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  演技2

 くるりくるりと武尊と白藤が回る。ダンスの練習だ。舞踏会で王子ジークフリートと悪魔の娘オディールが躍るシーンの練習なのだ。武尊は苛立ったような顔をしていて、白藤は魅力的な笑顔を浮かべている。


「悪魔の娘って感じだな」


あの妖しい感じ、すげーと見ていた大島がつぶやく。


「だから、オデットは千穂でよかったんだよ」


優実が少し違うことを力説する。―二人はもはや、千穂と武尊を見守る係になってしまっている。誰も文句を言わない。


「―抱きしめてくださらない?」


そんな台詞が聞こえる。それにどうしたらいいものかと内心舌打ちを打っているのがバレバレな武尊なのであるが、抱きしめろよと壱華のクラスからの圧はすごく、逆の自身のクラスからは抱きしめるなと圧が来る。


 そんな状況にしびれを切らしたのか、白藤は強引に武尊の腕の中に飛び込んだ。反射的に武尊は白藤の背に腕を回す。


自分の出番ではない千穂はその様子を見守っているしかなかったのだが、何となくもやもやとした。あの腕は、いつだって千穂を守ってくれる腕なのだ。


―白藤さんを抱きしめるための腕じゃないのに


そう思って、思った事実に驚く。


―まさかやきもちってやつ?


そう思って、頬を染める。慌てて首を横に振る。


―私だって、武尊に抱きしめられたことあるし!


夏休みの地元でのことを思い出し、命の危機だったにもかかわらず千穂は一層顔を赤くする。


―そうじゃないし! 


頭の上で考えを追い払うように手を振るが、あの時の力強い腕が思い出されて心臓は速くなるばかりだった。


 ちらと白藤は千穂の様子をうかがったが、気落ちしている様子はないその様に少し唇を尖らせた。


 その白藤の表情の変化に気づいた大島と優実は、自然と千穂を見た。千穂はうつむいて必死に頭の上で手を振っている。長い髪で顔は見えない。優実が、しれっと頬に手を当てる。


「あっつ」

「うわ!」


千穂の悲鳴に、ダンスの練習をしていた生徒たちの足が止まる。注意も千穂に集まる。それに気づいた千穂は顔を上げる。その顔はまだ赤く、目立ってしまった恥ずかしさにまた顔が赤くなる。


「うう~」

 どうしたらいいか分からず、軽くパニックになった千穂は薄く涙を浮かべる。


―やばい、本当に泣きそう


うつむいていると、ぱさりと頭に何かがかかる。視界が少し暗くなって、何事かと思っていると手を引かれる。


 武尊は千穂の手を引くと教室を出た。武尊は容赦なくすたすたと歩くため、千穂は少々小走りになる。武尊が千穂を連れてきたのはラウンジだった。ソファに座らせると、自販機で何やら買う。


「ココアで良いでしょう?」


武尊が手渡してきたそれは温かく、もうそんな時期なのだと千穂は少し落ち着いた。


 武尊は隣に座り、缶を開けて口元に運ぶ。千穂がちらと横を見れば、その缶にもココアと書かれてあった。


―武尊も結構甘いの好きなんだよな


くすりと笑って、千穂は缶のプルタブに爪を立てた。ゆっくりとココアを飲む。


「―どうしたのって聞いていいの?」

「うーん、よく分からない」

「よく分からないで泣きそうになってたの?」

「うん、なんかびっくりしちゃったんだけど、なんでびっくりしちゃったのかよく分からないんだよね」

「何それ」


声自体はつっけんどんだ。しかし、機嫌が悪いわけではないことは何となくわかった。


「―あのさ」

「ん?」


千穂はココアを飲みながら隣の武尊を見上げた。武尊はまっすぐ前を見ていた。


「まだ、嫌だって言えば間に合うんじゃない?」


千穂は首を傾げる。武尊は小さくため息をつく。


「劇、演じるの無理って言えば、まだ代わってもらえるんじゃない?」

「武尊も代わってもらうの?」

「千穂がやらないならやる意味ないし」


その言葉が何となくうれしくて、えへへと千穂は笑った。笑うところではないぞと、武尊は千穂を見下ろす。


 千穂は考える。よく分からない成り行きで主役になってしまったのは事実だ。代わってくれと言えば代わってもらえるのかもしれない。でも、準備や練習が進むにつれて皆が劇にのめり込んでいくのが分かった。期待されているのも伝わってくる。


