柚月咲音の独白
一方そのころ、朔が去った世界では。
彼の葬儀はひっそりと行った。
参列者は仕事仲間だという数人の男と、行きつけの花屋の店員一人だけだった。
外では蝉が声を張り上げて鳴いている。蝉時雨がどこか遠いものに感ぜられた。
ダンプカーにはねられてバラバラになってしまった細い躰は、あちらこちらを糸で繋ぎ止められ、かろうじてその形を保っていた。
老いを感じる皺の刻まれた顔は、それでもまるで何かから解放されたかのように晴れやかだ。
氷雨朔さん。母がその生涯をかけて愛したたった一人の男。僕に名前の一字を与えてくれた人。
小柄な体は青と白の花の海に埋もれ、こぢんまりとした棺桶にぎっちりと収まっている。それは海の色にも見えるし、空の色にも見えた。
彼がいつか話していた、母と朔さんの理想郷。誰も二人を邪魔しないこの世の果て。
『いつか、きっといつか――寧々さんとウユニ塩湖に行くんです』
二人が思い描いたあの地に似せて、せめてと思い青空と海を想わせる色の花で棺を埋めた。
「きっと、先に母が待っていますから」
待ち草臥れているだろうから、まずか久しぶりと優しく声をかけてあげてください。なにしろ五年間も待っていたのだから。
今度こそ、迷わず母の手を取ってやってください。
世界に引き裂かれた二人が、世界の果てでどうか幸せでありますように。
「朔さん…僕ね、あなたのことをこっそり父親のように思ってたんですよ」
柵越しではあるけれども、誰よりも母を愛し、そして誰よりも僕を大事にしてくれたあなたが。いつも穏やかな笑顔を浮かべて見守ってくれたあなたが。
貴方の一字を貰って授けられた僕の名前。昔は女性のようで嫌だと思っていたけれど、今頃になってその響きの美しさを知った。
「いってらっしゃい、朔さん」
僕は棺に一礼をしてそう言った。
咲音→寧々さんの息子




