6.打ち上げ1
「疲れたー」
「そうだね」
打ち上げの最中、武尊と琉聖はテラスに抜け出してきた。大した準備もしていない大島が盛り上げている。それを千穂は優実とおかしそうに見ていた。壱華もあかりと談笑している。
「疲れた」
武尊はまた同じ言葉を口にした。―結局あの蜘蛛騒ぎは武尊と琉聖と千穂と白藤のたくらみだったこととなった。それで皆からしこたま叱られたばかりだったのだ。最後には称賛されたからよかったのだが。
『すんごい迫力だった』
『本物みたいだった』
「―本物だったんだよなー」
武尊の乾いた笑みに、琉聖は苦笑した。よいせと背を手すりに預けて琉聖はレストランの中を見た。それぞれがそれぞれに着飾り、楽しそうだ。千穂もなんだかんだ打ち上げを満喫しているようだった。
―よかった
―守れたみたいでよかった
ほっと息をつく。
「なかなかな活躍だったようで」
そう隣の武尊から声がかかる。あははと琉聖は笑った。
「武尊ほどじゃないよ」
「でも、劇の悪魔にしちゃえとは、ちょっとは思ってたでしょう」
「―まあ、ちょっとはね」
武尊と蜘蛛を遭遇させるには、結界の外である必要があった。それを無事に実行するには、あの手が最善だったのだ。
「啓太がちょっと煮え切らない感じだったけど」
悪いことしたかなーと琉聖は呟いた。
「反省はしても後悔はしてないってやつかな」
「言うね」
二人は視線をそれぞれの方向に向けたまま涼しい風に髪を遊ばせた。顔には穏やかな笑みがある。
「ここ、尼崎さんのお母さんがやってるレストランだってさ」
「聞いた」
「僕の家はさ、地元じゃお金持ちだったけど、さすがにこんなレストランとか持ってなかったな」
「こんな高層ビルがないでしょう」
そもそもさ、と突っ込まれる。琉聖はあははと声を上げて笑った。
「本当、ここはびっくりすることばかりだよ」
「来てよかった?」
琉聖は武尊の問いに驚いて視線を落とす。武尊は上体を手すりに預けても垂れていたから。彼が何を心配しているのか何となく悟って、琉聖は柔らかく笑んだ。
「そうだね」
―よかったよ
―友達も仲間もできた
「ちょっと!」
なごんでいると、きつい声がかかった。見れば、白藤だった。今は制服を着ている。私服で来ればよかったのにと琉聖は思っているが、それは言わない。
「何?」
「この子、どうかしたほうが良いんじゃない?」
そう言って、指でさしたのは後ろにいる千穂だ。小さくなっているのは、叱られると分かっているからだ。それに、武尊は器用に片眉を持ち上げた。
「何したの?」
「二人でお話ししましょうって」
「は?」
敵に何を言ってるんだと武尊は体を二人の方に向けた。千穂はあわあわと弁明しようと口を開いた。
「でも!先にお話ししようって言ってきたのは白藤さんだよ!」
「それに応じたのが馬鹿だって言ってるのよ!」
白藤は苛立っているようで声を荒げる。その迫力に千穂は両目をぎゅっと閉じた。
「白藤さん怖い」
「あんたは人が優しくしてくれるのが当然だと思わないことね」
千穂は困ったように武尊を見た。それにため息をついて、千穂においでと手招きした。千穂はパッと顔を明るくして武尊のもとによる。武尊はまたため息をついて白藤に問いかけた。
「それで、どうしてわざわざ二人になれたはずなのに、ここに連れてきたの」
「また疑われたらたまったもんじゃないもの」
白藤は少し距離を取って武尊の隣に立った。
「前科があるんだもの」
「まあ、今日のは明らかに前科だけど」
武尊はほどかれた千穂の髪で手遊びする。柔らかいそれは手触りがいい。千穂はくすぐったそうにしていた。
「―保険ではあったの。あの女が失敗したり、来なかったりした時のための」
「二人きりになって何をするつもりだったの」
白藤はどこか遠くを見ていた。風が白い髪を遊ばせる。その様は美しかった。千穂は今日の首謀者だと言うのに、見とれた。
「今になっては分からないわ」
ぽつりと答える。
「私、この力を相殺しようと思ってたの」
「確かに君の蜘蛛はとても強かった」
琉聖がつい口を挟む。それにちらと白藤は視線を琉聖に投げた。
「でも、馬鹿よね。この力が無くなれば、八雲と話せなくなるのに」
「俺はそれでもいいと言ったはずだ」
突如聞こえてきたのは低く這うような男の声だった。千穂はびくりと震えてあたりを見渡す。白藤は、自分の髪を避けて見せた。肩には蜘蛛が乗っていた。
白藤は独白を続ける。
「力が強いせいでこんな姿で、ずっと一人だったわ。―家族だって怖がって私には近づかないの。八雲だけが私の友達だったし家族だった。―それで、普通になりたくて」
