闇の片鱗~ヤミノヘンリン~
西暦2091年6月13日未明——、
アンヘリタらは愛機のコックピット内で不安そうに眉を歪めていた。
それもそのハズ——、一緒に出撃するはずの桃華がいないからである。
「まさか……、機体の故障……だと?」
アンへリタは出撃の時、苦しげな表情を浮かべて、自分たちを見送った桃華のその言葉を思い出す。
「緊急ではあるけど……、あなた達小隊だけで何とか対応できるだけの装備と作戦は組んでおいたわ。私が言った通り、それぞれの役割をこなせばきっとうまくいくはずよ……」
それは、桃華の実力を理解した今ならば心強い言葉ではあったが、完全には互いを信じられない小さな溝があった。
それでも、作戦が始まった以上覚悟を決めるしかない。桃華を加えて実行するはずの作戦を自分たち小隊だけで成功させなければならないのだ。
「隊長——もうすぐ降下地点です」
そうアンがいつもの無表情で言う。アンヘリタは静かに決意の表情で頷いた。
アンヘリタらの機体は、桃華によって最終調整がなされたらしい。
いきなりの武装変更などもあったらしく、完全指揮用装備へ変更されたエマは無論、なぜか狙撃用装備に変更されたジュリエットは困惑気味に装備データを眺めている。
ジョフィエは——いつものように笑っててイマイチ感情が分かりづらいが、遊撃役としての調整らしくある意味で、アンヘリタの機体の装備に酷似していた。
——そして、アンヘリタ自身は……。
「……」
何のつもりか理解できていなかった。
その機体の装備構成が、TRAでは無意味とも言える防護特化であることはいい……。しかし、その機体のデータベースに……。
(……このデータが確かなら……、今回の相手は……)
このデータをアンヘリタ機のみに記録させた【桃華】の思惑が何処にあるのかはわからない。
でもアンへリタにとって試練の作戦になることは確かだった。
運命の戦闘が……始まる——。
◆◇◆
——アンヘリタらが出撃準備を完了する一時間ほど前……。
「……桃華のATS1A2に細工……か」
「うん、それも中枢リンクシステムへ、技師でもわからないレベルで論理爆弾を組み込まれてたわ……」
「……」
藤原と桃華は誰もいない基地の奥の闇の中で密かな会話をしている。それは余りにも不穏な内容であった。
——桃華は言う。
「ATS1A2……、私用にって特殊装備送られてきたでしょ?」
「ああ……、携行リニアガンか……、ってまさか?!」
「……多分、その戦術リンク用データファイル内にウイルスが含まれてたんだと思う」
藤原は桃華の言葉に言葉を失った。
「アレは大統領救出のために働いてくれる桃華にって、特別に送られてきたものだぞ?」
「……うん、論理爆弾自体は携行リニアガンを暴発させるような類ではないし……、大統領が目標とは思いづらいわ」
「目的はわからず……、ただ桃華のATS1A2に致命的動作不具合を引き起こす類……か」
桃華は——その卓越した頭脳で思考する。
——この論理爆弾は明確に私を戦場で始末するためのもの。致命的な状況で動作不具合を引き起こすためのウイルス。
——ただし、少なくともアメリカ大陸合衆国の思惑ではない。なぜなら、今回の作戦には大統領の命がかかっているから。
——大統領救出作戦に被せたならば、その思惑は——、私とともに大統領もできれば始末したかった……ということ。
——おそらくは今回の大統領誘拐実行犯の支援者か……。それも、どちらかと言うと恨む相手のメインは私の方……と。
——RON……。
その名称が桃華の頭に一瞬浮かぶ。
今回の作戦で桃華が死亡し救出作戦に支障が出来れば、——邪魔者・桃華を殺害し、——日本の威信を失墜させ、——日本とアメリカの間にヒビを入れ、——そして大統領がそのまま救出されない……という事態も起こすことが可能かもしれない。
アメリカ国内に潜むRON支持者が、大統領誘拐を最大限に利用しようとしている、——それも本来機密として管理されている【Task Force 211】関連の事項を把握できる者……が。
「……」
——と、ここまで考察した桃華は一度考察をリセットする。
——ここまでの予測はあくまでも得ているデータでの自分としての結論。しかし今の私には私より優先すべき項目がある。
——もしこれがアンヘリタらに害を与える目的が含まれていた場合……、
……このまま自分が件の機体で出撃するのは無論ダメ。
……アメリカ軍に新機体を用意してもらうのも……、間違いなく論理爆弾付きにされる可能性があるからダメ。
……ならば——、
即座に桃華は隣の藤原に言葉をかける。
