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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第一章:入学式と顔合わせ
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6.四月二日(日)①「ふっ。……嘘だな?」

 家からわざわざ持ち込んだ目覚まし時計は、決してけたたましくない心地良い音色を奏でて、俺の鼓膜を揺すぶった。腕を振り回して目覚まし時計を見つけ、音を止める。ベッドの上で体を起こすと、昨日の夜まであった疲労が全く消え去っているのを感じられた。気分の良い目覚めだ。俺は、少し意識を鮮明にするのにベッドの上に座ったまま体を捻ったあと、顔を洗いにベッドを降りた。

 昨日、髪が乾くまでにベッドに入ったのがまずかったようで、髪があっちこっちに飛び跳ねている。水で無理やり押さえつけて、コップに飲む為の水を注いでベッドに戻った頃には、もうすっかり気分も目覚めていた。

 水を一口含んで、ベッドのそばの小さい机にコップを置く。代わりに、俺はメールの端末を手に取った。昨日と同じ様に、画面に指を近付けると、端末は自動で俺を認識して起動した。新着メールが二通。一つは昨日の深夜に司から届いたもので、件名からすると葵ちゃんのアドレスの事への了解を伝えるもののようだった。もう一つは朝早くに小石から届いたもので――「デートのお誘い」なんていう件名が付けられていた。こちらも大体内容は分かるが、一応開いて本文を見てみる。

『おはようございます、兄さん。今日のお昼、みなとまちにショッピングに行きませんか?』

 案の定、買い物の誘いだった。昨日決心したように、俺も室内装飾が欲しかったところだから、渡りに船だ。俺は、承諾の言葉と共に、葵ちゃんや司はもう誘ったのか、と書いて返信した。二十秒もしない内に、また小石からメールが来る。さすが、現代機器に強い小石は、既にこの機械を使いこなしているようだ。

『いえ、二人で話したい事があるので、誘っていません。では、二時ごろに、寮のエントランスで待ち合わせしましょう』

 メールを開くと、本文には思い掛けない言葉が躍っていた。話したい事――とは、昨日、食事の前に俺と何かを話そうとしていた、その件だろうか。いまいち想像が付かなかったが、俺は分かった、と返信した。昼には分かるのだ。気にする事はない。続いて司のメールを確認して、特に返信する用事もないと分かったところで、俺はメールの端末を置いた。

 部屋に居ても、する事がない。俺は着替えた後、忘れずに腕時計を装着して、部屋を出た。




 中庭の噴水の前には、休日にも関わらず――と言うより、休日ゆえに生徒の姿が多くあった。まだ十時前である。朝からこの人出となると、昼にはどれだけの人の数になるのだろう。どこに行くつもりがある訳でもないので、端の方から中庭の生徒の行方を見守っていると、大体誰が新入生で誰がそうでないのかよく分かる。微笑んでいるか無表情なのが上級生で、まだ緊張が解けないで肩が張っているのが新入生だ。自分もそうなのかな、と思って意識してしまって、多分俺の肩も張っているに違いない。

「ここに居ると、よく人が見えるだろう」

 気が付くと、俺の隣に、上級生らしい女性が立っていた。大体同年代の男の平均である俺より、女性の方が少し背が高い。すらっとした姿勢で、格好良い佇まいだ。

「はい、そうですね」

「この場所は、私も好きなんだ。こっちから向こうは見渡しが良いが、向こうからこっちはほとんど見えない。まあ、絶好の監視場所という訳さ」

 女性はにこりともせずに、淡々とそう言った。その目は真っ直ぐ中庭に注がれているようでいて、俺を目の端から離さないようにしているようでもある。――その顔は、どこかで見た事があるような、端正な形をしていた。他の生徒よりも、どこか凛としていると言うか、意志を感じる雰囲気だ。

「へえ。監視って、何を見ているんですか?」

「無論、人の流れだ。怪しい挙動をしている者があれば一目で分かる。……さて、前置きはこのぐらいで良いだろう」

 そう言ったところで、女性の目が俺の方へと向いた。ずしん、と重みのある視線に、俺は一歩よろめきそうになった。女性はそんな俺の肩を、がしりと掴んだ。と同時に、肩の骨が砕けるんじゃないかと思うほどの痛みが走る。

