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皇帝陛下のお世話係〜女官暮らしが幸せすぎて後宮から出られません〜  作者: 柊 一葉
第二部

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43/73

妹ができました

日暮れより少し早い時間、そろそろ(りゅう)家を出て後宮へ戻ろうかという時間帯になって、私はもう一つ驚きの事実を蒼蓮様から知らされた。


凜風(リンファ)は、明後日までここで過ごすがいい。もうしばらくは戻れぬからな」


「え?」


すでに話はついているらしく、ここにきてまさかの休暇を頂戴することになる。静蕾(ジンレイ)様は、当然ご存じだった。陛下の後ろに控えている彼女は、私に向かって笑顔で頷く。


凜風(リンファ)、またすぐに戻ってくるのだぞ?」


別れ際、紫釉(シユ)様が少し淋しげにそんなことをおっしゃるから、私は感極まって「今すぐ一緒に後宮へ行きます!」と言いそうになった。


ぐっと堪え、手を握って「必ずや戻ります」と紫釉(シユ)様に告げる。

それを見た兄が、「戦場にでもいくのか?」と呆れていた。けれど私にとって、この愛らしい陛下とお別れするのは一時でも悲しい。


紫釉(シユ)様は、私の目をじっと見つめて心配そうにこうも告げた。


「よいか、寝るときは温かくして寝るのだぞ?」


いつもご自身が言われていることを真似るところが、堪らなくかわいい。


「帰りは一人で寂しくないか?麗孝(リキョウ)を迎えにやろうか?」


紫釉(シユ)様、私は大丈夫でございますよ」


これには、麗孝(リキョウ)様も苦笑いだ。

五大家の娘とはいえ、今は陛下の世話係として仕える身の私を、後宮護衛の長がわざわざ迎えに来るなんてどう考えてもおかしい。


この半年ほど、私は毎日紫釉(シユ)様を見守ってきたと思っていた。

けれど、紫釉(シユ)様からすれば自分が私を見守って来たのかもしれない。何となくそんな気がして、私はふっと笑った。


(りゅう)家の護衛がおりますので、ご心配なく。戻ったら二胡を弾きましょう…………紫釉(シユ)様?」


なぜか紫釉(シユ)様は、私の下衣の裾を握ったまま放そうとしない。

初めて私が家に戻るから、もう後宮へ戻って来ないと不安になっている?


父が私を連れ戻そうとしていたこともわかっているから、紫釉(シユ)様は心配しているようだった。


凜風(リンファ)は、必ず紫釉(シユ)様の元へ戻ります」


「真か?」


「ええ、真にございます。後宮で待っていてくださいませ」


裾を掴む小さな手を両手で包み込み、安心させるよういつものように笑顔を作る。

紫釉(シユ)様はようやく納得してくれて、静蕾(ジンレイ)様と共に牛車に乗り込んだ。


「では、またな」


「はい。どうかご無事で」


馬に跨った蒼蓮様にもお別れをする。

そういえば、紫釉(シユ)様と蒼蓮様が一緒に朝餉を召し上がるようになってから、この方のお顔も毎日のように見ていた。


明日は会えないのだ、と思うと妙にしんみりしてしまう。


秀英(シュイン)、おまえも明日は休め」


蒼蓮様は、私と同じく邸に留まる兄に向かってそう告げるも、兄はため息交じりに首を振る。


「そうしたいところですが、私は明日もいつも通り宮廷へ行きますよ。やるべきことが山積みですから」


「そうか」


さらりと受け入れた蒼蓮様は、兄がそう言うとわかっていたようだ。

私たちは家族揃って彼らを見送り、その姿が見えなくなるまで門の前で立っていた。


****


「お姉様、お邪魔してもよろしいでしょうか?」


夕餉の少し前、翠蘭(スイラン)姫がひょっこりと扉の陰から顔を覗かせてそう言った。

大きな目に愛らしい丸いほっぺ、私はその様子を見て胸がきゅうんとなる。


「どうぞ、こちらへ」


久しぶりに戻ってきた(リュウ)家の邸は、何一つ変わっていないがすでに懐かしい。自室にて二胡を弾こうかと思っていたところ、翠蘭(スイラン)姫はやってきた。


花模様の長い裾をひらひらと揺らし、彼女は私の隣に腰かける。


「もうこの(リュウ)家には慣れましたか?」


そう尋ねると、彼女は笑顔で頷く。


「とても楽しゅうございますの。飛龍(フェイロン)様が毎日遊んでくださいますし、書の先生が優しくて好きです」


純真無垢な笑みを見て、私はホッとした。

この子をいじめるような人間は(リュウ)家にいないと信じているけれど、環境が変わったことで気落ちしていたら……と気になっていたから。


「もう少し大きくなったら、二胡も習えるように母に頼みましょう。私の師がきっと来てくださいますよ」


「お姉様の先生?私も、上手になれますか?」


「ええ、練習すればきっと上手になれるわ」


今、私が持っているのはあのとき翠蘭(スイラン)姫が壊してしまった二胡だ。職人に直してもらい、また弾けるようにしてもらった。


翠蘭(スイラン)姫は気づいていないので、あえて言うことでもないので口には出さないでおく。


「そうだ、飛龍(フェイロン)がこども用の二胡を持っているかも。それを借りれば、すぐにでも練習できるんじゃないかしら?」


あの子は多分、二胡をやらないだろう。走り回るのが好きな性分だから、座っておとなしく楽器を奏でている姿がまるで想像できない。


ところが、翠蘭(スイラン)姫が少し言いにくそうに言った。


「あの、飛龍(フェイロン)様は……折ったと聞きました」


「折った!?」


何がどうなってそんなことに!?

私はぎょっと目を見開く。


「木剣みたいに素振りしたら折れちゃった、と」


あああ、容易にその姿が想像できる。

私は遠い目をして、その折れたという二胡の冥福を心の中で祈った。


義母上(ははうえ)翠蘭(スイラン)には翠蘭(スイラン)用の二胡を作ってくださると、それで、今は、えーっと」


「あぁ、()工房ね?そこで作ってもらってるから、まだ手元にないと」


「はい。そのように聞きました」


目を合わせて笑い合うと、とても和やかな空気が流れる。


「ねぇ、これをちょっと弾いてみる?私が押さえるから、ここを……」


「よいのですか?」


喜ぶ翠蘭(スイラン)姫は、目をキラキラと輝かせて私を見つめる。

まだ夕餉の時間まではもう少しあるから、一緒に演奏できるならぎりぎりまで演奏したい。


「では、お祝いの席で弾く歌にしましょうか」


私は彼女を膝の上に乗せ、後ろから抱き込むようにしてその小さな手を取り、二胡に触れさせる。最初は遠慮がちに弓を持っていたものの、弾きはじめると楽しくなってきたようで、翠蘭(スイラン)姫は興奮気味に声を発する。


「すごい……!鳴りました!」


「ええ、上手よ」


初心者用であれば弓毛をもっと強く張ってあるものの、これは私用なのでやや弾きにくいはず。とはいえ、不安定な音色もたどたどしくてかわいらしく感じ、何より翠蘭(スイラン)姫が楽しそうなことが私はうれしかった。


静かな部屋に、二胡の音色が伸びやかに漂う。

それからしばらくの間、私たちは姉妹のように仲良く二胡を楽しむのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やさしくてかわいい、小さな紫釉さまの魅力にメロメロです。。。 飛龍くんと翠蘭姫もかわいくて、ほんとに癒やされます。
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