表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風林火山、中原を翔ける ~武田勝頼、三国志異聞~  作者: チャプタさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/30

第十話『陳宮の秘策、日本の武具』

中原の覇者、曹操そうそう軍侵攻の足音が、轟音となって日増しに大きく、そして生々しくなっていた。許都きょとを発った曹操の大軍は、知略と武略をもって各地の抵抗を蹴散らしながら、まるで巨大な津波のように徐州じょしゅうへと迫りつつある。その報は、もはや隠しきれず、下邳かひの城内にも伝わり、兵士たちの間に目に見える動揺が広がっていた。いつ攻めてくるのか、どこから攻めてくるのか、漠然とした恐怖が彼らを苛む。呂布りょふはようやく重い腰を上げ、防衛の指示を出し始めたものの、その場当たり的で一貫性のない命令は、かえって混乱を招くばかりであった。


この、刻一刻と悪化する危機的状況を打開すべく、軍師・陳宮ちんきゅうは、文字通り己の魂を燃やすように、寝る間も惜しんで防衛策を練っていた。机上には、曹操軍の布陣図、兵糧の報告、城壁の破損箇所を示す図面が広げられている。しかし、時間はあまりに少なく、兵力も物資も決定的に不足している。そして何より、呂布という最大の不安定要素、いつ何を言い出すか、何をしでかすか分からない主君を抱え、正攻法だけでは、この曹操という怪物に勝ち目がないことは明白であった。


(…何か…何か、敵の意表を突き、この窮地を覆すような「秘策」は…無いものか…!)


陳宮の脳裏に、かつて勝頼が語っていた、遠い日ノ本の武具や戦術が、かすかな希望の光のように浮かんだ。それは、力こそ全て、数こそ正義と考える中原の常識とは、全く異なる発想に基づいていた。


陳宮は、勝頼を自室に招いた。油灯の明かりが、二人の疲弊した顔を照らし出す。陳宮の目には、知略家の冷静さだけでなく、追い詰められた人間の藁にもすがるような、切実な光が宿っていた。


「勝頼殿…今、我らは絶体絶命の窮地にあります…曹操の大軍が…刻一刻と迫っている…」


陳宮は、言葉を選びながら、しかし真剣な声で問いかけた。


「以前…貴殿の故郷には…我らが知らぬ…優れた武具や戦術が…あるやもしれぬと…伺いましたな…何か…何か…この窮地を…脱するための…助けとなるものは…ないだろうか…? どんな小さなことでも…構いませぬ…貴殿の…知っていること全てを…教えてくだされ…」


その切実な問いかけに、勝頼も応えた。彼は、故郷の滅亡を繰り返させたくないという思い、そして陳宮という理解者の期待に応えたいという一心で、知っている限りの知識を語り始めた。言葉はまだ拙いが、土間に図を描き、傍らの得物で身振りを交え、内に秘めた熱意を込めて説明する。


「まず…これを見てくだされ…」


勝頼は、腰に帯びた愛用の日本の太刀を、静かに抜き放った。油灯の光を受けて、刀身に美しい反りが浮かび上がり、鋭い切っ先が妖しい光を放つ。


「我が故郷の刀は…鍛え方が違う…中原の鉄とは異なり…玉鋼たまはがねという特殊な鋼を…幾重にも…折り重ねて鍛え上げるゆえ…芯は粘り強く…容易には折れぬ…そして…この反りによって…馬上で…効率よく…斬りつけることができる…中原の…剣や矛よりも…その…『斬る』という一点においては…切れ味は…鋭いはず…もし…これと同じような刀を…数揃え…腕利きの兵に…持たせることが…できれば…敵の…鎧すら…容易に…」


勝頼は、その威力を説明した。次に、戦術について語った。


「我が故郷の…戦では…『くみ』という…少人数の…単位で動く…五人一組となり…盾を持つ者…槍を持つ者…弓(あるいは…『鉄砲』という…遠距離の…得物を使う者も…)を射る者が…連携し…互いを…援護しながら…戦う…個々の…武勇に…頼るのではなく…組織力…連携で…敵を…打ち破るのだ…」


勝頼は、土間に簡単な陣形図を描きながら説明する。


「たとえ…兵力が劣っていても…一人一人が…自分の役割を理解し…仲間を信じ…密に連携すれば…大軍とも…渡り合えるやもしれぬ…」


さらに、勝頼は故郷の戦の別の側面についても触れた。


「そして…戦は…戦場だけで…決まるものでは…ござらぬ…敵の…情報を探り…流言を…流して…混乱させ…時には…夜陰に…乗じて…敵将を…密かに…」


勝頼は言葉を濁し、喉元に太刀を突きつける仕草をした。陳宮はその意味を正確に理解した。乱破や素破と呼ばれる、異能の者たちによる諜報・破壊活動、すなわち「忍び」。


陳宮は、勝頼の言葉の一つ一つに目を見張り、その異国の知恵の深さに興奮を隠せない様子であった。日本の刀が持つ「斬る」という一点に特化した性能。少人数による組織的な連携戦闘。そして、戦場の外で敵を乱す諜報・暗殺術「忍び」。どれもが、中原の戦いにおいて、戦術や武具の常識を覆し、光明となりうる可能性を秘めていた。


