罠
森を抜け、家が見えてくる。
狩った獲物などは家の庭先に置く。血抜きなどの処理はラトメアとナフィがしてくれる。
家の中に入り、自室へと向かう。
「あ、ネロ。リリー見なかった?」
「いえ、見てませんが。いないんですか?」
「家にはいないのよ。まだ帰ってきてないのかしらねぇ……」
「じゃあ、探してきますね」
「お願いするわ」
ナフィは獲物の処理があるし、今手が空いているのは俺だけだし。
俺は一応、リリーの部屋を確認する。
帰った形跡はないし……学校か?
反転して、とりあえず学校を目指す。
探すあてなんて学校くらいしかないし……いなかったらレンビアやモートンにも頼んで探してもらうか。
俺の行動範囲なんて、家から学校までの道と森程度だ。まあ、森にいるのなら最悪ジギルタイドに頼んで捜索もできるな。
リリーは弱くないし、その必要は皆無だろうけど。
俺は駆け足で学校まで行き、まずは校舎内を確認していく。
だが、既に学校は終わっているし、職員室に数人の教師がいるくらいでほとんど人影はない。
図書館の方にも向かってみるが、既に閉まっていて中には入れない。
「どこ行ったんだ?」
俺の行動範囲は狭いから、もう見当つかないぞ。
校庭も探してみるか……。
「ネロじゃないか。どうかしたのか?」
踵を返して校庭を目指そうとしたとき、ちょうどレンビアが通りかかった。
「レンビア。お前こそなんで学校に?」
「残って勉強してただけだ。それで、お前はどうしたんだ?」
「ああ、リリーがちょっと見当たらなくて」
「いなくなったのか?」
「いや、そういうのではないと思う。まあ、過保護ってところだよ」
「そうか。もし見つからないようなら僕も手伝うよ」
「おう。こういうところで好感度上げないとな」
「一言余計だ」
レンビアに手を振って別れると、今度こそ校庭を目指す。
校庭に出てきたはいいが……探すところなんてほとんどないんだよなぁ。
戦闘訓練用の広場と体育館のようなものがあるくらいで、あとは用具倉庫くらいだ。用具倉庫だって、先生が責任を持って鍵をかけているし……。
そんなことを思いながら、どこから探すか見回していると、人影を見つけた。
俺はその人影に近づいていく。
「おーい、モートン」
手を振りながら合図するが、モートンはなぜか肩をビクッと震わせて、ぎこちない笑顔を向けてきた。
怪訝に思うが、話しかけてくる。
「や、やあ、ネロ。どうしたの? あ、コタバの葉は今持ってなくて……」
「いや、今日はそうじゃなくって。リリー、見なかった?」
俺の言葉を聞いた瞬間、さらに大きく肩が震えた。
何か知っているのか?
「え、えーと……い、家にいるんじゃない?」
「それを俺に言うのか?」
「あ、あー! そうだよね。同じ家だもんね。じ、じゃあ森は?」
「いや、森には学校が終わってからずっといたし、それに学校から帰ってないみたいなんだよ」
「そ、そーなんだー……」
誰がどう見ても怪しい。
だけど、教えてくれない様子からして……。
「……なあモートン、何か知ってるなら教えてくれないか?」
「ぼ、僕は何も……」
俺はモートンの両肩を掴み、諭すように言う。
「言うなって言われているなら、指差せばいい。……教えてくれよ」
「……」
「リリーに何かあるなら……たぶん、俺だけじゃなくレンビアも怒るぞ」
「だ、だけど……」
「エメロアよりも、末端とはいえレンビアの方が地位は上だ。それを抜きにしても……なあ、俺に強硬手段を取らせないでくれないか?」
「……」
モートンは諦めたように、指で指示してくれた。
そちらの方向にあるのは用具倉庫だ。
「ありがとう」
お礼を言って、俺は用具倉庫に向かって走る。
「あ、ネロっ!」
モートンの呼び止めるような声が聞こえたが、構わず走る。
用具倉庫の外鍵である南京錠は見当たらないが、内鍵がかけられているだろう。
だが、それ以前にまず鍵に触れない。
「結界……か?」
そこにはバリアでも張られているかのように守られている。
……俺が来るとわかって、それでこんなことしてんのか?
