幕間④ とある軍部所属治癒術者の切っ掛け
まとまらないけど、取り敢えず投稿。
本文中に登場予定のない人物のつもりです。
「248番コースから外れたぞ」
「くっそ、んじゃぁ86番にの独走を誰も止めらんねえんかよ」
「262番の自爆がいてえな」
日頃の模擬実地戦闘と違って主だった軍人は総じて裏方に回った為、今回このイベントに参加しているのは非戦闘員と云われる下級役人や貨物運搬等の補助要員たちがほとんどだ。その中には王城御用達の商人や戦闘とは全く縁のない技術者達もいる。いずれも今回のイベントを知りわざわざ参加を申し出た変わり者だ。確かにハルト国は変わり者が多いと云われる位、好奇心が強い者が多い。そしてこだわりを持った頑固な気質は国の特色だろう
空の色が穏やかに金色に染まって行くのがわかるほど、心穏やかに見守れる時間の過ごし方は久々だ。のどかでゆったりなぞ、日常業務からは考えられんな。
「それにしてもこんな時間は久々ですね」
「全くだ。これだけの人員が集まって、喧嘩一つ起こらん事態があるとはおもわなんだ」
気候と地形によって、我がハルト国では雪が積もった光景自体見る事は無い。国土の1/3が海に面しているので船舶を使った競争はあるが、こんな速さで行う競争自体がそもそもない。この橇という代物は艇に近いが、それでも雪上を空飛ぶような速さで駆け抜ける様は若い者の興奮を煽ってやまぬようだ。
「いけぇー、そこだー」
「あ、ばか! 曲がりすぎああああぁ」
「なんであそこまで曲がるかなあ」
この簡易詰所で文句や歓声を上げて騒いでいるのは、滑走途中で脱落して怪我を負った参加者たちだ。会場の様子を映し出している最近開発されたと噂の映写機を見てはああやって一喜一憂している。普段の軍事訓練だったら血の匂いやうめき声なんかも当たり前のように溢れる衛生部の簡易詰所も今日ばかりは精々打撲や捻挫、擦り傷突き指といった比較的軽い症状のものばかり。稀に食べすぎによる体調不良という、新人と二人で茶をゆっくりと楽しめるほどの余裕がある。
その治療に使う薬草もこの村でほとんど採取可能なものなので、在庫の心配すらないという信じられないくらいの良環境だ。
「くっそ、これが艇なら負けねえんだけどよぅ」
「ああ、触るのも初めての代物だから勝手がつかめねぇや」
「あっという間に終わっちまっただろ。あれ、もう一回やってみてえんだよな」
「わかる。今度の休みにここに来て子供にもやらせてみてえんだよ。絶対喜ぶだろ?」
「それ俺も思った。これいつまで出来んだろうな」
下級役人たちは定期的な休みがあるが軍人には中々休みらしい休みは希望通りにいかないことが多い。大概が、自主的な訓練に明け暮れるか、家の仕事になる。特に爵位持ちになればそれは殆ど貴族の事情ってやつにあてられるのだ。
「こんにちわー、おちゃのさしいれでーす」
「おや、わざわざありがとうございます」
村の子供たちがこうして何度か温かいお茶と茶菓子を差し入れてくれるので、詰所に居てもあまり暇という事もないし正直かなり居心地はいい。雪で作られた仮設救護所も火の入った鉢が置かれているので、思ったほど寒くはない。
「これ、おばちゃんたちがどうぞって」
「こりゃすごいな。いいのかい?」
「おーさまにもどーぞって、たべてくれたのー。ぐんじんさんもどーぞ」
「みんなもどーぞってたべてるよー」
湯気の立つ暖かそうなパンが、無邪気な笑顔と共に差し出される。一応任務中なのだが、周囲も子供達の配給ぶりがほほえましいんだろう。希少な厳つい男どもの無骨な笑顔は噴飯ものだが、流石に子供たちの前では自重せねばならないだろう。気がついていない子供らの困惑と相俟って全員の肩が笑ってしまうほど、穏やかな時間がなんとも面映ゆい。何人かの子供のいる者達はそのまなざしが幾ばくかの柔らかく、子供らを見つめている。
「おじさんもどーぞ」
「ちびりゅーちゃんがね、おいしーのはみんなでたべるのよっていってるの」
「あとねおのこしはゆるしませんていうの、ねー」
「おやおや、それは大変ですね」
新人の医薬師もにこにこと子供らの差し出す温かなパンを受け取る。確かにこの寒い中で戴く温かい食事はそれだけで御馳走だ。ましてや笑顔の子供達の可愛らしい注意まで出されたら受け取らない方があやしまれる。
「これね、おーひさまががぶーってしたのよー」
