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聖女アレ・クロア  作者: ひろい
旅立 -departure-
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Ⅳ/お祭り騒ぎ

 感動の再会となったのは、結局アレとその他の仲間のあいだだけとなった。

 まーベトやら通常の傭兵にそういうセンチメンタルというか湿っぽいものを期待するほうが間違いというものだった。


 目の前で仲間が殺されたって、次の日には笑顔で敵を殺さなくてはならないのだ。

 たまたま再会出来たからといって、次を期待していたら傭兵稼業なんて続けていけない。


 かといって他に仕事も無い。

 世知辛い世の中だった。


『奇跡の再会に、かんぱ――――――――いっ!!』


 6,7人も入れば一杯になるようなちっさい酒場に20人近くもすし詰め、外にも入りきれない野郎どもがジョッキをゴツゴツ当てての、大宴会。

 あんまりといえばあんまりな人口密度。


 その中心に据えられたアレは全身汗まみれで息も絶え絶えな、ギリギリの苦笑いだった。


「あ……ハイ、その、嬉しいです、みなさんにまたお会いできて……ハイ、ハイ、はぁ……いえ、大丈夫です、少しだけ眩暈が……いえ、はい……ハハ」


 ガハハハハ、と体力だけはあり余ってる野郎どもも全身汗だくついでに脂まみれに豪快な大爆笑、アレの様子を気遣う繊細な人間など期待すべくもなかった。


 アレは一瞬とある人物を目で探し、そして諦める。


 仕方ない。

 今日はもう死ぬ気で飲んで、みんなと話そう。


 誰かに求められるなんて、必要とされるなんてこのうえなく幸せなことだ。

 半分以上自分に言い聞かせていることに、アレは気づけない。


 そして、外。

 話題の中心は、意外にもベトだった。


「おいおいそれでよぉ? 結局、アレちゃんとはどこまでいったわけよぉ? 揉んだ? 舐めた? それとも最後まで――」


「殺すぞゴラァ!」


「ヲイヲイなんも知らねぇ坊ちゃんじゃあるまいし、"首切り公"様のベトちゃんがどうしたよぉ? オレがひぃひぃ言わせれない女なんていねぇって――」


「黙れゴルァ!」


「おれぁお前が乳好き同盟の一員だって信じてたんだがなぁ……まさかロリぺたんことは……そしてあんなオバンもありとは……アブノーマルもそこまでいけば立派だよ。あんないろんな意味でちっこいのが、ずいぶんせいちょ――」


