Ⅵ/呪い
呆気に取られる二人を置いてけぼりに、アレは思いの丈を吐き出す。
「応援します! わたし、マテロフさんならナンだって出来ると思います。というか、信じてますから! マテロフさんだったらきっとその、ケンセーさんを見つけ出して、それで……なんでしたっけ?」
「ばーか」
いつも通りのトンチンカンな言葉に、ベトは両手を頭に回して歩く先ほどのレックスを真似たようなマネをしながらツッコミ、傍に寄り添いクシャと頭を撫でた。
「えへへ」
アレは少し、くすぐったそうにしていた。
「…………」
正面から見るマテロフは、追い詰められたネズミのような顔をしていたが、少し泣きそうにも見えた。
二カッ、と笑いかけてやった。
ハッ、としたように毅然とした表情を取り戻す。
「……ありがとう、アレ」
「はい」
マテロフはひしっ、とアレの小さな体躯に抱きつき、キッとこちらを睨みつけてきた。
オレがなにしたんだっての。
「必ず……必ず戻って、今度こそ……貴女の力になって見せるから、どうか待っていて欲しい。死にはしない。だから、きっと……」
「はい、待ってます。マテロフさん、大好きです」
真っ直ぐで、それは目も眩むような言葉だった。
「…………うん」
それにマテロフはウダウダ付け加えようとしていたのを、諦めたようだった。
スッ、と離れた時にはもういつものマテロフだった。
「……いってきます。アレを、頼みます」
「おう」
「くれぐれも頼みましたよ……国軍なんかに手を出させたり、貴方自身が泣かせたりなんてしようものなら――」
「おう、任せとけ」
「……変わりましたね、貴方は」
「ああ、そうかもな」
それで唐突に言葉を終え、マテロフは行ってしまった。
二度と、振り返ることは無かった。
それをずっとベトは、アレと見送っていた。
他に誰も起きては来ず、寂しい早朝の出立。
ヤツらしいかもしれないと、思っていた。
その日のうちに、ベトたちも出立することになった。
マテロフとレックスが抜けたことについて、誰も言及することは無かった。
スバルの懐の深さか――それはないか適当さか、とベトは軽く笑った。
「ンじゃあ行くわ。せいぜいまた会う時まで生きとけよ?」
ぺっ、と手を挙げ、さっくりと背を向けてベトは二度と振り返らず馬車に乗り込んだ。
代わりのように、アレが頭を下げる。
「みなさん慌しくて、すみません。でも少しでも皆さんとお話できて、本当に楽しかったです。また遊びに来ても……いいですか?」
『ウォ――――――――――――――――ッ!!』
一斉に沸きあがった歓声に、アレは口元を抑えて、少しだけ涙ぐんだ。
そしてスバルが皆を掻き分けるようにして、出てくる。
「……すまんな、嬢ちゃん。こいつら言葉よりも先に手が出るバカだからな。まったくケダモノの方が近いってやつでよ」
「いえ……そんな、わたし皆さんのこと、本当に好きですよ」
『ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「じゃっかましいわ話が出来ん! ……ハハ、いや嬢ちゃんにそう言ってもらえりゃ、わしらも天国に行けそうな気もするよ。ありがとう」
スバルはアレの両手を、握った。
一気、今度は怒号が巻き起こる。
「お!? てめぇスバルそりゃどういう了見だゴラァ!」
「なにドサクサ紛れにアレちゃんの体触ってんだコラァ!」
「てめぇぶっ殺すぞアァ!?」
「フッザけんな死んで詫びろやぁ!!」
「てめぇらシェフに対してなんて言い草だコラァ!!」
微妙に涙目だった。
しかし先ほどのアレの美しいものと比べ、下心ありなジジイのソレはなんとも様にならず、情けないものだった。
「ちっ、ちっくしょう……とと、すまねぇな嬢ちゃん、情けない姿見せちまって……」
「いえっ」