「うん、おいしーっていってくれたってきいたー」
「ぼくもこれおいしーてなるのー」
「それはそれは、食べてみたくなりますね」
「なかね、お野菜とお肉がいっぱいなの」
「ゆうごはんまでのおやつなの」
「どしてもたべられなかったら、ちび竜ちゃんもめってしないからだいじょーぶよ」
ちび竜ちゃんとはずいぶんと子供たちに慕われているのだとわかる。たしかこのイベントの企画をしたのもその名前の持ち主だったと記憶しているが、まさか特設会場に展示されているあのちいさな竜の事だろうか。
小さなぬいぐるみのような魔獣が引っ付いているいるが、あれは間違いなく火吹き竜の幼生。本来ならこのような人の中に単体でいるような事は無い。必ず親竜か同じ群れの仲間の竜が必ず付き添い、手放すことが無いと聞くが近くにいるのだろうか。
「そうだ。ご飯のお礼、何をしたらいいと思う?」
新人はうっかりそんな言葉を子供達に漏らす。いや、わざとか。
「おれい?」
「うん。とっても美味しかったからお礼したいなって思ったんだ。どうしたらいいと思う?」
「ちびりゅーちゃんがね、なかよくたべてくれたらうれしーんだっていってたよ」
「おいしかったよー、って。ごちそうさまーっていったらすごくよろこぶよ?」
新人の思惑は邪気のない子供たちには通じなかったようだ。まぁ料理人が料理を堪能してくれれば満足だと返されたようなものだ。なるほど職人気質か。
そう云えば夏の終わりにセルシウス殿下がとても奇妙な質問をされたな。
「暫くカーバイト国に滞在しようと思うのだが、火吹き竜は何を好むんだろうね」
「火吹き竜といえば、隣のカンデラ国の火山地帯に近い南の地域に生息する大陸規模の保護獣として知られている。あの火吹き竜ですかな?」
「うん、その火吹き竜の子供がねカーバイト国にいるんだ」
「ほう、それは初耳ですな」
「それでね、その火吹き竜の子供が食事をごちそうしてくれてね。お礼に何かをと思ったんだけど、思いつかなくて。」
流石にそこまで知識がなかったので、素直にわからないと告げた覚えがある。後になって調べたが、火吹き竜は雑食で温厚な性格だと分かった位。
歴史書の中に”現在の泰平の世の礎にされた生贄”という一文がある。
・大昔は大陸中にかなりの数がいたこと
・温厚な彼らの攻撃性を高める為にわざと長時間興奮剤を与え狂わせたこと
・戦争時の機動力として相当な数の命を落としたらしいこと
・成長に年単位の時間がかかるので、生育に向かず使い捨ての扱いだったこと
・数を減らしたことがきっかけで人間の戦争の仕方に変化をもたらしたこと
火吹き竜は軍人にとって忘れてはならない犠牲者だ。
他種族の争いの為に滅ぼされかけ、親を兄弟を無為に殺害され、妻や娘を薬で狂わされ、そのために多くの卵や幼生達が親や仲間の庇護を受けられず亡くなった。それに対して加害者側はせいぜい大陸規模の保護という自主謹慎をして、時折密猟している人間を罰しているだけが現状と言える。
仲間を惨殺されても報復されずにいる現状に、彼らが温厚な性格だったことを喜ぶべきだろう。これが我々人間ならば、相手を残らず滅ぼすまで恨みつらみを忘れずにいられないだろうから。
火吹き竜は僅かに生き残った卵や幼生達を年老いた個体が育て、世代の交代を成した。その個体が成体となるまでの時間にかかった時間が皮肉にも人間の戦争の戦い方の変化を生み、結果として火吹き竜を戦争から遠ざけた。だがすべての個体が成体に成れたわけではない。現在の個体数は確認されているだけでも26体。ほとんどはカンデラ国で見られるが、他国でも数体の存在が確認されている。ここカーバイト国ではこの村の一体のみ。
滅ぼした側が出来るのは、欲を力で誇示することではない。欲を制御し、力を使うべきを見極め、彼らの犠牲という教訓を決して忘れないことだ。
「うーん、おやさいとか、たまごとかよろこんだよ?」
「ポー豆もすきだよね、あとむぎもすきだよ」
「んでおいしーのつくるんだよねー」
「なるほど、食材で料理を作るのが得意なんだ」
「うん、あとねーりゅうのみもおいしかったよー」
「え?」
「うん。たるともすーぷもおいしかったー」
「ぷりんもおいしーのー」
竜の実? それはあの黒くて異様に固く、大きくて野生の竜種が食らうというあれか? あれを食したというのか!
