告白3
―母に翌日の舞踏会で妃を選ぶように言われた王子ジークフリート。彼はその夜、湖で白鳥が美しい娘に変わるのを見る。彼女はオデットと名乗り、悪魔の呪いにより白鳥に姿を変えられたと言う。まだだれにも愛を誓ったことのない青年の永遠の愛の誓いによってしか呪いが解けないと聞いたジークフリートは、舞踏会で永遠の愛を誓うことを約束する。しかし、ジークフリートは舞踏会でオデットとうりふたつの悪魔の娘オディールに愛を誓ってしまう。これでは呪いを解くことができない。ジークフリートは湖に行き、オデットに許しを請う。改めて愛を誓い合った二人の前に悪魔が現れる。ジークフリートは果敢に悪魔と戦い、悪魔を倒すことに成功する。するとオデットの呪いは解け、オデットは人間の姿を取り戻す。
「二人は永遠の愛を誓ったのでした」
ちゃんちゃんと千穂はベッドの上で声にした。ごろごろと転がる。むーっと顔をしかめた後、叫ぶ。
「無理!」
顔を手で覆う。
「これを武尊とやるとか無理!」
無理だーと千穂はベッドの上で足をバタバタとさせた。ぼすぼすと布団が鳴る。埃が舞いそうなものだが、咳一つせず千穂は続ける。
「どっちも白藤さんがやればいいんだよ!」
だって、バレエでは同じ人がやるんでしょ?ネットでそこは調べてある。
「私と白藤さんじゃ似ても似つかないし!」
うわーと千穂は枕を顔に押し付けて叫んだ。
廊下で様子をうかがっていた壱華はため息をつきリビングへと戻った。そこには啓太と樹と武尊と琉聖と碧が集まっていた。
「千穂は?」
武尊がすかさず尋ねてくる。壱華はうーんと目を閉じて額を抑えた。
「ちょっと、話しできる感じじゃないかな?」
「体調でも悪いの?」
「劇のことで混乱してるんじゃないかな」
首を傾げる武尊に琉聖が困ったように笑いながら説明する。武尊は眉をひそめた。
「混乱って。混乱するようなことある?」
「まあ、白藤さんが宣戦布告してきたわけだし」
「あれってさ、本気で言ってると思う?なんかわざとらしいと思ってるんだけど」
「それは武尊の所感で千穂ちゃんのとは違うでしょう?」
「千穂は白藤の言葉を本気に取ってるってこと?」
「その可能性は高いかな?」
「―・・・本気に取ったとして、混乱するようなことある?」
―君たちは鈍いなー
はははと笑いながら琉聖は先が思いやられると頭を片手で抑えた。そこではいはいと樹が手を上げる。
「宣戦布告って何ですか!」
琉聖が武尊を見れば、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。それに武尊が自分から話すことはないだろうと判断する。
「白藤さんがね、武尊に一目ぼれしたって言ったんだって。それで、千穂ちゃんとはライバルだねって」
「えー!」
樹が叫び声をあげる。目も真ん丸に見開いている。それに対して啓太は落ち着いたものだった。
「いや、今までその手の話がなかった方がおかしい」
一人うんうんと頷く。それに、武尊の顔はさらに歪む。
「まあ、まあ、そうかも?」
兄に言われ、樹も納得したようだ。語尾は上がっているが。二人の注意が向いている間にと、琉聖が説明を続ける。
「それでさ、僕たちのクラスは劇で武尊に王子様、千穂ちゃんにお姫様をやってほしくて、壱華ちゃんのクラスはお姫様を白藤さんにやってほしくてさ」
「それで白鳥の湖と」
樹は解せたとでも言うように、その言葉を口にした。啓太は当然置いてけぼりだ。
「なんでそうだと白鳥の湖なんだよ」
「お姫様が二人いるからだよ」
「そうなのか?」
啓太は琉聖の顔に答えを求めた。琉聖は頷いた。
「王子と結ばれるオデットと、オデットから王子を取ろうとするオディールと」
「それで、千穂がオデットになったのかよ」
「そうそう、くじ引きで」
「あいつ、主役何てはれる柄じゃないぞ」
「やっぱりそうよね」
やっと壱華が会話に加わってくる。その顔には苦労していますと書いてあった。
「白藤さんが敵かどうかも分からないって言うのに、こっちでも忙しくなるなんて」
「まさか、それが作戦?」
樹が声をひそめる。
「劇に忙殺されてる間を狙ってくるってこと?」
武尊が口元に手を当てる。
「あるかも?」
「その前に、表面上狙われてるのは武尊だからね」
琉聖が忘れるなとくぎを刺す。それに武尊は顔をしかめる。忘れていたようだ。
「だから、なんで俺」
「まあ、スペック高いし」
樹が分からないことはないとそう口にした。
「社長の子どもなら他にもたくさんいるでしょう」
「でも、学年で一番成績いいの武尊でしょう?」
樹がそう言えば黙る。肯定だ。
―やっぱり一番なんだ
樹は噛ま賭けのつもりもあり、そんなことを思う。武尊はため息をついた。
「劇の練習をしつつも白藤に気を付けるなんて千穂にはできないだろうから、俺が頑張らないといけないんだろうね」
「僕も協力するし」
「私も」
「僕らは幸い裏方だしね」
壱華に同意を求めるように琉聖は笑顔を見せた。壱華もええと笑う。
「千穂から目を離さないようにするわ」
「二人は何の係になったんだ?」
啓太が気になったようで尋ねてくる。
「僕は大道具」
「私は衣装よ」
