン、キルラ、俺あたりらしい。まあ、俺とグレンは魔導師、フレイは王子で、キルラは魔法剣士だしで注目される理由はわかるが。
あとはトキのような魔術師、騎士団や魔術師団に入団が決まっている二年課程の生徒だそうだ。
放課後になると、どの競技に出るか決めるように言い、担任のミリカ先生は退出した。
今日は俺の補習もなく、放課後すべてを選考に使える。ちなみに今月と来月のトーナメントはない。トーナメント代わりに学園祭だそうだ。
学級委員よろしく、俺は前に出てまとめ役をやらされていた。
魔騎戦争は全員参加だからどうでもいいとして、他の5種目だ。
どれもでかい競技なので、積極的に出たいと思う奴は少ない。
そもそも、魔法学園の生徒に運動会のようなものをやらせる方もどうかと思うのだが……ほとんど体力ないのに。
身体強化の魔術はあれど、効果が切れれば意味がないしな。
それにしても、こんなまとめ役なんてやったことがないのでどうすればいいのかわかるはずもない。
仕方ない、立候補で決めていこう。決まらない種目は後回しだ。
「適当に決めてくぞー。まず一週走出たい奴ー」
…………。
「二人三脚出たい奴ー」
…………。
「騎馬戦出たい奴ー」
…………。
「リレー……棒倒し……いねえな。うん、どうしようもねえ」
帰ろう!
荷物を持って扉に向かおうとすると、肩をノエルに掴まれた。
「なに帰ろうとしてるのよ」
「だってこれどうしようもないよ。こいつらやる気なさすぎだよ。俺の手に負えないよ」
ここまでやる気ない……っていうか消極的だと俺だってやる気失くすわ。
俺は教室を見回すが、誰もが気まずそうに視線を逸らしていく。これ、やっぱどうしようもねえよ。
「それをどうにかするのがネロでしょ」
「いや、こんな薪すら持ってない奴の心にどう火をつけろと? 無理だろ」
「最初から諦めない」
ノエルがきつい口調で言ってくるが、普通諦めるだろ。
どうしろってんだ、この低い士気で。
俺は頭を掻きながら状況の整理をする。
「まず、お前らがやる気ないのは勝てないから、でいいんだな?」
問いに、何人かが静かに頷く。他の者も異議は特にないらしい。
またこれか……。
だが、今回は課外授業のように簡単にいきそうにない。
なぜなら学園内Aランカーである俺は出場数を制限されてしまっているからだ。
よくあるルールだ。実力者が多くの種目に出ると、他の生徒に回らないことを憂慮してのこと。
俺が出られる種目は魔騎戦争を除いて2つだけ。後は他の生徒で埋めなければいけない。
7組だからと泣き入ることも、ヴァトラ神国の王女がいるからという理由でも、何とか出場権はもぎ取れるだろうが……学園長だしなぁ……。
7組生は確かに俺の指導の下、実力をつけてきてはいる。
だが、やはり運動ともなれば根本的なものがあるし、妨害だけでどこまでやれるか分かったものではない。
「しゃあねえ、俺とノエルの出る奴から決めるか」
「なんで私まで……」
「口出ししたからには役立ってもらう」
唇を尖らせるノエルだが、どうにかしろと丸投げしてくる方が悪いだろ。
俺は黒板に向き直り、腕を組んで書かれた種目を眺めながらどれに出るか考える。
騎士学校と共同で行うとはいえ、同じ競技をするのは魔騎戦争だけ。他は別々に行われる。
だとすれば、戦うのは同じ学園の奴らだけなのだが……。
「ノエル、どれ出たい?」
「……正直どれも勝つ自信ないわ」
ノエルも俺の横に立ち、黒板を眺めている。
その顔には苦笑が浮かんでいるが、笑える状況でもない。
……また士気の下がることを……。
まあ、もともと最低だからこれ以上下がることもないか。
「俺は二つしか出れないしなぁ……まあ、ほとんど団体戦で個人が頑張っても意味がほぼないんだが」
「そうね。だったら、一つは一人勝ちできる一週走?」
「かなぁ……。まあでも、騎馬戦なんか俺の騎馬ですべて打ち負かすこともできそうなもんだが。同じく棒倒しも」
「するとリレーと二人三脚は除外?」
「だろうな。となると三つか……」
三つくらいなら無理を通せるか? ないか。
どうするか……。
「……なんで本気で勝つこと前提の話なんだろうか」
自分で真剣に考えていてふと気づいた。全員が諦めているなら、俺も諦めた方がいいんじゃね?