「俺を結界程度で止められると思ってんのか」
俺は結界に手を触れ、命令式の解読を開始する。
魔術は必ず命令式を含んでいる。それはエルフの使う魔術も例外ではない。
エルフの使う魔術は、命令式が詠唱に組み込まれているだけで、魔術自体には命令式が含まれているのだ。
触れた場所から俺の魔力を流し込み、命令式を逆算し、破壊する。
その作業は、例えるならば箱の中でブロックでも組み上げるようなもの。
この程度、別に難しくもなんともない。
「【破壊 】」
解読と逆算、破壊に成功すると、用具倉庫に張られていた結界は軽く小突くだけで崩れ去った。
だが、用具倉庫には鍵がかかっている。
強引に開こうと何度も扉を蹴りつけるが、開く気配はない。
「ふん」
構うものか。
俺は足を大きく振り上げると、魔術と一緒に蹴りつける。
「【バーンフレイム】」
蹴りつけると同時に爆発が起き、轟音とともに扉が吹っ飛んでいく。
用具倉庫の中は、俺が蹴り開けた扉からの光だけでも十分見渡せた。
用具倉庫には、訓練用の木剣や槍や弓、替えの体操服などが詰め込まれている。
その中心に、3つの人影があった。
「……お前ら、覚悟できてるな?」
「「ひっ!」」
リリー、それにケミトとハーメーン。
懲りない連中……とは少し違うのかもな。
リリーは二人に半裸の状態にされ、涙目でこちらを見ていた。
「な、なんで!? 結界はどうした!」
「ち、ちゃんとかけたよ!」
「くそ、こうなったら――」
二人に観念する様子はなく、目にはまだ敵意がこもっている。
俺は一息つき、二人に近づく。
「うお、ら!」
たぶんケミトが、近くに転がっていた木剣を拾い上げて殴りかかってくる。
……槍を習っていたなら槍を使え。練度が木剣組の最下位の奴よりひどい。
こんなのでよくもまあ護身用とか言えたもんだ。
大上段に振りかぶって、力任せに振るってくるケミトに対し、半身に構えるだけで簡単に躱せた。
隙だらけのケミトの顎目がけて膝蹴りを当てる。
ケミトは後ろに向かって倒れ込み、脳震盪でも起こしたのか泡を吹いて気絶してしまう。
残ったハーメーンの方へ眼を向けると、出口に向かって駆け出そうとしていた。
逃がすようなヘマはしない。俺は野生動物に対してずっと狩りをしていたのだからな。
「【アースロック】」
ハーメーンの足元に向けて魔法を放ってこかし、追加で魔力を送り込んで鼻以外を用具倉庫の床に固める。
拍子抜けの弱さだ。レンビアだってもっと粘るのに。
だが、もう動けないこいつらは放っておいていいだろう。
俺は座り込んでいるリリーに近づく。
「リリー、大丈夫か?」
「ね、ねお……」
リリーは体に力が入らないのか、立ち上がることすらままならない状態のようだ。
それに何かおかしい。痺れているように呂律が回っていないし、弱々しいのだ。
俺は着ていたローブを脱ぎ、リリーに羽織らせる。
「リリー、何があったか話せる?」
「え、えっと……えめおあによばえて……そえで、おひゃをもあって……」
「……? ちょっと待って」
リリーの近くに来てから、何か甘い香りがするのだ。
どこからしているのか……。
「……リリー、息吐いて」
リリーの口元に顔を寄せ、そう頼む。
リリーは言われた通り、深く息を吐く。
「口……? でもこの匂い……」
思った通り、この甘い香りはリリーの口から漂っている。
だが、この匂い……どこかで、かなり身近で嗅いだことがある。
「コタバの葉……?」
そうだ、あのタバコの匂いによく似ている。
だが、コタバの葉はこの里にはあまりないはずだ。
持っているとして……モートンか?
