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メイジ オブ Mage  作者: 水無月ミナト
エルフの里編 強くなる魔法師
32/192

最悪の別れ

 校舎を出ると、レンビアとモートンがいた。

 今にも雨が降りそうな中、俺を待っていたのだろうか。


「……ネロ、お前」

「俺は今日にでもこの里を出る。もう居る気になれないし、居ることもできないし」


 レンビアの言葉を遮り、先に言わせてもらう。

 周囲には既に誰もいない。校舎の爆発を本気で信じたのか?

 それにしても、あの教官可哀想に。誰も助けてくれないなんて。


「……僕に頼めば、エメロアくらいならどうにかできるよ」

「頼む気はない。1年以内に出ていくつもりが、2年もオーバーしちゃったし。それに、こんなところで継承権をさらに弱める必要もないだろ」


「だけど、僕はお前に出て行って欲しくない」

「……」

「僕は首都の大貴族の孫だ。皆、それをわかって僕を特別扱いしやがる」


 レンビアの自白に、俺は口を挟まず聞く。


「お前は人族だし、僕を大貴族だって知らなかったんだろうけど……知ってからも態度を変えなかった。そんな奴は、この里ではお前とリリーくらいなんだ」


 そこで一息、レンビアは何かを決意したような目をする。


「お前が出ていくって言うなら、もう僕は止めない。だけど、絶対にまた帰ってこい。その時には、もっといい里にしてみせる」

「……クク、期待してるよ」


 レンビアは俺の言葉に一瞬だけ目を丸くするが、すぐに軽く笑った。

 俺はレンビアと拳を重ね合う。握手の代わりだ。


「ああ、そうだ。あの花火は爆発しない。レンビア、お前ならたぶん教官の拘束も解けると思うよ」

「なっ! それを早く言え!」


 レンビアは慌てたようにして校舎の中へと入っていった。

 別に明日まで恐怖の中につけといても罰は当たらないだろうに。


 レンビアは魔術も戦闘も優秀だ。命令式は複雑にはしてあるが、単純なパターンだし、すぐに解くだろう。


「あ、あの……」


 取り残されたモートンが、俯き気味に声をかけてきた。


「モートンも大変だったな。エメロアなんかに使われてさ」

「……ご、ごめん――」

「俺よりもリリーに謝ってくれ。お前は、確かに人としては最善じゃないかもしれないけど、亜人としては最善の選択をしたんだ」


「そんなことないよ……」

「ま、考え方なんて人それぞれだけどさ、お前は亜人で、これからもこの里で暮らさないといけないんだ。肩身の狭い思いをずっとするよりも、人族だと割り切って俺を切り捨てた方が良いに決まってる」


