第51話 掌編:窪谷ショータの挫折
「とおさん。がっこうはいかないの?」
「行かない。子どもしかいないからね」
オレが旭川に帰ったあと、三十八歳の培ったものもあってか全く馴染めなかった。最悪だよ。
十四歳に戻ったオレは家族と感動の対面を果たした。
会いたくて堪らなかったはずだというのに。懐かしいとか嬉しいなんて感情は一切、湧かなかった。
つくづく、不思議なものだ。
帰った後に想像した展開も、手応えさえない。
ただ、連れて行かれる前の場所に戻っただけ。
結局。こっちへ逃げ帰るように鍵を使って戻ってみれば――八十年経過した後の世界だった。
しかし。オレの子どもたちは長寿種。
昔よりは老けてはいたが、生きていた。
再会も出来たことが嬉しい。
旭川と異世界への行き帰りの扉も、こっそりと作らせてもらって、行き来も今後は自由とすることが出来たことで、心の平穏を保つことが可能になった。
「父。エッカが寂しがるんじゃないのか」
「大丈夫だよ。あっちじゃ、卒業したら結婚って話しにまで進んでいるよ。しかも、親公認で息子のオレをそっちのけだよ」
マルチバースが起こった後の世界で覚えのない四歳の妹も、自己主張も激しい年頃なのか鬱陶しいったらない。
何をしていてもついて来られるんだぞ。一人っ子だった時代と、一人暮らしを謳歌していた二十代と子どもたちの育児期間の分よりも、今の環境はしんどいってもんじゃない。
「こっちの自由空間、めちゃくちゃ快適ったらないですよ!」
長く住み慣れた異世界の山の麓に建てた家のソファー椅子の上に寝そべって、オレは大きく腕を伸ばして足を組んだ。
三十八歳のオレとは違う、小さい身体と細くて短い足に違和感も拭いきれないな。
「正しく。天国の桃源郷」
ぶんぶん、と組んだ足を上下に揺らしているとタイラーが手で押さえた。大きくて柔らかい肉球が肌にあたって気持ちいいな。ぶんぶん、と掴まれた足を振ってみるが離してはくれないな。
「父。こっちにいるなら【鍵師】の仕事を受けて欲しい」
「はぁ?」
「とおさん。もう、鍵師という職業自体がなくなっているの」
確かに鍵師は人数も少ないどマイナー職業だった。
まさか、たかだか八十年で、職業が衰退していたとは思わなかったな。
思いもしない事実に、驚き桃の木だよ。
こっちに逃げ帰って来た早々に、全く、お前たちときたら。
よほどの至急を要するような仕事なんだろう。
「お前たちも副業をそこそこにして、本業を疎かにしていなければ、弟子の一人や二人、後継者不足も解消出来て衰退なんかしなかったんじゃないのか」
オレなんかに頼まずに済んでいたはずだろうにな。
まぁ、異世界で発散できるものはしなきゃ、こうして出戻りをして来た意味がない。
子どもからの仕事の依頼を引き受ける一択しかないでしょうよ。
「とりあえず。仕事の依頼内容を聞いておこうじゃないの」
オレは窪谷ショータ、十五歳。
高校受験に成功したが訳あって不登校(一ヶ月でギブアップ)していて、家族に黙って異世界に逃避行中だ。
異世界逃避行に憧れる子どもなんか、他にもっと誰かいただろうが、異世界に恋焦がれる子どもは、オレしかいないだろう。
「鍵師の腕が鳴るな」
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