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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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15話‐4 青春は川の流れ

「何だよこれ……嘘だろ?」

「いくら俺だってここまでたちの悪い嘘はつかねーよ」

「だって、こんなのありえないだろ……っ」

 はいそうですか、と納得するには、不可能としか思えない事柄が多すぎる。


 まずは、言うまでもない。明るく人好きのする笑顔を振りまくキネ先輩は、今もこの学校に存在するじゃないか。

 仮にこの石碑に刻まれた事件が事実だとするなら、キネ先輩の存在をこの学校にいる誰ひとりとして疑わないのは何故なのか。こんな事件が自分の通う学校で 起こったのなら、いくら長い年月が経ったとしても未だ語りぐさにくらいはなるはずだ。そも、こんな石碑が校舎内に堂々と鎮座し、「綺音紫」と実名まで入っていて、誰も気がつかないなんてありえない。


 そして、それらは全て俺自身が気がつかなかったことでもある。こんな馬鹿でかい石碑に気がつかないわけがない、自分の通う学校で過去、こんな事件があったことを知らないわけがない。

 そして、何より信じられないのは……こんな死に方をした人が、もしもキネ先輩だとしたら。あんな風に何の陰りもなく笑えるはずが……。


 つまり、いくら考えたって。こんなこと、俺は信じたくなかった。そんな結論を察したのだろうか、マージャは残酷な説明を始めた。俺のすがっている要素を、ひとつひとつ、握り潰していくかのように。


「綺音紫はな、レムレスなんだよ」

 それが魔物の種族名らしいということは、今更確かめるまでもなかった。

「レムレスってーのはラルヴァと真逆の存在でな、あっちが人の憎悪に縛られるのに対して、レムレスは生きてる者が先立った者を惜しむ気持ちに縛られ、魂が転生し損ねてこの世に留まってしまう。けどな。最初はいくら違う存在だったからって、魂だけでさまよわなけりゃならないってのはきっついもんだぜ。正気を保っていられない程にな。だからレムレスも、遅かれ早かれラルヴァになっちまうのさ」


 近い将来、仲間を喪ってしまうことがわかった時、俺は魔物達に「仲間をラルヴァにしたくなかったら、その死を受け入れろ」と再三に渡って説かれたものだった。その真の意味が、今、ようやく目の前に突きつけられた。


「キネ先輩は、事件が少年法と絡んで報道されたせいで、島中の人間に同情されたんだな」

「そんで、このなんとか団体に広告塔として利用されたってわけだ。この活動が実って、十八歳から成人と同等の刑事罰が下せるようになったんだろ?」

 魔物であるマージャがこうも詳しいわけは、俺にもわかる。政治経済の授業で法律の項目において少年法を学ぶ際、この話題が取り上げられた。この法改正以降も少年事件はなくならず、殺人に至る事件を起こした少年、少女の低年齢化が取りざたされるようになって、少年法の適用年齢は更なる引き下げを余儀なくされてきた。


「何か言いたそうじゃん」

 話すネタが尽きたのか、マージャは俺に話を振る。何か言いたそう、というのは嘘っぱちに決まってる。だって俺は、あまりに凄惨な事実を目前にして、出る言葉なんてひとつだってないのだから。

「あのさ……」

 苦し紛れに絞り出そうとした一言だった。いつまでも呆然としているわけにはいかない。何より重大な謎を解消しておかなければ。……しかし、その 瞬間起こった異変に、のんびりと会話している場合ではないと察する。マージャも気がついたのだろう、俺にやや先行するように校舎へと目を向けるが、その面持ちには緊張感が足りないような気がした。


「音が、消えた?」

「だなー」

 たまたま校庭に人がいなかっただけで、放課後の校舎からは生徒達の喧噪がこの耳に届いていた。それが一瞬の後、消えてなくなった。


「アーチ、さっき渡したのを離すなよ」

「これが? 何だっていうんだ」

 先ほどマージャから渡された、魔術式の刻まれた小石。指の感覚がなくなりそうなくらいに握りしめていたそれを、手のひらを開いて奴にも確認させる。


「その式はな、綺音紫の幻術を無効にするものなんだ」

「キネ先輩、魔術が使えるのか?」

「レムレスの能力だよ。綺音紫の場合、その力が特別に強いんだ。何たって島中の人間の思念が結集したものだし。おまけに彼女は、この学校と自分自身を融合させて、地脈そのものになったんだ。要するに、この学校内にいる限り彼女の影響下から逃れられない。綺音紫は生きて存在する、この学校のいち生徒にすぎないっていう、彼女にとって都合のい い幻を見せられ続けるわけだ。まあ、彼女がいるってこと以外は普通の学校と何ひとつ変わらないわけだから、実害はないようなもんだけどな」

