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第三十八話 茉嘉羅(マカラ)

このお話は初投稿版の63部分にあたります

 僧のこの清浄な世界は、『(まが)』の魂に少しだけ触れている状態なのだという。

 近づきたくてもこれ以上は近づくことができないと、僧が目線を落とす。


 きっと『(まが)』本人が、世の中の何もかもを拒絶しているからだろう。


 でも、それで十分だ。

 少しでも魂に触れているならば。

 『彼』に触れることができるならば。

 ナツのときみたいに、声を届けられるかもしれない。



 大きな黒い人型になった『彼』に近づく。

 途端、じり、と、焼けるようなにごった熱気にさらされる。

 近づけば近づく程その熱は強くなる。



 大丈夫。おれは火属性だ。

 こんな熱、なんてことない!

 恐怖耐性訓練だって、あんなにやったじゃないか!


 何とか自分に言い聞かせ、己を奮い立たせる。

 じりじりと強まる熱に顔をゆがめる。

 近くまで来ると、黒いもやもやの身体の正体がわかった。


『彼』の記憶でみた、あの黒い炎だ。


『彼』は未だに黒い炎にその身を焦がしている。

 世の中が憎いと。

 善人が救われる世の中にしたいと。


 こんなにもくるしんで、己を炎に変えてまで。


 その奥底に在るのは、お師さんが大好きだという気持ち。



 理解した途端、晃は泣きたくなった。


 なんてやさしい人なんだろう。

 なんてかなしい人なんだろう。

 

 晃の目の前には、その身を黒い炎に変えた『彼』。

 瘴気を吹き出している禍々しい様子は、話に聞いたとおり、災厄を振りまく存在としか言えない。


 しかし、晃には違う姿に見えた。


 晃が見つめるのは、顔の部分についた面。

 赤い髪の少年が、ずっとつけていたもの。


 

 兵器だった。

 名などなかった。

 ただ、番号が刻まれていた。


 その番号に意味を込めた。

 愛情を込めた。


 それが、きみの『真名(まな)』。



『彼』はこちらに気づいていない。

 ずっとどこかをにらみつけてじっとしている。


 息を整え覚悟を決め、一気に腕を差し込む!

 入った! さわれた!

 瞬間、ゴッと黒い炎に包まれる!


「――!!」

 僧が何か叫んでいる。

 お師さん、大丈夫。おれは大丈夫。

 

 熱い。苦しい。燃える。灼ける。

 それでも、伝えなければ。

『彼』を、この黒い炎から救わなければ。



 君は、こんなにも愛されていた。

 君の名は、『(まが)』じゃない。

 愛されて、幸せを願って贈られた名。


 君の。君の名は。


「マカラ」


 黒い炎の勢いは止まらない。

 ただ、『彼』がぴくりと反応した気がする。


茉嘉羅(マカラ)


 こめられた願いを込めて、もう一度呼ぶ。

 愛されるように。

 しあわせであるように。

 よろこびがあるように。



茉嘉羅(マカラ)。気づいて。

 お師さんはそばにいるよ。

 気づいて。お師さんに、気づいて!」


 必死に訴える。

 本当におれにみんなのいうような能力があるならば。

 届いて!

 届いて!!


 お師さんに気づいて!!


茉嘉羅(マカラ)!!」


 想いを込めて、声の限りに叫ぶ。

 すると、黒い炎が勢いを弱めた。


 はっと顔を上げると、はるか頭上の面が先程とはちがうどこかを見つめているのがわかった。


 その、視線の先にあるのは。



「――お師さん…」


(まが)』――茉嘉羅(マカラ)が、初めてはっきりとした意思を向けた。


 その視線に僧が立ちつくしている。

 何が起こっているのか、信じられないようだ。


 信じられないのは『彼』も同じようだ。

 差し込んだ腕から『彼』の感情が流れ込んでくる。


 信じられない。

 また会えた。

 会いたかった。

 うれしい。


 うれしい気持ちが、黒い炎を少しだけ弱めた。


「お師さん…!」

 

 万感の呼びかけに、僧もくしゃりと顔を歪める。

 泣くのをこらえるように、笑う。


茉嘉羅(マカラ)…」

 

