表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

1



「これなら……これならいけるはずだ……!」


コウタは震える手で、魔導端末の画面を見つめていた。

少子高齢化が進み、若者の価値が金塊よりも高いと謳われるこの異世界。

だが、現実は残酷だ。

上位一割の美男子や英雄が、残りの九割の女を独占する。

残されたのは、コウタのような「健康なだけの在庫」だ。


「魔法修正、最大値……。肌のくすみ消し、瞳のハイライト追加、顎のラインも削って……よし」


画面の中には、自分であって自分ではない、絶世の美青年がいた。

これなら、誰の目にも止まらない「コウタ」ではない。

彼は一縷の望みをかけ、国営マッチングアプリ『エターナル・リンク』の海へ、偽りの自分を放り出した。


「頼む……誰でもいい。返事を……マッチをくれ……!」


コウタは獲物を待つ獣のように、端末の淡い光に顔を照らされながら、画面を凝視し続ける。

一分。

五分。

十分。

通知は来ない。

代わりに、検索画面には「この条件で探す」と設定した女性たちの、冷徹なまでのスペックが並び続けていた。


『28歳・商家の長女。希望条件:年収500万以上、または上位魔法習得者。若さだけが取り柄の方は不要です』


『24歳・元冒険者。希望条件:私より強い方のみ。足跡は結構です』


『31歳・官吏。若くて可愛い子募集。でも、自撮りが加工まみれの男は生理的に無理です』


コウタの心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

見透かされている。

いや、そもそも視界にすら入っていないのか。

彼は必死に、手当たり次第に「いいね」の魔力を送った。

指が痛くなるほど、画面をスワイプし続ける。


「ああ、クソッ……! 誰か、一人くらい、間違いでもいいから引っかかってくれ……!」


その時、端末が短く震えた。

期待で視界が歪む。

慌てて確認した画面には、無機質な魔法文字が浮かんでいた。


『お相手からメッセージが届きました』


コウタは叫びそうになるのを堪え、その開封ボタンを連打した。

相手は「リリ」という名の、可憐な花のアイコン。

だが、そこに綴られていたのは、恋の始まりとは程遠い言葉だった。


「……え?」


 

 

「よし……っ、よし! きた、ついにきた……!」


コウタは裏返った声を上げ、狭い部屋で拳を突き上げた。

あまりの興奮に指先が震え、端末を落としそうになる。

心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほどに鳴り響いていた。


「ええと、返事、返事だ。……あ、いや、待てよ。あんまり食いつきすぎると引かれるか? いや、でも返さないと忘れられるし……」


数分間、書いては消し、書いては消しを繰り返す。

結局、捻り出したのは、教科書のように誠実で、そして面白みのない挨拶だった。



「はじめまして、よろしくお願いします。コウタって言います」



送信ボタンを押す。

魔力が端末に吸い込まれ、メッセージが「既読」になるのを、コウタは息を止めて見守った。

すると、すぐに返信の振動が手元に伝わる。


『リリ:はじめましてー。コウタさん、写真かっこいいですね! 魔法騎士団の方か何かですか?』


コウタは鼻の下を伸ばし、一気に顔を紅潮させた。

やっぱり加工の成果だ。

嘘はついていない、ただ少しだけ「見栄え」を整えただけだ。


「……騎士団? いや、ただのフリーのハンターだけど……。でもここで正直に言うのもな……」


コウタが次の言葉を迷っている間にも、画面の向こうの「リリ」は饒舌に言葉を重ねてくる。


『リリ:私、強い人って尊敬しちゃうんです。今度、直接会ってお話ししてみたいかも(笑)』


あまりにもトントン拍子。

童貞のコウタの脳内では、すでに彼女とのバラ色の未来が猛スピードで展開され始めていた。

だが、彼は気づかない。

リリのアイコンの背後に、微かな「ノイズ」が混じっていることに。

そして、他のマッチング候補者たちが、まるで見えない力で「排除」されているかのように、彼女以外からの反応が一切消え失せていることに。




「よし……いける。これはいけるぞ……!」


コウタは舞い上がり、ニヤける口元を抑えきれない。

相手から「会ってみたい」なんて言葉が出るなんて、今までの人生で一度もなかったことだ。

彼は必死に、余裕のある男を装って返信を打ち込む。



「フリーでハンターやってます。リリさんは何してますか?」



送信。

既読はすぐについた。

画面の向こうで、リリ――後にコウタの運命を最悪の形で塗り替えることになる「サクラ」――は、冷徹な手つきで端末を操作している。


『リリ:ハンターさんなんですね! 素敵。私、最近ちょっと困ったことがあって……。実は、街の外の魔力溜まりで大切なアクセサリーを落としちゃったんです』


画面に、潤んだ瞳の魔法自撮りが送られてくる。

加工された自分よりも、はるかに「完成された」美少女の姿。


『リリ:コウタさんみたいな強い人なら、きっと見つけてくれますよね? もし見つけてくれたら……お礼に、私の家で手料理をご馳走させてください(笑)』


コウタの脳内で、期待という名の毒が全身に回る。

「家」「手料理」という甘美な響き。

彼はもはや、自分が送った加工写真の嘘も、相手の正体がこの枯れ果てた世界の「システム」の一部である可能性も、完全に忘却していた。


「アクセサリー……! 任せとけって。俺がすぐに見つけてやるから……!」


その時、端末の端に、一瞬だけ赤いノイズが走った。

それは、特定の個体をおびき寄せるための、国営アプリに仕込まれた「罠」が作動した合図だった。


 


