クエスト67 大きな展開#2
下に向かって続く石材の螺旋階段を下っていく。
明かりも無いまま、先を進んでいく宗次の背中を頼りに足を動かす天子。
一段一段が通常の階段より少し高いのか、少し苦労しながら目的地に向かった。
「ここだ」
そう言って言われたのは、木材で出来た両開きの扉だ。
まるで自分の好きなミステリ系の小説に出てきそうな光景に、先ほどの隠し階段も相まって先程から密かな興奮が止まらない。
「随分と楽しそうな顔をしているな」
「へ、そうですか!?」
突然の宗次からの指摘に、天子は体をビクッと反応させた。
同時に、恥ずかしい場面を見られたことによる羞恥心が内側から沸き起こる。
顔が熱い、手も熱い。こんな子供っぽい所を敬に見られなくて幸いというべきか。
「その、私の好きな小説がミステリ系なんですけど、こういう舞台が実際にあると思うとなんだか聖地に来たような気分になってしまいまして」
「......それもそうか。私は長年ここで働いてきたから気にしていなかったが、考えてみれば金〇一少年の舞台に出てきてもおかしくない立派な屋敷であるしな。
それを踏まえると、私は天子からしてどのような配役に見えるんだ?」
「そ、そうですね......」
僅かに強張った空気を崩すためだったのだろうか、宗次がそんな質問をしてきた。
だから、天子もありがたく甘えさせていただき、顎に手を当てて考える。
まず、前提として、こういう屋敷が出てくるイメージが強いのはクローズドサークル系だ。
つまり、逃げ場の無い絶海の孤島に主人公と犯人、その関係者が屋敷に閉じ込められる。
そして、犯人による巧妙なトリックを巡らせた殺人や、その被害者を取り囲む絶妙に悪い人間関係。
また、屋敷特有の間取りを活かしたミスリード......と、いかんいかん、思考がズレている。
きっと、宗次が聞いてきたことは、そんなコアな話をしたいわけじゃないだろう。
ただ、自分が本題に入りやすいようにしてくれた潤滑油的な話題だ。
となれば、ここはきっと――
「そうですね、相沢さんは犯人のミスリードに使われるタイプの執事さん、でしょうか」
「気になる回答だな。その内訳を聞いても?」
「はい。まず、相沢さんのようなタイプは人からの怨恨は受けても、自ら怨恨で動くタイプには思えません。だから、犯人はありえません。
ですが、百合さんに厚い忠義を見せている一面からして、たとえ犯人に繋がる重要な手掛かりを握っていたとしても、主人の名誉のために最後のギリギリの方まで言わない.....って感じがするんです」
「......イメージできない話ではないな。
お嬢様からも幸音さんからも度々頭が固いと言われている。
俗に言う、頑固であるのだと。実際、私自身、自覚がないわけでもない」
そんな最後の言葉に対し、若干宗次の自嘲が混じってるように天子は聞こえた。
どこか遠くを見つめるような目つきも、その考えを肯定的に加速させる。
しかし、それを深く言及する勇気が、今の天子にはなかった。
「さて、仕事を始めるか。これを先に渡しておく」
「これはリストですか?」
宗次から渡された大きめの端末の画面には、今回必要になる物のチェックリストが表示されていた。
どうやら画面をタップするとチェックマークが入るようで、これで見逃しなく物を揃えるようだ。
「大撫さんはこれを持って私に必要なものを知らせてくれ。
そして、それを私が手に取り次第、チェックを入れてくれないか。
倉庫の備品に関しては、私の方が覚えている。だから、申告漏れがないようにお願いする」
「わかりました」
宗次からの指示を受け、ようやく両開きのドアを開けて備品室に入る天子。
その場所は間取り的には広いだろうが、壁際、部屋の中央と僅かな通路以外余すところなく棚やら箱やら袋が置かれていて、感覚的に狭く感じた。
「汚くてすまない。リストの品を探している間、私は少し忙しなく移動する。
だから、大撫さんはそこの角にある箱にでも腰をかけていてくれ」
そう言って指さした場所は、部屋の一角であり、大きめな箱が三つほどある。
箱一つが天子のへそ辺りと大きい。
また、残り二つが縦に積み上がってるので、座るとなれば最初の箱だろう。
箱に両手を突けて両足を動かし、腰を一気に捻ってお尻で着地。
案の定、両足はぶらんとしてつくことが無く、なんだか子供っぽい。
そんな自分の低身長に少し不満を抱えながらも、天子は太ももの上に端末を置くと、
「お待たせしました。こちらは準備完了です」
「では、リストの上にあるものから順に名前を挙げてくれ」
「最初は――」
それから数分の間、天子の読み上げたリストの名前から宗次がテキパキと動く。
本人の言う通り、棚のどの位置に何の道具があるかを知っているように、一切迷いなく通路を行ったり来たりを繰り返し、それを台車の中に隙間なく詰め込んだ。
「――そういえば」
そんな折、突然宗次の方から声をかけてきた。
その声にパッと顔を上げると、宗次は一切天子を見ずに手を動かし、
「私に何か聞きたいことがあったんじゃなかったか?
