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30秒後にまた殺されるので、女友達と婚約することにした  作者: 品川太朗
第8章:バカたちの意地と、第三の答え

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第1話:渾身の右ストレートと、泥だらけの本音


残酷なほど真っ白な光が視界を埋め尽くし――次に目を開けた瞬間、世界は一変していた。


視界に広がるのは、どこまでも高く澄み切った沖縄的(おきなわてき)な青い空と、太陽の光を反射して煌めくエメラルドグリーンの海。


ジリジリと肌を焼くような夏の熱気と、遠くでやかましく鳴きしきる蝉の声。

そして、鼻をくすぐる潮の香り。


王城の冷たい石床も。

薄暗い部屋の淀んだ空気も。

そして、床に広がる生々しい血の匂いも、すべてが嘘のように消え去っていた。


「…………」

「…………」


ざざあぁっ、と。穏やかな波の音が砂浜を撫でる。


着慣れた高校の制服姿に戻った二人は、白い砂浜の上に座り込んだまま、数秒間、ただ呆然と互いの顔を見つめ合っていた。


つい先程まで、アリシアの胸には無残な長剣が突き刺さっていたはずだった。

レオンの手には、彼女の命の温もりと、真っ赤な鮮血の感触が確かに残っていたはずだった。


しかし今、目の前にいる彼女の胸に傷はなく、制服にも一滴の血すらついていない。


ここは、あの日、すべてが始まった爆発の30秒前。強制リセットによって時間が巻き戻った『起点』の場所だ。


状況を理解するのに、数秒の時間を要した。

レオンは、震える手でゆっくりと自分の顔を覆い、深く息を吐き出そうとして――。


サクッ、と。

目の前で、砂を踏みしめる音がした。


顔を上げると、アリシアが立ち上がって制服のスカートについた砂をパンパンと払っているところだった。

彼女はゆっくりとレオンを見下ろすと、わざとらしく口元に拳を当てた。


「コホン」


一つ、咳払い。

そして、静かに、しかし有無を言わさぬ凄みを帯びた声で告げる。


「……とりあえず、一発殴らせろ」


「え? ちょ、おま――」


レオンが言葉を発する隙など、一ミリも与えられなかった。

振りかぶられた彼女の右腕が、空気を裂く。


制服姿の女子高生とは思えない、体重の乗った完璧なフォーム。


――ドゴォッ!!