「壱華、裁縫できるのかよ」
「少しくらいならできるわよ!」
壱華は眉根を寄せて不快さを表した。それに啓太がけたけたと笑った。
「まあ、頑張れよ」
「兄ちゃんもね」
「樹もな」
そう言えば、樹も不機嫌そうな顔になる。模造紙に調べたことをかいて発表するのだ。それのどこがおもしろいのだと樹は思っている。当日は絶対に楽しんでやると目論んでいる。
「それで、武尊はどうするの?」
「何が?」
「白藤が告白してきたら」
「どうもしないよ」
武尊は少々投げやり気味だ。
「付き合ったりしないの?」
「しない」
「彼女欲しいとか思わないのかよ」
大滝のことを思い出しながら啓太は驚きの声を上げた。武尊はうっとうしげだ。
「思わないよ。思ったことないし」
「大島君に欲望吸い取られてるのかな」
琉聖が首を傾げた。
「なんであいつが出てくるの」
「彼はすごく欲があるなと思って」
「欲の塊なのは認める」
「まあそれは良いとして」
壱華がパンと手をたたいた。
「白藤さんがどう攻撃を仕掛けてくるか分からないから、みんなしっかりね」
それぞれが真剣な顔で頷いた。
※
「ああ、なんと美しい姫だろう」
「え、えと、えと」
「セリフだから!本心じゃないから!」
棒読みに顔を赤くする千穂に、武尊は叫んだ。
「分かってる!分かってるから!!」
千穂も負けじと叫び返すが、赤い顔が分かっていないことを物語っている。
「俺が、千穂にきれい何て言うわけないでしょう?千穂は可愛い系なんだから!」
「か!かわ!」
「ああもう!」
墓穴を掘って、武尊は地団駄を踏む。
「可愛いとは思ってたんだな」
「ね」
大島と優実が窓にもたれかかりながらそんな言葉を交わす。優実はふっと笑った。
「まあ千穂の可愛さは全世界に通じるから」
その言葉に、あかりは苦笑する。
―本当に優実は千穂が好きね
ちらと横を見れば、衣装のデザインを考えている集団の中で、ちらちらと心配げに二人を見ている少女がいる。壱華だ。
「飯島さん?」
「あ、ごめんさない」
「あっち気になるよね」
「ごめんなさい」
クラスメイトがフォローに入るが、壱華は小さくなるばかりだった。見れば、琉聖も大道具で背景など何を用意すればいいか話し合うのに一生懸命のようだ。
―みんな手が空いてないわね
ここは自分の出番かとあかりが思っていると、目の前で白藤が動いた。
するりと腕を武尊の腕に絡ませる。
「高野原さんは調子が悪いみたいだから、私と読み合わせをしましょう?」
予期していなかった行動に戸惑う武尊に、白藤は天使を思わせる笑みを向けた。それに何人か物を取り落としたり、壁にぶつかったりするものが現れるが武尊には効いていないようだった。
「え?なんで?今は千穂と―」
「だって、高野原さん、顔が赤いもの。保健室に行った方が良いんじゃないかしら」
「え?私は元気だよ?」
ぱたぱたと手で顔を仰いでいた千穂は声をひっくり返す。
「でも―」
「えと、これは、その」
まさか武尊の台詞に照れてましたとは言えず、千穂は口をパクパクさせる。
「綺麗何て言われなれてなくてびっくりしてるんだよね」
助け舟を出したのはなんと佐々木である。千穂はうつむいて、こくりと頷く。
「きれいなんて、お芝居の台詞でも言われたことないよ」
「可愛い系だもんね」
にっこりと佐々木は武尊に笑顔を向けた。それに武尊は苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
「そんなんじゃないよ!」
「でも、山田さんにはよく言われてるし」
「あれは!スキンシップというか。てか、優実ちゃんは誰にでもかわいいって言うし!」
「ああ~それはあるかも」
彼女、そういうところあるかもね、と佐々木は想像できたのか笑った。
それを見ていた優実は鼻を鳴らす。
「失礼な。私は可愛い女の子にしか可愛いとは言いません」
「可愛い子見つけたら言うんだな」
「伝えるべきだと思うんだよね」
可愛いっていいことだし。と大島の言葉に優実は腕を組む。それにつられたのか大島も腕を組む。
「それ、俺がやったら変質者だからな」
「そこはね、女に生まれてよかったと思ってる」
「お前って本当前向き」
「誉め言葉として受け取っとくね」
空気が優実と大島に持っていかれる。武尊は腕を振り払うと、白藤に向き直る。
「悪いけど、もう少し千穂と練習するから。本番前に慌てられても困るから」
「それどういうこと!」
「千穂は物覚え悪いでしょう?ってこと」
「ひどい!」
「事実です」
「ひどい!」
千穂はむくれるが、それでどうこうできる武尊ではない。
「ほら、読むだけだから。『ああ、なんと美しい姫だろう』」
「え、えと。『まあ、なんて素敵な王子様かしら』」
「読めるじゃん」
「読むだけくらいできるもん!」
「じゃあ、続きね」
「う~」
武尊が先生モードに入る。こうなると抗えない。千穂は文句がありそうな顔をしながら棒読みで台詞を読む。
「あんな棒読みで褒めあう男女なんて見たことないぜ」
劇になるのかと大島は顔をしかめた。その隣で優実は楽しそうである。
「もう、そこが可愛いんじゃん」
「―本当前向き」
大島はため息をつくのだった。