己の立場
お願い、二人きりにしないで……!
狼狽える私は、慌てて寝台の上で身を起こす。
寝ている場合ではない。
とにかく謝罪を……、でも一体何がいけなかったの!?何に対して謝ればいいかすらわからず、私は絶句する。
「凜風」
「──はい」
蒼蓮様が私の隣に座り、寝台がかすかに軋む音がした。
そしてそれとほぼ同時に、長い腕に絡めとられしっかりと抱き締められる。
「あの……?」
「そなたは己を何だと思うておる」
意味が解らず、返答に困ってしまった。
黙り込む私に対し、蒼蓮様は悲しげに言う。
「柳家の娘で、陛下の世話係で、私の許嫁で……そのようなことはどうでもよい。二人でいるときくらい、立派であろうとするな」
「──っ!」
心臓がひと際大きく跳ねる。
一人前であると、このようなことくらい耐えられると虚勢を張っていたのが見透かされていた。
怒っているようにしか思えない雰囲気なのに、背中や肩を撫でる手は優しくて、じわりと涙が滲んでくる。
「つらいときはつらいと言え」
「でも……私は」
陛下の世話係になるときに、もう守られる側でいてはいけないと思ったのだ。陛下のために、立派な女官になりたいと思って、自分一人で何でもできる頼もしい人間になりたいと。
静蕾様のように、背筋を伸ばして立派に生きる人になりたいとも思った。何があっても大きく構えていられる女性になりたいと……。
「そなたは十七の娘だ。恐れる気持ちがあってもよい。無理をしてはいつか心が壊れる」
驚いた。蒼蓮様はこれまで私を一人の女官として扱ってくれていたから、まさかこのようなことを言われるとは思わなかった。
この差し伸べてくれる手を取ってもいいのだろうか?
本心を口にしても許されるのだろうか?
でももうすでに限界は感じていて、ボロボロと涙を零しながら蒼蓮様に縋ってしまった。
「恐ろしかったのです……!私のせいで苗が、大けがをしたのではないかと……。私が後宮で勤めなければ、苗は邸で平穏な暮らしができたのに、と」
当然、彼女が役目として私の囮を任されていることはわかっている。これまでだって何度もそうしてきた。
けれど、実際に襲撃されたことはこれが初めてで、苗を失うかもしれないと思ったら怖くて仕方がなかった。
「柳家の娘として、常に胸を張って堂々と生きよと言われてきました。なれど、怖かったのです……!」
血だまりを見た瞬間、頭が真っ白になった。自分の立場とまわりの目、それらの何もかもを凌駕するほどの恐怖心に支配された。
名家の牛車が襲われるなど珍しくはない、だなんてとても思えなくて。気づいたら息ができなくなっていた。
「自分が情けなくて……。でも、怖かったのです」
蒼蓮様は泣き続ける私をずっと宥めてくれていて、随分と長い間こうして過ごした。
皇帝代理として私よりはるかに修羅場を潜り抜けてきた蒼蓮様は、私が情けなく縋っても見放すことはなかった。
「あの……」
ふと我に返ったときには、上等の羽織も衣も私の涙で濡れていて、とんでもないことをしたと自覚する。
「申し訳ございません。お召し物が汚れてしまい……」
掠れた声でそう言うと、彼は腕の力を緩めて私の顔を覗き込んだ。
「構わぬ。己の好いた者に、建前でごまかされるほど腹立たしいことはない。凜風の胸のうちを聞けて何よりだ」
衣を濡らしたついでだ、とでもいうように、蒼蓮様はご自身の袖で私の顔をそっと拭う。
弱い部分を知られたら迷惑がられるのではと思っていたのに、こんな風にされては寄りかかってしまいたくなる。
「目が腫れている」
それは口にしなくてもよいことでは、とちょっとだけ思った。私は情けないやら恥ずかしいやらで、両手で顔を覆って俯く。
「凜風」
さきほどまでとは打って変わって、優しい声音で名を呼ばれる。
「無事でよかった。そなたの気が晴れるならば、いくらでも泣き言を言うてよい。私の前では、ただの凜風でいてくれ」
そっと手首を掴まれ手を下ろされると、自然な所作で唇を重ねられた。こんな風に甘やかされると、それに頼ってしまいそうで怖くなる。
黙っていると、蒼蓮様がからかうように尋ねた。
「ほかにも何かないのか?朝まででも、そなたの気持ちを聞いてやるぞ」
「さすがにそれは……!」
「そうか。ならば昔、逃げようとした間者を秀英が弓で殴った話があるが聞くか?」
「何ですか、その話は」
思わず苦笑いになる。兄が剣を不得手としていることは知っているが、弓で殴るってそれは使い方が間違い過ぎでは……?
くすりと笑っていると、蒼蓮様は再び私を抱き締めて笑った。
「ずっとこうしていたいものだが、あいにく後始末があってな。ここは私の寝所だから、凜風はゆっくりしていくがいい」
「え!?」
蒼蓮様の寝所だったの!?
それなら私は早く出て行かなくては……!
「彩林がそなたを気に入ったようだからな、不安があるなら心労によい茶をもらってきてやろう」
「えっと、それはなにゆえ?」
診てもらっただけで、なぜ気に入られるのか?きょとんとしていると、蒼蓮様はクッと笑った。
「彩林のことを『先生』と呼んだであろう?女人が医官にはなれぬのに、それでもそなたは彩林を先生と呼び無意識に医官だと認めた。それがうれしかったらしい」
「そうなのですか」
「そなたは誠に素直でかわいらしい娘だ」
「かわいい……?」
父にはいつも『かわいげがない』と言われてきたので、信じられない気持ちになる。
蒼蓮様は私の髪を撫で、上機嫌だった。
「あの、そろそろ離していただけませんか?」
「断る」
私が必死で逃れようとするも、まったく意味はなかった。
ところが諦めの境地に達したころ、扉の向こうからコンコンと高い音がする。
「蒼蓮様~?お茶をいれてきたんですが、入ってもいいかしら?それともここに置いていった方がよろしい?」
「蒼蓮様!妹は無事ですか!?」
雹華様と兄の声がする。
「今開ける」
蒼蓮様はため息交じりにそう言うと、するりと腕を解いて立ち上がるのだった。
5月17日発売!
「皇帝陛下のお世話係」ノベル2巻&コミックス1巻
ノベル版は半分くらい書き下ろしで、新しいエピソードが満載です♪
紫釉様の成長や凛風の仕事ぶり、蒼蓮の深まる愛情と不憫がより楽しめる内容になっております!
どうかお楽しみください!
漫画版では、吉村悠希先生の描く麗しい世界観が最高です。
お兄ちゃんと蒼蓮の不憫かっこいい姿よ……!( ノД`)煌びやかな中華の世界、詰まってます。
なお、小説版もマンガ版もずっと名前にふりがなついてます。読めない・覚えられないが解消されて、ストレスフリーな中華をお楽しみいただけます。
ありがとうございます、スクウェアエニックスさん…!
※アニメイトさんなどでの特典配布は、なくなり次第終了です。




