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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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7話‐5 ウンディーネの初恋

「その誓いが、彼女を戦へ駆り立てました。ソースの力を人類にさらすことは、同胞に対して愛情や愛着のある人間にとっては、多大な負担となります。その力は羨望や信頼といった好い印象だけでなく、妬みや裏切りといったわずらわしいものをいくらでも招き寄せます。それに耐えられるのは、この世界におそらく自分しかいないとわかっていたから。後にも先にも、人類に対してひとかけらの愛情も抱けず、それに苦悩さえしない存在は、確かに彼女をおいて他にいないでしょう」

 だったら、そんな人が何故、セレナートと共にあるのか。事情を聞いても、疑問は一層深まる。


 そのセレナートは、手のひらをコロンさんの額に慎重にあて、よく見ないと撫でているとわからないように小さく動かしている。

「セレナートは最後まで伝えなかったけど……ずっと、傍にいて欲しいと思ってたから。『何の役にも立たない亡骸でも、セレナートは必要としてくれるようだから。君が飽きるまで、居候させてくれないかな』、って言い残して、このエメラードを出ていった……その時はね、わかってないなぁって思ったよ。死んでしまってからじゃなくて、今、傍にいて欲しかっただけなのに、って」

 そっと、遺体の上半身を起こして、セレナートは伸ばした自分の両足にコロンさんの頭を乗せる。


「だけど、本当は誰よりも、セレナートのことを知っていたんだってわかったの。実際に……死んでしまったこころの身体が、ここに現れた時に。だって、セレナートはもう……誰にも恋なんてできないんだもの」


 いつの間にか、俺の体も少しずつ下がってゆき、今まで見下ろしていたセレナートとコロンさんを横から眺める位置にいた。

「ウンディーネは、水源の運命を背負う者……その定めに、自分以外の誰かを入れることは出来ない……だから本当は、感情なんて芽生えない方がずぅっと楽だったのかもしれない……昔は、こんな風に何かに悩んだり苦しんだり、なんてなかったんだもの。水源と共にここに在るだけでよかったんだもの」

 まるで自分自身に言い聞かせてるみたいだ、と思ったところで、サクルドからセレナートに聞こえない通信で補足が入る。いわく、本来のウンディーネは思考がない為、何か考える時は口に出さないと成立しないんだと。セレナートは、俺に事態を説明するのはもちろん、同時に自分の気持ちも整理しているのかもしれ ない……。


「セレナートは、エメラードの全ての命の為に生きてる。だけど、セレナートの為に生きてくれる人はどこにもいない。ずっとずっと傍に居てくれるのは抜けがらになってしまったこころの体だけ……きっと、こころはそれをわかっていたんだよね、サクルド」

「――ええ。コロンは、自分との出会いがウンディーネであるあなたに感情をもたらしてしまったことを……憐れんでいましたから」


「でもねっ……悲しいことばっかりでも、なかったんだよっ」

 初恋の人の死に顔を見つめながらの長い沈黙の後、顔を上げたセレナートはまっすぐ俺を見てそう言った。晴れやかな表情だった。


「水源には、毎日エメラード中からいろーんな生き物が来てくれる……たいていみんな、挨拶をしてくれるし、お話を聞かせてくれるひともいるの。セレナートはここから出られなくても、みんなから色々なことを教えて貰える。それが、とー……っても、楽しいよ!」

 膝にのせていたコロンさんの頭をそっと下ろし、立ち上がると、セレナートはその顔を俺の顔に寄せる。同じ高さで直立をしているのを見たことがなかったので知らなかったが、彼女の方が背が高いようでやや前かがみの体勢をとられているのがちょっと屈辱的だったりする。


「だからね。後悔したのは、最初だけだった……恋なんてしなければ良かった、感情なんてないままでいればよかった、なんてね。だって、感情がないままだったら、今こうして楽しいと思える出来事が全部、空っぽになっちゃうんだもの……そんなの、絶対にもったいないよ! ……あつしだって、そう思うよね?」

