1話 転校生がやってきた!
ある雨の日。
――わたし、あの日、初めて同じ曲が好きな人に出会ったよ
――ね、この意味わかる?
***
「長崎から転校してきました。一ノ瀬菜々子といいます。これからよろしくお願いします」
セミロングの黒髪を高い位置でひとつに結んだポニーテールに、やや丸顔でも端正な輪郭。
背は150センチほどだろうか。瞳はくりんとしており、凛々しい耳や鼻の形がいかにも適切な位置に配置されていて、人形のような笑顔だった。
教室の前で紹介された転校生である一ノ瀬 菜々子(いちのせ ななこ)という生徒は、さぞかし前の学校でもモテたにちがいないと、隼は思った。
四月。兵庫県立桜本(さくらもと)高校は、新学期を迎えていた。
桜本高校は神戸東学区のトップ校で、地元でも人気の高校だった。
二年六組の岩隈隼(いわくま しゅん)は、このクラスでは出席番号が5番になった。桜本高校ではいつも定期テストごとに席替えをすることになっているが、年度の始めはいつも出席番号順だった。隼は教室の窓側、前から5番目の席だった。
隼の身長は174センチ。
ボリュームのある髪は、寝ぐせにワックスをそのまま付けたように一本一本が好きな方向へと向かっていたが、清潔感はあった。前髪を下ろすと幼く見えたので、そうならないように額を出しており、耳回りだけをソフトに刈り上げていた。
隼のこだわりは、なるべく大人っぽく見えるようにすることだった。
隼はいつも何かにつけて考えごとをしていて、『自分なりの論理主義』のようなものを持っていた。要は理屈っぽい男だった。
何事も重厚な思考を経てからようやく行動に移すので、結果的に損をすることも多かった。それでも彼は考えることをやめなかった。4つ上に兄がいたが、特に兄に甘えるということもなく、ある程度自立した考え方のできる男でもあった。
とはいえ隼の『自分なりの論理主義』は、兄からも改善するように忠告されていた。隼に悪気はなかったが、それが隼のちょっとした悩みにもなっていた。
転校生の菜々子は始業式の四日後にやってきた。
オリエンテーションや課題テスト、身体測定を終えて、二年生は早くも通常授業が始まっていた。菜々子は放課後さっそくクラスメートの女子に誘われ、教室の前方、黒板の前でおしゃべりをしていた。菜々子はその人形のような微笑みを振りまいていた。
隼はそんな菜々子をぼんやり見ながら、やはり『自分なりの論理主義』を展開した。転校生はその初日、どんなことを考えているのだろうか――
「隼、放送室行こうぜ」
隼の思考を止めたのは亮介だった。このクラスメートは河田 亮介(かわだ りょうすけ)という名前で、隼の高校入学当初からの友人だった。
身長は隼と同じかそれより少しだけ低いくらいで、そのヘアスタイルは全体的にぼさっとしているが、柔らかにところどころ跳ねる毛先がカールしていて、無造作なのに計算されたようなラフさがあった。
前髪は両サイドに流して額を出し、トレードマークの黒い眼鏡をかけている。クラスや部活のムードメーカーで、男女問わず人気を集めていた。ひょうきんな振る舞いで時に失敗することもあったが、人望は厚かった。
隼と亮介は同じ放送部に所属していた。
放送部とはいっても、Nコンの全国を目指すこともなく、予選すらエントリーしない、『お昼の放送』と『完全下校のアナウンス』、『学校行事のお手伝い』をするくらいののんびりとした部活だった。
「わかった。行こう」
放送室は二年生の教室がある三階から階段を下って、一階にあった。
一階の廊下、職員室の並びをよく見ると、ひっそりと『放送室』と書かれたプレートがあった。放送室の中は長机をくっつけて会議室のようにしてあり、そのまわりをいくつものパイプ椅子が囲んでいた。
放送で流すためのCDの山や、それを聴いたりするためのコンポも置いてあり、いわゆる『放送をするためだけの部屋』、というよりも、『放送部員のたまり場』のようなものだった。
隼と亮介は二年六組の教室を出て、放送室へ向かった。
菜々子は今度は別の男女のグループに声をかけられ、こちらにも、人形のような笑顔を振りまいていた。
その日の神戸は最高気温が19度でほとんど風がなかった。
桜本高校の男子生徒用の詰襟制服で歩くと、暑いくらいの天気だった。
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