「てめぇらそっ首並べて覚悟しやがれやァアアアア!!」


 ついにブチ切れ、ベトはギオゾルデを引き抜く。

 それにワーキャーお気楽なノリでみな蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


「お・の・れ・ら────────!」


 とベトが血相を変えて追いかける姿を濁った茶もどきを啜りながらため息を吐くエミルダと、


「……失礼な話だね、ホントに」


 相席する、麗しき弓兵。


「ホントに……馬鹿な生き物ですね、男って」


 その胸中。

 狙いは色々、アレコレだった。


「それで、あの……私の名前はマテロフ=アルケルノといいます。あなたは、エミルダ……えっと、ラストネームはなんでしょう?」


「エミルダでいいよ。なんだったら処女検査官でも、死罪人でも構わないよ」


「そんな、いやなんとも……その、よろしくお願いします」


「ヨロシク」


 頭を下げたマテロフに、エミルダはぶっきらぼうに手を振って応える。

 それらのやり取りを経てマテロフは、


「――死罪を?」


「王さまを殺したのさ」


 なんともはや、という感じだった。

 そんなバカなと断ずるのは簡単だったが、


「……ベトに、巻き込まれたのですか?」


「いや、あの坊やにはむしろ助けてもらったわけさ。積年の恨みを晴らさせてもらってね。感謝感謝、それはありがたーく思ってるさ」


「……そうですか」


 なんとも具体性の欠ける、虚しい会話だった。

 それが少し、心地よかった。


 誰かに似ていると思って、それがベト本人なのだと気づいた。

 生まれついての傭兵ならではの諦観、もしくは何もかも奪われた者が持つ――


 悪い癖だと思う。

 どう分析したところで、なにが変わるというわけでもないのに。


 アレのように生きられたら、とマテロフは思ったりして、茶もどきで口を潤そうとする。

 舌を刺すような苦味に、思わずむせ返る。


「げ、ゲハ、ハ………なっ、これっ、さけっ……!?」


「こんな場所でノンアルコールなんて、野暮なマネはやめときな」


 気づかぬうちにカップを入れ替えられていたらしい。

 これは大した人物のようだ、マテロフは咽ながらもなるだけ静かにカップを置く。


「ケフ、コフっ……いやはやしかし、一本取られましたね、確かにです。しかし私は――」


「こくこくこく」


 と言う間に自分の茶もどきはエミルダによって一気、飲み干されていた。

 呆気に取られ――マテロフもまた自らが持つ酒を、一気。


 カッ、と呼気を吐き、ガツンとテーブルに叩きつけた。

 エミルダはパチパチと拍手。


「おみごとおみごと」


「……いえ、この程度なんてことも」


 実際マテロフは、案外イケる口だった。

 "そういう"経験上、男の相手をしなければならないことも多かった。


 嫌な記憶だ、二度と思い出したくはなかった。

 だからこそ酒など口にするのを避けてきたというのに――


「……それで、どういうつもりなんです?」


「いやね、なんだかね、あたしも色々と弄られることが多くてね、すっかりペースを乱されてね。たまには本来のあたしに戻ってみようかなーなんて思った次第でね」


「……ハァ」


 マテロフは頭を抱えた。

 なんかアレとベトを足して二で割ったような感じ。


 となると問題児が1,5倍になった計算だろうか、頭痛い。


 マテロフはもう一杯酒を貰ってきてぐびぐびやりながら、


「……それで、ベトとアレはどうだったんです? 楽しくやってました?」


「楽しく? っていやあの二人はまぁ色々……厳しかったみたいよ? なんか、ハルバルトとかいうすごい騎士さまとやって――」


 ズドガシャンっ、と凄まじい騒音を巻き起こし、マテロフはテーブルに肘から突っ伏し、というか巨大なそれは真っ二つ、いや四つにもなりそのまま砕け散り載っていた17もの皿も飛び散り周囲にいた7,8人の屈強な男たちは巻き添えを食らった。

