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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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15話‐5 青春は川の流れ

「ラルヴァに乗っ取られた人間を解放するには?」

 絶望的な心持ちでそう訊ねると、意外なことに、サクルドはにこやかに微笑む。


「アーチさまが考えているより、たやすいことですよ。大声で呼びかけたり、体を揺すって目を覚まさせるだけでいいのですから」

「はぁ? ……こんな大事になってるのに、それだけでいいのか!?」

 拍子抜けのあまり、朗報であるはずの内容に疑念を抱いてしまう。


「ええ。ただし、元凶であるラルヴァを滅ぼすことは叶いません。亡霊は魔力によって干渉できる存在ではありませんので……ともかく。この場でお姉さまからラルヴァを追い払うのは難しくないんです……でも、お姉さまの心が弱いままでは、根本的な解決にはなりません。彼女は卒業までこの学校に通い、ラルヴァはこの校舎内に存在し続けるのですから」


「ラルヴァもレムレスも、人間が無防備に寝てるところに取り憑くからな。おまえの姉さん、授業中とか休み時間とか、ほとんど寝て過ごしてるんだろ?」

 なんでおまえがそこまで知ってるんだと思うが、そういやマージャ――市野学は、自他ともに認める、この学校の情報通だったな。奴が魔物だと判明した以上、そういう俗っぽいというか人間味のある要素はすっかり印象から外れてしまった。


「つまり、どういうことだと思う?」

 わざとらしくにやつきながら、マージャは俺に答えを促す。ムカつくことこの上ないが、今は腹立たせている場合ではないので忘れてやる。


 最も安全な方法を取るなら、簡単なことだ。学校を辞めてしまえばいい。この学校にいて、そして――親友だった涙さんを失ってから、アネキの心はずたぼろだった。元来打たれ弱いところはあったといえ、俺のせいで惨たらしい体験をさせてしまった負い目が消えることはない。

 しかし……その方法が最善だとは、流石に俺も認めない。


「ここで一発カツを入れて、アネキにラルヴァごとき気合いで追っ払えるようになってもらうしかないな」

「そうですね。ティアーだって、ここにいることが出来たらそうしたでしょう。何といっても、親友なのですから」


 そう、ティアーは、海月涙を名乗っている時からそういう性格だった。何かにつけて学校をさぼろうとしたり、泣き言を吐いたりするアネキを叱咤激励して、 最後には明るく笑い飛ばして元気付けてくれた。俺の方にも、朝食をぞんざいにした時など苦言を呈してくることは少なくなかった。

 有り体に言えば、小言を言われているようなものだけど、嫌な気持ちになどなるはずがない。心から、俺達のことを考えてしてくれているのだと、わかりきっていたからだ。


 アネキのためだけじゃなく、ティアーがしてきてくれたことに報いるためにも。ここで安易に逃げ出させるようなことはしたくなかった。


「きょうだいってよくわかんねーなー。おまえ、本当は姉さんのこと嫌いなくせに、こういう時はちゃんと助けるんだな」

「考え方が合わない以上、特に好きってことにはならないけど、それだけだよ。おまえだったら見捨てるか? そういうの」

「さーね。俺は嫌いな奴はいないし、自分の考え方にこだわりなんかないからそーいう気持ちになったことないんだよな」


 どこまで本気かわからないが、何となく、いつも以上に嘘くさい台詞だなと思う。

「さて、お姉さんの方は弟さんに任せるとして、俺はラルヴァの方を引き受けるぜ」

 唐突に、マージャが進行方向を変える。二手に分かれよう、ということだと思うが、俺にはその必要性がわからない。


「ラルヴァは倒せないんだろ?」

「試してみる価値はあるだろ。おふたりさんがアーチに気を取られてる間に、俺はラルヴァの後ろに回るからな。そんじゃ、よろしくー」

 別に急ぐ風でもなく、廊下に点々と倒れる生徒達をスキップで避けながらマージャは姿を消した。


 三年生の教室のある、四階に足を踏み入れた。他の階と違って、ここには倒れている生徒の姿は見あたらない。それは、受験を控えている三年生 は、五時限目までしか授業がないから。六時限目終了後の下校時間後に起こった異変なんだから、ほとんどの三年生は難を逃れたはずだ。

「何やってんだよ。アネキが憎んでいるのは、同じ学年の生徒じゃないのか?」


 自分のクラスの廊下側窓を開けて、そのさんに腰掛けていたアネキを見つけると、俺はさっそくそう確認した。言葉をかけてもこちらを見ようとしない。

「別に誰だっていいのよ。あたしは、この学校で笑って過ごせる奴なんか、みんな嫌いだもの」

「そんなこと言ったって、みんな普通にしているだけで、誰も悪くなんかない。わかってるだろ?」

「だって不公平じゃない。どうしてあたしだけ、こんな苦しい思いをしなけりゃならないの? なんで、あたしだけがその『普通』になれないのよ」


 音を立てず床に足を着け、すくと立ち上がったアネキの顔を目の当たりにする。口調には誰にというわけでなく責めるような響きがあるが、その表情は裏腹に、ただただ悲痛なばかりだった。


