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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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15話‐6 青春は川の流れ

「駄目だなこりゃ。先に行きなよ涙さん。アネキに付き合ってたら涙さんまで遅刻しちゃうよ」

 狼のヴァニッシュと会った翌日の朝。前日と同じように、親のいぬ間に学校をさぼろうともくろみ、起床するべき時間に目覚める気配さえうかがわせなかったアネキのために、涙さんがやってきた。


「へいきへいき! (まどか)はねー、こうすりゃ一発で起きるんだから」

 人差し指の先を親指でおさえて円を作り、えい、とおまけのようなかけ声を上げつつ、アネキの額を人差し指に勢いをつけて弾く。いわゆる、でこピンだ。


「いーったぁ! ぁにすんのよ馬鹿なみだ!」

 果たして、涙さんの言ったようにアネキはベッドの上でひと跳ねするように起きあがった。

「何とでも言って。さぁ、学校行くよー」

「いやよ。今日はそんな気分じゃないの」

「円はいつだってそんな気分なんだから、今日だけ特別扱いしたってしょうがないじゃん」


 ぐうの音も出ない正論に、第一声は涙さんの勝利に終わった。

「それにね、ただ眠って一日終わっちゃったらこんなもったいないことはないよ。時間は無限じゃないんだから、毎日を大切に使わないとね」

「そんなのあたしの勝手でしょ」

「そんなひねくれた友達におせっかいを言うのだって、あたしの勝手、だよね?」

 口の減らないアネキを言い負かせることが出来るのは、両親でも俺でもない、涙さんだけだった。


「ったぁ~、何すんのよっ」

 涙さんに教えられたでこピンで、実にあっけないことに、アネキは正気を取り戻した。その瞳には、生活感、とでも言うべきか、彼女らしい陳腐なわがままを凝縮したような光が宿る。

「アネキを助けにきたのは、俺ひとりじゃないよ。涙さんの気持ちと一緒さ。だって、彼女が生きてたら、間違いなくこの場にいたんだから」


 第一――いや、仮に。ティアーが今も生きていて、俺と共にこの島へ帰ってきて、アネキと再会していたら。きっとふたりは素直に謝りあって仲直りして、アネキはこんな騒動を起こすことはなかったはずなのだ。

 俺の言葉がそんなにも意外だったか、アネキは頭が空っぽになったような間抜け面で、無防備に立ちすくんだ。すると、彼女の影が突如膨れ上がり、狭い廊下を埋めるように立ちはだかる。アネキの体が力を失い前のめりに倒れようとしたのを見て俺は無意識に動き、アネキを支えるのと同時に魔術壁を展開していた。


 眼前をいっぱいに埋め尽くしたかと思われた闇は、端からちぎれるように霧散していき、ついには人と変わらない質量のもやの固まりに収まってしまう。そんな光景を呆然と見守る内、黒いもやが徐々に人の形を取り始める。


 俺の側を離れ、奴に近寄っていくサクルドはエメラルドの光を強めていく。しかし、黒いもやには何の影響も見られない。少しずつ暗闇を深めていくそれは、 しまいにくっきりと人の形を切り取ったような影になった。……そして、目に当たる場所にぽっかりと浮かぶのは、得体の知れない深紅のシミだった。

 どう対処したものかわからない俺が、アネキを抱えたまま動けないでいると、どういうわけか奴の方からくるりと方向を転じる。


 その瞬間、だった。ビシッ、と、何とも例えにくい奇怪な音が、膠着状態だった廊下に響き渡る。まさにあっという間、黒い影が瞬時に石像へと変わり果てたのだ。

「よ、お疲れさんっ」

「まったくだよ……」

 石像の後ろから、片手を上げたマージャが現れる。そのお気楽な調子に、俺も張りつめていたものが抜けるようで楽になった。


「これはおまえがやったのか」

「ああ。こいつを外してな」

 つんつん、今はいつも通りに目を隠しているいかついゴーグルをつついてみせる。

「ラルヴァみたく、実体のない奴に通用するのか試したことはなかったんだけどな。案外あっけないもんだよなぁ」

「だけど、ラルヴァを倒したっていうなら、アネキはどうして目覚めないんだ」

 俺の体にぐったりと体重を預けたままのアネキ。その寝顔はどこまでも穏やかで、悪く言えば能天気だ。


「う~ん、もしかして……ちょっと、下の階の様子も見てくるか」

 よっこいせ、と、頼みもしないのにマージャはアネキを背負って先を歩く。情けない話だが、大したこともしてないのに俺はヘトヘトに疲れきっていて、そんな気遣いは素直に有り難かった。


