5.#山下司①『エンドー』
日曜日の昼、俺は小石の誘いに乗って、みなとみちを歩いていた。日曜日だから人が多いんじゃないか、と少し不安だったのだが、思いの外みなとみちは閑散としていた。俺は、小石のウィンドウショッピングに付き合って、洋服店から古本屋まで巡ったところで、ふっと見かけた顔が道を通るのを見かけて手を振った。
「あら、清介様ではありませんか」
相手――時子は、俺の姿にすぐ気が付いて、こちらへと歩いてくる。
「それから小石様まで……となると、お二人はデートの途中ですか?」
「あはは……。兄妹ですから」
「そっちのそれこそ、何だよ」
俺は、時子の足下でぴょこぴょこ跳ねている、人型の何かを指差して、そう訊ねた。妖精にしては、地上に足をつけているのが珍しい。
「それじゃない! エンドーは自律型ロボット・エンドーなのだ!」
「ああ、失礼しました。これは、私の製作した小型ロボットなんです」
「エンドーなのだ!」
……絶句する。小石も、言葉をなくして、立ち尽くしているようだ。
「エンドーとお呼び下さい」
「わ、分かった。えーっと……エンドー?」
「エンドー!」
謎の掛け声と共に、ロボット――エンドーは、手を振り上げた。
「ロボットって事は、魔法で動いてる訳じゃないのか」
「はい、動力は電気です。ただ、自律させる為に魔法を使っていますから、完全に機械という訳でもないんですよ」
妖精を生み出す魔法の応用ですね、と時子は言葉を継いだ。
「兄さん、昔、そういう漫画読んでませんでしたっけ?」
小石は、しゃがんでエンドーを撫でながら、俺に訊ねた。
「いや、こんな愛らしいロボットは出てこなかったけど……」
「エンドーはカッコイイんだぞ!」
そう言って足と腕をバタバタさせる姿は、格好良さからは程遠い。
「まだまだ試作機ですが、少しは賢くなってきているんですよ」
「へぇ、そうなんですか。兄さんが抜かされるのも時間の内ですね」
「放っとけ」
こんな、子供のおもちゃのようなロボットに負けるとは、想像したくない。
「例えば……小石さん、何か問題を出してみて下さい」
「え、ええと、それでは……一昨年起こった、世界同時停電の原因は何だったでしょうか?」
俺も考えてみる。ええっと、確か、何かの魔法が影響して……。
「アメリカのオードリー博士の集雷魔法実験が、雷と同魔法定数値を持つ送電装置の魔法を吸収してしまったからなのだ!」
「げ……」
やけに詳しいぞ、このミニロボット。
「わ、正解です。兄さんより最新鋭みたいですね」
「放っとけ」
俺は、さっきと同じ言葉を、さっきと違う気分で発した。
「一部の知識は、あまり意味がないので、無くしてしまおうかとも思っています。意外とデータ領域を取ってしまいますし……」
「へえぇ。エンドーくん、よくできました」
「えっへんなのだ!」
……うーん、何だか気分が悪い。嫉妬する相手がロボットだというのが、なおさら癪に障る。
「それでは、私達はそろそろお暇致しますね。お二人も、デートをお楽しみ下さい」
「だから、兄妹だっての」
「ふふふ。失礼しました」
時子は終始笑いながら、去っていった。その後ろをひょこひょこ、小さい歩幅で跳ねるように歩きながら付いていくエンドーの姿は、どことなく印象的だった。
「それでは、私達も行きましょう。次は、あの洋服店なんてどうです?」
「洋服店はさっきも行ったろ? ったく……」
小石に限らず、女の子のウィンドウショッピングに対する情熱は凄い。俺から見たら同じに見えても、彼女達からすれば全部違う店で、並んでいるのは全部違う服なのだろう。俺は溜め息を吐きながらも、楽しそうな小石の後ろについて、歩き出した。
小石のウィンドウショッピングは夕過ぎまで続いた。一銭も使わずにこれだけ楽しめるなら、暇な時、というものは存在しないのだろう。女の子の活力、恐るべしである。
夕食を十二階の寮で終えた俺は、部屋に戻る途中で、司に出会った。昨日一日会わなかっただけなのに、物凄く久々な相手のような気がした。
「よ、久しぶり」
だから、俺はそんな冗談で、司に声を掛けた。
「ん、ああ……」
司はあまり興味のない様子で、一応立ち止まってはくれた。元気がない……と言うよりは、何か別の事に心が向いている感じである。
「どうしたんだ?」
「……まあ、清介には話すか。ここじゃ何だから、部屋に行くよ」
「ああ、分かった」
俺は頷いて、司を自分の部屋へと招いた。
部屋に入って、司は俺に誘導される前に、自分からどかっと勉強机の前の椅子に腰を下ろした。俺がその後ろから歩いていって、普段とあまりに違う司の様子に苦笑しながらベッドに座ると、司はすぐに口を開いた。
「僕は今、怒ってるんだよ」
だろうなあ、と俺は心の中で頷いた。怒っても、ただ取り乱して短気だ、というのでない辺りが、司の一つの良い所だろうけれど、こうも調子がいつもと違うと、怒っているだろう事は誰が見ても大体分かる。
「何に怒ってるんだ?」
だから俺は、ともかくも茶化す事はせずに、素直に話を聞いてみる事にした。
「時子にだ。あいつ、あんな奴だったなんて、思いもしなかった」
司の言葉で、昼に会った時子の顔が思い出された。あの礼儀正しい時子が、たまに冗談が走る時があるとは言え、司を怒らせるような事をしたとは中々想像がつかない。一体何があったんだ、と俺が訊ねるより先に、司が言葉を継ぐ。
