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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第一章:入学式と顔合わせ
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7.四月二日(日)②

 中庭に戻ってから、しばらくその場で座り込んだのち、一旦部屋に戻ろうと立ち上がったところで、

「ねぇねぇ」

 と後ろから声を掛けられて、俺は振り返った。

「君が大原清介くんだよね?」

 そこには、昨日見たばかりの生徒副会長の鵜川さんが立っていた。――ああ、さっき生徒会長が誰かに似ている、と思ったのは、どうやら鵜川副会長に似ている、という事だったらしい。立ち姿がとても格好良いところも似ているし、顔の端正さもそっくりだ。唯一、身長だけは、鵜川副会長の方がずっと低いようだけれど。

「はい、そうです。……また生徒会室に連れ去られるのは勘弁して下さい」

「あ、私の事、覚えててくれたんだ。ふうん……」

 ただ、鵜川副会長の喋り方や声の質は、昨日講堂で見た時とは大違いだった。今も、鵜川副会長は悪戯っぽい笑みを浮かべて、じっと俺を見ている。

「な、何か用ですか?」

「あー、その態度は良くないなぁ。校長先生をけしかけて、君の事を助けてあげたのは私なんだけどなぁ」

「え?」

 俺がきょとん、とすると、鵜川副会長はあはは、と満面の笑みを浮かべて、

「やっぱり新入生は可愛いなぁ。初いなぁ」

 と、言った。

「からかわないで下さいよ。……と言うか、俺を助けたって、どうしてですか?」

「うんうん。頑なになるのも可愛さの一つよね」

 鵜川副会長が頷く。……調子が狂うなあ。

「助けた理由は、君……清介くんが同志だからだよ。あ、私の事は、『鵜川先輩』って呼んでね」

「同志……ですか」

 そう、と鵜川副会長――鵜川先輩は、今度は神妙に頷いた。

「清介くんは、自分が衣ちゃん……生徒会長に連れ去られた理由、心当たりはあるよね?」

「ええ。俺が、警察幹部の息子だから、ですね」

「そそ。もっと言えば、あなたが『神隠し』の事や学園内の事をあれこれと嗅ぎ回って、外部に報告する可能性がある――そう危惧されている。だけど、これは生徒会全体の意向じゃないんだよ」

 鵜川先輩はそこで、にやりと口元だけに笑みを浮かべた。

「つまり、生徒会にも、外部からの調査を歓迎する意見がある――という事だよ。私はその筆頭なの。生徒会は、会長派と副会長派に二分されてる。まあ、先生のほとんどが外部調査に反対だから、副会長派は下火なんだけどね。校長が中立じゃなかったら、私達も今頃どうなっていた事か……と、そんな私達にとって、清介くんは救世主なんだよ!」

 鵜川先輩はそう言うと、空に向けて高く腕を振り上げたが、

「あれ、ノリが悪いなぁ」

 俺がぽかんとしているのに気付いて、すぐに下ろした。

「俺、別に、調査に来た訳じゃないですし」

「うんうん。そう答えるぐらいには慎重、と……。大丈夫だよ。私、今日は、清介くんにも味方が居るって伝えに来ただけだから」

 俺の警戒を読み取ってか、鵜川先輩はそう言って笑った。

「……あと、衣ちゃんのこと、許してあげて欲しいの。自分の立場に真面目過ぎるだけで、あれでいて根は優しいから」

「生徒会長と、幼馴染なんですか?」

 今度は、鵜川先輩の方がきょとんとした。

「あれ、気付いてなかった? 私達、双子なんだよ。姉が生徒会長の鵜川衣(うかわころも)、妹が生徒副会長の鵜川光(うかわひかる)。覚えてくれた?」

 ああ、それで似ていたのか――俺は合点した。双子が揃って会長と副会長とは恐ろしい。鵜川先輩……光先輩も、昨日感じた几帳面な人柄ではなかったが、やはりどこかしっかりしているし、生徒会長の方は威圧感が半端じゃない。

「じゃあ、私はそろそろ、生徒会に顔出ししないといけないから行くね」

 感嘆に浸る俺に、光先輩はそう言って背を向けた。

「あれ、生徒会長とは反目しあってるんじゃないんですか?」

「それは『神隠し』の件だけだよ。他の事では仲良しこよし。私と衣ちゃんも、学園一の仲良し姉妹って呼ばれてるぐらいなんだよ」

 光先輩が、首だけで俺を振り返って答える。なるほど、それもそうか。

「じゃ、またね!」

 大きく腕を振りながら、光先輩はとことこと南校舎の方へと歩いていった。




 光先輩の背中を見送ってから、俺は一度自分の部屋に戻る事にした。生徒手帳をかざして部屋に入ったとき、腕時計はちょうど十一時を指していた。

 ベッドに腰掛けて、今着ている服を脱ごうか考えたとき、服の洗濯についての疑問に思い当たった。昨日着てきた服もそうだが、制服や私服を洗濯したいとき、どこへ持っていけば良いのだろう。そう多くの服を持ってきている訳でないので、言葉以上に急を要する問題だ。だが、他の新入生が困っていないのなら、もしかすると昔に貰ったパンフレットにでも書いてあったのだろうか。

