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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
道 -load-
98/132

Ⅸ/強迫観念

「なるほど……」


 ふと男が、こちらを向く。


「なぜお前は、なにも喋らない?」


 瞬きひとつ。


「……いえ、自分などが何か意見などおこがましく――」


「と考えているやつが、本当に悪を斬れると思うか?」


「そうではないが、謙虚さや礼儀を失わないだけだ」


 真っ直ぐ、マテロフは目を逸らさなかった。

 胆力がついたと思った。


 覚悟が決まったのか?

 ほんの少しでも、アレに近づいたのだろうか?


「……ふん」


 男は鼻息ひとつ、部屋の隅へと歩いていった。

 それを見送り、クォンを探す。


「フフフ」


 マテロフは小首をかしげ、眉をしかめる。


「……なぜ、笑っているのでしょう?」


「いや、面白いと思ってね。さて、キミは彼に剣を打ってもらえるかな?」


「打ってもらわなければ困ります」


 ここまで来て――いや違う。

 マテロフは拳を握り締める。


 これからなのだ。

 その足がかりが無ければ、話にもならない。


 なんだったら殴り倒して、無理やり言うことを聞かせてでも――


「熱いな」


 その一言で我に返り、目の前のクォンに何もかも見透かされたような気になり、マテロフは少し恥ずかしくなる。


「すいません……冷静になります」


「いや、いいんじゃないか? ただ少し……危ういかとも、思ったけれどね」


 それは自身が、アレに対して抱いた感想とまったく同じだった。


「クォン殿、それは……」


「ほら、こっちへ来い」


 突然男に呼ばれ、


「は、はい……!」


 マテロフは慌てて男の下へ走った。


 クォンは笑顔で見送る。

 それになぜか少しだけ、寂しいと感じてしまった。


 所詮自分も、女なのだろうか?


「そこへ座れ」


 作業場の隣に、簡易的な休憩所のようなものがあった。

 簡素なキッチンも備えており、中央には炉も焚かれている。


 そこにも煙突――やはりどれだけの長さか想像も出来ないものが設置してあった。


「は、はい……」


 テーブルの下座に着席。

 すると男は、キッチンで作業を始める。


 慌てて、


「あ、私が――」


「いいから座っていろ」


「あ……はい」


 改めて、粛々と座り直す。


 なんだか居心地が悪かった。

 こんなことなら、人使い荒くされた方がまだいい。


 そこへクォンがひょい、と顔を出す。


「私も同席してよろしいですかな?」


「許可がいるか?」


「そうは思っていませんよ」


 マテロフはその関係に、どこか憧れに近い感情を抱いてしまう。

 我ながら、随分と浮世に染まってきたものだった。


「ほれ、飲め」


 椀に粗末な野菜と少量のお肉が入れられた、ほとんど透明なスープ。

 同じようにクォン、そして男自身にも配膳。


 クォンはカラカラとわらう。


「本当好きですね、このスープ」


「うるせぇな、文句言うなら飲むな」


「いえいえ、ありがたくいただきますよ。ねぇ、マテロフ?」


 いきなり水を向けられ、


「あ、は、はい! あ、ありがたくいただこうと思います!」


 男はブスっとした様子。


「そこまで大したもんじゃねぇよ」


「は、はい! そこまで期待せずいただきます!」


「……お前、バカにしてんのか?」


「え!? い、いえ、滅相もありません!」


 どこか間違えただろうか?

 馬鹿真面目に戸惑うマテロフに、男はそっぽを向いたまま呟く。


「……まぁいい、喰え」


「いただきます!」


 わけがわからないまま、マテロフはわけがわからないスープを飲むハメとなる。


 ガシッと椀を掴んで──固まった。


 衛生面とか大丈夫なのかと、今さらながら心配になってしまった。

 スバルという超絶適当男がシェフを務める傭兵団で飲食を共にしていて、今さらな心配だった。


 ままよ。


「──ごくっ! ごくッ、ごくっ、ごく………………うまい?」


「なんで疑問系なんだ?」


「あっ! いえ、その……!」


 対応に戸惑っていると、隣から助け舟が送られる。


「本当、美味しいんですよねこのスープ。シンプルながらも滋味な野菜が使われていて、それから出汁がよく出てて……」


「うるさい、ベラベラ喋りながら食べるな。黙って喰え」


「はいはい」


「か、かしこまりました……」


 マテロフも戸惑いながら追従し、スープを飲む。


 美味しかった。


 クォンの言葉どおり、相当時間と手間暇を掛けて取ったのであろう芳醇な出汁がこの透き通ったスープの表面に極薄の膜となって覆い包み様はそれこそ旨味の結晶――


「……なるほどな」


 見られた。

 味に没頭している、無防備な姿を。


「あ……その、なんといいますか、えぇっと……!?」


「おい、クォン」


「はい、なんですかゼヒンタ」


 ゼヒンタ。


 そうクォンは呼んだ。

 彼の名前だろうか?