「いや、そんなやたらいい笑顔で楽しげに頷かれると、オジさんとしてもとっても複雑な気持ちになるわけだが……まぁいいや。とりあえず、」
最後スバルはひしっ、とアレの両手を再び握る。
またも怒号が巻き起こり今度はモノとかも飛んできたが、今度はスバルも頓着しなかった。
頓着せず、アレの目を真っ直ぐ見た。
「……嬢ちゃんがやろうとしてることは、今まで誰も成し遂げられなかったことだ。誰もが望みながら、それでも諦めていたことだ。もし実現できればそんな素晴らしいことはねぇが、出来なかったとしても恥じることなんざなーんもねぇ! そんときゃ帰って来るんだ、いいな? ここにぁ嬢ちゃんの居場所がたっ! 誰だゴラァ鞘なんざ投げたヤツァ危ねぇだろうが!!」
「だいじょうぶ、ですよ」
アレの呟きに喧騒は、収まった。
そしてその一挙手一投足に、夢中となる。
「だってわたし、みなさんのお陰でここに立ってるんですから。必ず世界を変えてみせます、でもありがとうございます。わたし居場所なんてなかったから……そういってもらえて、本当に嬉しいですっ」
頭を下げた。
その健気な姿に、みんなおーいおいおいと涙を漏らした。
スバルだけはただじっと見つめ、言いたい言葉を我慢しているかのようだった。
みんな馬車に収容され、御者はハイよっと鞭打ち馬車は進み始める。
ゴロゴロという音の中アレは元気よく手を振り、みなの姿が見えなくなってから再び馬車の中に戻り、ゆっくりと笑いを消し、力が抜けたようにベトの傍に腰を下ろす。
ひしっ、とベトの上着の裾を掴む。
ベトは黙って、アレの頭をかき抱いた。
途端、悲鳴が迸った。
「わ――――――――――――――――――――――っ!!」
悲痛な叫びだな、とベトは思っていた。
アレが泣き出したことに、反応する者はいなかった。
ここに乗っている者はみな、異端者ばかり。
充分に心中、察することが出来る者だけだった。
アレはなおも泣き、じゃくる。
「あ――――――――っ、ベトわたし世界、変え、うっ、うぅ、う、う――――――――っ!」
「だいじょうぶさ」
「だ、だってみんなきた、いし、あ、はっ、せっか、く居場所、帰ってきて、帰りたく、でも、でき、出来な、く、う、あ、あ――――――――っ!」
「そうだな」
「ベト、わた、ベト、わた、べ、わ――――――――――――――――っ!!」
「仕方ないよな」
仕方なかった。
アレが本当に心からスバルたちの元に帰り、初めて出来た居場所で温かく日々を過ごしたいと思っていることは、痛いほど理解していた。
しかし、命を捨てて、取り戻し、その時交わした神との契約とやらの為に世界を変えなければ自分を保つことができないという事も、それは同様だった。
それをとても自分が叶えられるとは思えない、という事も。
すべてわかっていて自分はなにも出来ないのだから、世の中地獄のようだとベトは思っていた。
「あ、あ、あ――――――――っ! う、ぅう――――――――っ!! わ――――――――――――――――ッ!!」
まるで呪いのようだと、ベトは思った。
だったらその呪いを解いてやりたいと、真っ暗な天井を見上げながら思っていた。
パタン、という音がした。
それにアレは、目を覚ました。
いつ眠ったのか、覚えていなかった。
ただ誰かに抱かれながらの、安らかな想いだったような気はしていた。
そんなわけない。
眠るときはいつだって、ひとりだったのに――
ふと、誰かの手が頭に当たっていることに気づいた。
顔を上げると、ベトがいた。
「あ…………」
瞼を擦ると、液体がついてきた。
そういえば、泣いていた。
情けなかった。
もう二度と泣きたくはないと密かに決意していたのに。
だけど──ベトは自分が泣いて、疲れて眠っている間、ずっと頭を抱いてくれていたのだろうか?