「ぺるろもおいしーよ。おひるにたべたもん」
「ぇええ!」
「だんごじるおいしーよねー」
いま、ペルロと言ったか? あの猛毒のペルロではないよな? おいおい。この村の食生活はどうなっているんだ。
「ペルロって、あの猛毒の?」
「さ、流石にちがうだろ」
簡易詰所にいる怪我人たちも子供らの言葉に動揺する。
ペルロは一見綺麗な花を咲かせるがその根は猛毒で有名だ。経口摂取すると強烈な眠気が襲ってくる。そのまま眠ってしまうと約10日程昏倒状態に陥って、目が覚めることなく亡くなる。外傷や被膜摂取だとマヒ状態になり、眠気がきて昏倒状態に陥って亡くなるのだ。別名「安楽死」。軍人ならば誰もが最初に教わる毒に一つだ。薬草の産地とはいえ毒薬もまた薬の材料のひとつではあるが、それを食うのかここは。
「あくぬきしてほしたのは、おいしくなるんだよー」
「ねっこはおくすりにするんだって」
「いたいいたいなおすおくすりになるってー」
「よく知ってるんだね」
さすが薬草の産地だ。我々の思いもよらない薬草の使い方を知っている
「まさか、差し入れにも使われていたりしてな」
子供たちを疑う発言に否定をしたのは、通りがかった村の女性だった。
「いい野菜とお肉が手に入ったから保存食材は使ってません。ちび竜ちゃんのレシピは素材の良さを生かしたものばかりですよ。お望みならペルロの団子汁お持ちしましょうか?」
「こーでぃさんだー」
「だんごじるまだあるー?」
「急げはまだあると思うわ。夕ご飯入るかしら?」
「こんやなあに?」
「おなべになるんじゃないかしら。いろいろ余ってたし」
「やたー」
夕飯の献立に笑顔を浮かべ外へと駆け出してゆく子供らを見守って、女性も茶器を回収してゆく。
「保存食材は基本的に村人専用なんですよ。ここ、普通だと特約を結んだ商人以外の冬に訪れる訪問者なんていませんから。だから安心してくださいな」
そういって、静かに簡易詰所を後にした。
口重い奇妙な沈黙がその場を支配していたが、治療師として先のペルロの調理方法は気になるところだ。
「あく抜きか、新たな解毒方法として使えるかもしれんな」
「ちょ、試すつもりですか?」
「従来の考えとまた違った視点は、我々には無かった。何事も試さねば発見は成り立たん」
「待ってくださいってば、ペルロは春先にならないと出てきませんって」
「試薬としてのペルロは研究所にあるはずだ。帰ったら実験してみよう」
村の女性は牽制のつもりであの発言をしたつもりだろうが、私からしたら新たな考え方の提示に他ならない。
「他にもどんな薬草を食しているんだろう」
「わー、ここカーバイト国ですからね。せめて自国に帰ってから研究してください」
「よし、ちょっとここを任せたぞ」
「あー、誰かその人止めてください!」
「ハルト国ってのは、こう、思い込んだら突き進むのが多いんだな」
「研究者ってのは大概あんなもんだそうだぜ」
「そうそう。それはどこもあんまり変わんねーよ」
これが毒と認識されていた植物や動物たちが、新たな薬として再認識されるきっかけになったエピソードである。そして食材として再認識されたペルロが珍味として知られた経緯でもあった。
この年から発行された薬草の書籍に新たな一文が掲載されるようになったのは言うまでもない。