「だけど、それだとリリーさんが……悲しむ」

「……ま、その辺のケアは頼むよ。俺は、うまくやる自信がない」


 俺は家へと向けて歩き出しながら、モートンに頼む。

 俺は人付き合いが下手だし、無理にでも里を出ようものなら、きっとリリーを傷つける。

 だけど、それでも俺はこの里に、これ以上滞在する気はない。


「今までありがとうな、モートン」

「……絶対に、また帰ってきて」

「気が向いたらな」


 レンビアはああいってくれたが、本当にこの里を良くできるのかなんてわかるはずもない。

 まあ、頭の片隅位には置いておくとするか。


「ネロ、これ。餞別ってわけじゃないけど……あるだけ、作ったから」


 そういってモートンは、5つほど箱をくれる。

 中を確認してみると……タバコだった。

 うわ、なんかめっちゃ前世で見たことある梱包だな、おい。


 まあ、くれるのなら断る理由もないな。

 ていうか、この3年間で溜め込んだやつと合わせたらすごい数になりそう。


「ありがと。ありがたくもらうよ。……じゃあな」


 すれ違いざまにモートンの肩に手を置き、別れとする。


 さっそく、モートンからもらったタバコを一本取り出し、火を点けて口にくわえる。

 ……あー、おいし。



☆☆☆



 家まで戻ってくると、庭先にラトメアが出て待っていた。

 俺はタバコを捨て、ラトメアに近づく。


「ラトメアさん、3年間お世話になりました」


 ぺこりと頭を下げながら、そう伝える。


「……お前は、それでいいのか?」

「良いも悪いも……俺は、リリーを襲いましたし。こんな俺を、置いとくわけにはいかないでしょ?」

「……オレはな」

「やめてください。俺はラトメアさんに勝つ気なんてないし、これ以上この里に居る気もありません」


 ラトメアは俯き、真剣な表情で何かを考え始める。

 その答えが出るまで、俺は待ち続ける。


「……悔しいけど、この現状はオレじゃ解決できない」


 おもむろに開いた口から、そんなことを言った。

 そして俺の前でしゃがみ、両肩を掴まれる。


「本当にごめんな……オレの我儘でこの里に住んでたのに、最後まで面倒見切れなくて……」

「いえ……そんなことありません。宣言した1年以内はオーバーしてますし、ラトメアさんには感謝してますよ」


 だって、ラトメアが俺を拾ってくれていなければ、俺は今頃魔物の餌になっていただろう。

 もし拾ってくれても、最初の俺の言うとおりにさせられていたら、俺は今生きているのかわからないのだから。


「すぐに出るのか?」

「はい。あまり長居すると、決心が鈍ります」

「そうか……ナフィと、リリーにも会ってやってくれ」

「わかりました」


 ラトメアの後に続き、俺は家の中へと入った。

 先に通されたのはリビングだった。リリーはまだ起きていないのだろうか。


 リビングにはナフィが机について、随分と深刻そうな表情をしていた。

 ナフィは俺を見るとすぐに立ち上がり、ラトメアと同じように俺の前で屈みこむ。


「ナフィさん、今まで――」


 別れの挨拶をしようとしたとき、いきなり抱きしめられた。


「あなたを旅立たせるのは、やっぱり不安だわ。あまりにも簡単に壊れてしまいそうで、零れてしまいそうで……心配」

「……」

「だけど、初めて会った時よりも頼もしくなったわ。少しだけど、それでも初めて会った時に旅立たせるよりは安心してるわ」

「……はい」

「私たちはあなたの本当の家族じゃないかもしれないけど、私はあなたを本当の子供のように思うわ。……辛くなったら、いつでも帰ってきなさい。私たちは、ずっと待ってるわ」