「よかったらまどろみの森で一緒に探しませんか?」


送信ボタンを押す指が、期待で小刻みに震える。

もし「いいですよ」なんて返ってきたら、それは実質、初デートじゃないか。

コウタは鏡の前に立ち、ボサボサの髪を必死に手櫛で整えた。

魔法加工された画面の中の自分と、鏡に映る冴えない自分を交互に見る。


「……いや、大丈夫だ。森の木漏れ日の中なら、多少の差なんてバレやしない」


自分に言い聞かせ、期待に胸を膨らませて返信を待つ。

すぐに端末が震えた。


『リリ:えっ、いいんですか!? 嬉しい……! でも私、足手まといになっちゃうかも。森の奥にある「古い祭壇」の近くで待ってますね。コウタさんに会えるの、楽しみにしてます!』


「やった……!」


コウタは叫び、天を仰いだ。

二十何年間の孤独が、たった数通のやり取りで報われたような気がした。

彼は使い古された革の鎧を急いで身に纏い、錆の浮いた剣を腰に差して、部屋を飛び出した。


街の外へ続く街道を、コウタはほとんど駆け足で進む。

すれ違うのは、腰の曲がった老人や、無気力に杖をつく年寄りばかり。

彼らの濁った瞳が、若さゆえの熱を撒き散らして走るコウタを、まるで供物でも見るかのような目で見送っていることに、彼は全く気づかない。


「まどろみの森……待ってろよ、リリ!」


森の入り口にたどり着くと、そこには不自然なほど静謐な空気が漂っていた。

風に揺れる葉の音が、まるで誰かの囁き声のように重なって聞こえる。

コウタは鼻歌混じりに、彼女が待つという「古い祭壇」を目指して、深く、暗い緑の奥へと足を踏み入れた。


だが、歩けば歩くほど、妙な違和感がコウタを襲う。

森の奥から漂ってくるのは、花の香りではなく、どこか生臭い、泥のような臭い。

そして、茂みの向こう側。

誰かが、コウタの足取りを「記録」しているかのような、硬質な視線を感じていた。



 