「さて、この馬車が到着する前にみんなには話しておこうと思う」
先ほどパタンと本を閉じ、口上を述べだしたのは馬車主たるヴィルだった。
それにベト、アレ、エミルダ、プライヤは視線を向けた。
ヴィルは芝居がかった様子で、
「協力してもらう身として、まずはベトの望みを叶えさせてもらったよ。育ての親への報告、まったく素晴らしい話だと思う。泣かせるね、この混乱と困窮の時代に、家族を――」
「やかましい、本題に入れや」
ベトは結構ガチで、不機嫌モードだった。
こういうお決まりのご高説が、ベトは大っ嫌いだった。
特にスバルをそういう身内扱いされることが鳥肌立つほど気持ち悪かった事もある、哀れ。
ヴィルは閉じていた片目を開け、改めて普通の語りぶりに戻す。
「すまない、どうも話が長くなるのがボクの悪い癖でね。気をつけるよ。では本題に入ろう。次はボクの希望を、聞いてもらおう」
ぴくん、とベトの眉が上がった。
「っへぇ……で? 王子様のお望みは、いったいなんなんだい?」
「ああだが、いいのかい? 他のみなさん、なにも発言がないようだけど?」
ヴィルが辺りを見回したが、アレは力なく笑うばかりで、エミルダはゴロ寝の体勢を変えず、プライヤは正座の状態から微動だにしなかった。
要はみな、反論も反応もなかった。
「――てーわけだ?」
「なるほどね……では遠慮なく、述べさせてもらおうか。現在この馬車の目的地は、芸術の都ブルーネルだ」
「…………は?」
「?」
「ほぉ」
「――――」
四者、四様の反応だった。
いやプライヤだけは微動だにしなかったのだから反応ではなかったわけだが。
ヴィルは、ゆったりした表情だった。
「君たちにはまず、品性を身につけてもらおうと思ってね」
貴族の言うことはさすが庶民には理解しかねる、とベトは肩をすくめていた。
芸術都市ブルーネル。
名前のみ、ベトは知るものだった。
いやベトだけではなくそれはエミルダも同様で、アレ、プライヤに至っては言うまでも無い。
それは、弦がかき鳴らされ、笛が響き渡り、ティンパニーが叩かれ、ハーモニーを奏でる。
街道には樹々に花々が咲き乱れ、無数の絵描きたちがそら美しい絵画を生み出す。
天上の楽園と謳われし街だった。
「……それって、ホントなのか?」
半信半疑どころか、ほとんどまともに信じてすらいなかった。
そんな極楽浄土が、この地獄のような世界にあるだなんて信じられるわけがない。
そんな場所が事実として存在するなら、みな必死になって住み着こうと考えるのではないのか?
「さて、本当に移住しようと考えるかい?」
ヴィルはソファーでゆったりくつろぎながら、余裕の体で答えた。
そう訊かれ、ベトは少し言葉に詰まった。
確かに自分など疑心のほうが圧倒的に上回り、まず真偽すら確かめようとしないだろう。
盲点だった。
「……なーるほどね。で、そこにオレらも移住、ってことかい?」
「まさか?」
そりゃまさかだろうとベトも思ってはいた。
なにしろこの王子様は、国家転覆を狙ってやがるんだから。
「……まさか本気でオレらに、教養でも身につけさせようって考えてやがるわけじゃねぇんだろ?」
「その通りだが?」
まったく、腹の内でなにを考えてるんだかわからん御仁だ。
「そーかよ」
ベトは応え、ゴロンと横になった。
腹の探り合いなんかは、傭兵の役割じゃねぇ。
出たとこ勝負と、ベトは休み英気を養うことに決めた。
そのあと、エミルダとのやり取りが聞こえた気がした。
勝手にやってくれ。