と思ったら左のノエルに肘打ち、右のイズモに頭をはたかれた。
こいつら容赦ねぇ……。
殴られた箇所をさすりながら、もう一度種目を眺める。
「……一周走と棒倒し」
「ネロは騎馬戦と棒倒しね」
「っざけんな! 一番面倒な二つを押し付けんな!」
棒倒しは妥協したのに! まあ前世で見たこともないからやってみたいってだけなんだが。
騎馬戦なんか面倒臭いだろ。ああは言ったが、かなり面倒臭いことになりそうだし。
「一周走は最も簡単な種目よ? それにあなたが出てどうするのよ」
「こんな勝つ気ない奴らが出る方がどうなるんだよ」
確かに勝ち点で言えば一周走が一番少ないけども。
だからって蔑ろにしてはいけないだろ。小さなことからコツコツと、だ。1位は無理でも、最下位は避けたい。
……うーん、これはあれか。さっさと種目決めて妨害用の魔術を練習させた方がいいのか。
低級の魔法だけとはいえ、使い方次第でいくらでも戦略が広がるからな。
直接妨害は怪我をしない程度に、だっけか。
どういう妨害ができるか、顎に手を当てながら考える。
ルールの隙をついて、1組の野郎どもにどんな仕掛けをしてやろうか。
「……ふうん」
「また悪い顔して……」
右のイズモが呆れた声音で言ってくる。
だが、俺の頭の中には着々と魔法を応用した戦略が組み立てられていく。
棒倒しと騎馬戦は俺が出るからには絶対に勝つ。圧倒的魔力総量でゴリ押ししてやる。
あとは他の種目になるが、走りながら詠唱はなかなかに難しい。
よくマンガとかで戦闘中にどんだけ喋ってんだよってシーンがあるけど、現実じゃそうはいかない。
虚を突いて時間を稼ぎ、早口で一気に捲し立てる。
詠唱は少々の失敗なら無視して魔法は発動してくれる。威力などにも目立った変化は現れない。
だとすれば、こいつらにはそれぞれ詠唱の訓練をさせているから大丈夫だろう。
俺は考えをまとめながら、黒板に背を向ける。
そして、もう一度クラス全体を見回す。
「よし、じゃあ種目を本格的に決めていくぞ」
☆☆☆
翌日の学園から、学校祭における種目の練習が行われるようになった。
初めの1か月は放課後だけだが、学校祭のある月になると午後の授業から放課後までぶっ通しで使える。もちろん、午後の授業時間をサボれば咎められる。
我ら7組は実力だけで言えば勝てるはずもないので、小手先の魔法を重点的に慣らしていく。最終目標は走りながらの正確な詠唱。
俺が指導しながらの訓練になるのだが、俺も一応出場者なので練習はしたい。
とはいえ、俺が出る種目はどれも大がかりなものなので練習ができない。本番前に一度だけあるリハーサルの時だけである。
2学期が始まって1か月経つが、掲げている訓練目標は魔法の効率化である。
身体強化の魔法をできるだけ長時間維持できるよう、工夫しながら駆け回る。
コツとしては体のパーツそれぞれに限定して効果をかければいいのだが、これが案外難しいらしい。俺は魔力操作や詠唱破棄の関係で容易くできるのだが。
今のところ、俺を抜いて一番上手にできているのはノエルだ。
これはたぶん、俺が以前に魔力の流れを意識するように言ったからだろう。
それでも、基本となる体が出来上がっていないので目でわかるような違いは微々たるものだ。
他のクラスメイトも四苦八苦しながら頑張ってはいるが、あまり向上していないようだ。
「うーん……これ以上どう伝えればいいのやら……」
すでに全員に魔力の流れを意識させながらさせてはいるが、残り1か月でどこまでものになるのやら。
頭を掻きながら、現状の上達度を見極める。お世辞にも高いとは言えない。もとが低い分、よくなってはいると思うのだが。
顎に手を当てて考え込むが、あとはもう感覚で掴んでもらうしかない。
「苦戦しているようだな」
後ろから声をかけられ、肩越しに振り返る。
まあ、振り返らずとも声で誰だかわかるのだが。
「うっせ。1組から叩き潰すからな」
「ぬかせ。地力が違う」
俺の隣に立ちながら、グレンは不敵な笑みを浮かべてきた。
普通なら訓練の様子なんて見て欲しくないところだが、今は訊きたいこともあるし、放っておくか。
「勇者召喚はどうなった?」
この1か月、王城に変わった動きはない。
だが、召喚に必要なものまで揃っているのならいつ召喚されてもおかしくはない。
「まだ先送りだそうだ。とはいえ、ユートレアも攻めてきたことだ。ゼノス、ユートレア、どちらが動いても躊躇なく使うだろうな」
そうか、とだけ返して視線でイズモを探す。
学校祭の練習が始まって以来、イズモはマネージャーみたいに練習で疲れた生徒相手に水筒やタオルを配ったりしている。