「……嘘、だよな」


コウタは、岩の上に腰を下ろし、冷え切った指で魔導端末を見つめた。

陽はとっくに沈み、まどろみの森は「まどろみ」どころか、捕食者の吐息が満ちる闇へと変貌している。



「リリさん、もう夜です。危ないから、一度戻りませんか?」



メッセージを送ろうとしたが、指が止まった。

最後に届いた『すぐ近くにいます』という言葉から、もう一時間が経過している。

既読はついているのに、返信はない。


暗闇の中で一人、端末の青白い光に照らされる自分の「加工された顔」が、ひどく滑稽で、おぞましいものに見えた。

ふと、画面の隅に表示されている運営広告が目に入る。

『今夜のプレミアム・マッチ! 騎士団長クラスの男性と、リリ様がマッチングしました!』


「あ……」


喉の奥から、乾いた音が漏れた。

リリ。

彼女は、自分を探していたわけじゃない。

自分のような「在庫」を森の奥へとはぐらかし、その間に本命の「資源」を品定めしていたのだ。

自分はただの、システムの穴を埋めるための数合わせ。

サクラ。

その言葉が、泥のような重さで胃の底に沈んだ。


「……帰ろう」


期待が、一気に冷え切った殺意に近い虚脱感へと変わる。

幸い、待ちぼうけを食らっている間に、襲いかかってきた低級の魔物を数匹、無意識に返り討ちにしていた。

その素材を剥ぎ取った袋だけが、今のコウタに残された唯一の現実だった。


「腹減ったな……」


とぼとぼと、重い足取りで来た道を戻り始める。

魔法の輝きを失った森は、ただの暗い牢獄だ。

すると、手元の端末が、弱々しく点滅を始めた。


『警告:魔力が不足しています。魔導通信を遮断します……』


「はは、お前までかよ」


プツン、と光が消えた。

この世界と自分を繋いでいた、唯一の糸が切れた瞬間だった。

真っ暗な森の中、コウタはただ、自分の足音だけを頼りに夜を歩き続けた。



各駅停車の絶望


ガタゴトと、魔導列車の重苦しい振動がコウタの身体を揺らしていた。

深夜の車内には、疲れ切った老人たちと、数少ない若者が数人、互いの距離を不自然に空けて座っている。

コウタは、魔力が数パーセントだけ回復した端末の画面を、取り憑かれたようにスクロールし続けていた。



『リリ:ごめんね、急に用事ができちゃって! また今度、絶対会おうね(ハート)』



読み返すたびに、胃の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。

今度なんて来ない。

あの後、彼女のタイムラインには、豪華なレストランで「誰か」と食事をする写真がアップされていた。

背景に映り込んだ男の腕には、騎士団の紋章。


「結局、これかよ……」


コウタは自嘲気味に呟き、画面を閉じる。

だが、数秒後にはまた、無意識にアプリの「マッチング履歴」を開いていた。

消せないのだ。

自分が「選ばれた」という、あの数分間の高揚感という毒が、まだ血の中に残っている。


コウタのすぐ隣。

肘が触れそうなほどの距離に、一人の少女が座っていた。

使い古されたハンター用のジャケットを羽織り、深く被ったフードの隙間から、冷徹な光を湛えた瞳が端末を見つめている。



彼女の画面には、コウタとは正反対の、吐き気がするほどの「通知」が溢れ返っていた。


『今から会える? 場所指定してくれたら魔導馬車で迎えに行くよ』


『君の顔、マジでタイプ。一晩だけでいいから、俺の「愛」を受け取ってくれない? 金は払う』


『結婚とか面倒なのは抜きでさ。若いうちに楽しもうよ』


カナは、それらのメッセージを一つ一つ、ゴミを処理するかのような無機質な手つきで「ブロック」に放り込んでいく。

彼女が求めているのは、生存のための契約でも、一時の快楽でもない。

この枯れ果てた世界で、自分を「資源」としてではなく、一人の「個」として、歪んだ執着とともに見つめる対象だ。


二人の視線は、それぞれの端末に吸い込まれたままだ。


コウタは、存在しない「愛」の残骸を追い。

カナは、溢れかえる「欲望」の泥を掃く。


列車のブレーキが耳障りな音を立てる。

二人の身体が、慣性でわずかに同じ方向へと傾く。

だが、まだ彼らは、隣に座る人間が、自分と同じ「飢え」を抱えていることにすら気づいていない。


 

「……これも、サクラか」


コウタは暗い車内で、乾いた声を漏らした。

画面を埋め尽くす、可憐な少女たちからの「いいね」の嵐。

かつての彼なら、狂喜乱舞して飛びついていただろう。

だが、今のコウタには見える。

あまりにも返信が早すぎる、あまりにも話が出来すぎている。

プロフィール文の行間から滲み出す、機械的な「おびき寄せ」の匂いが、鼻をつく泥のように感じられた。


「結局、俺みたいなハンターに寄ってくるのは、運営のシステムか、俺の装備を剥ごうとするカモリストだけなんだな」


彼は、届いたばかりの『寂しいから今すぐ会いたいな』というメッセージを、吐き捨てるように削除した。

期待という機能が、自分の中で死んでいくのを感じる。

それでも、指は止まらない。

何か、自分を決定的に破壊してくれるような、本物の「毒」を求めて、彼は画面をスワイプし続けた。


隣の席で、カナが小さく舌打ちをした。

彼女は、自分に向けられた、下品で剥き出しの「種子への渇望」を、憎しみを込めてスクロールしている。

二人の間には、一言の会話もない。

だが、二人が見つめる魔導端末の光だけが、同じ青白さで、二人の横顔を等しく残酷に照らしていた。



「……どうせ、全部嘘なんだろ」


家に戻ったコウタは、明かりもつけずにベッドへ倒れ込んだ。

泥のついた装備を脱ぐ気力さえない。

手元に残ったのは、微かな魔力を放つ端末と、そこから溢れ出す偽造された愛の残骸だけだ。


画面をスクロールする。

煌びやかな自撮り、甘ったるい誘い文句、騎士団員に群がるサクラたち。

それらすべてが、今のコウタには不快なノイズでしかなかった。


「だったら、もう……これでいいよ」


コウタの指が、検索条件の最底辺を叩く。

顔写真なし。

自己紹介文、未記入。

登録したばかりか、あるいは世界に絶望して放置されたかのような、空白のプロフィール。


そこには、もはや「誘惑」の意図すら感じられない、無機質な黒いアイコンが並んでいた。


「お前も、俺と同じで何もないんだろ……?」


コウタは自嘲気味に笑いながら、その中の一人、「カナ」という名のアカウントに指を置いた。

期待なんてしていない。

返事が来るはずがない。

ただ、この虚無感を誰かにぶつけずにはいられなかった。


「いいね」を連打する。

一回、二回、三回。

魔導端末が、その執拗なタップに悲鳴を上げるように細かく振動する。


「こいよ。サクラでも、システムでも、なんでもいい。俺を、もっと惨めにさせてくれよ……!」


返信を待つためではない。

自分を拒絶し、無視し続けるこの「空白」こそが、今の自分にはお似合いだ。

コウタは画面を睨みつけたまま、狂ったように親指を動かし続けた。


その時。

死んでいたはずの端末が、かつてないほど激しく、心臓を抉るような不快な音を立てて震えた。


『通知:マッチングが成立しました』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