 ふとそういえば、ここを訪れた最初にそう呼んでいたような気もする。


 鍛冶師、ゼヒンタ。


「なかなか興味深いな」


「そういっていただけると思っていました」


 ニヤリと笑い合う男ふたり。


 ――なんだか、嫌な感じだった。


「あ、あの、ぜ、ゼヒンタ殿……?」


「いよしっ、開けるぞクォン!」


 なにを?


「え、えぇっと、クォン殿……?」


「付き合いますとも、ゼヒンタ!」


 なにに?


「な、なにが、その……ふたりとも!?」


『宴会だ!』


 結局傭兵団のノリだった。




 最初の一杯を、ゼヒンタに注がれた。

 やたらといいワイングラスを出され、直接お酌されては断りようも無い。


 コクコクと喉を鳴らして飲み干した。

 一見して酒飲みのようだがそうではない。


 酒をまったく飲まないマテロフは、喉を鳴らさないと飲み干すことが出来なかっただけだ。


 立て続けに次を注がれる。

 戸惑い、一瞬クォンに視線を送るも、ただニコニコ微笑まれるばかり。


 数秒躊躇ってはみたものの、ゼヒンタに変化はない。

 無言のプレッシャーに堪えられず、煽る。




 一本飲み干しても解放してもらえないとは、マテロフも想像していなかった。

 結果としてマテロフは、よくわからなくなってしまった。


「う、うぃ……っく」


 酔っ払い丸出しの声を聞き、ありったけの干し肉やキノコなどのつまみをテーブルに並べて食っては飲んでススメて食っては飲んでススメているゼヒンタは、手を叩いて喜ぶ。


「おぉ!? どうしたマテロフ女史っ?」


「い、いえ……ひっく。し、失礼をば致しました。わ、わたくしは、大丈夫であります……!」


 敬礼に、ゼヒンタは手にするとっておきの蒸留酒を差し出す。


「そうかそうか! だったらまだまだイケるよなー!」


「やっ、その、わたくしくは……」


 びくっとして両の手のひらを交差させるマテロフに、ゼヒンタは眉根を寄せる。


「ん? イケないのか? だとすれば、それは大丈夫とはいえないと思うが?」


「は、ハッ……そうでありますね。喜んで、いただきたいと思います!」


 がばっと勢い良く両手でつかんだグラスを差し出し、それにドバドバと溢れる勢いでゼヒンタは注ぎ、それを一気に煽るマテロフ。


「────カハッ」


「おおーいい飲みっぷりだぞマテロフ女史、さぁ次次!」


「は、ハッ、閣下!」


 そんなやりとりを幾度か数え切れないほど繰り返し──


「…………」


「ん、どうしたマテロフ女史?」


 マテロフは両手を両腿の上に置き、うつむき加減に体を揺すり──沈黙した。


「────」


「……おい、クォン」


 ゼヒンタに声を掛けられ、クォンは肩をすくめる。


「飲ませ過ぎですよ、ゼヒンタ。それぐらい、あなたにもわかっていたでしょうに」


 ゼヒンタは弱ったというふうに頭をかく。


「いやまあ……そうだな。少々羽目を外し過ぎてしまったようだ。つい嬉しくなってな……仕方ない。責任を取ってわしが部屋まで運ぶとしよう」


 焦点が定まらない瞳で一点を見つめるマテロフの右腕を肩に乗せ、ゼヒンタは立ち上がり、部屋を出て行く。


 クォンはその姿を、自身のワイングラスを優雅に傾けながら見送った。




 揺らいでいる、という実感だけあった。


 視界が、ボヤけている。

 考えがまとまらない。


 自身が現在どこにいて、なにをしているのか、どれだけ考えても思い出せなかった。


「…………」


 どこか、遠い場所に来てしまったような感覚だけがあった。

 帰りたいという、ハッキリしない願望だけがこびりついて離れなかった。


 なんだか無性に泣きたいような感傷に襲われ、必死に抑えた。

 残った僅かな理性が、それはダメだと押し留める。


 自分はいま、一体なにをしているのだろう?


「――――」


 無意識に、マテロフは両手の指を開け閉めする。

 ビクン、と肘が、そして肩が跳ねる。


 なんだろうと考え、すぐに理解した。


 斬れ、と命じているのだ。


「…………たたかわ、なければ」


 そうだ。

 戦わなければならない。


 理由が思い出せないが、それは事実だった。

 ほとんど強迫観念だったといってもいいかもしれない。

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