↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝陛下のお世話係〜女官暮らしが幸せすぎて後宮から出られません〜  作者: 柊 一葉
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/73

後始末その1

後宮に面した池のほとりを、大柄の男がゆっくりとした足取りで歩いていた。

視線の先には、龍の飾り細工が光る四阿(あずまや)がある。


「蒼蓮様。貴方様からお呼び出しとは、珍しいこともあるものですね」


人好きのする笑みを浮かべ、左丞相・黎(レイ)松華(ソンホア)は四阿(あずまや)の入り口で立ち止まった。

先に中で待っていた蒼蓮は、視線だけ彼に向けると正面に座るように促す。


「心当たりがあるのでは?」


何かもわかっているだろう?と、その瞳は語る。

そんな蒼蓮の様子に、黎(レイ)はクッと笑って腰を下ろした。


宮女は花茶を用意するとすぐに下がり、声の聞こえる範囲では二人きりとなる。


「よいのですか?私などとこうして茶を飲んでいても」


「あぁ、面倒事は官吏たちに押し付けてきた」


「それはそれは……、頼もしい部下がいて何よりです」


黎(レイ)はそう言うと、美しい所作で茶に口をつけた。

そして懐かしい味がするとわかると、少しだけ目を細めて口角を上げる。


「……お咎めはあるのでしょうか?」


「ない。おまえがしたのは、朱(シュ)哉嵐(セイラン)に少々の情報を流しただけであろう?世間話が何の罪になる」


あっさりとそう告げた蒼蓮を見て、黎(レイ)はしばし考えてからポツリと漏らす。


「それならばもっと色々とやればよかったですかね」


「今ここで斬り捨てることもできるが?」


「冗談ですよ」


鋭く睨まれ、彼は困ったように笑った。

蒼蓮は、無表情で彼を睨み続ける。


「私もまさか、朱(シュ)哉嵐(セイラン)があれほど無謀なことをするとは思いませんでした。せいぜい、柳(リュウ)右丞相にたてついて左遷されるくらいかと」


「愚か者ほど、ときに加減を見誤る。陛下に危険が及んだらどうするつもりだったのだ」


叱責とも取れる蒼蓮の言葉に、黎(レイ)は素直に謝罪した。


「それは申し訳ございません。以後気をつけます」


この男が紫釉(シユ)を傷つけることはないとはいえ、投げた小石がどう波紋を広げるかはわからない。行動には注意しろ、そう言外に告げる蒼蓮に対し彼は言う。


「まさか貴方様が、柳(リュウ)凜風(リンファ)殿に本気でご執心とは思いませんでした。なれど、あの簪を見たときは『これは面白いことが起こっている』と思うたのです」


「そなたを面白がらせるために、凜風(リンファ)と添うのではない」


「わかっていますよ。此度のことも、朱(シュ)哉嵐(セイラン)が異国の薬に詳しいとのことで、その内部を探ってみただけのこと。私の目的はあくまで国を蝕む薬の流通経路を調べることで、柳(リュウ)家を乱すことではございませぬ」


蒼蓮は、胡散臭いものを見る目を彼に向ける。


(どう見ても楽しんでいるようにしか見えぬが?)


何食わぬ顔で茶を飲む黎(レイ)は、もうこの話題は飽きたとばかりに変えた。


「ところで、納采(のうさい)はもう済ませたと解釈してよろしいので?おめでとうございます、といつ申し上げればよろしいのやら」


彼は、凜風(リンファ)がつけている簪を、蒼蓮が贈った婚約の儀の第一段階として捉えたらしい。


「まだ何もしておらぬ。陛下が成人の儀を迎えるまでは、当面何もできぬであろうな」


「おや、それはまた遠い話ですな。五年ですか」


「私もあれも忙しい。陛下の世話係をずっと続けたいと言うておるくらいだ」


淡々と話す蒼蓮だが、わずかにその表情は和らいでいる。それを見た黎(レイ)は、しばらくの間を空けてから諭すように言った。


「蒼蓮様、本当に大切ならば今すぐ懐の奥深くへ忍ばせ、誰にも見せぬようにするべきです。皇族も我らも、好いた女と生涯を共にできるほど易い道ではございませんから」


長い袖が机に擦れ、しゃらりと音がする。

彼は茶器に浮かぶ花を見つめ、淋しげに笑った。


(雪梅(シュエメイ)妃か……。あの頃は黎(レイ)のことなど知りたくもないと思うておったが、想う者が主君の妃になるというのはさぞ複雑であろうな)


蒼蓮の兄である先帝・燈雲(トウウン)の側近だったこの男が、主君とその妃が笑い合う様をいつも柔らかな表情で見つめていたことは知っていた。そして、そこには並々ならぬ思い入れがあったことも。


「昔、貴方様は私にお尋ねになりました。『人を好きになって何の意味があるのだ』と。覚えていらっしゃいますか?」


「あぁ、そのようなことを言ったな」


「理屈ではないのですよ。今の貴方様にならおわかりでしょう?」


蒼蓮は、少しだけバツが悪そうな顔をする。

結婚は国のためになるならば受け入れ、その逆であれば生涯ひとり身を貫く。そう決心していた自分が、凜風(リンファ)を何としてもそばに置こうとしている今、一人の女人に執心し続けるこの男の気持ちが嫌というほどわかる気がした。


「恨んでいるか?雪梅(シュエメイ)妃を泉(チュアン)国へ帰したことを」


問いかけに、黎(レイ)は静かに首を振る。


「いいえ、大局の前では臣下の恋情など些事《さじ》でございます。それに私は、燈雲(トウウン)様と雪梅(シュエメイ)妃のお二人が揃っているのが好きだったのです。己が燈雲(トウウン)様に成り代わろうと思うたことは、ただの一度もございませぬ」


わかりきった答え。蒼蓮は、酷なことを聞いたとわずかに悔やむ。


「──薬は、国を滅ぼします。この光燕(コウエン)は、燈雲(トウウン)様と雪梅(シュエメイ)妃が愛した国。遺された紫釉(シユ)様の治世を守るためならば、私は喜んで手を汚します」


それは国のために尽くすという宣誓でもあり、蒼蓮が道を踏み外せばいつでも反旗を翻すとの忠告でもあった。


「それでは、私はこれで」


立ち上がった黎(レイ)は、明るい髪をなびかせながら四阿を去る。護衛たちが一斉に頭を下げ、その背を見送った。


すでに冷めきった茶を一口飲んだ蒼蓮は、透き通った池を見て思った。


(本気で権力を欲するなら、右丞相を口説き落として凜風(リンファ)を妻にし、後ろ盾を得ることもできるであろうに……)


簪が思いのほか抑制となったらしい。誰からも忘れられた皇子として育った自分に、せめてもの情けのつもりなのかと、蒼蓮は自嘲めいた笑みを漏らす。


鳥の囀りを聞きながらしばしの休息をとっていると、一人の上級官吏が四阿へとやってきた。


「失礼いたします。柳(リュウ)右丞相が、面会を願い出ております」


「わかった。湘殿《ショウシデン》にて待つと伝えよ」


後始末の報告だろう。予想より早い動きを意外に思いつつも、蒼蓮は立ち上がり後宮の奥へと向かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。