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皇帝陛下のお世話係〜女官暮らしが幸せすぎて後宮から出られません〜  作者: 柊 一葉
第一部

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27/73

うちの陛下がかわいすぎる

「紫釉(シユ)様、本日はこちらの絵巻をご覧になりませんか?」


 騒動から三日後、私はすっかり元気になった紫釉(シユ)様と共に後宮の書閣にいた。


 永続雇用をしてもらえるかもしれないというのは、静蕾(ジンレイ)様のお耳に入れることだけに留めている。


「凜風(リンファ)が読んでくれるか?」


 私が差し出した絵巻を手にし、ご機嫌な紫釉(シユ)様。

 こんなにかわいらしい主をがっかりさせたくないので、永続雇用のことは父の許可が正式に降りるまで話さないと決めた。


「あちらの椅子に座って読みましょう」


「うん!」


 一人がけにしては大きめの椅子に、紫釉(シユ)様と身を寄せ合って座る。「ふんっ」と言って懸命に椅子によじ登る姿が堪らなく愛らしく、動くたびに揺れるさらさらの黒髪につい視線を奪われた。


 書閣の管理者である栄先生が、私たちの様子を見てうれしそうに目を細めて言った。


「雲を泳ぐ龍の話ですか、これはまた懐かしいですなぁ」


「雲を、泳ぐのか?この龍は」


 紫釉(シユ)様は、持っている絵巻を見て目を輝かせる。皇族のものということもあり、その包みには龍を模した刺繍が入れられていた。

 私もその刺繍に視線を落とす。


「今日のように雲が立ち込める空の上には、龍が泳いでいると昔から申しましてな。黄金色(おうごん)の鱗に覆われた龍が、人々の行いを見ているそうなのです」


 そういえば、龍の模様は宮廷の玉座や幕にもあった。

 いずれも淡い色の糸で刺繍されていて、宮廷以外の場所で見かける黒龍とはその顔かたちも異なっていたような。


 紫釉(シユ)様はいそいそと布を取り、私はそれを受け取って机の上に置く。

 絵巻の中には、墨で描かれた龍の絵がいくつも描かれていて、紫釉(シユ)様はそれを指でなぞったり、読める文字を自分で追いかけて読んでみたりと楽しそうだ。


「光燕(コウエン)国まで雲を泳いできた龍は、あくびをして涙で畑を潤し、鳥たちを使って人々にありがたい……お手紙?をくれました?」


 読めない文字があった紫釉(シユ)様は、ちらりと私の顔を見る。


「これはお手紙ではなく、報告ですね。龍がありがたいお知らせをくれたのです」


 鳥が木札のようなものを運んでいる絵も描かれている。

 散歩のときには必ず鳥を目で追う紫釉(シユ)様は、その小さな絵を見つけて声を上げた。


「ツバメがおったぞ!」


 うれしそうな様子がかわいくて、私はくすりと笑う。


「そうですね、ツバメでございますね」


 すると紫釉(シユ)様は、「あぁ」と閃いてぱぁっと破顔した。


「蒼蓮がくれた硯(すずり)にもツバメと龍がおったな!」


 李家の裁可以来、蒼蓮様のお姿をもう三日も見ていない。「後始末が終わるまでしばらく朝餉の席には行けない」と連絡は受けている。


 蒼連様は紫釉(シユ)様のお心が離れるの心配したようで、筆や硯(すずり)、子ども用の簪(かんざし)などを届けさせ、紫釉(シユ)様はそれをとても喜んだ。


 蒼蓮様はきっと、紫釉(シユ)様のために悩みながら選んだに違いない。


「硯(すずり)にツバメと龍でございますか?」


 丸い形の硯(すずり)の上部には、確かにツバメが飛んでいた記憶はある。でも、龍はいたかしら……?

 私が首を傾げると、紫釉(シユ)様は懸命に訴えかける。


「裏側!硯(すずり)の裏側に龍が彫ってあったのだ!大きくてかっこいい龍であったぞ!」


「まぁ、そうなのですね!凜風(リンファ)は裏までは見ておりませんでした。紫釉(シユ)様はよく見ておいでですね!」


 私が目を丸くしてそういうと、紫釉(シユ)様は少し照れて自慢げな顔になる。


 くっ……!かわいすぎる……!

