102話
アナイスは、セルディアンの話に静かに耳を傾けていた。
時折、光馬騎士団の面々の姿が脳裏に浮かび、呆れたように――けれど嬉しそうに微笑んでいた。
「光馬騎士団の騎士達は今……?」
「セリオン領に戻っている」
「よかった……。彼らを待ち侘びているのは、私だけではないですからね。」
十五年前、光馬騎士団はセリオンの地を離れざるを得なかった。
彼らの帰りを、長い間待つことしかできなかった家族達。
今頃、ようやく果たされた再会に、喜び合っていることだろう。
「公爵様。彼らの帰る場所を取り戻してくださって、本当にありがとうございました」
アナイスは膝の上でそっと手を握りしめ、セルディアンを真っ直ぐに見つめた。
「……帰ることができなかった者も、出迎えることができなかった者もいるがな」
そう告げるセルディアンの瞳には、憂いが浮かんでいる。
異国の地で、故郷への帰還を誓いながらも、志半ばで倒れた騎士たち。
荒廃していくセリオン領で、必死に待ち続けながらも、力尽きた者たち。
その数は、決して少なくない。
けれど――
「……公爵様が、真っ先に手を入れてくださったのは墓地だと聞きました」
それは、セリオン領を訪れた際、領民達が教えてくれたことだった。
食べることに精一杯の彼らには、亡くなった者を弔う余裕などなかった。
けれど、ルヴァルティエから送られてきた職人達は、真っ先に立派な墓石を建ててくれた。
それは――
多くの戦場を駆け抜け、多くの死と対峙してきたセルディアンだからこそ、死者を丁重に弔う責任を知っていたからだった。
「……会うことは叶わなくとも、祈りを捧げる場があるというだけで、残された者は救われます」
アナイスがそっと微笑むと、セルディアンはその言葉に静かに頷いた。
「お兄様もセリオン領に?」
アナイスは、不意に浮かんだ疑問を口にした――その時。
扉の向こうが、にわかに騒がしくなる。
その喧騒に、セルディアンは口元をわずかに引き上げた。
「噂をすれば、だな」
「え?」
アナイスが首を傾げた瞬間――扉が勢いよく開かれる。
「アナイス様!!」
真っ先に飛び込んできたのは、ノエランだった。
一直線にアナイスの元へ駆け寄る。
「アナイス様! アナイス様……!」
何度も名を呼ぶその瞳からは、涙が溢れていた。
ずっと泣き続けていたのだろう、目元は赤く染まっている。
セルディアンもアナイスもいない中、不安で仕方なかったに違いない。
そう思うと――
一緒にいられなかった申し訳なさに、アナイスの胸が切なく痛む。
アナイスがそっと頭を撫でると、ノエランはそのままベッドに顔を伏せてしまった。
その後に続いたのは、不機嫌な顔のウィル。
「まったく……なんでお前は、いつも危険な場所に突っ込んでいくんだ」
腕を組み、眉間には深い皺。
それは、アナイスを心配しているがゆえの表情だった。
「“暴れ馬”と渾名される光馬騎士団のお嬢様らしいですね」
ウィルの後ろから顔を出したカリスが、肩を竦めてみせる。
「ははは……」
アナイスはカリスの言葉に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
光馬騎士団はその麗しい見目に反し、喧嘩っ早い。
そんな彼らのことを、周囲はその名に掛けて“暴れ馬”と呼んでいた。
アストラ連邦で彼らと対峙し、その実情を目の当たりにしたカリスの言葉には、疲れと重みが滲んでいたのだった。
そして――
カリスの後ろから、ゆっくりと姿を現したのは。
「……お兄様」
「アナイス、久しいな」
リュシウスはじっとアナイスの顔を見つめた後、短くそれだけを告げた。
十五年ぶりの再会にしては、あまりにもあっさりとした挨拶。
けれど、アナイスよりわずかに濃い紫の瞳には、確かな喜びが滲んでいた。
最後に見た兄の姿より、背は大きく伸び、声も低くなっている。
それでも、あの頃の面影ははっきりと残っていた。
「……それだけか?」
堪らずウィルが口を挟むと、リュシウスは静かに視線を向ける。
「……私は口下手なもので、父上」
「ち、父上?!」
思わぬ呼び方にウィルは目を見開く。
だがリュシウスは、何がおかしいのか分からない様子で首を傾げた。
その仕草は、アナイスにとてもよく似ている。
「……アナイスの父であるならば、兄である私にとっても父です」
「いや、そう……なるのか?」
淡々としたリュシウスの調子に、ウィルは完全に呑まれてしまう。
頭をガシガシと掻くと、くるりと踵を返した。
「とにかく、アナの顔が見られてよかったよ」
そう言い残し、部屋を出ていく。
その横顔には、安堵の笑みが浮かんでいた。
その後を追うように、カリスも続く。
部屋を出る直前、くるりとアナイスへ向き直り、丁寧に頭を下げる。
「ルヴァルティエを守ってくださり、感謝します」
それは、この地に生きる一人としての、心からの言葉だった。
その想いを受け取ったアナイスは、穏やかに微笑む。
その横顔を見つめていたセルディアンは、未だベッドに縋り付くノエランをそっと抱き上げた。
離れたくないと涙を浮かべるノエランの頭を、アナイスは優しく撫でる。
「あとで、お部屋にお邪魔してもいいですか?」
「……」
セルディアンに抱かれたまま、ノエランはこくりと頷き、その胸にしがみついた。
その背をあやすように優しく叩くセルディアンは、誰が見ても父親の姿をしていた。
その様子に目を細めるアナイス。
視線が合うと、セルディアンもまた、わずかに目元を緩めた。
「積もる話もあるだろう。……ゆっくり過ごせ」
そう言い残し、セルディアンとノエランは静かに部屋を後にしたのだった。




