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5.文化祭1

 千穂と武尊は当然のように手をつないで歩いていた。それに大島や優実たちも当然の顔をして廊下を闊歩する。


「すごい人だねー」


ひゃーと言いながら、千穂は武尊の背にぴたりと張り付いていた。

 今日は文化祭当日。千穂たちの発表は午後からのため、午前中は自由時間だった。


「啓太のとこのお化け屋敷見に行こうよ!」

 千穂の提案に、武尊はちらと後ろを歩く大島と優実を見た。

「いいぜ」

「お化け屋敷かー」

面白そうと優実は笑う。優実と壱華に挟まれてあかりは歩いていた。長身二人の間にいれば迷子にはならないだろうという読みだ。


「わわ!」

「大丈夫?」


はぐれそうになる樹に琉聖が手を伸ばす。その手を取り、樹がほっと息をつく。

「ありがとう」

「嫌じゃなかったらこのままでもいいかな?」

「うん」

はぐれたらひとたまりもないと、樹は素直に頷いた。


「兄ちゃん何してるんだろう」

「お化けかな!」

「ちゃんと人脅かせるのかなー」


最前と最後尾にいる千穂と樹は大きな声で会話を交わす。

「さすがに人を脅かすくらいできるんじゃないかしら」

樹の心配に、壱華は首を傾げるのであった。


 階段を上ると、すぐに啓太の教室はあった。見れば、啓太は受付の当番らしい。大滝と清水も一緒なのだが、この二人の名前を面々は知らない。


「啓太ー!」


千穂が嬉しそうに手を振る。それに気づいた啓太が笑って手を上げてくれた。その行為に気づいた大滝が、千穂たちを振り返る。そして清水の手を引いた。


「啓ちゃんの幼馴染来た!」

「―来るだろう」

幼馴染なんだから、と清水は驚かない。そうじゃないと大滝は首を横に振った。

「普通に話せるチャンス!」

「―そうかもな」

呆れてため息をついた清水は、改めて千穂を見た。


本当に小柄な少女だ。天才とも噂される金髪の少年と手をつないでいる。

―できてるだろうに、話して何が楽しいのやら


高野原と二階堂の後ろには長身の少年と少女がいて、そのさらに後ろに飯島壱華がいた。


―近くで見ると迫力あるな


その美貌につい息を飲む。止まっていると、大滝が千穂に自己紹介を始めた。


「俺、大滝って言って、啓ちゃんの友達!」

よろしくねと大滝から手を差し出されれば、危機意識が低いのか千穂はためらいもなく握手に応じてしまう。

―大丈夫かな

清水が心配になる中で、壱華はしれっと握手を回避する。

―これが普通

うんうんと清水は頷いていると、ぐいと大滝に腕を引かれる。


「白髪の編入生も来た!」

「は?」


清水が視線を動かせば、武尊の腕に手を回す白藤が目に入った。心底嫌そうな顔をしている武尊も。


「やっと見つけた」


蠱惑的な笑みを浮かべる白藤はとても魅力的だった。そして目立つ。そう、この集団は目立った。人の視線を集めまくっているのだが、それに気づいているのが清水から見て白藤とあかりくらいだった。


―なんかヤバいのと関わってるかも


少しひやりとするが、大滝はそんなこと知る由もない。噂の美少女が増えたと喜んでいる。


「探さないでくれる?」

武尊は冷たい。しかし、白藤も負けていない。

「あきらめるなんて言ってない」

強気な笑みが整った顔にあった。そんな二人をあわあわと見ていた千穂は、意を決したように武尊の空いている腕にしがみついた。

「武尊は私のだもん!」

「知ってるわよ」


―漫画みてー


清水はどこか遠くを見る目をした。

 そんな清水の脇で、よく言った!と優実と大島はガッツポーズを決めていたが、白藤の言葉にすぐ腕を下ろした。


―この女しつこいな


可愛いのは認めるが、引っ掻き回さないでほしいと大島は思った。武尊は不機嫌になると周囲の空気を悪くするので、それは避けたいところだ。ピリピリ具合が半端ない。

 ちらと隣を見れば、優実は純粋に千穂を応援しているらしく、うーんと頭を悩ませていた。


―どうするんだよ、このカオス


清水がそう思たった時、言葉を発したのは啓太だった。


「で、うちの店で遊ぶの遊ばないの?」

「遊ぶ!」


即答したのは千穂だ。それにはいはいと武尊が足を入り口に向ける。その時するりと白藤の手から腕を抜いてしまう。それにむっとしながら白藤は武尊の後に続く。そのあとにぞろぞろと少年少女が続くさまはどこか異様だった。が、そこは突っ込むべきではないと清水は判断した。見れば、大滝も黙って見守っている。


