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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
エルフの里編 強くなる魔法師
31/192

 森を抜け、家が見えてくる。

 狩った獲物などは家の庭先に置く。血抜きなどの処理はラトメアとナフィがしてくれる。


 家の中に入り、自室へと向かう。


「あ、ネロ。リリー見なかった?」

「いえ、見てませんが。いないんですか?」


「家にはいないのよ。まだ帰ってきてないのかしらねぇ……」

「じゃあ、探してきますね」

「お願いするわ」


 ナフィは獲物の処理があるし、今手が空いているのは俺だけだし。

 俺は一応、リリーの部屋を確認する。


 帰った形跡はないし……学校か?

 反転して、とりあえず学校を目指す。


 探すあてなんて学校くらいしかないし……いなかったらレンビアやモートンにも頼んで探してもらうか。

 俺の行動範囲なんて、家から学校までの道と森程度だ。まあ、森にいるのなら最悪ジギルタイドに頼んで捜索もできるな。

 リリーは弱くないし、その必要は皆無だろうけど。


 俺は駆け足で学校まで行き、まずは校舎内を確認していく。

 だが、既に学校は終わっているし、職員室に数人の教師がいるくらいでほとんど人影はない。


 図書館の方にも向かってみるが、既に閉まっていて中には入れない。


「どこ行ったんだ?」


 俺の行動範囲は狭いから、もう見当つかないぞ。

 校庭も探してみるか……。


「ネロじゃないか。どうかしたのか?」


 踵を返して校庭を目指そうとしたとき、ちょうどレンビアが通りかかった。


「レンビア。お前こそなんで学校に?」

「残って勉強してただけだ。それで、お前はどうしたんだ?」

「ああ、リリーがちょっと見当たらなくて」


「いなくなったのか?」

「いや、そういうのではないと思う。まあ、過保護ってところだよ」


「そうか。もし見つからないようなら僕も手伝うよ」

「おう。こういうところで好感度上げないとな」

「一言余計だ」


 レンビアに手を振って別れると、今度こそ校庭を目指す。


 校庭に出てきたはいいが……探すところなんてほとんどないんだよなぁ。

 戦闘訓練用の広場と体育館のようなものがあるくらいで、あとは用具倉庫くらいだ。用具倉庫だって、先生が責任を持って鍵をかけているし……。


 そんなことを思いながら、どこから探すか見回していると、人影を見つけた。

 俺はその人影に近づいていく。


「おーい、モートン」


 手を振りながら合図するが、モートンはなぜか肩をビクッと震わせて、ぎこちない笑顔を向けてきた。

 怪訝に思うが、話しかけてくる。


「や、やあ、ネロ。どうしたの? あ、コタバの葉は今持ってなくて……」

「いや、今日はそうじゃなくって。リリー、見なかった?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、さらに大きく肩が震えた。

 何か知っているのか?


「え、えーと……い、家にいるんじゃない?」

「それを俺に言うのか?」


「あ、あー! そうだよね。同じ家だもんね。じ、じゃあ森は?」

「いや、森には学校が終わってからずっといたし、それに学校から帰ってないみたいなんだよ」

「そ、そーなんだー……」


 誰がどう見ても怪しい。

 だけど、教えてくれない様子からして……。


「……なあモートン、何か知ってるなら教えてくれないか?」

「ぼ、僕は何も……」


 俺はモートンの両肩を掴み、諭すように言う。


「言うなって言われているなら、指差せばいい。……教えてくれよ」

「……」


「リリーに何かあるなら……たぶん、俺だけじゃなくレンビアも怒るぞ」

「だ、だけど……」


「エメロアよりも、末端とはいえレンビアの方が地位は上だ。それを抜きにしても……なあ、俺に強硬手段を取らせないでくれないか?」

「……」


 モートンは諦めたように、指で指示してくれた。

 そちらの方向にあるのは用具倉庫だ。


「ありがとう」


 お礼を言って、俺は用具倉庫に向かって走る。


「あ、ネロっ!」


 モートンの呼び止めるような声が聞こえたが、構わず走る。

 用具倉庫の外鍵である南京錠は見当たらないが、内鍵がかけられているだろう。


 だが、それ以前にまず鍵に触れない。


「結界……か?」


 そこにはバリアでも張られているかのように守られている。

 ……俺が来るとわかって、それでこんなことしてんのか?


