6話‐3 森の島エメラード
「ぅおおーい、帰ったぞーぃ」
男のそれとすぐにわかる、それでいて男にしては高めでよく通る声がした。おそらくこの木の根元あたりにいるんだろうけど、距離があるというのに耳元で叫ばれたようなすさまじい声量だった。
「ライトよ。エリスは先に降りるけど、まだ話は済んでいないから、あなた達も速やかにね」
「はぁーい」
すっかりご機嫌なティアーが返事をすると、エリスはそのまま飛び降りた。まず間違いなく無事だろうが、一体どういう仕組みなのかが気になる。が、そんな様子をティアーは見せてはくれず、俺を縄ばしごへと追い立てるのだった。
「ライトったら、随分と無茶をしたものね」
「何言うんだい。ティアー達が帰ってきて、ソースを迎えて、こんなにめでたいことはないじゃないか。明日から楽しくなるぞ~。少しぐらい奮発するのは当たり前だろう?」
そんな会話を背に、俺とティアーは縄ばしごから地上へと立つ。珍しく急ぐ風にして、ヴァニッシュが俺達に歩み寄ってくる。そこで目にしたのは、エリスはもちろんヴァニッシュより、さらにさらに背の高い、言ってみれば図体のでかい初老の男だった。その彼がかついでいるのがまたでかい熊の死体なものだから、 改めて自分がとんでもない世界に来てしまったんだなぁと実感する。
「おう、おまえさんが敦かい!」
ぼさぼさの長髪を適当に束ねて、いかにも人の良さそうに笑うライトは、どかどかとこちらに向かって歩いてくる。黒い髪と目は人間にもなじみが深いが、いかんせんそのがたいの良さは人間離れしている。下半身はゆったりと布で覆っているが、上半身は裸だ。その肌は程よく日に焼けて小麦色をしている。
何よりも目を引くのは、全身にバランスの良い軟らかそうな筋肉、という印象だ。オルンのそれは硬く引き締まった感じだったからなおさらだ。
「おいらはタイタンのライトだ。よろしく頼むなー」
よろしく頼むべきなのはむしろ、色々と教えて貰うことになる俺の方だと思うけどな。
「こちらこそ。タイタンっていうのは、もしかして種族名ってやつ?」
ティアーとヴァニッシュだったらワ―・ウルフ、豊とベルだったらヴァンパイア。そして、俺は人間だ。
ティアーいわく、魔物同士だったら自己紹介などしなくても相手の種族くらいだったらにおいで判別出来るものらしい。この自己紹介は人間用……いや、魔物がわざわざ人間に素性を明かす意味はないし、俺も含めソース用なのかもしれない。
「そうさ。簡単に言うと巨人族ってやつだぁな」
「巨人かぁ。なるほど、確かにでかいや」
「これでもおいらなんかちっこい方なんだわ。神竜の健在だった頃にゃあ今のおいらが五人おっても足りないくらいの背丈があったんでなぁ」
にゃははは、に濁音を付けるような、喉に引っかかるような笑い声だ。
「ちなみに、エリスはエルフ界から出てきた純正のエルフだ。どうせあいつは言ってないだろうからおいらが教えといてやるわ。けっこう珍しいんだぞぉ?」
「よく言うわ、タイタンだって同じくらい珍しいでしょうに」
何となく、エリスから自分の種族に触れてもらいたくないような空気を感じた。俺の方からは話を続けるのはやめておこう。
「タイタンって、エメラードの山向こうにある集落からあまり出て来ないんだよ。それなのにライトってば、エメラードやアクアマリンはもちろん、フェナサイトまで色んな場所へ出かけるんだ」
「まぁ、見た目はちょっとでかいけど人間っぽく見えるし」
「それをいいことに人間に雇われて平然と働いたりするんだから。おかしな人ね」
ティアーはどこか誇らしげに、エリスはあからさまに呆れたようにぼやいてみせる。当のライトはそんなふたりの肩をばしばしと叩きながら、
「家を作るのはおいらの生きがいだからなぁ。優れた技を受け取るためだったら、人間に教えをこうなんざ大したことじゃねぇや!」
「なんだ、家を建てること自体が好きだったんだな……」
フェナサイトの森の館で過ごしている間に、疑問に思ったことがある。何故、都合良く俺の暮らす地域の近隣に、魔物の館が建っていたのかということだ。
あの館は年季が入っていて、十年かそこらの間に建てられたようには見えなかった。短く見積もっても半世紀は経過しているはずだ。
しかも、俺は割と一カ所に留まれない生活をしてきたし、それ以前にソースは十五歳になるまで誰だかわからないんだ。わかってからは警戒すべきことがたくさんあるんだから、悠長に家を建てている暇などないはずだった。
「もしかして、出張所のことか? あいつはフェナサイトの各地の森に、おいらがひとりで建ててんだ。でもな、家っちゅうのは誰か住んでないと嫌でも傷んでくるもんだ。だから誰かしら住んでいてもらわないとせっかく建ててもすぐ駄目になっちまう」
「ジャックさんみたいな人がたまたまいればいいけど、そうでなかったらどうするんだ?」
「実はジャックみたいに、人間が住んでる例の方が珍しいんだよ。魔物の中にもたま~に、フェナサイトに住んでみたいってのがいるから、家を貸すのと家を管理するのとで対等に契約が出来るの」
「あなたのような変わり者がそれなりにいるということよね。特にライトは顔が広いから、探すにしてもそう難しいことではない」
調子良く話すティアーにエリスが指を向けると、彼女は苦笑いで返す。
「それでも、住んでるだけじゃあ素人にはわからん劣化があるんでな。おいらも十年に一度はフェナサイトを巡って、全ての家をチェックしてるのさ。これがまた楽しみでなぁ」
「ライトがいないと、ベルの機嫌が若干悪くなるのだけ、困りものだけどね」
困ると言いつつ、エリスの表情は涼しいものだ。他人の気分に左右されるような性格じゃないんだろうな。
困るのは、むしろ俺の方かもしれない。ライトが不在というだけで情緒不安定になる、なんていう噂の所長様はどんな人柄なんだろう……と、少し不安になった。