「付いてきて貰おうか、大原清介。なあに、まだ善意ある取調べだ。――君の答え次第で、それも変わるが」

「と、取調べ……?」

「黙って付いてくるんだ。もし誰かに助けを求めたら、その時は……」

 俺は、女性が何かを言ってしまう前に、こくこくと頷いた。それを見て、女性は視線をそのままに、肩にかける力を少し弱めた。

「こっちだ」

 女性が、俺の前を歩いていく。……となると、この肩を掴んでいるのは、魔法か何かか。俺はちらりと、腕時計を見た。もしかすると、早速今が使い時なのだろうか。だが、一度使うと、チャージするのに掛かる手間とエネルギーは半端ではない。

「……待って下さい。せめて、あなたが誰で、どこに行くかぐらいは教えてくれても良いんじゃないですか?」

 俺は、意を決して、情報を集めに掛かる事にした。

「私は生徒会長で、これから行くのは生徒会室だ。これで良いか?」

 女性は俺を振り返ると、あっさり自分の素性を明かしてきた。生徒会長。この人が、生徒会長なのか。

「どうして生徒会長が、俺を誘拐しようとしているんですか?」

「ふっ。言わずとも、分かっているだろう。……もし本当に分からないんだとしても、来れば理解できるさ」

 女性はそう言って、踵を返した。そう、俺も薄々勘付きつつあった。――警察幹部の息子が、学園に調査に来ている。そんな噂が、学園内に飛び交っているのだ。生徒会は恐らく、警察組織による介入に反対しているのだろう。それで、俺の真意を確かめに、取調べをする。

「……分かりました」

 俺は頷いた。相手が生徒会なら、仮に今逃げられてもその内すぐに捕まってしまう。それなら素直に付いていって、疑いを解くのが賢いやり方だろう。上手く誤魔化せるかは、分からないが。ある意味、この三年間で、今が最大の正念場かも知れない。

 俺は女性――生徒会長に付き従って、歩き始めた。




 中庭の端を通って、南校舎へと入る。人の少ない階段を四階まで上って、西の突き当たりまで廊下を歩いていく。続いて、突き当たりの扉を開いた先の階段をまた上る。その先のエレベータに乗って、それからしばらく降下運動が続く。

 そうしてエレベータから降りると、ようやくそこが生徒会室だった。誰も居ない十畳ほどのスペースに、長机が四つ、円を描くようにして並んでいる。何だろう、生徒会室と聞いて一番に思い浮かぶ映像が、目の前にあった。

「ここには、週に一度の査察以外では、教師の立ち入りも許可されていない。つまり今、君に助けは来ない」

 生徒会長は、俺の腕を掴んで、俺を一番手前にあった椅子に無理やり座らせた。肩を掴んでいる力は魔法によるものだが、実際の腕力も中々のものがある。魔法なしで喧嘩しても、勝敗は怪しい気がした。

「良いですよ。俺、やましい事は何もしてませんから」

「これから始める、という危惧は常にある」

 俺の言葉に、生徒会長はそう応じる。正論だが、むざむざそうですねと答えるわけにもいかない。

「じゃあ、ずっとここで拘束しているつもりですか?」

「それは面倒だな。……安心しろ、すぐに済む」

 生徒会長はそう言うと、いつの間にか手に持っていたらしい何かを、俺の首へと突きつけた。これは――小型の銃だ。

「これは看破銃と言ってな。マジックアイテムの一つだが、こういう取調べには役に立つ。まあ、詳しくは教えん――嘘を言ったら、私はこれで、君を撃つ。良いな」

「あ、あまり、良くはないんですが」

 あまりの事に、俺はうろたえた。まさか、最初からこんな強硬な手段に出てくるとは思わなかった。腕時計に目をやる。やはり、使わざるを得ないか。でも、使ったとして、逃げ切れるだろうか。この部屋はかなり奥まった所にあるし、生徒会長も非力ではない。大体、この生徒会室には、更に奥へ続く扉があるじゃないか。あの扉の向こうに、俺が何かをした時の為に、誰かが詰めている可能性は否定できない。扉で遮られているから、その誰かは魔法を使える状態で、俺を取り押さえにやってくる事になる。敵う筈もない。