「ロボットだよ。あいつ、自分で小さいロボットを作ってたんだけどさ」
「エンドーの事か?」
「知ってたのか。……そのエンドー、ついさっき死んだんだよ」
司は、死んだ、という部分で、少し語調を荒げた。その効果もあってか、俺は、あの元気で小生意気だったエンドーの姿を思い浮かべて、それが死んでしまったのだ、という意味を深く頭で咀嚼させられた。昼は、あんなに元気だったのに。
「どうして、死んだんだ」
「寿命――時子の奴、そう言ったよ。感情とか、計算とか、人格とか、そういうのを魔法で付加したせいで、機器の磨耗が早いんだってさ。だから、あの小さなロボットの寿命は、長くて二日しかない」
司は、勉強机を握った拳でどん、と叩いた。
「そんなの、生命をもてあそぶ行為だ。あのエンドーってロボットは、七体目なんだってよ。人並みに悲しんで、人並みに話ができて、人並みに思いやりを持てる……それって、人間と変わらないだろ? たった二日しか生きられないって事を除いたらさ。悲しい一生だろ、そんなのってさ」
俺は、司の問い掛けに、答える言葉を思い付かなかった。エンドーと人間を分かつのが、たったその寿命一つなのだとすれば、司の言う通り、時子のやっている事は生命をもてあそぶ事に他ならないのかも知れない。だけど、そう断じるだけの自信は、俺にはなかった。
「見損なったよ、時子の奴」
ただ、司は、踏ん切りのない俺と違って、時子の行為に対してかなりの怒りを覚えているらしかった。
「やめるように言ってみたらどうだ?」
とりあえずの解決策を示してみる。だが、司は首を振った。
「言ったさ。――そのつもりはありません、の一点張りだった」
司は冷静な声に戻って、そう言った。そしてそのまま、俺に背中を向けた。
「考えといてくれよ。僕が正しいのか、時子が正しいのかさ」
司はそう言い残して、部屋を出て行った。部屋に一人残された俺は、ふう、っと息を吐く。難しい問題が、またやってきたな。
「ごめんなさい。マスターは、わたくしの事を気遣っているのです」
久々に耳元で囁かれて、俺は一瞬驚いた。
「わたくしが、妖精の使役について悩んでいるのを、マスターはいつも気に病んでいました。だから、その問題の妖精と、今の問題のロボットを関連付けて、特に怒っているのです」
そう言えば、入学式の晩にご飯を食べたとき、葵ちゃんとエリン――正確に言えば田村家とエリンとの間の確執を見たような気がする。葵ちゃんとエリンは和解したようだけど、妖精をこき使う田村家に対するエリンの恨みは、まだそのままのはずだ。
「エリンは、どう思う? エンドーの事について」
「――わたくしは、いつでもマスターの意見に賛成いたします。それでは、わたくしもそろそろ失礼いたしますね。扉を開けて頂けると、助かります」
「ああ、分かった」
俺は立ち上がって、見えないエリンにぶつからないよう気をつけながら、扉を開いた。五秒ほど開いて、もう出て行っただろうな、と思ったところで、扉を閉じる。オートロックの音が聞こえて、俺は本当に一人になった。
「長引かなければ良いけど」
そう呟いてみる。だけれど内心俺は、司の真っ直ぐな性格を考えれば、この問題がすぐに風化するはずもないだろう事を確信していた。
夜九時過ぎになって、一件のメールが舞い込んだ。それは衣先輩からのメールで、校内調査団の緊急集会があるから、すぐに生徒会室に来いという内容だった。たまたままだシャワーを浴びず、服も着替えていなかった俺は、そのままの格好で生徒会室へとやってきた。席について、五分ほど待つと、メンバーはたちまち全員揃った。小石の為の席も用意されていたのは、何となく気分の良い配慮だった。時子も、普段と変わらない様子――と言うように俺には見えた――で、椅子に座った。
「突然呼び出してすまない。今日は緊急かつ、重要な用件だ」
衣先輩の表情は、かなり深刻だった。校内調査団のメンバー達は、俺を含めて、それに気圧されてじいっと衣先輩を見つめた。
「前回話したループの件だが、卒業生の竹口先輩の調査でその終末点の時期が分かった。……それが、来週だ。来週の日曜日から、月曜日までの期間だろうと予想される」
――ざわり、と俺の心が軋むのを感じた。来週がループの最後だ、というのは、唐突な、最も衝撃的と言って良いニュースだった。
「明日午後三時ちょうどから、五分の間この島に掛けられた移動魔法への妨害魔法が解除される。この間に、数人が島外へ移動し、外部の有力な魔法使いと連絡を取る。明後日午後三時に、再び五分の間妨害魔法を解除し、ループを解除する為の戦力を島へ集結させる。できるだけ内々で解決するつもりだ」
世界には、ごまんと凄まじい力を持った魔法使いが存在する。それらに協力を依頼して、ループ解除を行うのは、そう難しい話ではないだろう。だが、問題はそれだけではない。
「……そうだ。皆が想像している通り、ループの端が近付いているという事は、同時にループ魔法を使わざるを得なくなった何かも近付いているという事だ。そちらについては、未だに何も分かっていない。各員、今週は警戒していてくれ。話は以上だ」
衣先輩が立ち上がる。その顔は、どこか疲れているように見えた。