これでは私的には助かるが、大撫さんの目的が果たせないのでは?」
「あ......」
そんな指摘の言葉に、天子は顔をハッとさせる。
そういえば、そんな目的でここに来たことを忘れていた。
なんだったら、それが目的でついてきたのに、仕事に集中していて頭から抜けていたようだ。
自分の意識を切り替えるように、天子は自分の頬をペチペチと叩く。
それから、宗次の様子を伺いつつ、意を決して口を開いた。
「その、相沢さんにお伺いしたいのですが、相沢さんのご友人の方に関して相沢さんはどう思われるんですか?」
その質問をした瞬間、棚に手を伸ばした宗次の動きはピタッと止まる。
しかし、それも一瞬の出来事だ。すぐに動き出すと、作業を続けたまま、
「どうしてそんなことを?」
「なんといいますか、少し気になったんです。
相沢さんが友達と言うような相手のことが。
それに、仮にも私はここで働いてますから、失礼の無いようにと思いまして」
「......そうか」
顔は動かさず、目線だけで天子の様子を伺いながら、宗次は返事した。
それから、一度瞑目すると、「そうだな」と思案し、口を動かし始める。
「私の友達.....今この家に招かれている幼馴染の名はアンドリュー=スーザランという。
私よりも一つ上の年齢だが、本人たっての希望で同年代の相手のように接している。
そんな私から見たアンリの印象は.....完璧超人かな」
「完璧超人、ですか」
両手に瓶を持ち、その左右を見比べながら、宗次が答えた。
そんな宗次の回答に、聞いた天子は少し意外そうに目を丸くさせる。
というのも、天子は宗次という人物を完璧超人と認識していたからだ。
学校での宗次の評判は、成績優秀、頭脳明晰、品行方正、運動神経抜群といった架空な人物にこれほどまでかと詰め込む設定の宝庫であり、欠点らしいことで挙げられるのは、どうして犬甘のような頭のおかしい奴や男鹿のようなバカと関わってるかということだ。
当然ながら、二人を知っている天子からすれば、プンスカと怒りたいものだが、一部否定できないものもあるので甘んじて受け入れる欠点であるが。
それはともかく、そんな周囲の抱く印象に対して、天子自身も反対意見はない。
それどころか真っ当な評価とすら思えるほどだ。
もちろん、天子が宗次とまともな関わりを持ち始めたのは、敬と知り合ってからの1か月という非常に短い時間であることは理解している。
それでも、まだ天子が1年生だった頃で、隠密ソロボッチで過ごしていた時から宗次の噂は何度か聞いたことがあった。
つまり、宗次という人物は誰から見てもそれから凄い人物だと証明である。
そんな宗次の口から発せられる「完璧超人」という言葉。
当然、それは単なる言葉の意味を遥かに超えるのだろう。
言ってしまえば、そいつは人間なのはそもそも疑った方がいい。
さすがに失礼なので、そこまでは口にしないが。
「あぁ、正直同じ人間なのかと疑いたくなる人物だ。
しかし、現に目の前にいるのだから仕方がない。
天は二物を与えないというが、なんのバグか二物以上に与えられる者もいるもんだな」
天子の呟きを受け、宗次がアンドリューの印象を語ってくれた。
そこにあった感情は嫉妬よりも、もはや呆れに近いという感じか。
あまりにも自分と格が違い過ぎて、妬心すら浮かばないのだろう。
「それほどまでの人なんですか。では、その方と百合さんのご関係は?