今もちょうど水筒を渡しているところだが、俺の視線に気づいてこちらに走ってくる。
「貴様の方こそ、何かわかったのか?」
「一応、な」
グレンの問いに頷いてみせるが、成果はあまり上がっていない。
勇者召喚の話を聞いてからいろいろと調べて回ったものの、困ったことに衝突している。
イズモがグレンもいることに気付いているようで、一冊の本を取り出しながら向かってくる。
「歴史書か?」
俺が受け取った本を見て、グレンが訊いてくる。
イズモに礼を言うと、イズモは頭を下げてクラスメイトの方へ戻っていく。
「ああ。ちょっと気味の悪い歴史書だ」
自動書記のように、少しでも世界に大きな動きがあると勝手に記録をつけられていくのだ。
しかも内容の多さとは裏腹に分厚さはそこまでなく、魔術的な何かがあるのは確かだ。
俺は歴史書をめくりながら、あるページを開く。
「この歴史書に書かれている勇者召喚の最古の記録。ざっと5万年前だ」
「5万……」
俺の開いたページを覗き込みながら、グレンは戸惑いがちにつぶやく。
「純色神がいなくなり、その子供が争いを繰り返す中で民衆が立ち上がる。その民衆を率いたのが勇者だとされている」
「……俺の知っている歴史とは違うな」
「歴史書、しかも5万年前だ。正確なものなんてわかるはずがない。けど、たぶんこっちが正しいと思う」
その理由をざっと説明し、一番後ろのページを開く。
最後のページにはカラレア神国で反乱を企てていたとして、いくつかの町が国軍に潰されたと書かれている。
その一つ前には、ユートレア共和国のエルフの里がデトロア王国を攻めたことが書かれている。
「かなり気持ち悪いな……」
「俺の手持ちの本はこんなのばっかだ……」
魔導書も似たようなものだしな。
「それで、最新の勇者召喚は?」
「それがなぁ……」
グレンに問われ、俺はページを戻していく。
目当てのページを開く。
「5千年前だ」
「というと、大陸が切り離されたときか……」
「注目すべきは、今の国になったことだと思うけどな」
大地を切り離すほどの大地震なら、それは天災として片づけるしかないだろう。
ともすれば、この時代で特筆すべきことはそう多くない。
この時代に勇者がしたことと言えば、十中八九国を作った、だろうな。
ならば、今のデトロア王は勇者の末裔になるが……真偽のほどは確かめられない。口伝または記録に残っていなければ、真相は闇の中。
「王城を作り、召喚魔法陣を封印した。だが、見つけた際に使えるように準備も整えて。どういうことだと思う?」
「……こういうことは貴様の方が得意だろうが」
「とはいえ、俺にだって見当もつかんさ」
「珍しいな。何かしらあたりをつけていると思ったのだが」
グレンが本当に驚いたように、目を丸くしながら俺を見てくる。
俺はため息を吐きながら答える。
「せめて、魔法陣の封印が善意か悪意かがわかればな……」
「王城の部屋に鍵がかけられたのなら、王城が出来上がった後じゃないのか? だとすれば、勇者が鍵を閉めたとは思えないが」
「どうだろうな。今の王城がダリタリア王国の城をそのまま転用、あるいは改装しただけかもしれないだろ。それに勇者召喚で呼び出されるのが龍人族のような長命な奴かもしれない」
「……確かに」
それに召喚魔法陣も王城に、世界に一つとは限らないだろうし。
俺とグレンは揃って唸り声を上げる。
どれだけ考えても、昔のことは文献に残っていることしかわからないのだ。
自動書記であるこの歴史書だって、世界でも大きな動きしか書かれていない。勇者召喚は確かに大きな出来事かもしれないが、召喚された勇者が大きな動きをしなければかかれないだろうし。
……まあ、俺の知識からしたら勇者は大体大事やってんだよな。
全部一次元下の中の出来事ではあるが。
だが、異世界から呼び出したならば何か大きな動きを必ず残さないと、呼んだ国が黙ってはいないだろう。だから、最新の召喚はたぶん5千年前であっている。
そして困ったこととは、少しこれにつながっている。
「勇者召喚の前例事態、数件しかない」
「……なぜだ? 勇者は強いのだろう?」
「封印されから、もしくは召喚に必要な神級魔石がほとんどない、だろう」
神級魔石を俺は見たことないが、異世界を繋げるような魔力を含んでいるなら早々見つかるものでもないだろう。
代替品も特にないようだし、たぶん俺の魔力総量であっても足りないはずだ。
「また何かわかったら伝えるよ」
「ああ。俺も、陛下に訊いたりしてみる」
気を付けてな、と注意しておき、適当に手を振って別れる。
さて、と。思考を勇者召喚から学校祭に戻す。
視線を、校庭を走り回っているクラスメイトに向けながら指示を出しに近づいていく。