「あーあ、やっぱりな」

 下の階は二年生の教室が並ぶ。廊下には点々と、生徒達が倒れ伏している。せっかく原因だと思われるラルヴァを倒したというのに、何一つ事態が改善していないとは一体どういうことなんだ。

「つまり、生徒が眠ってるのはラルヴァのせいではなくて、綺音紫の力だった。そういうことでしょう」


「確かに、みんないい気分で眠ってそうな顔してるもんな。たぶん、おかげでラルヴァの悪意からは免れたんじゃないか?」

「だけど、キネ先輩だとしたら……ラルヴァがいなくなったっていうのにみんなを起こさないのはおかしくないか」

「まぁ、ねぇ……彼女にも何か狙いがあるんだろうなぁ……」

「そんな、自分の都合に他人を巻き込むような人じゃないだろ?」

「レムレスで居続けられるような人だから、基本的に善人なんだろうってことは認めるよ。だけど誰にだって、形振り構ってられないくらいに追いつめられることだってあるんだよ」

 そう言われると、反論なんて出来やしない。俺自身、ついさっきアネキに同じようなことを言ったばかりだから。


「そんで、どーする?」

「……マージャ。おまえにアネキのこと、頼んでいいか」

「ん? どーしろっていうんだ?」

「悪いとは思うけど……このまま家に帰してやって欲しいんだ」

 マージャとキネ先輩が対峙したところで、彼に出来るのはラルヴァの時と同じに石化させてしまうことくらいだろう。


「わかった、頼まれてやるよ。その代わり、彼女のことはそっちに任せるぜ――そうそう、このまま屋上に行けば会えるだろう」

「何か知ってるのか」

「知ってるっていうか……何だかんだ、一年以上、話友達やってんだ。彼女の望みくらい想像がつくよ」


 夕焼けの赤は、事の起こる直前、校庭でマージャと話していた時よりも濃度を増していた。西の空、遠い山の裾野に沈みゆく太陽光の直撃を受け、フェンスはまがまがしく染まり、その影もまた格子状に屋上の地面に張り巡らされている。

 見上げても、四方を、下を見ても、赤。まるでかごの中に閉じこめられているかのような感覚があった。

 本来なら、この学校の屋上には、球技の部活動の際にボールが下に落ちないよう、フェンスの向こう側にさらにネットが張り巡らされていたはずだ。それがなくなっているのも、キネ先輩の、この学校の中では彼女の望むままに全てが成されるという力の賜物なのだろうか。


 やわらかめの素材で作られた、屋上の地面。その中央に立つ女生徒は、見慣れない黒いセーラー服を纏っている。見慣れないのだが、見覚えはある。掃除当番で入った、この学校の資料室。そこの壁に貼られたパネル写真に写っていた……それは、この学校の二代目の制服だ。現在の白いセーラー服は三代目で、確か二十年ほど前から使われているんだったか。

 足に弾みをつけて回るようにこちらを振り返ったキネ先輩の、スカートの裾やふわりとウェーブがかった長い髪が揺れる。


「来てくれるって思ってたよ。アーチ君」

「キネ先輩、その顔は……」

 いつもと変わらない笑顔。しかし、色素の薄い茶色だったはずの瞳だけ、この夕日よりも強い赤に変わっていた。先程見たラルヴァの目のようなもの、あれを彷彿とさせる色だ。


「そりゃあ、こんなことをすればね。レムレスは、清らかでいるからこそレムレスでいられるの。自分の目的のために罪のない生徒達におイタするようじゃあ、ラルヴァになっちゃってもしょうがないよ」

「この程度でラルヴァになることはありません。なりかけであるといえばその通りですけど……」


「そう? だとしても、わたしがこれからしようとしていることを考えれば、それこそラルヴァの仲間入りをしても不思議じゃないと思うけどね」

 くすり、小さく、妖艶な笑みがキネ先輩の口元に浮かぶ。この場で俺の唯一の頼りであるサクルドに目を向けると、彼女も首を傾げて、俺の肩に腰を下ろす。


「アーチ君。その小さい子をしまって、わたしに従って。そうしたら、今すぐに学校を元に戻してあげる」

「なっ……」

 声を漏らしたのはサクルドで、俺は予想もしていなかった彼女の発言に、絶句するしかなかった。


「どうしてそんなことを……まさか、みんなを眠らせたのはそのために?」

「ごめんね。わたし、もう一度豊に会いたいの」

 寂しげに、しかし迷いのない強い意思が、赤い瞳に宿っている。


「わたしがこの学校に取り残された十年間、本当にわたしを見てくれたのは、豊だけだったから……」

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