「ぐぼぁッ!?」


アリシアの放った渾身の右ストレートが、レオンの顔面にクリーンヒットした。


一切の手加減なし。殺意すら感じるほどの一撃に、レオンの体は為す術もなく吹き飛び、無様に砂浜をゴロゴロと転がった。


「いっっっっっっっっっつ!? 鼻! 鼻折れた! 絶対折れた!?」


砂まみれになりながら、両手で顔面を押さえて呻き声を上げるレオン。


しかしアリシアの追撃は終わらない。彼女はのたうち回るレオンの上に馬乗りになると、彼の胸ぐらを両手でガシッと掴み、顔を近づけて怒鳴りつけた。


「これでチャラにしてやる!!」


鼓膜が破れそうなほどの、大音声だった。


「もう二度と『あっちへ行け』だの『どうでもいい』だの、あんな情けないこと言うな! いいか、よく聞けバカ王子! 忘れるな、ウチの相棒はお前だけなんだよ!!」


胸ぐらを掴む手に、ギュッと強い力がこもる。

怒りに満ちた、けれど、どこか泣き出しそうな彼女の瞳。


『ウチの相棒はお前だけなんだよ』


その言葉が、耳の奥で何度も反響した。


同時に、先程の凄惨な光景がフラッシュバックする。

あんなに酷い言葉で傷つけたのに。見損なわれても仕方ないような、見苦しい八つ当たりをしたのに。


彼女は、身を挺してレオンを庇い――最後に、あの困ったような、優しい微笑みを向けてくれた。

痛い思いをしてまで、馬鹿な自分を、相棒として守ってくれたのだ。


「あ……」


ジン、と。

殴られた鼻の痛みとは違う熱が、レオンの目の奥から込み上げてきた。


「あ……あぁ……っ」


レオンの中で限界まで張り詰めていた太い糸が、音を立てて完全にぶち切れた。


「だって……っ、だってさぁ……っ!!」


嗚咽が漏れた。

視界が、一瞬にして涙でぐにゃりと歪む。


「お前……っ、あんな……! 死ぬことないだろ!! 俺なんか放っておけばよかっただろ!!」


胸ぐらを掴まれたまま、レオンは子供のようにボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。


異世界の誰もが憧れた、眉目秀麗で完璧な第一王子の面影など、そこには欠片もなかった。

あるのはただ、前世からずっと不器用で、コンプレックスだらけで、強がることしかできなかった『親友の』の等身大の姿だった。


「怖かったんだよ……ッ!!」


しゃくり上げ、鼻水をすすりながら、レオンは今までひた隠しにしてきた醜い本心を、ありのままに絶叫した。


「エリオットは何でもできるし! 剣も魔法もスゲェし! 俺なんかよりずっと頭も良くて、どう考えても俺の完全な上位互換じゃないか! あんな完璧な奴が目の前に現れたら……お前が、アイツの方に行っちゃうかもしれないだろ!!」


「は……?」


突然の泥臭い告白に、アリシアがポカンと口を開ける。

しかし、一度決壊したレオンの感情のダムは、もう誰にも止められなかった。


「俺なんかより、アイツと一緒にいる方が絶対に安全で……っ、幸せになれるに決まってる……! だから……お前を取られるのが、すげぇ怖かったんだよぉっ!! ずっと、不安で不安で、頭がおかしくなりそうだったんだよぉぉぉっ!!」


わあぁぁぁん、と。

まるで迷子になった幼児が親を見つけた時のように、レオンは顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくった。


見栄も、矜持も、クールなイケメンの仮面も、すべてをかなぐり捨てた。

底なしの嫉妬も、惨めな劣等感も、みっともない独占欲も。

心の底に溜め込んでいたドロドロとしたヘドロのような感情を、涙と鼻水と一緒に、夏の空の下へすべて吐き出したのだ。


「うっ、ぐずっ……お前が……お前がいなくなったら、俺、どうしていいか……っ」


しゃくり上げるレオンの、あまりにも見事な泣きっぷり。

アリシアは胸ぐらを掴んでいた手をゆっくりと離し、その場にへたり込んだ。


そして。

数秒間の沈黙の後。


「……あっははははははははははははははッ!!!」


波の音すらかき消すほどの、豪快な大爆笑が砂浜に響き渡った。


「えっ……」


涙声で顔を上げたレオンの前で、アリシアはお腹を抱え、文字通り砂浜を転げ回って笑っていた。


「ひぃっ、あはははっ! な、なにそれ! ちょっと、あんた、顔! 泣き顔めっちゃ汚いんだけど!! やばっ、マジでブッサ!! 鼻水垂れてるし!!」


「……っ!? ひ、人が真剣に腹割って話してんのに笑うな!!」


指を差して遠慮なく爆笑するアリシアに、レオンは顔を真っ赤にして怒鳴った。

しかし、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で凄んでも、まったく迫力がない。


(……なんだよ、それ)


気がつけば。


「……っ、ふっ」

「あはははは!」

「はは……っ、あーあ……馬鹿みてぇ……」


レオン自身も、吹き出していた。

最初は自嘲気味だった笑いが、次第に大きなものへと変わっていく。


青い空の下、波打ち際の砂浜に大の字になって寝転がりながら、二人はいつまでも笑い合った。


「あははははははっ!」

「はははははははははっ!」


泣き叫んで、本音をぶつけ合って、そして腹の底から笑い転げる。

ただそれだけのことで、あれほどレオンの心を縛り付けていた真っ暗な被害妄想も、息が詰まるようなコンプレックスも、すべてが夏の青空へと吸い込まれ、綺麗に浄化されていくのが分かった。


◆


やがて、笑い疲れた二人は、砂まみれのまま空を見上げていた。


レオンはゆっくりと身を起こした。

その表情には、もう微塵の曇りもなかった。かつての虚無感も、無理に作り上げた王子の仮面もない。憑き物が落ちたような、清々しいほどの本来の彼の顔がそこにあった。


レオンは立ち上がり、砂浜に座るアリシアに向けて、スッと右手を差し出した。


「……じゃあ、次に行くぞ」


その手を見て、アリシアはニヤリと悪戯っぽく笑う。

彼女は差し出されたその手を力強く握り返し、勢いよく立ち上がった。


「次はヘマすんじゃないぞ、相棒」


「……お前こそな」


パパンッ、と砂を払いながら、不敵に笑い合う最強の二人。


『――残り3、2、1……』


背後で、凄まじい閃光が上がる。

直後、空気を切り裂くような爆発の轟音と爆風が、二人を飲み込んだ。


次なる戦いの舞台。

現実世界での、新たなリスタートへ向けて。

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