4.演技1
「俺さ、あんたのこと好きにならないよ?」
「きっぱりね」
昼休み、ちゃっかり昼食に参加するようになった白藤に武尊はそう言った。しかし、白藤は応えた様子がない。むしろ楽しそうである。
「でも、初めはそう思ってた人達も多いでしょう?」
「本当前向き」
武尊は頭痛がするのか頭を押さえた。その様子を見て、白藤は壱華を見た。―壱華も白藤対策として昼休みをこちらの教室で過ごすようになっていた。
「―飯島さんの方が好き?」
「それ誰に聞いたの」
武尊はげんなりといった様子の顔をする。白藤はへこたれない。武尊の顔を上目遣いに見上げる。その様子を大島がうらやましそうに見ている。
「どこら辺が好き?」
そんなことを問われ、武尊は自然と壱華に視線を向ける。それについどきりとしてしまう壱華である。武尊は意外にも真剣に答えるつもりのようだ。その間が壱華はつらい。目を泳がせてしまう。武尊と視線を合わせられない。
「―努力家なところ?」
「私、頑張り屋さんじゃなさそうに見える?」
「じゃないって言うか、要領よさそう」
「要領良い女の子は嫌い?」
「嫌いって言うか」
武尊はじぶんと同じ顔の長身の女性を思い出す。人の話を聞かない嵐のような彼女を。つい表情が苦いものになる。
「苦手」
白藤はくすくすと笑った。
「案外不器用なのね」
かわいい、と続ける。それに千穂がえ?と声を上げた。
「武尊はかっこいいんだよ?」
「お前ら、お互いのこと可愛いかっこいいって思っていながら付き合ってないのか?」
大島がまじかよと目を丸くする。千穂は不思議そうだ。
「それと好きは違うと思う」
「まじめか!」
優実が耐えられないとでも言うように机に伏せる。あかりがその隣で苦笑いしている。佐々木は我関せずだ。壱華は壱華で、二人が付き合うところは想像できるようなできないような不思議な心地になっている。
「好きじゃないならいいじゃない」
私にくれたって、という顔を白藤はする。
「それとあんたを好きなるは違うよ」
「意地悪ね」
「武尊は意地悪だよ。琉聖の方が優しいよ」
突然話を振られて、琉聖は目を丸くする。視線が集まり、あははと乾いた笑いをこぼした。
「優しいって言うか、良い顔しいなんだよ」
「厳しいな」
「だから、意地悪なんだよ」
武尊の言葉に苦笑いする琉聖に、違うと千穂が声を上げる。その会話を聞きながら、大島が不思議そうにつぶやいた。
「なんで、こんなのがモテるんだ?」
やっぱり顔と頭と家か?と続ける。
「それなら琉聖も持ってるじゃん」
優実が復活して上体を起こす。その言葉に、琉聖は無視を決めたようだった。
「―いい人どまり」
佐々木がぽつりとつぶやいた。それにはさすがに、ははと琉聖は笑いがこぼれた。
佐々木の言葉に、優実はじっと琉聖を見る。
「―いい人で止めるには惜しいと思うけど」
「僕、家を継げるわけじゃないし、そんな優良物件じゃないよ?」
「家って何してるの?」
「確かに知らないな」
優実と大島の興味は琉聖へと移った。それに、琉聖は何と答えようかと考え、言った。
「お祓いとか?」
「神社系?」
「そんな感じかな」
優実の言葉に頷く。へーっと大島と優実は声を上げた。
「兄貴とかいたっけ」
「弟の方が優秀で」
首を傾げる大島に琉聖は苦笑いを向ける。
「お前より優秀ってどんだけだよ」
十分優秀じゃんと大島は眉根を寄せた。それにどうもと琉聖は返した。
「うまく順応していいとこ就職できそうなのが琉聖で、わが道進んでいいとこ就職しそうなのが武尊」
「わかるなー」
もはや優実と大島しか口を開いていない。武尊は涼しい顔で食事を進め、千穂はなにやらあかりと談笑し、壱華は時々白藤を見ながら食事を続け、白藤は話す機を失してつまらなさそうだ。
「私、紐になりたい」
「俺も、紐になりたい」
優実と大島のふたりはため息をつく。
「高収入な結婚相手見つけたかったら自分を高めないと」
佐々木の言葉は、暗に無理だと言っていた。
「高める、高める、なー」
「一発芸とかで採用してくれないかな」
大島と優実は頭を抱える。二人にとっては悩ましいことらしい。珍しく、武尊が笑った。