「――うん。俺も、そんなのもったいないって思うよ」


 時には、立ち直れないんじゃないかってくらいに辛い思い出だってあるけれど。人間は、何だかんだでその記憶を背負って生きていく。そして、その時はこれ以上の苦難はないくらいに思っていても、いつの間にか乗り越えていられるものなんだ――もちろん、程度ってものがあるから絶対とは言えないけれど。

 そういえば、俺がこれまでの人生で一番、精神的に負担だった出来事って何だったろう……例えば、小学生の頃に友達が病死したこともショックだったし、豊が目の前で殺されたりもした。魔物に指名で命を狙われたり、自分がソースだったり、その力があんまりにも強大で恐れおののいたり……ごみ捨て場でティアー が潰されて死んだり……。

 ――挙げてはみたものの、どれかを選ぶっていうのは自分では出来そうもないから、具体的なことは言えないのが口惜しいけど。


「悲しくても、きれいさっぱり忘れたりしなくて良かった。そうしてたら、ティアーと再会できた時の嬉しい気持ちも味わえなかった」

 ティアーの死を振り返りたくなくて、俺はティアーと一緒に食べた、大好物だったシュゼットのことを忘れようとしていた。そんな俺の様子に、ティアー……いや、「涙さん」だった彼女はがっかりしたようだった。

 プラスの思い出だけ残して、マイナスの思い出は捨てていく。そんな都合の良いことは出来っこない。第一、苦い出来事から教訓を得て、同じ間違いをしない ようにと成長出来る。そのことにもっと早く気がついていれば、ティアーにあんな顔をさせることはなかったんだ。皮肉なことに、これもまた失敗から学べたことのひとつだった。


「あのさ、昨日の続き……あつしって、ティアーのこと、どう思ってるの?」

「えーと……そうだなぁ」

 心の準備をしてきたつもりだったのに、いざ言おうとなるとやはり緊張するものだ。


「太陽みたいなもんかな……」

「太陽……?」

「まぶしくて、かけがえのない存在で。笑顔で話し掛けてくれると俺の方も元気になれる、みたいな。あんまりにも特別だから、たまに手の届かないところにいるような気がするけど、俺が彼女を見るのと同じくらいには俺も特別になれたらな……って、欲張りたくなるような」

 曇り空は過ごしやすいけど、太陽が出ていて日当たりが強すぎるくらいに晴れた空だと、やっぱり元気になる。俺にとって、ティアーの存在はそれ程の力を与えてくれる。

 そんな彼女が大切なだけなら、一方的に想ってるだけで良さそうなものだけど、そうはいかないのが人間の罪深いところってもんで。


「その気持ち……なるべく早く、ティアーに伝えてあげてね」

「早く?」

「うん……」

 なぜか、セレナートは何かぐっとこらえるような表情を見せて、うつむく。


「――セレナート」

 俺の肩から下りて、ふわふわと水の中を漂いながら、サクルドはセレナートの眼前へと移動する。

「わたしは、敦さまと彼女と、どちらの意思を支持するべきなのか。まだ、決められないでいるんです。どちらの考え方も、否定できるものではありませんから」

「考え方なんて、関係ないよ。セレナートは、ただ……あつしとティアーの日々は一度きりなんだから、後悔になりそうな種は除いておいた方がいいって、そう思うだけだから……それと、もうひとつ」

 背中を向けているサクルドの表情はわからないが、セレナートは答え終えた後には満足げで、それでいて控えめな笑顔を見せた。


「ソースの力を持って生まれたからって、人類全体の為に特別なことをしなくちゃ、なんて気負うことはないんだよ? ……もちろん、こころみたいにそうやっ て生きるのもいいけれど。自分の為だけに生きるのが悪いなんてこと、誰にも決められないんだから……これは、新しいソースに会う度に、セレナートが伝えてきたことだよ」