「なるほど…! 日本の刀…組による連携戦闘…そして…忍び…! 素晴らしい! どれも、我らにとって…起死回生の…光明となりうるやもしれぬ!」


陳宮は、疲弊していた表情を一変させ、知略家の目が輝きを放った。彼は、直ちにこれらのアイデアを実行に移すことを決意した。


まず、徐州内の腕の良い鍛冶職人を可能な限り集め、勝頼の太刀を参考に、そして勝頼自身の厳密な助言を受けながら、日本刀に似た新たな武器「風林刀ふうりんとう」の試作を開始させた。中原の鉄とは質が異なるため、全く同じ「玉鋼」は使えない。しかし、試行錯誤の末、従来の剣よりも遥かに切れ味と耐久性に優れ、さらに勝頼の太刀のようなわずかな反りを持つ、数振りの試作品を作り上げることに成功した。それは、中原の戦場に新たな衝撃をもたらすであろう、異形の刀であった。


次に、陳宮は腹心の張遼ちょうりょうの全面的な協力を得て、呂布軍の中から志願者や武芸に優れた者、そして勝頼の「仁」に心を動かされた者を選抜し、勝頼を隊長とする特殊部隊「風林火山組」を正式に編成した。部隊は数百名規模ではあったが、選りすぐりの精鋭であり、彼らには武田流の少人数連携戦闘術が、勝頼と張遼の指導のもと集中的に叩き込まれた。試作された「風林刀」や、軽量で動きやすい日本の鎧を参考に陳宮が考案した新たな鎧が優先的に与えられた。


さらに、陳宮は、勝頼から聞いた諜報術も参考に、自身の諜報網を強化。普段は目立たぬ商人や芸人、あるいは元黄巾賊などを密偵として育成し、曹操軍の内部情報、兵の動き、周辺勢力の動向を探る活動を、より活発化させた。それは、呂布が全く関心を持たぬ、しかし戦の趨勢を決める重要な情報戦であった。


しかし、こうした陳宮と勝頼、張遼による、地を這うような必死の取り組みは、またしても呂布という乗り越えられぬ壁と、彼の根深い猜疑心に阻まれた。呂布は、「風林火山組」が日増しに精強になっていく様子や、勝頼が兵士たちの間で「勝頼様のためなら死ねる」とまで言われるほど人望を集めていくことに、激しい嫉妬と、そして底知れぬ警戒心を抱いていた。


「あの異邦人め…わしの兵を使って…勝手な精鋭部隊を作りおって…わしの力を凌駕するつもりか…!」


呂布は、突如として訓練場に現れては、理由もなく訓練を中断させたり、「風林刀」を取り上げて側近に与えようとしたりして、計画の進行を遅らせようとした。陳宮や勝頼、張遼が必死にそれを止めようとすれば、呂布は「わしの命令が聞けぬのか!」と激昂し、関係は一層悪化した。呂布の不満と猜疑心は、雪だるま式に高まっていった。


勝頼は、呂布の理不尽な妨害に内心、煮え滾るような憤りを感じながらも、今は耐えるしかなかった。ここで呂布と決定的に対立すれば、全ての努力が無駄になる。彼は、「風林火山組」の兵士たちと寝食を共にし、来るべき戦に備え、厳しい訓練を施しながら、彼らに繰り返し語りかけた。


「我らは…単なる…駒ではない…呂布様のためでも…曹操のためでもない…! 一人一人が…己の頭で考え…仲間を信じ…そして…この徐州の…民を守るために…戦うのだ…! それが…この…風林火山の旗の下に…集まった…者たちの…誇りである…!」


勝頼の、訥々とした言葉の中に込められた真摯な思いと、彼が身をもって示す日本の武士道精神(主君への盲従ではなく、己の「義」や「仁」、そして仲間との絆を何よりも重んじる考え)は、兵士たちの心を強く掴んだ。彼らは、呂布への失望や不満を抱えながらも、勝頼という異邦の将に新たな希望を見出し、彼の言葉を胸に刻み、厳しい訓練に歯を食いしばって耐えた。彼らの結束は、日増しに強固なものとなっていった。それは、呂布が気付かぬところで育まれた、新たな「民心」にも似た絆であった。


曹操軍侵攻の足音が、もはや城壁のすぐ外まで迫っていた。陳宮と勝頼、張遼は、限られた時間、限られた資源、そして呂布という最大の障害の中で、必死に抵抗の準備を進める。日本の知恵という「秘策」は、果たしてこの絶望的な窮地を救うことができるのか。そして、異邦の将・武田勝頼率いる特殊部隊「風林火山組」は、中原の戦場で、どのような、中原の常識を覆すような嵐を巻き起こすのか。下邳城の運命は、まさに風前の灯火であった。城壁に、曹操軍の巨大な旗印の影が、静かに伸びてきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