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皇帝陛下のお世話係〜女官暮らしが幸せすぎて後宮から出られません〜  作者: 柊 一葉
第一部

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28/73

よい知らせと悪い知らせ

 平和な後宮。

 夏の終わりは、晴れやかな青空が広がっている。


 紫釉(シユ)様は、午睡(お昼寝)の前に後宮の中に造られた川で足をつけて寛ぎの時間を過ごし、そばにつく麗孝(リキョウ)様らも水をかけられて少々濡れている。


 私は静蕾(ジンレイ)様と屋根のある場所で待機し、手拭きや着替えの準備が終わった状況で楽しそうな紫釉(シユ)様を見守っていた。


「蒼蓮様から夕餉(ゆうげ)をご一緒に、とは初めてですね」


 紫釉(シユ)様の予定を確認していると、朝には入っていなかった会食予定を見つけた。

 静蕾(ジンレイ)様は柔らかく微笑み、急遽加わった予定について説明してくれる。


「紫釉(シユ)様にお会いできぬまま、もう五日が経とうとしていますからね。蒼蓮様がしびれを切らしたのでしょう。会食なんて大層な名目をつけ、皇帝陛下への報告の場を設けるという理由でそのご予定を入れられたのです。ふふっ、紫釉(シユ)様より我慢の利かぬお方とは思いませんでした」


 なるほど、報告も兼ねての会食ならば忙しい合間に公務として紫釉(シユ)様に会えるということか……。

 蒼蓮様が無理を言って予定をねじ込み、兄があたふたと各所へ連絡して調整する姿が目に浮かぶ。


「贈り物のお礼の品を用意しましたので、事前に執政宮へ運ばせますわ」


 叔父と甥であっても、皇帝と臣下である以上は贈り物一つでも返礼品を用意する必要がある。何もしなくても蒼蓮様は気にしないだろうけれど、皇帝としての紫釉(シユ)様の威厳や体裁にかかわるからと静蕾(ジンレイ)様は言う。


「紫釉(シユ)様の生誕記念の宴には、およそ500もの返礼品が必要になります。来年のことではありますが、女官は総出で宛名書きや返礼品の確認作業をしますので、凜風(リンファ)にも手伝ってもらうことになるでしょう。あなたは字がきれいですから」


 私は静蕾(ジンレイ)様にそう褒められ、はにかみながら頷いた。

 女官は基本的に読み書きができるが、得手不得手は当然ある。適材適所に仕事を振り分けるのも、女官長である静蕾(ジンレイ)様の役目となっている。


 全員の顔や名前を覚えることも、私にはまだ達成できていない。

 護衛や女官だけでなく側用人、各係の者、下働きまで合わせると、後宮に勤める者は500人以上いるのではないかしら?