 想い人だったコロンさんはそうしなかった、セレナート自身にも許されていないこと。

 ソースの力を持つ者は、その気になれば個人の手に余るような大きなことを成し遂げられるだろう。けれど、俺は自分がその力を持ってどう生きていくのか、手掛かりのひとつさえ入手していなかった。


「さ、もう上がろう……そろそろ、ティアーが心配でしょう?」

 セレナートが両手を俺の前へ差し出す。その手をどう取ればいいのかはかりかねたので、とりあえず上から手のひらを重ねてみる。

 まばたきをした一瞬、目を開けると、景色が一変していた。水面に立っているという不安定で慣れない感覚に、湖を囲む木々の風景。


 正面、おそらくいつも俺が水を汲む場所に、ブラック・アニスの立ちすくむ姿が見える。右腕を抑え、その箇所を中心とした右半身が血で染まっている。

 ティアーの姿がないのに肝を冷やすが、ブラック・アニスはこの上なく憎らしげに俺達のいる方を一瞥すると、駆け出して木々の合間へ姿を消した。

 五秒もしなかっただろう、現れたティアーは、疲れを隠しきれない笑顔で大きく右手を振っていた。

「ブラック・アニスは血に溶けた魔力への依存度が高い魔物ですから、とどめを刺さなくても出血の多い傷を与えるだけで追い返せるんです。今頃、走りながら獣を捕まえて肉をかじっているでしょうね」

 俺はその言葉に安心したのだろうか、サクルドは台詞の途中から姿が薄れ始め、語尾と共にかすれるように消えていった。


 ツリーハウスへ戻ると、五人は揃ってたき火を囲み、俺達を出迎えた。賞賛の拍手もそこそこに、ティアーはつかつかとベルとライトの前へと小走りして、

「どうして、セレナートの好きだったのが女の人だって教えてくれなかったの! 知ってたら、余計なことで慌てなくて済んだのにっ」

 ティアーの左手はブラック・アニスの血で汚れ、白い服にもところどころ血痕が飛んでいた。そんな有様で凄まれるのは恐ろしいと思うのだが、責められる彼らの反応は涼しいものだ。

「せっかく楽しめそうなネタなのに、バラすのはもったいないだろう」

「修羅場もないなんて、素直な連中ばかりだと面白みに欠けるわね~。アイツのことも片付いたみたいだし、アタシはもう寝るから。おやすみぃ」


 ベルが完全に小屋へ入る気配を待ってか、呆れ顔の豊が切り出す。

「ベルもライトも、もうどれくらい生きてるんだっけ」

「ライトが六百、ベルが五百……くらいだったかしら」

「その割にふたり揃って大人げないよな」

「まったく、エリスやオルンとは大違いだ」

 どさくさにまぎれて、俺もしっかり同意してみたりして。


「なぁーに言ってんだ、歳相応に枯れてる方がお好みってかぁ? そういうのに比べたらおいら達みたいなのが、人間にはとっつきやすいだろが!」

「……確かに、俺のような性格より、ライトのような性格の方が、フェナサイトの人間には受けが良さそうだった」

「そーかなー! あたしは普段ノリが良くてたまにすっごく面倒なのより、ヴァニッシュみたいにおとなしくて疲れさせない方がいいと思うけど!」

 よほど腹を立てているのか、珍しく物議を醸しそうな発言をするティアー。大の男として、そう消極的な評価を下されるのはどうかと思う。

 当のヴァニッシュは、仲間の輪の中で一点の曇りもなくにこにことしているわけだから、何も気に触らなかったんだろうけど。そんな彼の横で、珍しく口数が少なく、思案顔のエリスが何だか印象に残る。


 自分以外の仲間が全員魔物、なんて集団に当たり前のようにいられる自分がおかしくて、たった今されている話とは関係なく俺も笑っていた。

7話終了。8話に続きます。



お読みいただき、ありがとうございます。


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