……あの様子からして、事情を知っているのだろう。後で何とかして教えてもらわないといけないな。
「ねお……かない、ねむい……」
「ああ、わかった。寝てていいよ。すぐに家に運ぶから」
俺の返事を聞くと、リリーは俺に倒れ込んでゆっくりと目を閉じ、やがて寝息を立て始めた。
さて……話を聞く奴が多いな。
だが、まあ当事者が二人、ここに居るからな。リリーを運んだ後にでも問い質すか。
そう決め、一旦リリーを家に運ぼうと立ち上がったとき、
「君、ここで何をしている?」
振り返ると、学校の教師が二人入口に立っていた。
ああ、そういや爆発させたし、人が来てもおかしくないか。
事情を話して、今はリリーを家に運ぼう。
「あの――」
「お前! そこで何をしている!?」
「……は?」
教師の一人が血相を変えて用具倉庫に入ってくると、いきなり俺の腕を掴んできた。
「ちょ、おい! 何すんだよ!」
「うるさい! いったいここで何をしようとしていた!?」
「はあ? 何をって――」
「そ、そいつが倉庫にリリーを連れ込んでいるのを見つけて、僕らは追ってきたんですけど……」
「……ああ?」
気絶していたケミトがいつの間にか起き上がり、俺を指差してそんなことを言い出した。
…………。
ああ、なるほど。
なるほど、なるほど。
つまりは、結局俺のせいになるのか。
この世界は、ホント俺を嫌うな。
この現状、動けるのは俺だけ。
リリーに一番近いのも俺だ。
そして、俺は人族だ。
全部統合すれば、見方によっては俺がリリーを襲う直前だと、そう判断できるな。
確かに、傍から見ればそうなんだろうな。
しかも、事情を知っているリリーは既に昏睡状態。起きる気配はないし、起こす気もない。
そして、横で転がっているダークエルフ二人は、リリーを助けようと返り討ちにあった生徒。
教師の目には、そう映る。
同族を疑うよりも、人族の俺を疑った方が普通だろうしな。
「……ははっ」
やばい、笑いが堪えられない。
どう転んでも、結局俺はこの里にはいられない。そういう仕組か。
俺は、それに見事に嵌ってしまった、と。
小賢しい、腐れ貴族が。
「とりあえず職員室に来なさい。あなたたちも、詳しいことを教えてください」
教師は俺を黒と断定し、腕を強く掴んでくる。
もう一人の教師が用具倉庫の床に固定されているハーメーンの拘束を解き、立たせる。
「君も職員室に行きなさい。私はリリーさんを家に送ります」
腕を掴んでいる教師に抵抗することはせず、そのまま職員室まで大人しくしていることにした。
リリーも家に送ってくれるようだし、結果オーライかな。
ケミトとハーメーンも、俺と同じように大人しく職員室までついてきた。
なんとなく空を見上げると、ドス黒い雲が広がろうとしていた。
☆☆☆
職員室に連行され、俺は一人の教師と向かい合って座っていた。
俺は椅子の上で胡坐をかき、教師の話を適当に聞き流す。
その態度に我慢できないのか、時々余計な話も混ざりながら、話が進んでいく。
俺はそのほとんどを聞き流す。結局、俺が悪いことになるんだから真面目に聞くのも馬鹿らしい。
すべては腐れ地方貴族様の権限で、だろうけど。
だが、教師の話に不可解な点があった。
「待ってください。今、リリーを連れ込むのを目撃した生徒っていいましたか?」
「ああ。だけど目撃していなくたって、お前がやったんだろうがな」
どうでもいい補足をするな、クズ教師。
だが、いったい誰が俺を目撃したというのだ?