 ずるりと、晃が『彼』から腕をぬく。

 今の自分は意識体だからだろう。

 腕も身体もなんともなっていない。

 ただ、霊力がごっそり減った。

 思わず尻もちをつき、そのまま座り込んで動けなくなった。



「やっと…。やっと気付いてくれたね。茉嘉羅マカラ…。私の息子」


 声が届くことがうれしくてたまらないようだ。

 僧はついに涙を一粒落とした。


「何で…お師さん…」


『彼』は、戸惑っているようだ。

 状況が理解できない。

 言いたい言葉はたくさんあるはずなのに、出てこないようだった。



「ずっとそばにいたよ。

 ずっとそばでみていたよ」


 僧の言葉に、存在に、『彼』の身体がシュルシュルと小さくなっていく。

 晃より少し大きいサイズにまで小さくなった。

 その大きさだと、面をつけた黒い人に見える。

 ただ、身体からにじみ出る禍々しさは変わらない。


「…苦労をさせてしまったね。

 すまなかった」


 僧は『彼』のそばに歩み寄る。

 近づけることに驚いた様子をみせたが、すぐに『彼』に向き直りさらに近づき、抱き寄せようと腕を伸ばす。


 それに気づいた『彼』は一歩後ずさり逃げた。


 逃げられたことに僧がショックを受けている。

 そんな僧に『彼』は言った。


「だめだ」

「何故?」


「触れてはだめだ。穢れる」


 誰が見ても一目瞭然だろう。

『彼』のその身は瘴気を吹き出し、禍々しい気配を放っている。

 触れてはその黒い炎に灼かれるのは間違いない。



「我はもう、お師さんに触れてもらえるモノじゃない。

 にごって『(まが)』になったんだ」



 その声は、あの光景を思い出させた。

 真っ赤な夕日を従え、心細そうな青い目をした、赤い髪の少年。

 きっと『彼』は、お師さんを失ったあのときから、ずっと迷子になっているのだろう。


 そんな『彼』に、僧は尚も近づく。

『彼』が後ずさる。


「にごっても、『(まが)』になっても。

 きみは私の息子だ。

 思いやりがあって、やさしい、私の息子だ」


 その言葉に、後ずさる足が止まった。


「きみの重ねた罪は、私のためのもの。

 ならば、私もその罪を背負う」


 そう言うと、僧は『彼』の手を取った。

 ジュウウウ! と、僧の手が灼けていく。

 黒い炎が僧をも包む。


「「お師さん!!」」


 あわてて手をほどこうとする『彼』だったが、僧は離さなかった。

 両手で強く『彼』の手を握りしめ、灼かれる苦しみに耐えていた。


「お師さん! 離して!!」

「やめて! やめて! お師さん!!」


 晃も僧の腕をつかんで、手を離させようと引っ張った。

 晃にも黒い炎がつたい来る。熱い。苦しい。


 僧は苦しいはずなのに、汗びっしょりの顔を『彼』に向けた。笑顔を浮かべて。


「やっとこの手を握れるんだ。

 もう離さないよ。茉嘉羅(マカラ)

 またあの頃のように、手をつないでいこう。一緒に」


 自分自身の魂を使って『彼』を浄化しようとしているのだとわかった。

 そんなことできるの?!

 あの亀だって、姫様でもムリだって言ってたのに!!


「やめて!! お師さん、やめて!!」


 泣きながら訴える晃に、僧はにっこりと笑った。


「魂を浄化するときに、私達僧侶はよく火を使うんだ。

 経を唱え、火を燃やして鎮魂を祈る。

 だから、火には慣れているんだよ」


 晃も修験者のはしくれだ。

 どんなものか、すぐにいくつかの例が思い浮かんだ。

 護摩。火渡り。

 あの火で、魂を鎮める。


 火で。火で?


「なら、おれの火でもできますか?!」


 晃の叫びに、僧も『彼』も驚いた。


「おれが、おれがやります!

 茉嘉羅(マカラ)の魂を浄化して、お師さんと二人、送ります!」


 そうだ。

 封印することばかり話していたけれど。

 浄化すればいいんだ!


「今、封印石を使うところです!

 黒い炎を封印して、それからだったら、おれの火が届けば、きっと!」


 茉嘉羅(マカラ)が封印の陣を弾かなければ、きっと封印できる。

 陣が黒い炎を押さえている間に、茉嘉羅(マカラ)自身が封印されるまでの間に、晃の炎で浄化する。

そうすれば、もう『(まが)』でなくなる。

 何百年も何千年も、浄化されるのを待つなんてこともなくなる!



「勝手なことを言うな!」

 ゴッと、黒い炎が勢いを増し立ち上がった。

 炎にまかれる。熱い! 苦しい!


「我は王になるのだ!

 善人がしいたげられることのない世界を作るのだ!

 邪魔をするな!!」


 瘴気が込められた覇気が晃に向けられる。

 苦しい! つぶされそうだ!!

 僧が名を叫びたしなめてくれるが、茉嘉羅(マカラ)の怒りはおさまらない。



「じゃあお師さんといられなくてもいいのかよ?!」


 晃も負けずに叫ぶ。


「お前の一番は何だよ!? お師さんだろ?! 間違えるな!!」


「間違えてなといない!」


 茉嘉羅(マカラ)もすぐに言い返してくる。

 黒い炎が立ち上がる。熱い!


「我が、世の間違いを正すのだ!!」


「世の中なんか知るか!!」


 熱い! 苦しい!

 でも、黙っているわけにはいかない!!


「お前がにごってまで、『(まが)』になってまで大切にしたかったものは何だよ!?

 お師さんだろ?!

 ずっと大事にしてくれた、お師さんだろ!?

 大事なもの、見失うな!!」


 晃の言葉に茉嘉羅(マカラ)がひるんだ。

 自分の手をつかんで離さない僧を見つめて「それは、」と言いよどんでいる。


 そんな『彼』に、晃はさらに言いつのる。


「そんなに言うんなら!」

 僧から右手をはなし、ドンと自分の胸をたたく。

 まっすぐに顔をにらみつける。



「お前の望みは、おれがかなえてやる!

 善人がしいたげられることのない世の中は、おれがいつかつくってやる!!

 だから、お前はお師さんを大切にしろ!!

 お前の一番から目をそむけるな!!」



 叫ぶ晃から炎が吹き出した!

 晃の炎が僧を包む。

 黒い炎から守るように。

 

 そして、その炎は僧の手をつたって『彼』の手にも広がっていく。



「おれが、守る!

 お師さんも、お前の望みも、お前も!!

 だから!」


 晃の炎が黒い炎を抑える。

 ついに『彼』の身体も晃の炎で包まれた。


「だから、お前はお師さんと一緒に()け!

 お師さん困らせんな!!」



 おれがやる。

 おれが守る。



 だっておれは霊玉守護者(たまもり)だから。


 (たま)()りだから。

次話は明日19時に投稿します

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