「―頑張ってみようかな」


その言葉は自然と口をついて出た。


「頑張れるの?」


武尊は少々心配そうだ。


「武尊も頑張るんでしょう?」

「―千穂がやるならやるけど」


武尊を見上げれば、渋々といったような声が返ってくる。


この役どころは千穂の近くにいながら白藤を見張ることもできる。便利な立ち位置ではあった。千穂を守るには、千穂と同じ係に着いた方がいい。千穂がやることを、武尊もやった方がいいのだ。

 

 武尊はため息をつく。


―面倒そう


そんな武尊の胸中を慮れる者は今ここに一人もいないのだった。



「武尊!」


 二人で黙ったままラウンジのソファに座っていると、琉聖が駆けてきた。


「ここにいたんだね」


琉聖は足を止めると、息を整えるように膝に手を置いた。―ここまで碧を連れてくるとはキャラづくりを徹底していると二人は感心する。


「武尊ー!」


碧が武尊に飛びつく。それを受け止めながら武尊は琉聖に問いかけた。


「―探されてる?」

「僕と壱華ちゃんだけだけど」

「戻らないとやばそう?」

「白藤さんはご機嫌斜め」

「すんごいピリピリしてる」


そう言う碧はとても面白そうだ。こういうところは妖っぽいなと武尊は思う。


「―それ、ほっといても良くない?」

「練習が進まないんだよ」


オディールは基本ジークフリートとの絡みしかないんだから、と琉聖は説明する。それに、武尊は困ったような顔をして隣の千穂を見下ろした。視線に気づいた千穂が顔を上げる。涙は乾いていた。


「えと、大丈夫だよ」


えへへと千穂は笑った。武尊はその顔をじっと見つめていたが、嘘ではないようだと判断する。


「分かった。戻ろう」


そう言って、千穂の頭にかけていた水色のカーディガンを取る。碧を琉聖に手渡し、カーディガンを羽織るとまだ腰かけている千穂に手を差し出した。


「行こう」

 

