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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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8話‐3 孤独の先

 おまえ、一体どうしてこんなことを……。思わず口に出しそうになったその時、

「理由なんて訊くものではありませんよ、敦さま」

 サクルドからきっぱりと釘を刺される。俺の肩から降りて目の前に移動し、厳しい表情を晒す。

「サクルドの言う通りね。事情なんて知ったところでやりにくくなるだけよ。どちらにしろ、ディーヴを生かして帰すわけにはいかないのだから。それに……」

 サクルドのそれと比べると、エリスの表情には険しい中にもいくらか余裕が感じられる。


「ここにいるだけで四匹。あと二カ所にどれ程送り込んでいるか知らないけれど、これだけの数の虫を動かしていたら消耗して当然だわ。このまま放っておくだけでも、魔力が尽きて遠からず死ぬでしょう」

「エルフであるあなたが、随分と余裕がおありですこと」

「あなたがエリスを侮っていることくらい、言われなくてもわかっているわ。ソースを狙ってここへくる連中はたいていそうだからね。このエリスが、護衛の穴だと決めつけてかかるのは。全く、愚かしいことだわ」

 言いながら、エリスはポニ―テールを縛っているバンダナをほどく。持ち上がっていた髪が下りて癖のない髪が肩にかかると同時に、エリスはバンダナを前方に放り投げる。バンダナは地面に落ちず、手で整えられもせず中空に自ら布を広げてみせる。


 ディーヴは、エリスが呪文を唱え始めるとようやく状況を察し、身構える。白い無地だったはずのバンダナに、極限まで水で薄めた空色絵の具で描いたような魔術式が現れたと思ったその時には、すでに元通りに消えていた。

 バンダナからひと筋の水流が飛び出す。腰を落として避けるが間に合わず、頭をかすめて白い帽子が吹き飛んだ。


 帽子の下に隠れていたのは、頭の両側から生える白い羽だった。人間の島の街中で見かける鳩の羽の大きさに近い。とてもじゃないけど、あの羽を動かしたところで彼女の体が空を飛べるとは思えない。


「エルフが、戦闘用の魔術道具を……!?」

「あなたが事を企んで百年、だったかしら? 幸運なことに、この百年でこれをほどく機会はなかったのよ」

「マザー=クレアから血闘を禁じられているはずでしょう、エルフもウンディーネも!」

「おあいにく。そんなこと、故郷を出た時から覚悟を決めているわ。まぁ、どうせ最後はベルの糧にするわけだけど、百年も下調べしたのだからそれはあなたも知っているわよね?」

 悔しそうに歯噛みをしてみせた後、しかしディーヴは闘志を失わなかった。決意を新たにしたのだろうということが、表情から見て取れる。

「なるほどね。では、こちらも気持ちを改めましょう。わたくしは、エルフの死のまじないなど恐れはしない。その命、仕留めるつもりで挑みますわ」


 死のまじないって何のことだ、と思った時、例によってサクルドの解説が声なく届いた。

 エルフを殺めた者は、現世と来世に絶えず肉体の苦痛を与え続ける呪いで縛られる。マザー=クレアが直に施したその魔術式から逃れられる者はいない。だからよほど事情があるような場合を除き、エルフを殺そうとする魔物はいない。

 エリスはその体に俺を完全に隠す位置へ移動すると、再び呪文の詠唱を始める。ディーヴはその場を離れずに、今度は立て続けに襲い来る水流を待ち構えた。鈍い動きでいくつかかわし、拡散の魔術壁を展開してやり過ごし――


「サータ!」

 呪文にしては短い、かすれた声で精いっぱいという感じの叫び、と同時に手のひらを広げた右手を横に突き出すようにするディーヴ。すると、エリスの放った水流のひとつをわしづかみにした。

 見上げている、エリスの背中に緊張が走るのがわかった。そう感じた刹那にはもうエリスが倒れかかってきて、とっさに受け止める。エリスの腹には棍棒のような氷の塊が突き刺さっていたが、貫通してはいなかった。

「エリス!」

「敦さま、いけません!」


 悲鳴のようなサクルドの注意に、俺の組んでいた魔術式がこの一瞬で完全に失念して、魔術壁が消えてしまったことに気が付く。

 ふらり、ディーヴがしんどそうによろめいたのが見えた。しかし彼女はすぐに態勢を整え、決意に満ちた表情で地面を蹴った。


 魔物といえば、人間よりも跳躍力に優れているらしい。戦闘ともなれば走ったり歩いたりよりも、跳んだり跳ねたりが中心になる。ライトに体術を習っていると、あのでかい図体が跳び跳ねるものだから局地的な地揺れを起こしてしまうから大変だ。