「はい……!」

「3年なんて、私たちエルフにとっては短いものだけど、あなたのいた3年はとっても濃密だったわ」


 いつの間にか、俺の眼からは涙が零れていた。

 情けないと思うし、ナフィの優しさはやっぱり怖い。

 だけどそれ以上に、心が揺れた。


 ナフィは深刻な表情がウソのように、相変わらずの優しい笑顔を浮かべていた。


「いつか……きっと、帰ってきます……!」

「ええ、いつまでも待ってるわ」


 頭の片隅になんか置いておけない。

 ネリとの墓参りが終われば、今度はここに帰ってこなければいけない。


 そう、強く思った。



☆☆☆



 3年間使った自分の部屋へと戻り、俺はベッドに腰掛けて出立の準備をしていた。

 ……えーと、持ち物って言っても家族からの贈り物程度しかないし。

 ああ、そういえば不細工だけどアクセサリーも作ったんだったか。


 ベッドから立ち上がり、机に近づいて引き出しからドワーフの子に教えてもらいながら作ったペンダントを出す。

 写真技術がどんなものかは知らないし、チェーンにつながった先には魔石をつけている。


 魔石は魔力を含んだ鉱物のことで、魔石に溜まる魔力は一つ一つ性質が違う。

 簡単に言えば、魔石の色はこの世界の純色の数だけあり、その純色に対応した魔術の効果が上昇するというものだ。

 色が鮮やかになるほど価値が上がる。


 俺が買える一番高価な魔石は少しくすんだ緑色だった。この魔石は風魔法の効果が上昇する。

 それをポケットにしまい、他の引き出しも漁る。


 出てくるのは、この3年間に使い潰したペンやノートなどだ。

 それらのノートを捲りながら、この3年間を懐かしむ。


 ホント、いろいろあったよな。

 3年しか経ってないのに、10年は過ごした感覚だ。


 さて、思い出に浸るのもこの辺にして。

 俺はノートをまとめて机の上に重ね、ペンもその脇に置く。

 しかし、持っていくにはかさばるし……そもそもいらないな。悪いが、置いて行かせてもらおう。


 ラトメアお手製の魔物の皮でできたリュックに、必要そうなものをすべて詰め込み、準備完了か。

 忘れ物は……ないな。そもそもの持ち物が少ないし。


 リュックを床に置き、ベッドに腰掛ける。

 そのまま後ろに倒れ込み、少しの間天井を眺めていた。


 そうして時間を潰していると、部屋のドアが遠慮がちにノックされた。

 誰が来るかなんてわかりきっているから、ノックする必要はないのだけど。するような間柄でもないし。


「どうぞー」


 俺は体を起こして返事をすると少しの間が空き、ゆっくりとドアが開かれた。

 入ってきたのは、思った通りリリーだった。


 リリーは、ナフィ以上に深刻そうな顔をしていた。


「落ち着いたの?」

「……すこしは。ローブ、ありがと」


 部屋に入って来ながら、俺が貸したローブを返してくれる。

 しかしあの表情……一番、俺の決意を揺さぶるな。


「ネロ、なんで出ていくの……?」

「……これ以上いると、迷惑になるし」


「そんなことない! お父さんもお母さんも、本当は行って欲しくないはずだよ!」

「わかってるよ。だけど、それでも送り出してくれるんだ。それはわかるだろ?」

「わかんないよ! なんで……なんでそんなことができるの!?」


 ……本当、ナフィの優しさよりも難題だ。


「ネロが私を襲おうとしたから出ていくの?」


 リリーはそういいながら詰め寄ってくる。


「それなら、私がネロを襲えば」

「リリー」


 呼びかけるが、答える様子は一切ない。

 それどころか、俺をベッドに押し倒してくる。


「そうすれば、誤解だってわかってくれる。先生も、ちゃんと――」

「リリー!」


 怒鳴るように声を出すことで、ようやく反応してくれる。


「なに、ネロ? ネロは、私が相手じゃ嫌なの?」

「……嫌だよ」

「なんで……? ねぇ、ネロは私のこと好きじゃないの?」


「……好きだよ」

「だったら――」


「だけど、リリーは本当に俺のことが好きなの?」

「……え?」

「リリーは、本当に俺を見てくれてるの?」

「……何、を言ってるの?」


 ……最悪な手だけど使うしかないか。


「リリーは俺を見てない。そうだろ?」

「見てるよ! だって、目の前にいるのは――」

「本当に俺? 兄さん……ナトラじゃないの?」

「――え?」


「リリーは俺とナトラを同一視してないか?」

「そんなことしてないよ!」


 光と闇の魔術を使えば、錯覚魔法が起こせる。

 錯覚魔法は、あらゆる感覚器官を騙すことだ。嗅覚を、味覚を、触覚を、……視覚を、聴覚を。


 ……俺は、錯覚魔法で姿と声をナトラに変える


「本当に?」

「え……? う、そ……でしょ?」

「本当に、俺をネロとして見てる?」

「え、う……あ……!」


 リリーが俺から離れ、耳を塞ぎだす。

 冷静になれば、リリーならこれくらいの錯覚魔法はきっと見抜く。


 だけど、今は寝起きのようだし、うまく頭の整理もできていない。

 ……幸運とは思わないが、錯覚魔法が効きやすい状態だ。


「うそ……違うっ……! わたし、は……ちゃんと、ネロをっ……!」


 耳を塞ぎ込み、蹲ってうわごとのようにつぶやき始める。


 とても見ていられるような状態じゃない。

 自分でやっておきながらだが、それでも目を逸らしたくなるほどに、リリーは錯乱してしまっている。


 俺はゆっくりと立ち上がると、リリーの背中に回る。

 蹲るその体を抱きしめながら、錯覚魔法を解き、俺の姿と声でリリーの耳元で話しかける。


「ごめん、ありがとう、リリー」

「ネロぉ……!」


 俺の腕を弱々しく掴み、情けない声で呼ばれる。

 俺はポケットから、自作のペンダントを取り出し、リリーの首にかけてやる。


「大事に持ってて。いつか、縁が合ったら会えるように」

「いやだよ……いかないで……!」

「……」

「いか、ないで……よぉ……!」


 リリーの嗚咽交じりの涙声。その声に、何も答えない様に必死になる。

 決意がこれまで以上に揺らいでしまう。


 リリーの言葉に、「うん」と答えたくなる。

 だけど、それではダメなのだ。


 エメロアに喧嘩を売ったのは俺だ。それなのに、仕返しがリリーに向かった。

 これでは、俺がいるだけでラトメアやナフィにも迷惑がかかる可能性が高いのだ。


 そりゃ、レンビアの言葉に甘えたいよ。

 だけど、それもダメなのだ。

 そもそも人族である俺が、亜人族の国に居ること自体がいけないのだから。

 この一線は、越えてはいけないのだ。

 越えたら、優しい人たちに迷惑がかかる。


 俺は、それを一番望まない。どれだけ世界を嫌おうが、この世界の住民には関係ないことなのだから。


 俺が嫌うのは、憎悪するのは世界という概念だけだ。

 その世界の住民には、関係がないのだから。


 そんなことを考えていると、懐が少しだけ発光した気がした。

 だけど、今はリリーの方に構ってやらなくてはいけない。


 俺はいつの間にか、落胆してしまう以上にリリーたちを信頼してしまっていた。

 この世界は裏切るのは、俺が一番よく知っているはずなのに。


 もうこの里には、この家にはいられない。

 泣き喚くリリーの耳元で、聞こえるように、聞いてくれるように告げる。


「……さようなら」


 俺は、一つの決意をする。

 そしてリリーが泣き疲れて眠るまで、俺はずっと抱きしめた状態でいた。

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