『ぬおああおあああああっ!?』


「おいおい……なんていうか、あんたも随分ド派手なリアクションかますわね」


「じゃ、ないですよ……ハルバルトって、ハルバルト=ディアランですか? あの、"剣王"の? 聖王騎士団、団長の?」


「いや詳しくは知らないけど……やー、とんでもない騎士さまだったわね。あの鬼、ざっくざっく斬られちゃって、もう絶対死ぬと思ったわー」


 そんな簡単に納得出来る話じゃない。


 あの高名なる"剣王"とやって、生きてるなんて。


 どんな幸運、悪運か。

 ただただ、感心だった。


 ──ってそうか、アレが一緒。


「あなたは、魔法を……見たんですか?」


「――――」


 エミルダは押し黙り、答えは返ってはこなかった。

 それにマテロフは、嫌な感じを受けていた。


「……他には?」


「は? いや知らないわよ……ていうか、なに? 知りたいことがあるなら、二人に聞けばいいじゃない?」


「…………」


 今度は逆にマテロフが押し黙る。


 ゴクリ、とエールを喉に流し込む。

 酒か。


 好きではなかった。

 頭に霞が掛かったような心地になる。


 もう一杯。

 アルコールが、血液に溶けていくようだった。


「――訳ありかい?」


「るさい」


 子どもっぽく、マテロフは答えていた。

 色々考えていると、とてもやりきれない気持ちになる。


 出来るなら自分だって、アレを――あの子を独り占めして、色々みっちり話をしたかった。

 それを言えばベトにだって――ひとりでカッコつけなんてさせないで、共に行き、共に守ってあげてやりかったというのに。


 世の中、うまくいかないことばかりだった。

 今までどおりだというのに、なにかそれがとても気に障った。


「……くっそ」


「荒れてるねー」


 ニカニカ笑い、エミルダは上機嫌だった。

 それがまたマテロフは気に食わず、残りのエールを一気した。




 ひとり、ヴィルは優雅にワインを傾けていた。


 外のバカ騒ぎに参加することはなく、金銀装飾で彩られた美しい馬車の中、その眼前では専属のシェフによる豪華なフルコースが鼻腔をくすぐる香りをあげていた。

 側には幾人もの従者が控え、すぐさまあらゆる世話を焼けるよう万全の体制を整えている。


 ヴィルはグラスを置き、静かにステーキへとナイフを入れる。


「で、ボクになにか用かな?」


 視線を向けずかけられた言葉に、コソコソと幕を少しだけ上げて覗き見ていたスバルはバツの悪そうな顔をして、舌を出した。


「あら? てへ、バレちゃった――」


「で、なに用かね?」


 言い回しを変えて、ヴィルは再度尋ねる。

 いい歳こいた禿げたオッサンの可愛こぶりっ子に、ただならぬ様子を醸し出していた。


 スバルは少し息を呑み、


「や、いや……そ、そのう、ヴィルフォローゼ=ステア=ネビ=トール=アイゼン=ギタラノーレ=オル=ローザガルドにおわしましては、ご機嫌麗しゅう――」


「用件は、なんだ?」


 ヴィルにしてはハッキリとキツイ言い回し。


 空気はいよいよピリピリと緊張感を帯びてきた。

 素知らぬふりをしていたらあっさり看破、事なかれとフレンドリーにいけば白け、空気を読めば怒りを買う。


 スバルはどんどんと追い詰められ、遂に必殺技を繰り出した。


「す、すいませんでしたァ!!」


 べたん、と土下座した。


 ヴィルはフゥ、とため息を吐く。

 口に入れた柔らかい激レアの牛肉は一瞬で溶けていた、美味ナリ。


「……で、何用だね? ボクは現在食事中で、出来れば用件は手短に済ませてもらいたいのだがね?」


 ガバッと顔を上げ、へこへこへこへこと頭を下げながら擦り寄るスバル。


「へ、へい、いえお時間は取らせませんっ! ただ、そのベト……我が息子はどんな様子だったのかと、そんなことを少しお聞きしたいだけでありまして――」


「……ほう?」


 その問いかけに、ヴィルは残り三分の一となっていたステーキへとナイフを入れる手を、止めた。


 スバルは口の端を、僅かに上げていた。


「な、なにか?」


「お前、ベトの親なのか?」


「い、いえ実際の親というわけではないのですが……拾って育てたのでまぁ、親代わりと言えなくも……」


「ほぉう、ふむ、それは確かにそうといえるな……なるほど、ではひとつ、情報交換といかぬか?」


 スバルは眉をひそめる。


「情報交換……ですかい?」


「うむ、余がおん自らぬしが望む息子の情報を話して聞かせてたもう故、ぬしも余に、余が望む息子の情報を――」


 そこへ割り込む、能天気な第三者であり、そしてなによりな当事者の声。


「おーうスバルここにいたかなにしてんだもうみんながうっせんだよ一丁シェフとして出張って収めて――って、なにしてんだ?」


 突然現れた闖入者に、ヴィルは一瞬でいつもの顔に戻る。


「やあベト、元気かい?」


「あ? あぁまぁ、元気っちゃそうだけンどよ……なに? スバル、お前なにしてんの?」


 急に話の矛を向けられ、自称育ての親は情けなくもしどろもどろ。


「や、いや……息子が世話になったんだからな、ひとつ、挨拶を、な……?」


「は? お前、なに言ってンの?」


 その否定にスバルは結構本気で傷ついていたのを即座に視線をヴィルへと回した息子と呼ばれた男は知る由もない。


「で? なに? 邪魔した?」


「いや、そういう訳でもないさ。なんだったら、一緒に酒でも飲み交わさないかい?」


 ヴィルはワイングラスを掴み、掲げた。

 それにベトは苦笑いを浮かべて、


「や、遠慮しとくわ。ンなお固いもん、オレの趣味じゃねーし。ま、偉いもん同士せーぜー仲良くやってくれや」


 パッ、と手を振って背を向ける。

 それをヴィルとスバルは笑顔で見送り――ゆっくり、視線を合わせた。


 独り残されたスバルはこれ以上ないほどの苦笑い。


「へ、へへ……」


「――なにか、文句でもあるか?」


「め、滅相もない……」


「――チッ」


 舌打ちし、掲げて宙ぶらりんだった杯を一気に煽る。


 スバルはただニヤニヤと笑っているだけだった。

 その後方に、エールのジョッキを傾けるエミルダの姿が見えた。


「……だーれかー」


 そして一人、フラフラと彷徨うプライヤだった。

 誰か構ってあげて欲しかった。

 みんなそれぞれいっぱいいっぱいで、余裕なかったけど。


「…………」


 そんなお祭り騒ぎな雰囲気を、すごく遠くの山から、レックスはひとり見下ろしていた。

 どこか、遠くを見るような目をしていた。

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