 ディーヴは、精いっぱいという風に顔をしかめて走り寄ってくる。時間の猶予はあったはずだが、混乱とめまいに襲われる俺は、再び魔術壁を発動する余裕はなかった。

 いっそ安らかにも見える表情でぴくりとも動かないエリスを腕に抱きこんで、俺はきつく目を瞑った。


 届いたのは、たんを吐くような苦しげなひと息の呼吸と、生温かい水滴。

「――ど……して……」

 かすれた声につられて顔を上げると、いつの間にどこから飛び出したのかわからない、ややくすんだ白の刃が――といっても本当の刃物じゃなくて、幅広で半月の弧を描いた形がそう見えるってだけなんだが――ディーヴの腹を刺し貫いていた。


「あなたと同じよ、ディーヴ」

 何事もなかったような涼しい声で、エリスが告げる。よく確認すると、白い刃はエリスの足から生えているのだとわかった。

 恐ろしいことに、その状態でエリスは立ち上がると、無造作に力を込めて足を振る。その反動でディーヴの体は白い刃から解放され、腹に大穴を空けた状態で 後ろに倒れこむ。悲鳴をあげる余力もないのだろう、穴と口からごぼごぼと血をこぼしながら、ただ痙攣するしかないようだった。


「あなたが百年を費やして虫を育てたのと同じ。エリスは百年を捧げて、この身が外の世界で生きていけるように整えたのよ」

「魔力を魔術に使用出来ないエルフが、実戦に耐えうる魔術道具を作るには、エルフ界の恵みから地道に魔力を集めるしかありません。百年の間、水で編んだ布を光にさらし、祈りを捧げ、点で繋ぐように魔術式を描いていった。全てが完成するまでに百年を費やしてしまった」

「こいつはエルフ界の至る所に散乱している、人間の骨をかき集めて身体に埋めたのよ。おかげで身体が重いのよね」


 自分の足から突き出た、血濡れの刃を指してエリスは言う。言われてみても骨のようにはちっとも見えないから、これも魔術式か何かで形を変化させているのかもしれない。

「そういった経験から、あなたのしでかした事がわからないでもないわ。けれど、共感も同情もしてやれない。百年もかけて、たった一人の罪のない人間を殺めることだけ考えてきたのなら――」


「あなただって、同じでしょう……?」

 立ち上がりたいのだろうか、左右に投げ出した腕、指先だけがひくひくと無念そうに動く。共感しないというエリスの言葉を聞いていなかったのか、ディーヴの声色は明らかに同意を求めていた。


「気の遠くなるような歳月をかけて、……この孤独の先に、わたくしを、受け入れてくれる世界があるって、信じて……そうでなかったら、こんな寂しい島になんているものですかっ……」


「寂しい、島……? だったら、君は、どこにいたかったって」

 ディーヴがひときわ大きく咳きこむと、調子の悪い噴水のようにばらばらと、濃い血を噴き出した。


「わたくしが……いたかったのは……フェナサイトの人間の中で……」

 俺やエリスよりも小柄で幼い身体は血だまりに囲われ、そうして痙攣さえなくして動かなくなった。最期のひと時、サータ、と消えいるように呟く。

 すると、あまり直視したくはないがディーヴの身体に空いた大穴の傷口で、内臓をかき分けるように何かがうごめいた。積もりたての雪のように真っ白なカブトムシ――恐ろしいことに、血のあふれ出る体内から這い出てきたくせに、一点の汚れもない純白を保っている――角を除いたとしてもゆうに十五センチはあると思われる大きさも併せて、異様な存在感だった。


「サータってなぁこいつのことかねぇ。こりゃあめったに見れない上玉だぜ。このちっこい体になんつう魔力ため込んでんだ」

 虫と一戦交えたらしいライトが戻ってくると――上半身が汗や泥だけでなく、緑や紫の謎の液体でべたべたになって汚れている――ディーヴの胸の上に鎮座した白いカブトムシ の角を掴んで目線に合わせて持ち上げる。ライトの目の高さなのだから、当然俺やエリスには見上げる形になるが、虫は抵抗する様子もなかった。

「ライトもヴァニッシュも無事なようですね」

 割合けろりとしているライトと比べるとやや疲れた様子のヴァニッシュも姿を見せると、サクルドがほっと息をつく。この余裕をみると、ベルの方も特に問題はないのだろうか。


「八匹もいるからもうちょいてこずるかと思ったんだがよ、いいところにハ―ピーのナウルが来て片付けてくれたんでな」

「……エリス、その腹は大丈夫なのか。血にも弱いんだろう」

 いつからか、エリスは右腕で腹を隠すようにしていた。その腕の隙間から透明な水が流れ、地面に水たまりを広げ始めている。


「――そうね。申し訳ないけれど、エルフ界で養生するしかないみたい。しばらく空けさせてもらうわ」

「きちんと治すまで戻ってくんなよー?」

「ええ。あなた達も気を付けて」

「……お大事に」

 自分が傷を負ったかのように痛ましい表情をしてエリスを見送るヴァニッシュ。そんな彼に向けて、どこか普段と違うか弱い笑顔を残し、エリスは霧散した。彼女のいた場所に水たまりが一気に広がっていく。

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