「あんたなんかには絶対わからないわ。あたしの気持ちなんて。結局、いつだってあんたにはいい仲間がいるじゃない。…で涙だって、あんたを守って死んだんでしょ!?」


 ――そうだ、アネキには涙さんが死んだと一方的に告げただけ。何故、彼女が死んだのかまで伝えることをしなかった。やさぐれた気持ちで、無意識に、アネキに当てつけをしてしまった自分の過ちに気付いて、俺はこっそり胸を痛めた。今は俺がいちいち傷ついているようなゆとりはないから、ひとまずはほどほどにしておくけど。


「あたしには、あたしのために死んでくれるような人、誰もいない。友達すらいない、何もない! 涙みたいに、自分が死んでもいいと思えるくらいに好きな人なんていないし、そんな風に強く生きられないのよ!」

「違うんだ……アネキ、涙さんは自然に、命が尽きたんだ」

「……ああ? 適当なこと言わないで」

「嘘でも何でもない、事実だ。寿命だったんだよ」


 一般の人間は、魔物の生態など知らない。あるのはただ、人間より途方もなく強く恐ろしいというイメージだけだ。種族によっては人間よりもずっと寿命が短いなんて、すぐには信じられない気持ちはわかる。俺だって最初はそうだったんだから。

「だけど、涙さんはそれを最後まで打ち明けてくれなかった。俺だって、本当はもう彼女の命が長くないことを知ってて、それでも見ない振り知らない振りを続けて……涙さんは、俺やアネキが思っていたような、強いばかりのひとじゃなかったんだ」


 しっかり者で、たくましくて、叱るべき場面ではきちんと叱ってくれる思いやりがあって。アネキにとっては救世主のような、俺にとっては理想の女の人で。 それらはもちろん彼女の一面ではあったけど、海月涙という人間の、あるいはティアーという魔物の全てではなかった。彼女が俺達に見せられず、また俺達が気付いてあげられなかった弱さが、確かに彼女にはあったはずなんだ。


「本当に強い人間なんてどこにもいない。アネキの目からはいつも笑って、楽しくしているように見えるとしても、みんなどっかで悩んだり悲しんだりしているんだ。こんな風にひとまとめにしてアネキの痛みをぶつけたところで、何の意味もないんだよ」

「……言いたいことはそれだけ?」


 暗い声でそう呟くアネキは、ほんの少し身構えるようにして俺を睨みつける。

「意味なんかいらないし、他人の苦しみなんて知ったことじゃないわ。あたしはただ最後に、この一生で抱き続けた苦痛に報いたいだけ。

あんたは特別に、きょうだいのよしみで見逃してあげる。だからとっとと消えなさいよ」


 そう宣告した瞬間、アネキの様子が一気に緊張感を増したように思える。彼女だって、俺の持つ、ソースの力が桁外れの代物であると知っている。本気で相対することになれば、おそらく勝ち目はないとわかっているのだろう。


「口を慎みなさい」

 音のない廊下に、静かな、しかし確かな怒りを秘めた一言が響く。俺でもアネキでもないその声の持ち主は、


「たとえ敦さまの肉親であろうと、亡霊ごときがわが主の力を侮辱するなど許しません」

 すっと俺の眼前に移動し、こちらには四枚の透明な羽の生えた背中を見せる、小さな小さなサクルドだ。

 彼女と正面から向き合っているアネキは、なにやら頼りない息を漏らしながら、すっかり脅えたように後ずさりする。


「あ、あ……敦、なんなのよ、その小さいのは……っ」

「何、って言われても」


 はたと、アネキからの思いがけない指摘に、俺も思い当たる点があった。そういえば、サクルドは何の種族なんだっけ? これまでに出会い親交のあった魔物は、俺が魔物の世界に通じていないのを気遣ってか、自分の種を自己紹介のように語ってくれることも多かった。しかし、思いだそうとしてもサクルドの種族はわからないし、俺の記憶が確かならば彼女から、また仲間からも聞かされた覚えはない。

 姿を消していても俺の側にいて、俺の心中も完全に見通して。そんなサクルドは一体、何者なんだろうか。


 ――敦さま、今です!

 ぴしゃり、頭の中に響く。そうだ、たぶんサクルドはアネキの足止めに何かをしていたんだろう。それが、先程言っていた「得意分野」の為せる技だろうと想像出来る。

 ……その直前まで、この非常時に俺は余計なことを考えていたような気がするが、その内容をもう思い出せなかった。


 元から大した距離はなかった。一息に二、三歩ほど前へ出ると、俺はアネキの両肩を掴む。

 あ、と間の抜けた吐息を漏らすアネキは、俺がそのままでいると次第に瞳へ涙を盛り上がらせていく。


「こんな時に、身内くらいしか助けに来てくれる人間がいないっていうのがどんなにみじめな気持ちか……やっぱり、あんたにはわからないわよ」

「ぜいたく言うなよ、馬鹿アネキ。誰も来ないよりずぅっとましだろ? それに……」


 ラルヴァに憑かれた人間を解放するのは、簡単。アネキはこうして動いているが、実際には眠っていて、ラルヴァを仲介して体を動かすことで奴の力を使っている。その代償に、ラルヴァに生気を奪われているのだ。

 つまりアネキを起こしてしまえばラルヴァとの繋がりはすぐに絶たれる。……しかし、俺はこのアネキが揺すったり叩いたり騒いだりするくらいでは到底目を覚まさないことを知っていた。

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