 少し迷って、俺は司に、洗濯についてのメールを送った。しばらくして返ってきたメールには、寮の十二階に共有ランドリーがあるという画期的な情報が載せられていて、俺はふむふむと頷いた。

 一つ課題が解決して、俺はふう、と息を吐いた。朝ごはんも食べていないし、そろそろ空腹も限界である。食堂を探そうという気持ちもあるのだが、混んでいるだろう事を想像すると、かなり億劫になる。みなとみちの方は午後から小石と回るのだから、そちらに食べに行くのもあまり気分が乗らない。購買部みたいな手軽な場所はないものだろうか。

 少し迷って、俺は司に、購買部についてのメールを送った。しばらくして返ってきたメールには、寮の十二階に購買部があるという魅惑的な情報が載せられていて、俺はふむふむと頷いた。加えて、部屋のものよりやや広いシャワールームや、葵ちゃんが欲しがっていたような防音室や、暗室、マッサージチェアルームなど、何かと便利な設備が寮の十二階に集められている、という事も追記されていた。なるほど、大抵の事は、みなとみちまで行かなくても寮内で解決できるわけだ。俺は、司に感謝のメールを送ってから、昼食のためのパンを買いに立ち上がった。

 エレベータを十二階まで上がると、寮の少し狭い廊下とは違って、一階の中央エントランスと同じ様な広い空間が目の前に広がった。エレベータを中心に、男子寮の左右に向けて色んな施設が置かれているらしい。目的の購買部はエレベータのすぐそばにあって、俺は手軽そうな菓子パンをいくつか適当に掴んで購入した。一つ九十円が三つで、二百七十円。よく節約された昼食だ。購買の北隣にランドリーがあるのを確認してから、俺は部屋に戻ろうと踵を返した。

「あ、清介さん!」

 と、その時、ちょうど購買の方へ歩いてきている葵ちゃんが視界に入った。葵ちゃんの方も俺に気付いたようで、明るい声と共に手を振って俺の側まで駆けてくる。

「こんにちは、清介さん。ご飯を買いに来たんですね」

「そうそう。葵ちゃんは? ――って、ここ男子寮だけど」

 購買部って、男子寮にしかないのだろうか。

「まだまだお昼ですから、大丈夫ですよ! それに、女子寮の購買部に売っていないものも、こちらには売っていると聞きましたので」

「へえ。じゃあ、女子寮にも購買部はあるんだな」

「はい。でも、ここの購買とは、少し品揃えが違いますねぇ」

 葵ちゃんは、目を閉じてむむむ、と唸った。

「私も、大きなハサミが欲しかったんですが、向こうじゃ見つからなくてですね。やむなく、ここまで遠出してきたという訳です!」

「ハサミか。多分、奥の方にあったと思うよ」

 レジで精算をする時、見かけたような気がする。

「そうですか、安心しました。……わ、とと、急いでるんでした。ごめんなさい、失礼しますね」

 葵ちゃんはそう言って、慌ただしくお辞儀をした。

「ああ、急いでるとこ、ごめん」

「いえいえー。清介さんも、一度女子寮の購買部に行ってみて下さい!」

「その内行ってみるよ」

 俺がそう答えると、葵ちゃんははい、と笑んで、ぱたぱたと購買の店内の方へと走っていった。その後姿を見送った後、改めて辺りを見回してみると、女子生徒の姿もちらほらある。俺がこっちの購買部で不便を感じる事はないような気がするから、その点では男子寮の方が便利が良さそうだ。

 そんな事を考えながら、俺は自分の部屋へと戻った。




 ちゃんと見て選ぶんだった――部屋に戻って買った菓子パンを取り出してみて、俺はひどい後悔に襲われた。包装のデザインの美味しそうなものをひょいひょい、と買ったのだが、それが大きな誤りだった。

 俺は、一つ目のあんパン風の菓子パンを見た。これは「かりんとうパン」だ。外装の説明によると、プレーンパンの安心感にかりんとうの老婆心が加わって、優しい温かな味になっているらしい。また、メロンパン風の菓子パンは「マンゴーパン」で、たとえ冬でも南国を感じられるようにと開発されたらしい。唯一ジャムパンだと思って買ったパンだけが、想像通りのジャムパンだった。

 ――はあぁ。俺は溜め息を吐いて、不安だらけのパンをちびちびと食べ始めた。

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