「俺を結界程度で止められると思ってんのか」


 俺は結界に手を触れ、命令式の解読を開始する。

 魔術は必ず命令式を含んでいる。それはエルフの使う魔術も例外ではない。

 エルフの使う魔術は、命令式が詠唱に組み込まれているだけで、魔術自体には命令式が含まれているのだ。


 触れた場所から俺の魔力を流し込み、命令式を逆算し、破壊する。

 その作業は、例えるならば箱の中でブロックでも組み上げるようなもの。

 この程度、別に難しくもなんともない。


「【破壊 】」


 解読と逆算、破壊に成功すると、用具倉庫に張られていた結界は軽く小突くだけで崩れ去った。

 だが、用具倉庫には鍵がかかっている。


 強引に開こうと何度も扉を蹴りつけるが、開く気配はない。


「ふん」


 構うものか。

 俺は足を大きく振り上げると、魔術と一緒に蹴りつける。


「【バーンフレイム】」


 蹴りつけると同時に爆発が起き、轟音とともに扉が吹っ飛んでいく。

 用具倉庫の中は、俺が蹴り開けた扉からの光だけでも十分見渡せた。


 用具倉庫には、訓練用の木剣や槍や弓、替えの体操服などが詰め込まれている。

 その中心に、3つの人影があった。


「……お前ら、覚悟できてるな?」


「「ひっ!」」


 リリー、それにケミトとハーメーン。

 懲りない連中……とは少し違うのかもな。


 リリーは二人に半裸の状態にされ、涙目でこちらを見ていた。


「な、なんで!? 結界はどうした!」

「ち、ちゃんとかけたよ!」

「くそ、こうなったら――」


 二人に観念する様子はなく、目にはまだ敵意がこもっている。

 俺は一息つき、二人に近づく。


「うお、ら!」


 たぶんケミトが、近くに転がっていた木剣を拾い上げて殴りかかってくる。

 ……槍を習っていたなら槍を使え。練度が木剣組の最下位の奴よりひどい。

 こんなのでよくもまあ護身用とか言えたもんだ。


 大上段に振りかぶって、力任せに振るってくるケミトに対し、半身に構えるだけで簡単に躱せた。

 隙だらけのケミトの顎目がけて膝蹴りを当てる。


 ケミトは後ろに向かって倒れ込み、脳震盪でも起こしたのか泡を吹いて気絶してしまう。

 残ったハーメーンの方へ眼を向けると、出口に向かって駆け出そうとしていた。


 逃がすようなヘマはしない。俺は野生動物に対してずっと狩りをしていたのだからな。


「【アースロック】」


 ハーメーンの足元に向けて魔法を放ってこかし、追加で魔力を送り込んで鼻以外を用具倉庫の床に固める。

 拍子抜けの弱さだ。レンビアだってもっと粘るのに。


 だが、もう動けないこいつらは放っておいていいだろう。

 俺は座り込んでいるリリーに近づく。


「リリー、大丈夫か?」

「ね、ねお……」


 リリーは体に力が入らないのか、立ち上がることすらままならない状態のようだ。

 それに何かおかしい。痺れているように呂律が回っていないし、弱々しいのだ。

 俺は着ていたローブを脱ぎ、リリーに羽織らせる。


「リリー、何があったか話せる?」

「え、えっと……えめおあによばえて……そえで、おひゃをもあって……」

「……? ちょっと待って」


 リリーの近くに来てから、何か甘い香りがするのだ。

 どこからしているのか……。


「……リリー、息吐いて」


 リリーの口元に顔を寄せ、そう頼む。

 リリーは言われた通り、深く息を吐く。


「口……? でもこの匂い……」


 思った通り、この甘い香りはリリーの口から漂っている。

 だが、この匂い……どこかで、かなり身近で嗅いだことがある。


「コタバの葉……?」


 そうだ、あのタバコの匂いによく似ている。

 だが、コタバの葉はこの里にはあまりないはずだ。


 持っているとして……モートンか?