 その全員を把握するのは、想像を絶するむずかしさだ。

 静蕾(ジンレイ)様は「長年ここにいるからよ」と笑ったが、毎年入れ替わりもあるので、長年いたからといって簡単なことではないと思う。


 出来る限り、女官や側用人の女性たちには自分から声をかけるようにしているが、道のりは遠い。


 とはいえ、楽しそうに遊ぶ紫釉(シユ)様を見ているとすべてがこの方のためになるのだと納得できるので、そこまで気分が落ち込むことはない。


「楽しそうですが、そろそろお戻りいただきましょうか」


 静蕾(ジンレイ)様の言葉に従い、私は庭へ出て紫釉(シユ)様のもとへ歩いていく。


 私が近づいてきたことに気づいた紫釉(シユ)様は、もう時間なのかとしゅんと落ち込んだ。


 気の済むまで遊ばせてあげたいけれど、少年皇帝の予定は毎日ぎっしり詰まっている。

 今日は夕方から大臣らとの協議会があり、その後は蒼蓮様との会食があり、しっかりと午睡の時間を確保して元気に出席しなくてはならない。


「紫釉(シユ)様、本殿へお戻りください。お時間となりました」


 声をかけると、紫釉(シユ)様は拗ねた顔つきになりつつもおとなしく川から上がる。

 私はそばへ寄ってしゃがみ込み、手にしていた手拭きでその小さな足を軽く拭きながら言った。


「夕餉(ゆうげ)は蒼蓮様とご一緒ですよ。急遽ご予定が変わりました」


「真(まこと)か?蒼蓮が来るのか?」


 紫釉(シユ)様は驚きで目を丸くする。そしてすぐにうれしそうな笑みを浮かべる。

 私もその表情を見ると、安堵で微笑んだ。


「本日は、紫釉(シユ)様が執政宮へ向かいます。たまには気晴らしに、後宮から出てみてもよいかと」


「わかった!蒼蓮のところへ行く!」


 裸足で駆け出した紫釉(シユ)様は、静蕾(ジンレイ)様の方へ一目散に走っていく。きっと、蒼蓮様との夕餉について報告するのだろう。


「紫釉(シユ)様!裸足はいけません!」


 慌てて後を追った私だったが、すでに紫釉(シユ)様は本殿の軒下に到着していて、静蕾(ジンレイ)様は「裸足で駆けてくるなど、はしたないですよ」と笑っていた。


 私も少しだけ笑うと、お召し替えの手伝いをしようと後に続く。


 ところが、本殿から薄桃色の衣を着た女の子が歩いてくるのが見える。


「桜綾(ヨウリン)、何かありましたか?」


 側用人の娘たちがこうしてわざわざやってくるのは、何か用事があるときや伝令を承ったときだ。

 私が声をかけると、桜綾(ヨウリン)はまっすぐにこちらへ向かってくる。


 そして、きょとんとしている私に少々おびえた様子で用件を告げた。


「あの、右丞相様が凜風(リンファ)様に取次ぎをと、さきほど参られました」


「父上が?」


 文のやりとりはこれまで何度かあったけれど、直接出向いてくるなんて────

 嫌な予感しかしない。


 露骨に顔を顰めた私に、麗孝(リキョウ)様が声をかける。


「無視はできないな」


 当然、そんなことはできない。

 私は諦めて桜綾(ヨウリン)に尋ねる。


「今、父はどこに?」


「湘殿(ショウシデン)にて、お待ちいただいております」


 紫釉(シユ)様の住まいである采和殿(サイカデン)のすぐ隣で、父は私を待っているという。そこはかつて皇妃様が住んでいた離れで、本来であれば皇妃様方の個人的な来客や女官の親族らを迎える場所だ。


 私は静蕾(ジンレイ)様に報告し、紫釉(シユ)様が午睡の間を使って父に会うことに。


「二人きりにして大丈夫か?」


 麗孝(リキョウ)様が心配そうにそんなことを尋ねる。

 盛大な父娘喧嘩でもすると思われているのかしら?さすがにそんな大ごとにはならないと思うんだけれど……。


 麗孝(リキョウ)様には「大丈夫です」と苦笑いで伝える。

 ただし、武官の伝令係の手を借りることにした。


「すみませんが、兄に知らせをお願いできますか?父が私に会いに来たことを、兄は知らぬと思いますので」


 兄は嫡子という立場もあり、私と父が争っていてもどっちつかずになるので、援護は期待していない。ただ、本当に困ったときは何かしらの知恵を貸してくれると思うので、念のために父の訪問を知らせておくことにした。


 何も起こらないことを願うばかりだけれど、父がわざわざやってきて何もないとは思えない。


 麗孝(リキョウ)様は快く伝令係を貸してくれて、「がんばれよ」と哀れみの目で応援してくれた。


 紫釉(シユ)様がお召し替えに向かうのを見送って、私は一人で采和殿(サイカデン)へと向かうのだった。








ご覧いただきましてありがとうございます。

感想返信がエラーになることが多く、不本意ですが返信の順番が飛んだりそれ自体が抜けたり、おかしなことになってることがあります。すみません…!

ありがたく拝見しておりますので、引き続きお付き合いくださいませ(*´ω`*)

どうかよろしくお願いいたします。

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