声が震えていた。白藤はうつむいて髪で顔を隠した。
「すまない。俺が速く仕留められていたらよかった」
「いいの。もういいのよ」
白藤は蜘蛛をその絹のように滑らかな手で撫でた。
「私、八雲が殺されるって思った時、とても怖かったわ。一人になるんだって」
「普通になれれば、お前は孤独じゃなくなる」
白藤は首を横に振った。
「分かったの。私、八雲がいないと嫌なの」
だから、もういいの―。白藤は悲しそうに笑った。
「足、大丈夫?」
「え?」
白藤は、千穂に顔を向けた。瞳が涙にぬれていた。千穂は胸元でぎゅっと両手を握って繰り返した。
「その蜘蛛の、えと、八雲の足、武尊に切られちゃったでしょう?」
ああ、と白藤は八雲の体をまた撫でた。
「そのうち治るとは思うわ。いつもより時間が掛かりそうだけど」
千穂はその言葉にちらと武尊を見た。千穂の言わんとすることが分かって、武尊はため息をつく。武尊も白藤に向き直った。
「それで、あんたをそそのかしたのは俺の父親なわけ?」
「ああ、あれ、あんたの父親だったの?二階堂貴昭とか言ってた気がするけど」
「ということは、失敗したら俺たちの仲間になれって言われているってこと?」
「よく知ってるわね」
「僕がそうだから」
琉聖が軽く手を上げ振って見せる。道理でと白藤は体を千穂たちの方に向けながら言った。
「轟って聞いたことあると思ってたわ」
白藤はたなびく髪を抑えた。また、景色に目を向ける。
「ここの方が、楽だわ。ちょっとは奇異の目で見られるけど、あとは普通に接してくれるし」
「それじゃあ」
千穂は瞳輝かせる。それにうっとうしそうに白藤は顔をしかめた。
「私、ここに残るわ。残って、あんたたちと一緒に戦う」
「武尊!」
千穂が嬉しそうに武尊を振り返る。武尊は頭を押さえながら、そうだねと答えた。
「仲間になるなら、仲間には万全の体調でいてもらわないといけない」
白藤はまさかという顔で武尊を見て、そして千穂に視線を落とした。
「八雲の足、治そう?」
千穂が白藤に両手を椀の形にして伸ばす。
「っ!どこまで甘ちゃんなの!?」
白藤の叫びとは裏腹に、八雲は千穂の手に飛び乗った。ひゃっと千穂は変わったその感覚に悲鳴を上げた。
「八雲!」
「お前が今のまま変わらないと言うのなら、俺にはお前を守る義務がある」
そう言うと、八雲は運良く残った足の先をぷつりと千穂の手に刺した。ぷっくりと血が玉になる。八雲はそれに口を付けた。
「八雲!」
―それは呪いを受けるも同じだった。銀の器との関係を体に刻み込むことだった。もう八雲は千穂から逃げられない。
千穂の手の上で、八雲の体がもぞもぞと動く。切られた足が再生されていた。
「僕の時はだめって言ったのに」
「あれはきりがないからだよ。今回はこれ一回だけ」
琉聖がいじけたように唇を焦がらせて見せたけれど、武尊は涼しい顔だった。
「治った!」
わーいと千穂は八雲を頭上に持ちあげた。白藤はその千穂の手から八雲をぶんどる。
「八雲?」
「大丈夫だ」
「良かった」
良かったと白藤は涙を流す。八雲の背にほおずりしていた。それを見て、千穂は満足そうに笑った。武尊に向き直る。
「ありがとう」
「治したのは千穂でしょう」
くすりと武尊は笑った。そう言われれば、そうかな?と首を傾げる。そして千穂は思い出したように白藤に向き直る。
「それでお話って―」
「あれ、嘘に決まってるでしょう」
「え!!」
白藤は涙をぬぐいながら八雲を肩に乗せる。そしてちらと武尊を見た。
「私、もっと自分に優しくしてくれる人がタイプなの。そんなに自分にも人にも厳しい人、こっちから願い下げだわ」
「ほえ?」
「だーかーらー、金色の使い手がこっちにうつつ抜かしてくれたらラッキーだったって話よ!」
「うまくいかなかったけどね」
「余計なこと言わないで」
白藤はきっと琉聖を睨んだ。それに琉聖は困ったように笑うのみだった。
「千穂ー」
優実の声が聞こえる。千穂はレストランの方へ顔を向ける。
「こっちにいたの。お、白藤さんもいるじゃん」
「何お前らちゃっかり外れてるんだよ」
大島も気づけばやってきている。千穂は優実に、武尊は大島に腕を掴まれ室内にへと連行される。それに琉聖が笑いながら続く。
「行けばいい」
自分はどうしようかと迷っている白藤に、小さく八雲が声をかけた。白藤は肩に視線を落とす。
「お前の仲間であり、友人だ。行けばいい」
「―うん」
白藤は花のように笑んで、千穂たちを追いかけた。