「『トシ』! 確か……、日本製の90式が、アメリカ軍の次世代TRA生産設計用に数機送られてたはずよね? 何処かで極秘に確保できない?」
「……。アメリカ政府にも極秘ということならば……、もう、新城工房あたりに頼むしかないぞ? ……それにかなり危険な橋だ……」
無論、そんな事は桃華も承知である。でもアンヘリタらの命がかかっている。
「アンヘリタたちはそのまま出撃させる」
「……お前の参加ナシで?」
「大丈夫……、こうなったらアンヘリタたちもこれを機会に変わってもらうわ……」
桃華の決意に満ちた表情に藤原は息を呑む。
「トシ……、私が望む90式の装備は後で伝える……。今から、アンヘリタ達の機体の調整をしてくる……」
「……! わかった……」
藤原をその場において、桃華はその場を後にする。TRAハンガーでアンヘリタらの機体にちょっとした【保険をかける】ために。
——そして、桃華が頼んで藤原が答えた……、ある情報をアンヘリタ機のデータベースにセットするために。
(私不在でこんな事するつもりはなかった……。でも……、アメリカ軍の深層レベルに殺意ある妨害者がいると分かった以上、重要な部分を極秘に事を進めるしかない……。
大統領救出はもちろん最優先……、そして、そんな混沌とした状況下でアンヘリタたちは一人で立ち上がる必要がある。これは……妨害者の意表を突く形で大統領救出作戦を実行する以外にない……。
この作戦……、多分、私、アンヘリタたちに……、嫌われるよね? でも、私が改めて立てたこの作戦……、彼らが私の望む形にさえなれば、彼らだけで絶対に妨害者の喉を噛みちぎることが出来る……)
——……そうか……、じゃあいいじゃない。
——私の仕事は……アンヘリタたちを最強のTRAチームにすること。
——短い間だったけど……、大好きで、掛け替えのない彼女らを……。
……彼女らの未来を……、
……私はただ信じよう……。
決意を新たにした桃華に対し、藤原は別の決意をしていた。
——そしてアメリカ軍のとある高官に連絡を取る。
アメリカ軍へ情報を送るのは極秘にならなくなるから、桃華としてはダメ、のハズである。しかし、藤原はためらわずそうした。
何より桃華の行動を正当なものにするために。
その相手は——、おそらく日本をよく思ってはいない。敵と言ってもいいかもしれない。
——しかし……、
絶対にアメリカの敵ではない——。腐っている可能性はありえない。
高潔なるアメリカ軍人——、現在のアメリカの「正義」を背負う一人。
だからこそ日本を危険視してはいるが……、絶対に今回のような件を許しておかない漢。
「はい……はい……、私は藤原俊夫二等陸佐です。お久しぶりです……ロバート・J・コーエン少佐……」
そうして……、アメリカを舞台にした物語は一つの決着へと向かう。
◆◇◆
アマゾン森林地帯——、大統領機撃墜地点の近く。
「本当にその部隊は来るんだな?」
「ああ……、我らと同じTRAの部隊だそうだ……」
【TRA4A・地対空装備仕様】に搭乗するジョセが問うて、【TRA4S・LMCアサルトパック装備仕様】に搭乗しているアルベルトがそう答える。
その背後には明らかにフラメス共和国製のTRAが彼らとは別に二体待機していた。
「だが大丈夫だ……、我らには支援者がいる。RONのように我らをていのいい鉄砲玉のように扱うのではない、その敵国たるフラメス共和国と正しくあるべき南アメリカを憂う同士たちが……」
「……」
アルベルトの熱の籠もった言葉に、ジョゼは少し冷たい目を向ける。
最近、アルベルトは自分たち反政府組織の支援者を、RONから別のものに変えている。
もちろんそれ自体はいい……、元々、RONはアメリカ大陸合衆国内部に火種をくべるために我らを支援し、しかしながら支援自体はかなり雑なものであった。
それとは違う今回の支援者——、RONの敵であり、アメリカとは基本的に中立——敵でも味方でもない立場を明言するフラメス共和国の関係者。
(そもそも彼らがなぜ? という疑問はある……。そして……最近我らの界隈で密かに囁かれている噂……)
——フラメス共和国が……、
かつてRONに抗い……TRAによる新戦術を生み出した偉大なる小国。
それが——、
——RONによる血の流れない侵略を受けて……、腐れ落ちそうになっている……と。
ならば……、
ジョゼは静かに眉を歪めてアルベルトのTRA——TRA4S——フラメス共和国最新鋭TRAを睨んだ。
(……例の切り札も……、結局はRONの手のひらの上で……。アルベルトはそれがわからないほどに……老いた……か)
そのジョゼの目には……アルベルトへの不信と共に悲哀も見て取れた。




