出逢い
「あなた、もうすぐ死にますよ」
いつからそこにいたのかわからなかった。
少し離れた場所に、長い黒い髪の女が立っている。
真っ黒なワンピース、靴まで黒い。街灯が後ろから照らしているので顔はハッキリと見えない。
声の調子から、微笑みながら言っているんだろうと予測出来た。
冷たい風が顔を突き刺す夜道、友人の裕太と酒を飲んで帰っているところだった。人通りがほとんどない住宅街。夜22時を回ったところ。周りの家はまだ灯りがついており、微かに漏れるテレビの音が小さく聞こえてくる。
後ろから聞こえた声に二人で振り返ると、その女が立っていた。
「何……? 不審者?」
裕太が見るなりそう言った。
その少し震えた声で怯えているのがわかる。
「あ、そっちか。幽霊かと思った……」
思わずそれに答える。
酒が、一瞬で体内からボワッと蒸発したような感覚になり、代わりに冷や汗が噴き出る。
今朝もニュースで、夜道で顔も知らない人間に刺された、と言っていたことが思い出される。
「行こう」
裕太にぐいと腕を引っ張られ、強制的に進行方向を向かされる。
「ああ……」
俺が歩き出そうと足を出すが、今度は裕太が動こうとしない。
裕太のいる左を見ると、顔が青ざめているのがわかった。
「裕太?」
裕太の後ろに上着を引っ張っている、細く白い手が見えた。
その手を辿り見ると、先程の女の顔が見えた。
今度は顔もしっかり見ることが出来る。
前髪は真っ直ぐに整えられており、長い髪が風に揺られ顔にまとわりついて不気味さを増幅させる。
俺が顔を見たと同時に、視線がこちらに向けられる。目が合うと不気味に微笑まれる。
その一瞬で、全身に鳥肌が立つのを感じた。
「だから、死ぬって教えてるのに」
無機質な冷たい声が、女の薄い唇からこぼれる。
言葉を発する度に溢れる白い息に包まれそうな距離に自分がいることに気付く。
怖い。
率直にそう思った。
「やめろよっ!!」
叫ぶように声を出しながら、その女の手を掴んで投げ捨てるように裕太の上着から離させた。
女の手は氷に触れたように冷たくて、この世の人間とは思えなかった。
「裕太!! 行くぞっ!!」
呆然としている裕太の腕を、無理矢理引っ張り走り出した。
裕太がちゃんと走り出すまで、腕がちぎれるんじゃないかと思うほど強く引っ張り走った。後ろなんて見る余裕もなく、女が追いかけているかどうかも確認出来なかった。
二人で走って走って、もう走れないと思ったところで見えた公園に入った。お互い、地べたに倒れ込む。
呼吸があまりにも速くなり息苦しかった。吐いた白い息をまたすぐ吸う動作を何回も何回も繰り返した。
心臓の音が耳の奥から聞こえてきて、それがまた恐怖を煽る。
裕太を見ると同じように苦しそうに呼吸をしていた。
だが走ってきた方を見ても、さっきの女の姿どころか人気が全くない。
とりあえず逃げ切れたのだと思った。
呼吸がだんだんゆっくり出来るようになった頃、心臓の音も聞こえなくなっていた。
さっきまで冷たいと思っていたが風が、気持ちよく感じる。
「今日さ、俺んち泊まっていかない……?」
裕太の声が静かな公園に響いた。
裕太は昔からの顔なじみという訳ではなかった。同い年ということもあり、バイト先で最近仲が良くなった。話してみると学部は違ったが、同じ大学であることもわかり、共通点も意外と多かった。
俺は実家住みだったが、裕太は県外から来たのでアパートに一人暮らしをしていた。飲んだ後などはそのまま泊まることもしばしばあった。
今日は帰る予定にしていたが、こんなことが起こったのだ、俺だって夜道を一人で帰りたくはない。
二十歳になっても、こんな時に一人で帰ることが出来るほど大人になっていない。
「うん、泊まるよ。むしろ泊まりたいよ……」
もう泣きそうな声でそう答えた。
それから裕太の家に言って、わざとらしく笑い話をたくさんした。さっきの女のことは忘れたかったのでもう話さなかった。
裕太も話そうとしなかったので、お互い同じ気持ちだったんだと思う。
もちろん互いに眠れなかったので、静かにならないよう映画を流しっぱなしにした。
いつの間にか寝て、眩しい朝を迎えた。
いつもは、ソファとベッドで別々に寝るが、その日は暗黙の了解のように同じベッドで寝た。
少しでも身体が当たると、体温を感じてホッとした。その日はとても温かい肌を知って安心し、それで眠ることが出来たんだと思う。
朝起きていつも通りに大学に行った。着替えがなかったので裕太の服を貸してもらった。裕太は俺より背丈が高いので少し大きめだったが、生活には支障ない。
またな、と軽く挨拶を交わし互いの学部へと向かった。
それから3日後だった。
裕太が死んだのは。