―関わらないほうが無難そう


本当は小分けにして小グループで入れるのが決まりなのだが、それを持ち出すのすらめんどくさい。


そんなことを思われているとは本人たちは知る由もない。



「わ!」

「きゃっ!」


千穂は本心から、白藤はわざとらしく武尊に身を寄せる。武尊はこの状況にげんなりしてきたが、逃げられる状況ではない。

 暗い道を少しずつ歩く。武尊はさっさと通り過ぎてしまいたかったのだけれど、千穂がそれを許さない。

―白藤だけなら置いて行っていいんだけど


「おおー!」

「これすげー!」


優実と大島はお化け屋敷の作り込みに感心している。蛍光塗料が使ってあるらしく、あたりは安っぽく光っているもので沢山だ。二人は時折壁やら装飾やらに触れる。


「優実、触るのはおよしなさい」

壊れたら大変でしょう?とあかりが諫める。それに優実は大人しく手を下ろすのだった。注意されたのは優実だけなのだが、なぜか大島も手を下ろしていた。


樹も壱華もびくびくしていて、脅かされるたびに琉聖に身を寄せていたが、琉聖も十分怖がっていた。三人身を寄せ合いながら歩く姿はどこかほほえましかった。


―きっと、お化け屋敷なんて初めてなんだろうな


両腕に少女を連れながら、武尊はずっと力が弱まらない千穂の手からそんなことを思った。


―初めてのことが千穂にはいっぱいなんだ


そう思えば、この文化祭でもなるべくたくさんのところに連れて行ってやろうという気持ちになる。お化け屋敷の暗がりの中で、武尊は一人優し気な笑みを浮かべるのだった。



「怖かった!」

怖かった怖かった怖かった!と繰り返し、千穂はぽかぽかと啓太の胸をたたいた。


「何でこんな怖いの作るの!?」

「お化け屋敷ってのは怖いもんだからな」


はい、もうお終いと啓太は千穂の手を掴むと下ろさせる。千穂はまだ不服そうに目に涙をにじませている。白藤は今がチャンスと武尊の腕にしがみついていた。優実と大島とあかりは余裕の笑みを浮かべ千穂を見守り、樹と壱華と琉聖はその明るさにほっと息をついていた。


「千穂、りんご飴が食べられるって」

「食べる!」


すぐそばにりんご飴が売っている区画をパンフレットで見つけて、武尊が千穂の注意をずらす。


「午前中の間に樹の調べものも見に行かないと」

「見なくていいよ~」


樹は力なくそう言ったが、お兄さんお姉さんズは見る気満々だ。可愛い弟分の発表である。見ておきたいではないか。


「劇は午後からだろう?」

「うん。2時半から」

「見に行く」


啓太は武尊に確認する。千穂はたぶん武尊や壱華頼みで覚えていないと判断してのことだ。


「俺も見に行くー」

大滝が手を上げて後輩たちの視界に現れる。喜ばせるつもりだったのだが、千穂の眉はハの字になった。


「人増えたら緊張しちゃう」

「今から下りてもいいのよ」

「それは嫌」


千穂は白藤の意地悪な言葉にフルフルと首を横に振った。ここまで頑張ったのだ。やり通してみたい。千穂に小さな責任感が芽生えつつあった。それに気づいたように、啓太がにかっと笑った。


「楽しみにしてる」


頑張れと頭をクシャっと撫でる。千穂はされるままになりながら小さく頷いた。

「頑張る」

「行こう」


武尊は大島にパンフレットを渡したことで自由になった手を千穂に差し出した。千穂はその手を掴む。じゃあねと啓太に手を振って、一行はりんご飴を求めて去っていった。


「可愛かったね~」

「そうとしか見えないならお前の目は節穴だ」


大滝と清水は一行を見送りながらそんな会話を交わすのだった。


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