「急に態度が変わったな」

 焦りを隠せず、あちこちをきょろきょろと見回す俺に、生徒会長は冷ややかな声で言った。

「そりゃあ……こんな風になったら、どんな人でもうろたえますよ」

「まあ、今はそういう事にしてやろう。……では訊く。お前の目的はなんだ。何の為にこの学校へやってきた?」

 ごくり、と唾を飲む。喉が一旦膨張して、銃がなおさら強く喉に押し当てられる。俺はそっと、いつでもその機能を使えるよう、腕時計に指を置いた。

「会長さんに難詰されるような理由ではありません」

「ふっ。……嘘だな?」

 生徒会長は、かすかに笑った。銃の引き金に掛かった指がゆっくりと引かれていく。まさか、本当に撃つ気なのか――。

「あらあらー?」

 そこへ、聞き慣れた声が響いて、生徒会長の顔が急に引きつった。

ころもちゃん、生徒会室に男の子を連れ込んで、何をしているのかしらー」

「校長……どうしてここに? 今日は査察の日ではないはずですが」

 銃が、喉から離れていく。解放された俺は、いつの間にかエレベータの前に立っている、小早川校長の姿を見つけた。

「ちょっと、お茶でもしようかなって思ってー」

「査察以外で、教員が生徒会室に入る事は禁じられています」

「あらー。でも、生徒会長が生徒を脅すのも、禁じられているのよー?」

 ぐ、と生徒会長が呻く。

「校長……。この、大原清介は、警察の駒かも知れないんです。学園の事を、嗅ぎ回られかねない」

「変な行動があったら、その都度対応すれば良いのよー。清介くん一人ぐらい、何があっても衣ちゃんが押さえ込めるでしょう? それに、悪の組織じゃないんだから、自白させるのにもこんな手段じゃ駄目よー」

 校長はそう言うと、細い目を俺の方に向けた。

「ごめんなさいねー、清介くん。彼女も本気じゃなかったのよー。その証拠にー、あれ、おもちゃの銃なのー。いつも持ち歩いているの、衣ちゃんって可愛いでしょー?」

「こ、校長!」

 生徒会長が顔を赤らめる。いや、仮におもちゃだとしても、あの剣幕で突きつけられると、物騒でしかないと思う。とりあえず急場はしのげたようなので、俺は腕時計から指を離した。

「衣ちゃん。これ以降同じ事があったら、学園側から処分も検討しないといけないわよー。注意するようにー」

「……分かりました」

「清介くん。お詫びとして、学園側から何か、相談を受け付けるわよー。何かあるかしらー?」

 小早川校長ののどかな声を聞いて、俺はやっと落ち着きを取り戻せてきた。学園への相談か――と少しの間考えた俺は、すぐにある事に思い当たった。

「俺の部屋、四二一一号室なんですが、鍵が壊れてるみたいで。知り合いの生徒手帳でも、鍵が開いちゃうんです」

「寮の管理は学園側の責任だけどー、ロックシステムは確か、生徒会預かりだったわよねー」

「わ、私達の仕業では……分かった、謝罪の意も込めて、今日中に改善しておこう。それで良いか、大原清介」

 これで今日の事を清算されるのは損な計算な気もするが、他に頼む事もない。俺は、はい、と頷いた。

「それじゃあ、私はお茶でも頂こうかしらー」

「校長。生徒会はこれから会議なので、早々に出て行ってください」

「あらあら、残念ねー」

 校長はそう言ったところで、俺の方をちらっと見て、

「じゃあ、衣ちゃん。お得意の移動魔法で、清介くんを送ってあげたらどうかしらー?」

 と、言った。

「会長さんは、移動魔法が得意なんですか?」

「あ、ああ……。……帰り道も複雑だから、仕方ないか。私が君に話し掛けたところに飛ばすから、ちょっと立ってくれ」

 言われるままに俺が椅子から立ち上がると、生徒会長は俺に向き合って、小さく指を振った。校長がバイバイ、という風に手を振る。と、同時に、俺の体は、何かの力に強烈に引かれて、周りの景色は一瞬にして、元居た中庭に変わった。

 ――これが、生徒会長の移動魔法。俺は、へなりとその場に座り込んで、ふぅ、と大きな溜め息を吐いた。

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