 胸がきゅんと締め付けられるような感じがして、抱き締めて頬ずりしたくなる衝動を必死に堪えた。


「お部屋に戻ったとき、見せていただけますか?私も龍を見とうございます」


「わかった。見せてやろう」


「ありがとうございます、楽しみですわ」


 にっこりと笑った紫釉(シユ)様は、再び絵巻に目を向けた。

 私はそれを見守りながら、書閣での平穏な時間を享受する。


 午前中はほとんどここで絵巻や書物を読んで過ごし、そろそろ食事の時間だということで私たちは栄先生に挨拶をして書閣を後にした。


 扉の前には麗孝(リキョウ)様の部下がいて、私たちが出てくると黙って後をついてくる。


「午後は武術の時間であろう?麗孝(リキョウ)は戻ってくるのか?」


 紫釉(シユ)様にそう尋ねられ、私ははいと言って頷いた。

 麗孝(リキョウ)様も後始末に忙しいらしく、昨日の夜に少し陛下のおそばについていた以外はその姿を見ていない。


 彼は誰にでも平等で気さくな人物だが、後宮の護衛武官をはじめ、警備を担う者たちを束ねる立場だそうで、実はかなり高位の武官だそうだ。


 紫釉(シユ)様の身辺警護だけでなく、蒼蓮様の手足となって動くこともあるらしい。


「武術の時間には戻ると聞いておりますよ。すでに紫釉(シユ)様のお部屋におられるかもしれません」


 私がそう話すと、紫釉(シユ)様はうれしそうに笑った。

 蒼蓮様と朝餉を摂らなくなって三日、麗孝(リキョウ)様も離れている時間が多く、きっと淋しいのだろうなと思う。


 歩きながら「朝餉の時間を再開できるのはいつ頃かしら」と何となくそう思ったとき、突然にあの夜抱き締められた記憶がよみがえってしまった。


「──っ!」


 うわぁぁぁぁぁ!

 あのときは永続雇用のことで頭がいっぱいで、しばらく忘れていたけれど、呼び止めるだけなのにあんな風にしなくてもよかったのでは!?


 あのときの感覚まで思い出してしまいそうで、私は必死で記憶を封じ込めようとする。


 うっかり惚れでもしたら、目も当てられない。

 あの方は女人を好きになるような方じゃない。その気もなければ、ご自身に恋愛的な意味で好意を寄せる者に嫌悪感を抱いてすらいる。


 ないないない、蒼蓮様の戯れを真に受けて心を明け渡してはダメ。

 冷静に、あくまで勤め人と雇い主としての距離を保たなきゃ……!


 紫釉(シユ)様に好かれたい同志ではあるけれど、ただそれだけの関係なのだから。


 ふぅ、と一息ついて私は頭を切り替える。


 背筋を正し、世話係としての顔つきを作り直したそのとき、紫釉(シユ)様からお声がかかった。


「凜風(リンファ)」


 私はすぐに返事をする。


「はい、何でございましょう?」


 少しだけ屈んで尋ねると、その小さな手が私の袖を握った。


「武術の時間は何をしておる?見に来てくれないか?」


 武術の時間といってもそれは本格的な訓練ではなく、麗孝(リキョウ)様にコロンと転がされた紫釉(シユ)様が受け身を取り、きゃっきゃとはしゃぐ時間である。


 見に来てほしいというかわいらしいおねだりに、私はまたしてもきゅんとなってしまい「行きます」と即答する。


「紫釉(シユ)様が武術着にお召し替えしている間に私は食事を終わらせ、鳳凰庭園に向かいます。少し遅れるかもしれませんが、そのときは連絡いたしますね?」


「うん!約束ぞ?」


「はい、約束でございます」


 にっこりと笑い合った後、紫釉(シユ)様はうれしそうに部屋へ戻っていく。

 こんな日々がずっと続けばいいのに、と私は心の中で願った。




 紫釉(シユ)様をお部屋に送り届けると、お召し替えをほかの女官に任せ、私は静蕾(ジンレイ)様と共に食堂へ移動した。


 毒見の済んだ膳とあらかじめ知らされていた品書きを見比べて、その内容を確認する。


「今日は紫釉(シユ)様の大好きな甘露煮がありますね」


 魚のすり身の団子や野菜を甘く煮詰めた煮物は、紫釉(シユ)様の好物である。焼いた鴨肉もあり、「今日は食が進みそうですね」と私たちは笑い合った。


 しばらくすると紫釉(シユ)様がやってきて、膳を見た瞬間にぱっと表情が輝く。

 その姿のなんと微笑ましいことか……!


 食が細い方だと思うので、健やかに成長してもらうためにもたくさん食べてもらいたい。


 静蕾(ジンレイ)様によると、少しずつではあるけれど以前よりも食事量が増えているそうで、そもそも健康状態は良好だから、長い目で見守ろうということになっている。


 すぐさま席に着いた紫釉(シユ)様は、さっそく料理に箸をつけた。

 もぐもぐと頬張る愛らしい仕草は、女官や給仕係の心を和ませくれる。


 あぁ、うちの陛下かわいすぎません!?

 全世界に伝えたいかわいさだわ……!


 私ももっとお小さい頃からそのお姿を見たかったなぁ。

 かわいかっただろうなぁ。

 これからどんな風に成長なさるんだろう?


 お世話係の喜びは、やはりその成長を間近で見続けられることだと思う。


 何としてでも、ずっとおそばにいなくては……!!


 私は決意を新たにした。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 子供のかわいい時期は一瞬…!!それを堪能出来る他人はそれほどいないので、こころゆくまで味わってあげて~!! 紫柚様かわいいですね…!!
[良い点] ほのぼの癒し回ですね(//∇//) [一言] 更新ありがとうございます。 遅ればせながら25&26話の皆さんの感想欄を読んで、あれぇ?となり、もう一度読み返しました。。。 ワタクシ…
[一言] 子供の頃はコロコロ転がされるのも楽しいんだろうなぁ。もう少し年齢を重ねると負けるもんか!ってなり始めてムキになるのかな 曲がりなりにも武術らしい形のものを覚えるのはそれからかも。今は転け方…
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