「てことは、この小石を手放した途端……」

「おまえは今、ここであったやりとりの何もかもを一瞬にして失うだろうな」


 ともかく、何が起こったか一刻も早く確かめる必要がある。そのためにはまず校舎に入らなければ。

 最低限それだけをマージャと打ち合わせて、俺達は歩きだした。そこへ。



 苦しめ 苦しめ 苦しめ 苦しめ 苦しめ……


 音のない世界に、どこからともなく声が響いてくる。いや、声ではなく、頭の中に直接届けられている言葉だ。

「この声は……」

 マージャが、聞き覚えのないらしい声に首を傾げている。一方、俺の方はといえば、その声の主が何者なのか痛いほどよくわかっていた。



 校舎内の想像以上の惨事を目の当たりにして、暗澹とした心境で俺は進んだ。前方を行くマージャは平然と、口笛など吹きつつ歩いている。

「これは、ラルヴァの仕業なのかねぇ」

「断定するのはまだ早いでしょう。とりあえず、彼に会わないことには」

 のんびりと呟くマージャに、この事態で流石に動揺を抑えられなかった俺に呼応して現れたサクルドが答える。


 残暑の空がほのかに明かりを落とし始めた時間、窓から射し込む日光だけでまだまだ事足りる中。その中でなお、煌々と白い光を放っている蛍光灯の下で、生徒達が倒れ伏している。それが今、この学校内の全てだった。こうして歩いている廊下でも、廊下側の大きな窓から覗ける教室内も、同じ有様だった。


 上履きに履き替えるとはいえ決して綺麗ではないだろう床に、うつ伏せで顔面をつける男子生徒に、長い髪を乱して横たわる女生徒。だが不思議なことに、 顔を確認できる体勢で倒れる生徒達は皆、一様に穏やかな表情を見せていた。まるで、何のことはない、自室のベッドで安らかな眠りの中で朝を待っているかのように。


 苦しめ、苦しめ、苦しめ、苦しめ、苦しめ……

 俺には今も聞こえてくる呪詛の声など、眠っている生徒達にはまるきり届いていないかのように思える。……それは、虚しい響きだった。


「魔術壁を出さなくってもいいのか?」

 マージャは無防備だし、非常事態にはとにかく魔術壁をと指示してくるサクルドが、今回は特に警戒心もなくただ適当に歩いてみようと言うだけだった。


「はい。ラルヴァやレムレスの能力は、魔力によって起こるものではありませんので、魔術壁を出したところで防ぐことは出来ません」

「ほっとんど無敵のソースの、数少ない敵ってとこかねー」

「ご心配には及びませんよ、敦さま。実のところ、この手の対応はわたしの得意分野です。敦さまに害が及ぶなどありえません。もっとも、ラルヴァに付け入れられるのはよほど心の弱い人間か、運悪く気持ちの落ち込んだタイミングでラルヴァに目を付けられた人間、くらいのものですけれど」


 エメラルドの光をまき散らしながら、わざわざ俺の眼前に飛んできたサクルドの、小さな小さな体が胸を張ってみせる。

「さぁて、そろそろ目的の場所に着きそうだけど、心の準備は出来てっか?」

「目的、ってそんなのわかってんのか?」

「おまえの姉さん、そろそろ潮時だって言ったろ。今夜って言ったのは、ラルヴァも夜の生き物……ってのも変か、死んでるんだし」

「だからっ」

 イライラをあからさまに促すと、わかったよー、とまた適当にあしらってくれる。いくらなんでも身内の無事がかかってるんだ、笑い事じゃ済まされない。


「ラルヴァと関わると一方的に生気を吸い取られるか、あるいは……お互いの相性が良かった場合、ラルヴァが寄生した人間の肉体を乗っ取り、現実に力を行使することがあります」

 まどろっこしいマージャは無視して、サクルドが答えをくれる。

「相性がいいってのは、どういう意味で?」

「寄生された人間が、ラルヴァの怨念に共感した、ということです」


 ……最悪の想像が、現実のものとして突きつけられた。先程から頭に直接響くような呪詛の言葉は、まぎれもなくアネキの声だった。たとえラルヴァが関わっているとしても、アネキ自身の意思による行動でもあるんじゃないかというのは、十分に予想出来ることだった。

 苦しめ、という一言を延々と繰り返す。その哀れで惨めな彼女の思惑も、俺には何となくわかっていた。

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