3話 デート
翌日のことである。
宝田君と食事をする約束を果たすために駅前に向かっている。
私が万引きで捕縛されたことは、子供たちには言っていない。
帰宅が遅くなったことに訝しげにしていたが、残業ということにした。
駅に到着すると彼はすでに待っていた。
「こ、こんにちは。宝田君。待った?」
「いえ」
「そう? ならよかった」
普段のエプロン姿とは異なり、完全私服の宝田君と軽い世間話を交わす。
黒いタイトなパンツに黒いコートで細身の彼がよりカッコいい。
それに対して、私は若作りと思われても仕方がない、若い子が着用しそうなきゃぴきゃぴした雰囲気のピンク色のコート。
髪の毛もスプレーでセットして、化粧もしっかりした。
普段会社に行ったり家で過ごす
「あ、あんまりじろじろ見ないでよ……恥ずかしいから」
「いや、戸川さん、普段と全然違くて……」
「そうよね、こんな可愛い恰好、似合わないよね。年甲斐もなく」
「そんなことありませんよ。戸川さんは……かわいいです」
「あ、ありがとう」
顔を少し赤らめながら彼はそう言った。
嬉しい。
私はきっと嬉しくてにやけているだろう。
「じゃ、行きましょうか」
彼の横に付いて歩き始め、楽しいデートが始まった。
いや、正確には私だけが浮かれてデートだと思っているのだ。
彼が連れてきたのはオシャレな洋食店である。
煌びやかな電飾などが非日常な雰囲気を醸し出している。
案内されて座ると、初めての店に少し落ち着かない。
「ねぇ、大丈夫? ドレスコードとかないよね?」
「大丈夫ですよ。くつろいでください」
私は彼に従い心を落ち着けて、彼にと同じものを注文した。
お互いにトマトクリームソースのパスタであり、濃厚で鮮やかでとてもおいしい。
その他にもサラダなどもありお姫様にでもなったかのような気分である。
「おいしいね。宝田君」
「そうですね」
「連れてきてくれてありがとう。私ひとりじゃこんなところ絶対に行かないよ……あれれ?」
私は彼の口元にソースが着いているのを見つけた。
手元にある布巾で彼の唇あたりを拭った。
「あ、ありが……とう……ございます」
「かわいいところもあるのね」
子供みたいに恥ずかしそうにしているところも私しか知らないことかもしれない。
普段はカッコよくしている彼も、まだまだ若い男の子という印象で、愛らしく感じた。
彼との食事は楽しく時間があっという間に過ぎた。
宝田君が会計伝票を持って行ったが、私がひょいっと奪い、彼があわあわしている間に会計を済ませた。
外に出ると、彼はかなり申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごちそうさまでした。でも、払ってもらってよかったんですか?」
「いいの。私が悪いんだから。ねぇ、宝田君、この後まだ時間ある?」
「ええ。ありますけど」
「じゃあ、次は私に付き合ってくれる?」
「はい。いいですよ……ちょ、宝田さん?」
彼ともう少しいられることに嬉しくなり、思わず腕を組んだ。
宝田君は少し驚いた様子を見せたが、私が上目遣いで彼のことを見た。
「嫌だ?」
「……大丈夫です」
「そのまままっすぐね」
彼のがっしりとした腕に掴まって、歩き始めた。
周囲は私たちのことをどう思っているのだろうと思いつつ、宝田君との瞬間を楽しんでいる。
◇◇◇
カフェから歩いて数分の、景色が良い海浜公園に向かっている。
若いカップルに人気の場所だと事前に調べて宝田君と行ってみたくなった。
歩いていると交番を通り過ぎた。
「ねぇ、よかったの?」
「何がですか?」
「私を警察に突き出さなくて」
彼は私の方を向いて笑顔を見せた。
「いいんですよ」
その顔により鼓動が速くなることに気が付いた。
本当に宝田君のことが好きなんだ。
しかし、私は彼の店で万引きをしたという烙印を押されている。
そのことが改めて自分の犯した行為の重大さが身に染みて痛感するし、ときにあの時の悲しげな顔を思い出す。
彼の笑顔を奪ってはいけない。
「そっか。ごめん変なこと聞いて。もうすぐ着くよ」
彼の腕を引いて公園に入り砂浜に向かうと目の前にはキラキラと光る海が広がっていた。
天気もよく、日によって暖かく、私はコートを脱いだ。
砂浜にハンカチを敷き座ると、となりに宝田君が肩が触れるほどにくっ付いてきた。
彼の熱が分かるほどに近い。
「綺麗ですね」
「……そうだね」
そのあと、少しの沈黙の間はカップルや家族の楽し気な声と海のは音が響き、時間が止まったように感じた。
「戸川さん!」
「ん? どうしたの?」
彼はその場で勢いよく立ち上がり、私の方を向いた。
勢いに押されて私もその場で立ち上がると、急だったか目の前が暗くなりよろけた。
よろけた私は倒れることなく、体全体がふわっと止まることができた。
宝田君がとっさに支えてくれたのだ。
「ごめんね。ちょっと立ち眩み。嫌だね~、歳で……高田君?」
彼は私を強めに抱きしめたまま離さない。
むしろより強く抱きしめられ、心地よい温かさと彼の匂いがドキドキとともにどこか穏やかな心地にさせてくれる。
「……戸川さん」
「ど、どうしたの⁉ らしくないよ」
「嫌……ですか?」
「嫌じゃないよ」
好意を持っていた男性に抱きしめられて嫌なわけがない。
私も両手を彼の背に回してギュッと抱いた。
「宝田君。好きだよ」
「僕のセリフ奪わないで下さいよ……僕も戸川さんの事、好きです。付き合って下さい」
彼の口から放たれた言葉は私が欲しくてほしくてたまらなかった言葉だ。
何十年も前に恋愛とは無縁になったと思っていたが、彼に出会って、あのときのようなキラキラとした恋心に再び火が付いたが、それが成就した。
私は彼の胸でひたすら頷いた。
目からこぼれるうれし涙を隠すためだ。
「本当ですか? 嬉しいです」
彼の胸の中から少しだけ彼の顔を見た。
好きな女の子に告白を受け入れられ安堵しているような、飛び跳ねるのを抑えているような、少年のような可愛らしい笑みを浮かべていた。
そのとき、彼のことを男の子であると改めて感じた。