 ……あの様子からして、事情を知っているのだろう。後で何とかして教えてもらわないといけないな。


「ねお……かない、ねむい……」

「ああ、わかった。寝てていいよ。すぐに家に運ぶから」


 俺の返事を聞くと、リリーは俺に倒れ込んでゆっくりと目を閉じ、やがて寝息を立て始めた。

 さて……話を聞く奴が多いな。


 だが、まあ当事者が二人、ここに居るからな。リリーを運んだ後にでも問い質すか。

 そう決め、一旦リリーを家に運ぼうと立ち上がったとき、


「君、ここで何をしている?」


 振り返ると、学校の教師が二人入口に立っていた。

 ああ、そういや爆発させたし、人が来てもおかしくないか。

 事情を話して、今はリリーを家に運ぼう。


「あの――」


「お前! そこで何をしている!?」

「……は?」


 教師の一人が血相を変えて用具倉庫に入ってくると、いきなり俺の腕を掴んできた。


「ちょ、おい! 何すんだよ!」

「うるさい! いったいここで何をしようとしていた!?」

「はあ? 何をって――」


「そ、そいつが倉庫にリリーを連れ込んでいるのを見つけて、僕らは追ってきたんですけど……」


「……ああ?」


 気絶していたケミトがいつの間にか起き上がり、俺を指差してそんなことを言い出した。


 …………。

 ああ、なるほど。


 なるほど、なるほど。


 つまりは、結局俺のせいになるのか。


 この世界は、ホント俺を嫌うな。



 この現状、動けるのは俺だけ。

 リリーに一番近いのも俺だ。

 そして、俺は人族だ。


 全部統合すれば、見方によっては俺がリリーを襲う直前だと、そう判断できるな。

 確かに、傍から見ればそうなんだろうな。

 しかも、事情を知っているリリーは既に昏睡状態。起きる気配はないし、起こす気もない。


 そして、横で転がっているダークエルフ二人は、リリーを助けようと返り討ちにあった生徒。

 教師の目には、そう映る。

 同族を疑うよりも、人族の俺を疑った方が普通だろうしな。


「……ははっ」


 やばい、笑いが堪えられない。

 どう転んでも、結局俺はこの里にはいられない。そういう仕組か。


 俺は、それに見事に嵌ってしまった、と。

 小賢しい、腐れ貴族が。


「とりあえず職員室に来なさい。あなたたちも、詳しいことを教えてください」


 教師は俺を黒と断定し、腕を強く掴んでくる。

 もう一人の教師が用具倉庫の床に固定されているハーメーンの拘束を解き、立たせる。


「君も職員室に行きなさい。私はリリーさんを家に送ります」


 腕を掴んでいる教師に抵抗することはせず、そのまま職員室まで大人しくしていることにした。

 リリーも家に送ってくれるようだし、結果オーライかな。

 ケミトとハーメーンも、俺と同じように大人しく職員室までついてきた。


 なんとなく空を見上げると、ドス黒い雲が広がろうとしていた。



☆☆☆



 職員室に連行され、俺は一人の教師と向かい合って座っていた。

 俺は椅子の上で胡坐をかき、教師の話を適当に聞き流す。


 その態度に我慢できないのか、時々余計な話も混ざりながら、話が進んでいく。

 俺はそのほとんどを聞き流す。結局、俺が悪いことになるんだから真面目に聞くのも馬鹿らしい。

 すべては腐れ地方貴族様の権限で、だろうけど。


 だが、教師の話に不可解な点があった。


「待ってください。今、リリーを連れ込むのを目撃した生徒っていいましたか?」

「ああ。だけど目撃していなくたって、お前がやったんだろうがな」


 どうでもいい補足をするな、クズ教師。

 だが、いったい誰が俺を目撃したというのだ?


