6話‐2 森の島エメラード
ティアー達が仲間と共に生活してきた拠点。それが、ここだ。
当たり前と言えば当たり前だけど、ここは人間の島にあった彼らの住まいよりよほど質素だった。あちらと違って館と呼べるようなものではなく、シンプルな小屋といったところだ――それが地面ではなく、中空に位置していることを除けば。
今いる四人で両手を広げて囲んでも、おそらく到底足りないというくらいの太さの幹。その枝分かれするすぐ下、幹に貫かれるような形で小屋が建っている。さらにその木を包囲するように足場が作られている。
それらは全て丸太のみで構成されていて、太めのロープで固定してある。ちょっとやそっとの風ならびくともしないだろう。
下に落ちる葉をつまんで、見る。手のひら型のカエデの葉の出来そこないのような形をしている。
足場の真下まで案内されて、改めて構造等を確かめてみる。大黒柱となる大樹に、丸太で逆さの三角すいを作るように土台を組み立てているのがわかった。それが足場であり、その上に幹を囲むように小屋を建てたわけだ。
……ただでさえ中空という高さにあって、決して軽くはない丸太を用い、ある程度の頑丈さを確保するためにきつくロープで縛る。重機などあるはずもないから、間違いなく人間技ではないなと思った。
足場の一角に、人ひとり通り抜けられそうな隙間が空いていて、縄ばしごがぶら下がっている。狼のままじゃあヴァニッシュは上がれないんじゃないかと思ったら、彼は地上の見張りとして下に残るらしい。
俺が戦う術をじゅうぶんに習得したら、下の見張りは必要なくなるらしい。言葉での礼の代わりにヴァニッシュの頭を撫でてから、俺は縄ばしごを掴んだ。
正直、何時間も森を歩いてきてへとへとになったところでの縄ばしごはきつい。ふっと腕の力が抜けそうになり、肝を冷やしながらまた縄を握る手に力を込める。
足場にたどり着くと、いよいよ膝立ちのまま身体が言うことをきかなくなってしまった。もう体裁なんて気にしていられないな、こりゃ。
「お疲れさま。今日はもうゆっくりしていていいからね」
「そうね。明日からはさっそく働いてもらうことになるけど」
ティアーからのいたわりの言葉に続く、疲れた身体にしみるような凛とした台詞に思わず気が遠くなる。その場に腰をおろして声のした方を見上げると、小屋の陰から女の人が姿を現した。
耳は細長く先が尖り、目は深みのある青。女性にしては背が高く、頭の高いところで髪をバンダナで結わえてうなじあたりまでのポニ―テールにしているので、なおさら長身が際立っている。
そして、一目で人間じゃないとわかる特徴は衣服にある。上は鎖骨のあたりから、下はへそのあたりから、それぞれ大きめのハンカチーフくらいの白い布が同化しているのだ。要するに、服を着ているというよりは生えている。
すらりと長く見える足には、左が長く右が短く、不揃いの皮を巻き紐で結んで固定している。
「はじめまして、お二方。こちらはエリス。その名のままに呼んで頂戴」
右の手のひらを胸に押し付けるようにしながら、彼女は告げる。独特な自己紹介に一瞬戸惑うが、エリスというのが名前で間違いないと思う。
「ソース、あなたの名はティアーから飽きるほど聞かされたわ。そこのヴァンパイア、名は?」
「ユイノだ」
「ユイノ、あなたはもうそこの小屋でお休みなさい。ベルと一緒に。ヴァンパイア同士、生活時間は重なることが多いだろうし、せっかくだから仲良くしてやってね」
「……ああ」
何故か気乗りしないような顔をして、豊は小屋へ引っ込んだ。
「さて、と」
一息つくと、エリスはぐるりと辺りを見渡した。つられて俺も、視線を巡らせる。
周囲の景観を見ようとすると、この場所からツリーハウスの基礎組みは見えないので、本当に宙に浮いているような感覚があった。森の中にあって、ここだけが切り離された空間であるかのように。
「ライトもまだ戻りそうにないし、少しお話しましょうか。あなたとエリス達の、これからのこと」
エリスは、何のためらいもなく尻から着地した。その動作にしても、床から振動が伝わってこないことにしても、彼女の身体には体重がないのだろうか。
「進路指南所?」
それが所長・ベルを筆頭とした、ティアー達の集まりの呼び名らしい。
「そう。あんまり俗っぽい名前なものだから、皆そういった疑わしげな顔をするわ。人間の島で生まれ育ったソースにとってわかりやすいように、という配慮なのに」
ぴしっと、人差し指で俺の顔をさしながらエリスは言う。魔物の世界では他人を指さすのは無礼に当たらないんですよ、と、サクルドの声が届いてくる。おそらく、俺にだけ。ほんの少し疑問に思っただけでもわざわざ反応してくれるのはありがたいな。
「あたし達の本当の役目は、ソースを護衛することじゃないんだ。ソースが魔物に狙われながらでも、ひとりで生きていけるように、術なり魔物のことなりを教えてあげるのが目的なの」
「知識はエリスが、技術はライトが、そして荒事はベルが担う。フェナサイトへ出張してソースを確保するのに、必要に応じて仲間を増やす。こういう形でやってきて、もう四百年ほどになるかしら」
エリスの一人称は、自分自身の名前なんだろう。……人間の島では、いい歳して自分を名前で呼ぶ人間はあまり愉快な気はしないという人も多い。しかし、エリスがそうしていても子供じみた感じは一切しないのが不思議だ。
「ソースに実力がついてきたら、ソースの力を持った人間として生きていく上で、参考になるだろう情報を提供する。それも済んだら、その後の人生をどう過ごすかはエリス達は一切関与しないわ。人間なり魔物なりと戦う修羅の道を選ぼうが、エリス達は止めはしない」
「ただし、あたし達に直接的に害があるようだったら……その時は情も何もかも忘れ去って、全力でソースと戦うことになる」
ティアーは沈痛な面持ちで、俺を見やる。……自分がティアーや豊やヴァニッシュと殺し合う未来なんて、想像する気にもならないくらい馬鹿げた仮定だと思う。彼女が心配しているようなことは万が一にもないだろう。その気持ちが俺自身の表情にも表れたのか、ティアーはほっと安心のため息を吐いて、笑顔を見せてくれた。