手をつないで帰ってきた武尊と千穂に、白藤の機嫌はさらに悪くなってしまった。



「もう早く付き合ってほしい」

「それを言うために、一緒にいるの?」


 夕食時の食堂で、いつもの千穂メンバーに優実とあかりと大島が加わっていた。


―優実の言葉に、武尊は面白くなさそうだ。


「だってさ、どう見たって二人は両思いだもん」

「てか、付き合わないと白藤が不憫」


力説する優実とは打って変わって、大島は案外と冷静である。


「そもそも今日の練習は優実が何も言わないで千穂に触ったのがいけないのよ?」


優実が暴走しないようにと、このメンツでいるのを見かけたあかりは壱華の隣に腰かけたのだった。その言葉に、優実は眉をハの字にする。


「それはごめんて」

「でも、本当にびっくりしたよ」

「うん、ごめん」


優実は少々彼女にしてはしおらしかった。本当に反省しているらしかった。


「まあ、付き合ってることにした方が、白藤さんを止めやすくはあるよね」


琉聖も思うところがあるのかそんなことを口にする。


「止めるって何」

「―突然飛び込んでくるとか―」


琉聖の言葉に、武尊は苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「あれは驚いたよなー」


積極的、と大島がつぶやく。ぎこぎこと行儀悪く椅子を揺らしていた。


「今の距離感を守りたいなら、付き合ってるってことにした方がいい」


琉聖は珍しく断言した。


「そうしないと、壱華ちゃんのクラスメイトの不満も晴れない」

「不満持たれちゃってるの?」


千穂は不安そうに琉聖を見た。琉聖は頷く。


「主に、白藤さん派の人から」

「―まあ、応援したい人のライバルだものね」


好きでもないって言ってる人とその距離間じゃ、信ぴょう性がないわよね。とあかりも加わる。


「距離感って」

「いや、好きでもない女の手は引かない」


戸惑う武尊に、大島が言い聞かせるような声音で言った。そして、いや、と付け加える。


「付き合ってもない女の手は引かない」


武尊は何か考えるように千穂を見る。千穂もしぱしぱと瞬きしながら武尊を見た。


「―でも、小さい時とかは啓太とも手をつないでたし」


千穂は困ったように啓太を見上げた。


「手なんて繋がなくなって何年経つよ」


啓太がかつ丼をかき込みながら言った。確かに、と千穂は視線を生姜焼き定食に落とす。


―そんな簡単に手なんて繋いで良いなら、壱華と繋いでるっつーの


そんなことを考えているのだろうと予想がついているのは樹だけだった。


―壱華の手を引く機会なんてそうそう来ないだろうな


樹は冷静にそう思うのだった。


「てか、なんで二階堂はそんなに高野原と距離感近いんだよ」


大島が空になった食器を置いて問いかける。


「近いかな」

「近いだろ」


武尊は首を傾げた。


「―長いこと男子校にいた弊害かな」


琉聖が考え込むように言った。


「女との距離感分からなくなったってか」


大島が眉根を寄せる。しかし、武尊が反応したのはそこではなかった。


隣にいる琉聖の脇腹を小突く。


「何で男子校だったって知ってるの」


小声の問いに、琉聖は何てことなく答えた。


「君たちのプロフィールなら貴昭さんにもらったんだよね」

「な!」

「何こそこそしゃべってるんだよ」


唖然としていると、大島が二人の会話に入れろと文句を言ってくる。武尊はそれを無視してうつむいた。


―あの男、何考えてるんだよ


父親の考えが読めなくて、頭を悩ませる。


「無視するなって」


大島が武尊を議論に参加させようとする。


「逆に聞こう」


優実が割って入る。注意が優実に集まる。


「なぜ、そんなに付き合うのが嫌なの?」

「「好きってわけじゃないから」」


声を合わせる二人に、大島と優実と琉聖と樹が額を抑える。あかりは困ったように笑っていた。壱華は戸惑った顔をしていたし、啓太はまだどうやったら壱華と手をつなげるか考えていた。


―先生は、武尊は千穂を好きになるって言ってた


だったら


―千穂はどうなんだろう


ずっと貴輝のことが好きだった千穂は、武尊を好きになるのだろうか。壱華は考え始める。


 武尊は千穂に躊躇なく触れるし、千穂もそれを当然だと思っている。それを二人は自分たちが金色の使い手と銀の器だからだと思っている。守り守られるためには必要なのだと思っている。


―少し過保護?


自分のことは棚に上げて、壱華はそんなことを考える。


 守らなければならないという義務感は、そのうち好意という気持ちへと変化しないのだろうかと壱華は目を細める。必ず守ってくれるという信頼感が、恋愛感情に変わることはないのだろうかと。


 二人の場合、そのように好きあうのだろうと考えているのがあかりであった。守り守られる関係は、互いへの恋愛感情を錯覚させる。ちょうど吊り橋効果のように。後はそれがいつになるかの問題なのだが、いかんせん二人は鈍いのか鋭いのかそのような関係には発展していない。


 ―白藤がいないのであれば、このままでもよかったのかもしれない。しかし、武尊を好きだと明言する彼女が現れたことで、二人の関係をうやむやにすることができなくなった。それは賢い選択ではなくなったのだ。


「もうさ、互いのためだと割り切ってさ、付き合ってることにしちゃえよ」

「互いのためって?」

「二階堂はこれ以上白藤が寄ってこないように、高野原はこれ以上恨みを買わないように」


大島が分かりやすい言葉で説明を試みる。やっと二人はまじめに視線を交わらせる。


うーんと唸って、武尊は言った。


「千穂が恨みを買うのは良い状況じゃない」

「だろう?」

「でも、付き合うことにするってどうやるのさ」


やっと乗り気になったと大島が武尊の方に体を乗り出す。優実と琉聖が内心で拍手を送っていた。


「とりあえず、付き合うことにしましたって公言するんだよ」

「言いふらすってこと?」

「そうなる」


大島は武尊に向かって頷いた。千穂が困ったように声を上げた。


「でも、好きじゃないって白藤さんに言っちゃったよ?」

「大丈夫。お前らの場合やっと自覚しましたでみんな納得する」


何で今までお前ら告白されなかったと思ってるんだよと大島は呆れていた。


「じゃあ、そうするの?」

「そうしたほうがいいみたいだし」


千穂が武尊を見上げる。武尊は首肯した。


「そっか」


千穂はパッと俯いた。彼女のふりをする、ということに何となく気恥ずかしさを感じたからだった。それに対して武尊は涼しい顔だった。それがちょっと悔しいと思う千穂なのであった。


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