家絡みとおっしゃっていましたので、ただの幼馴染......という感じでは無いと思いましたが」
「お嬢様とは許嫁の関係だ。未来の婿とでも言おうか。
だからまぁ、いずれは私のお嬢様の執事という地位も手放すことになりそうだな」
ここまでは天子も既に聞き及んでいる情報だ。
ただし、それを語る本人の口ぶりが軽いことに、天子はそこはかとないむず痒さを感じる。
それはきっと自分が百合の恋心を知っているからなのだろう。
自分も「恋」という存在をハッキリわかっているわけではない。
それでも、自分が相手のことを強く思っているのに、それに対して何も思われていないというのはショックだ。
それどころか、自分が気になってる相手が他の女子生徒と話してる姿を見かけるだけでもモヤッとした気持ちが浮かぶのに、宗次はせっかく百合という美少女が近くに居ながら、許嫁という関係に対して嫉妬すら抱いていない様子が、なんだかどうしようもなくムカつく。
こう心の内側が妙に気持ち悪いのだ。ザワザワ動いて仕方ないのだ。
理屈も状況も理解できる。しかし、宗次の心がわからない。
敬に対しても同じことが言えるだろう。一体何を考えてるのか。
だからきっと、こんなことを言葉にしてしまうのだろう――
「相沢さんは百合さんの許嫁の件に対してどう思っているんですか?」
その質問を正面の先にいる宗次にぶつけるように、天子は双眸を向けた。
しかし、その視線に宗次は目線をくれることもなく、口を開くと、
「喜ばしいことだと思う。ある意味、アンリの家からすれば悲願とも言えるな」
「悲願......?」
「あぁ、大撫さんは知らなくて当然だ。代々小鳥遊家に伝わる面白い話でな。
アンリの家と小鳥遊家は長い付き合いだが、婚約しては度々白紙になってるらしい」
「それは一体どういった理由で?」
「なんでも婚約の話が近づけば、家の跡取りのが隣にいる執事やらメイドに搔っ攫われるらしい。
少なくとも、今の代までアンリの一族.....スーザラン家との間に血縁はない」
それはなんとも不思議な話を聞いたものだ、と天子も興味深そうに頷く。
にしても、今の言葉だけなら、小鳥遊家は何をしなくても安泰ではなかろうか。
なぜなら、自分がこうして策謀を巡らせなくても、同じ着地点になるのだから。
(もちろん、それはあまりにも運命やらそういった力に委ねた結果ですが)
前までがそうだからと言って、百合の代で同じ結果になるとは限らない。
それに、考え方次第では、こうして他者が介入するから同じ着地点になるとも言える。
ともあれ、その話は実に都合がいい。
こうして話してくれた、それも主人とそのそば仕えが辿る未来に関して。
となれば、宗次の百合に対する印象というのも聞きやすいというものだ。
「......なんだか、敬さんに似てきてる気がしますね」
そんなことを宗次に聞こえないようにボソッと呟く天子。
嬉しいかと聞かれれば、なんだか狡賢いことをしてるみたいで複雑だが、少なくとも悪い気分ではない。
だからこそ、
「相沢さんは百合さんのことをどう思っているんですか?」
「......随分と藪から棒な質問だな」
「すみません、先ほどの話の結果の続きが気になりまして。
もし仮に、その話が小鳥遊家に伝わる繁栄であるなら、現代の百合さんはどうなるのかと思いまして」
「つまり、私がアンリからお嬢様を搔っ攫うのではないかと?
フフッ、大撫さんも随分とジョーカーのような発想をするようになったな。
アイツの悪知恵は大撫さんのようなタイプには毒だから止めた方がいいぞ」
「ですね、私もそう思います。
とはいえ、近くに居るとどうにも発想が近しいものになってしまうようで。
後は私自身の知的好奇心によるものだと思ってください」
「それは何とも厄介だな」
天子の質問に対し、宗次はそう言いつつも表情は悪く無かった。
そして、内容には答えてくれるようで、ゆっくり口を開けると、
「お嬢様は――妹のような存在だ」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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