「一発芸って」
「あ」
武尊の顔を見て、千穂が小さく声を上げる。それに視線が集まり、千穂はなんでもないと手を振った。
「気にしないで」
「えー気になるー」
優実がにやにやと笑う。これは嫌でも話させるつもりだと千穂はじとりと冷たい汗をかく。
「気にしないで!」
「ムキになられると気になるなー」
大島も加担し始める。千穂は視線を落とし、もぐもぐと口を動かすが、その頬を優実がちょんちょんとつつく。それを見て、あかりが助け舟を出した。
「おやめなさいな。お行儀悪いわよ」
「はーい」
優実は渋々と手を千穂から離した。
「それで、何を思ったの?」
今度は白藤がそう振ってきた。そこから来る?と千穂はつい視線を上げてしまう。そして助けてほしいとあたりを見回すが、彼女を止められる人間はいない。
「うー」
千穂は唸る。
「なんて思ったの?」
白藤も逃がさない。
「あうー」
「気になるわ」
千穂は上目遣いで武尊を見上げた。それに、武尊は器用に片眉を持ち上げて見せた。
「何?」
千穂は数度口をパクパクさせた後、小さな声で言った。
「武尊は笑うと可愛いよなって思って」
優実が再び机に伏せ、大島が顔を覆って天井を仰いだ。クリティカルヒットが決まったようだ。今度は武尊が口をパクパクさせる。
「お前らもう付き合えよ!」
「だから私はここを推すって言ってるじゃん!」
「山田の答えは求めてないんだよ!」
「ごめん!」
「とりあえず、落ち着いたらいいよ」
「「無理!」」
佐々木の言葉に二人は声を合わせる。あかりがよく言えましたとでも言うように、千穂の頭を撫でた。
「もう!もう!」
千穂は恥ずかしいらしく優実の背をぺんぺんと叩いたが、全く痛そうではなかった。
「それは僕も思ったことあるな」
琉聖が千穂を助けるようににっこりと余所行きの笑顔を張り付ける。
「笑うと案外幼いんだよね」
「―幼い」
武尊は少々ショックだったようで乾いた声でそう呟いた。
「だから、可愛いって言ったじゃない」
この流れがお気に召さないらしく、白藤がそう口にした。武尊が現実に帰ってこないので壱華は心配になる。何か言った方がいいのかと考えるが、気を利かすのは得意ではない。慌てていると、佐々木が言った。
「そのうち帰ってくるから」
「あのー」
騒いでいる集団に声がかかる。その女子生徒は千穂に用があったようだ。千穂が首を傾げる。
「伊藤君が部活の大会で今日いないから、数学の板書、ずれちゃって」
「え?」
千穂の声がひっくり返る。申し訳なさそうに示されたのは、応用問題だった。とたん、泣きそうな顔になる。
「無理!」
そして、ばっと武尊の方に顔を向ける。
「武尊!」
見れば、武尊は復活していてすでにノートをめくっていた。そして内容を確認する。シャーペンを取り出してノートを机に広げる。
「省略入ってるから、このままじゃ千穂分かんない」
「いいよ!写すだけだもん!」
「省略された部分の説明求められるの千穂なんだよ?」
「お願いします」
千穂は頭を下げた。そのやり取りさえ、優実はにまにまと見守る。
「絶対お似合いだって」
「でも恋人って言うより、保護者だよな」
大島がここは冷静に突っ込む。この様子を白藤はまた面白くなさそうに見つめていた。
※
「あ」
壱華と白藤が隣の教室に戻ってから、大島が声を上げた。
「何?」
珍しいふざけていない声音に佐々木が反応する。大島が、いや、と答える。
「また蜘蛛がいるなと思って」
そう言って、ふっと窓にいた小さな蜘蛛を吹き飛ばす。
「また?」
武尊が大島の方を向く。大島が頷く。
「ああ。この前もいたぜ」
この学校新しいのにな、どこから入ってくるんだかと大島はのんきな様子だ。大島の話に、武尊と琉聖は目くばせする。それに気づいたあかりが、蜘蛛には何かあるのだと読む。ついと千穂の手を引いて窓から少し離した。
―今度は蜘蛛が何か悪いことに関係あるのかしら
白藤と蜘蛛を結び付けようとしても、なかなか難しいとあかりは思った。
―蜘蛛をどうするのかしら
今度男子二人から教えてもらおうかと思うあかりであった。




