11.珊瑚海
お久しぶりです。更新が遅くて申し訳ありません。
珊瑚海の空はどこまでも青く、海はどこまでも深い群青色。そして青い空を背景にして点々と浮かぶ雲は純白で、この三色の対照の美しさは日本本土の周辺ではちょっと見られない。
だが今は戦時であり、この美しい景色を愛でているわけにはいかない。
味方の索敵機が敵艦隊を発見して逐一その位置を通報しているとなればなおさらだ。
今朝方に空母から発艦した索敵機が報じた敵艦隊の位置は伊23から約97浬(約179キロメートル)と意外に近い。ちなみに昨日、GF司令部からもたらされた敵の位置情報はこれよりかなり東に寄っており、これを信じて全力航行していたらもっと距離は離れてしまっていたはずだ。
余計なことをしてくれたGF司令部に対する腹立たしさはあるものの、見当外れの方向に突っ走らずに済んだ安堵と大物喰いの期待の方が遥かに大きい。
晴れ渡った空は絶好の飛行日和のため、哨戒長の小幡と見張員たちは受け持ち範囲のわずかな変化をも見逃さぬように双眼鏡にかじりついている。
武田がその様子を眺めていると艦橋に上がってきた土屋が電報用紙を差し出した。内容を一瞥した武田は艦内に飛び込むと電報用紙に記された敵の位置を海図で確認した。彼我の距離は約59浬(約110キロメートル)と先程よりもだいぶ縮まっている。
「うまくいけばあと3、4時間で接触できますね」
原が海図を覗きこんだ。
「それまで我々の取り分が残っているといいのですが」
「空母同士ががっぷり四つに組むんだから簡単にケリはつかないだろう。だから空母の皆さんが頑張って敵を弱らせた頃に横からかっさらってやろうと考えているんだがどうだ?」
「楽に喰えるならそれに越したことはありません。まあせいぜい我々のために頑張ってもらいましょう」
武田と原の明け透け過ぎる会話に秋山は何とも言えない表情を浮かべて黙っている。
「嫌らしく意地悪く粘り強く。それでいて引き際を間違えない。これが潜水艦乗りの信条だぞ?」
「ただあまりやり過ぎると人品を疑われることになるから気をつけないといけませんが。おっといけない」
教官のような口調の武田に対して原はいつものように冗談を飛ばした。
「よし、航海長の考課票に『上官ヲ上官ト思ハヌ不遜ナ態度ヲ取ルコト頻頻ナリ』って書いてやろう。覚えておけ」
武田がわざと渋面を作って切り返すと発令所は笑いに包まれた。
それから1時間ほどたった頃、敵味方の通信量が急に増え始めた。どうやら彼我ほぼ同時に相手の艦隊に攻撃を開始したようだ。
戦力は互角で攻撃開始もほぼ同時となればあとは機体の性能と搭乗員の技量が勝敗を決することになる。アメリカの艦載機の性能や搭乗員の技量については航空に疎い武田にはとんとわからなかった。ただ、据え物斬りだった真珠湾や圧倒的な戦力差があったインド洋のようにはいかないと考えていた。
「司令部から何か言ってきているか?」
武田の問いに土屋はかぶりを振った。
敵艦隊の予想位置まであと約3時間強。
「さあ、空母の皆さん頑張ってくれよ」
伊23は機関を唸らせながら海上を疾駆した。
しかし海戦の経過は武田の予想とは異なる方向に転がりだした。
戦闘開始から間もなく『巡洋艦に魚雷命中』だの『空母に爆弾命中』といった報告電が次々に入ってきたのだ。
「圧倒的じゃないか…」
小幡が呻いた。
味方機動部隊の実力がこれほどとは誰も予想できなかった。戦果報告が重なるたびに武田たちの表情は強張っていった。
2時間後、土屋が艦橋に駆け上がってきて電報用紙を差し出した。
『MO機動部隊航空部隊戦闘速報
空母レキシントン 撃沈 同ヨークタウン型 撃沈確実
戦艦1 大火災
巡洋艦1 火災並びに左に傾斜
敵機撃墜総数…』
「やられた!」
武田は思わず天を仰いだ。
投入した空母が2隻とも沈んだとなれば残った敵は全力で避退するだろう。
一方でMO機動部隊も損害が大きいのか、追撃をかけることなく北方に針路を取って戦場を離脱するという。必然的に残敵掃討は甲潜水部隊に委ねられた。
残った敵艦隊はどこへ向かうか。
武田は黙考した。
最も可能性が高いのが豪州東岸だ。距離的にも近いし、早期に豪州本土からの支援が得られる利点がある。主力の空母を失い損傷艦を抱えた敵艦隊にとっては最善の選択だろう。
だがこの場合だと手出しをすることは難しい。いくら伊23が高速でも逃げる相手に追いつくにはそれなりに時間がかかる。何より警戒は厳重なはずだから、発見されて制圧されたら追跡どころではない。それに追いつく頃には豪州からの哨戒機が艦隊の上空援護にあたっていることだろう。
それなら敵がこちらの裏をかいて、ニューカレドニアやフィジーを目指すと仮定して待ち伏せをかけた方がまだ目があるのではないか。
しかし別命がない以上、西方に向かって掃航するしかない。
「ままならないな」
武田は帽子を脱ぐと小さく溜息をついた。