既に学校の終わった校庭で、誰が居残るというのだ。
教室なら、レンビアのように勉強する奴はいるかもしれない。だけど、戦闘訓練の居残りなど聞いたこともない。
それに、リリーを探して校庭に出た時もモートンしか――
その時、ふと目を廊下のドアの方へと向けた。
開いたドアから、でかい葉っぱが隠れるのが少しだけ見えた。
……なるほどねぇ。
その葉っぱがもう一度隙間に現れた時、先ほど以上に大きく揺れた。
モートンの顔も見えたが、相当怯えた表情をしていた。
当然だろうな。
俺の今の顔は、ひどく醜い笑顔だろう。
口端が吊り上るのがわかるし、歯が微かに震えているのも感じている。
「――聞いているのか!?」
肩を強く揺すられ、俺は顔を前に向け直す。
「いったいなぜ――」
「リリーとは3年前からの付き合いです。リリーはよそ者の俺にとても優しくしてくれました。その優しさにつけ入り、襲おうと思いました。俺だって健全な男の子です。それくらいの発想はいくらでも思いつきます。いつ決行するか迷っていただけです。残念です。最後までいけなくて」
こんなもんか? 棒読みになったけど、まあいいか。犯罪者の感情なんて知らんし。
別に「はい。私がやりました」で済むんだろうけど。
しかし面白いな、この教師は。
俺の平坦な声と自白に、呆気にとられていたかと思うと真っ赤になるんだもの。ゆでだこみたいに。
これで禿げてたら最高なのに。
「以上です。帰っていいですか?」
「お、お前はきちんと反省しているのか!?」
「やってもいないことを反省してどうするんですか」
「さっきやったと言っただろうが! 嘘なのか!?」
「嘘だって言って信じるなら嘘ですけど。俺はさっさと帰りたいんです」
「帰せるわけがないだろ! お前はリリーのところに住んでいるんだろう!?」
「そうですけど……だったらラトメアさんでも呼べばいいじゃないですか」
「お前……!」
教師は拳を振り上げると、何の躊躇いもなく殴りつけてきた。
俺は椅子から転げ落ち、殴られた頬に手で触れる。
あー、もう口の中を切ったっぽい。ひりひりするし、血の味もする。
すぐに回復魔法を使い、口内の傷を治す。
しかし、こいつ教師じゃなくて教官の方だったな。たぶん、槍の組だったはず。
「お前という奴は……! これだから人族を受け入れるのには反対だったのだ! あとから絶対に問題を起こす!」
「3年間放置しといてよく言うぜー」
「黙れッ!」
俺は立ち上がり、椅子を戻しながら踵を返す。
「まだ話は終わってないぞ! お前には前科もある! あんな薄汚いローブ一枚のために――」
ドアに向いていた体を反転させ、その勢いを乗せた蹴りを放つ。
「ごあッ!?」
1mほど教官が宙を舞い、職員室の机などを巻き込みながら倒れ込む。
周りにいた他の教師たちが悲鳴めいたものを上げ、俺から距離を取る。
おいおい、同じ職員がやられているんだから、助けてやるのが筋じゃないのか?
まあ、助けにきたところで何もさせないけどな。
「き、貴様……! こんなことして許されると――」
「誰が許さないんだ? お前か? 吹っ飛ばされたくせに。それとも神か? 望むところだ。元から許される気はないよ」
倒れ込み、うめき声を上げている教官に近づく。
他の教師は完全に傍観を決め込んでいる。
「【アースロック】」
俺はハーメーンの時と同じように、だが今度は顔全体を出して縛り付ける。
命令式をできるだけ複雑にし、解かれない様にして。
「な、何の真似だ!?」
「別に。【花火】」
花火は俺が作り出した新しい魔術だ。
といっても、構造はただロッククラッドにバーンフレイムを詰め込んだだけのもの。その工程を一度で終えるようにしただけなのだが。
俺は出来上がった土塊を、床に拘束した教師の顔横に置く。
「制限時間は何分かなぁ? 5分? 10分? それとも30秒?」
「な、や、やめろ!」
「威力は大体この校舎を一つ吹っ飛ばす程度」
「ち、近付けるな!」
「最高傑作です。一番間近で、ご鑑賞ください。教官殿」
俺は花火にもアースロックをかけ、簡単には外れないように固定する。
すると、職員室で傍観していた教師や生徒などが悲鳴を上げて逃げていく。
俺は最後に教官の鼻以外を土で固め、今度こそ踵を返して職員室から退室した。
……まあ、花火の中は空洞で、爆発しないんだけどな。