 既に学校の終わった校庭で、誰が居残るというのだ。

 教室なら、レンビアのように勉強する奴はいるかもしれない。だけど、戦闘訓練の居残りなど聞いたこともない。

 それに、リリーを探して校庭に出た時もモートンしか――


 その時、ふと目を廊下のドアの方へと向けた。

 開いたドアから、でかい葉っぱが隠れるのが少しだけ見えた。


 ……なるほどねぇ。


 その葉っぱがもう一度隙間に現れた時、先ほど以上に大きく揺れた。

 モートンの顔も見えたが、相当怯えた表情をしていた。


 当然だろうな。

 俺の今の顔は、ひどく醜い笑顔だろう。

 口端が吊り上るのがわかるし、歯が微かに震えているのも感じている。


「――聞いているのか!?」


 肩を強く揺すられ、俺は顔を前に向け直す。


「いったいなぜ――」


「リリーとは3年前からの付き合いです。リリーはよそ者の俺にとても優しくしてくれました。その優しさにつけ入り、襲おうと思いました。俺だって健全な男の子です。それくらいの発想はいくらでも思いつきます。いつ決行するか迷っていただけです。残念です。最後までいけなくて」


 こんなもんか? 棒読みになったけど、まあいいか。犯罪者の感情なんて知らんし。

 別に「はい。私がやりました」で済むんだろうけど。


 しかし面白いな、この教師は。

 俺の平坦な声と自白に、呆気にとられていたかと思うと真っ赤になるんだもの。ゆでだこみたいに。

 これで禿げてたら最高なのに。


「以上です。帰っていいですか?」

「お、お前はきちんと反省しているのか!?」

「やってもいないことを反省してどうするんですか」


「さっきやったと言っただろうが! 嘘なのか!?」

「嘘だって言って信じるなら嘘ですけど。俺はさっさと帰りたいんです」


「帰せるわけがないだろ! お前はリリーのところに住んでいるんだろう!?」

「そうですけど……だったらラトメアさんでも呼べばいいじゃないですか」


「お前……!」


 教師は拳を振り上げると、何の躊躇いもなく殴りつけてきた。

 俺は椅子から転げ落ち、殴られた頬に手で触れる。


 あー、もう口の中を切ったっぽい。ひりひりするし、血の味もする。

 すぐに回復魔法を使い、口内の傷を治す。

 しかし、こいつ教師じゃなくて教官の方だったな。たぶん、槍の組だったはず。


「お前という奴は……! これだから人族を受け入れるのには反対だったのだ! あとから絶対に問題を起こす!」

「3年間放置しといてよく言うぜー」

「黙れッ!」


 俺は立ち上がり、椅子を戻しながら踵を返す。


「まだ話は終わってないぞ! お前には前科もある! あんな薄汚いローブ一枚のために――」


 ドアに向いていた体を反転させ、その勢いを乗せた蹴りを放つ。


「ごあッ!?」


 1mほど教官が宙を舞い、職員室の机などを巻き込みながら倒れ込む。

 周りにいた他の教師たちが悲鳴めいたものを上げ、俺から距離を取る。


 おいおい、同じ職員がやられているんだから、助けてやるのが筋じゃないのか?

 まあ、助けにきたところで何もさせないけどな。


「き、貴様……! こんなことして許されると――」

「誰が許さないんだ? お前か? 吹っ飛ばされたくせに。それとも神か? 望むところだ。元から許される気はないよ」


 倒れ込み、うめき声を上げている教官に近づく。

 他の教師は完全に傍観を決め込んでいる。


「【アースロック】」


 俺はハーメーンの時と同じように、だが今度は顔全体を出して縛り付ける。

 命令式をできるだけ複雑にし、解かれない様にして。


「な、何の真似だ!?」

「別に。【花火】」


 花火は俺が作り出した新しい魔術だ。

 といっても、構造はただロッククラッドにバーンフレイムを詰め込んだだけのもの。その工程を一度で終えるようにしただけなのだが。


 俺は出来上がった土塊を、床に拘束した教師の顔横に置く。


「制限時間は何分かなぁ? 5分? 10分? それとも30秒?」

「な、や、やめろ!」

「威力は大体この校舎を一つ吹っ飛ばす程度」

「ち、近付けるな!」

「最高傑作です。一番間近で、ご鑑賞ください。教官殿」


 俺は花火にもアースロックをかけ、簡単には外れないように固定する。

 すると、職員室で傍観していた教師や生徒などが悲鳴を上げて逃げていく。


 俺は最後に教官の鼻以外を土で固め、今度こそ踵を返して職員室から退室した。

 ……まあ、花火の中は空洞で、爆発しないんだけどな。

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