104話
リュシウスが部屋を後にすると――
入れ替わるように、雪崩れ込む勢いでリセをはじめとする使用人たちがやって来た。
口々に伝えられる心配と安堵、そして感謝の言葉。
その勢いに、アナイスは思わず苦笑を漏らしながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
そしてその後。
痛む身体を押して、アナイスはノエランの部屋を訪れたのだが――
ノエランはアナイスの姿を見るや、スカートの裾をぎゅっと握りしめ、離そうとしない。
もう片方の手では、セルディアンのシャツを掴んでいた。
夕食の時間や夜の支度の際には、なんとか手を離してくれたものの――
それが終わればすぐに駆け寄り、再び二人の服を掴んで離さないのだった。
まるで、二人がいなくなってしまうのを恐れるかのように。
ノエランに捕まえられたまま、アナイスとセルディアンはそのまま部屋へとやって来ていた。
窓の外はすっかり暗闇に包まれて、時計の針は、とっくにノエランの就寝時間を過ぎていた。
「ノエラン様、もうお休みの時間ですよ?」
足元にしがみつくノエランの背を、アナイスは優しく撫でる。
しかしノエランは、嫌々と首を振るばかりだった。
「ノエラン、ほら。手を離しなさい」
隣でアナイスを支えるように立つセルディアンが、静かにたしなめる。
そのシャツの裾は――
しっかりとノエランに握られ、皺だらけになっていた。
その様子に、アナイスとセルディアンは顔を見合わせ、思わず苦笑する。
アナイスは目線を合わせるように膝をつくと、握られた手をそっと撫でた。
「ノエラン様、寝付くまでお傍におりますから、ベッドへ行きましょう?」
優しく諭すような声音にも、ノエランは小さく首を振る。
珍しい反応に、アナイスは困ったように眉を下げた。
「……いっしょに」
しばらくの沈黙のあと、ノエランが小さく呟く。
「いっしょに、寝てください」
アナイスと――そしてセルディアンを見上げる。
「三人で、いっしょがいいです……」
「さ、三人……ですか?」
今にも泣き出しそうな瞳に胸を痛めながらも、セルディアンと同じ寝床に入ることへの戸惑いが拭えない。
どう返すべきか迷うアナイスをよそに、セルディアンはひとつ息を吐いた。
「分かった。三人で寝よう」
その一言に、ノエランの表情がぱっと明るくなる。
今まで決して離そうとしなかった手が、するりとほどけた。
「ほんとですか? 朝もいっしょですか?」
「ああ」
セルディアンは目元を和らげると、ノエランを抱き上げ、ベッドへと運ぶ。
そっと横たえると、安心させるように軽く頭を撫でた。
その後ろ姿を呆然と見つめていたアナイスのもとへ、セルディアンが戻ってくる。
そして、耳元に顔を寄せ――
「ノエランが寝入るまで、付き合ってやってくれ」
戸惑いを察した、ささやかな気遣い。
かすめる吐息に、アナイスの胸が大きく高鳴る。
赤くなる顔を隠すように俯くと、セルディアンが小さく笑う気配がした。
次の瞬間――
セルディアンはアナイスを軽々と抱き上げた。
「きゃあっ!」
驚いて、反射的にその首へしがみつく。
「お、降ろしてください……!」
恥ずかしさに身じろいだ途端、全身に痛みが走り、アナイスは思わず顔をしかめた。
「怪我人なんだ。大人しくしていろ」
呆れたように言いながらも、その声音はどこか優しい。
セルディアンはそのままアナイスをベッドへと運び、そっと横たえた。
「へへへ」
同じ目線になったアナイスを見て、ノエランは嬉しそうに笑う。
セルディアンはそんなノエランの頭を優しく撫でると、部屋の明かりを落としていく。
徐々に暗くなっていく室内。
その静けさの中で、アナイスの胸の鼓動だけがやけに大きく響いていた。
「ほら、もう寝なさい」
ベッドへ潜り込んだセルディアンがノエランの肩を優しく叩く。
「へへへ」
ノエランは、アナイスの顔を見たあと、セルディアンを見遣る。
やがて、満足そうに微笑んだまま、ノエランの瞼はゆっくりと閉じられていった。




