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第三章 その6

「本当に雪が多いのですね」

馬車の窓から見えたクレイヤーの雪景色にミヨは感嘆の声を上げる。アイシアもどこか楽しそうに銀世界を眺めていた。

「オフィーリア。貴方はここの出身なの?」

ふいにアイシアが聞いてくる。オフィーリアは懐かしい景色に目を細めながらも、首を振る。離れたのはつい最近のことであるのに、ここ最近の目まぐるしさに時間の感覚が曖昧になっていたようだ。

「私はここより北のゴルゴットという地に生まれました。ここへは出稼ぎに」

「ふうん」

アイシアは興味なさげに生返事をして、御者に止まるよう指示を出す。街の広場に馬車が止まって、三人は白い大地に足を踏み出した。冷たい風が外套の隙間を縫って入り込んでくるのがくすぐったい。

馬車からエスコートされながら降りたアイシアは、一面に広がる石畳に首を傾げる。

「変ね。人っ子一人いないわ」

広場には町の人々はおろか、兵士の人影もない。店は残らず閉まっている。家屋に人の気配がするのみだ。

「誰もいない……?」

冬でも人が集まりマーケットに集会にと騒がしいはずだというのに、静かで仕方がなかった。ミヨもアイシアもそれを大きな違和感とは捉えていないようだが、それでも街というには閑静すぎる場所に頭を捻っていた。

「オフィーリアさん、領主さまの邸宅はどちらに?」

「その坂を登った先です」

アイシアは無言でクレイヤー邸に足を運び、その後ろをミヨとオフィーリアはついていく。ミヨは街中を見回している。

「もともと人の少ない街なのですか?」

「いえ、そんなことは。賑やかというほどではないけど、いつも人はいましたよ」

領主の邸宅へ足を運べど玄関門に警備は立っていない。オフィーリアは首を傾げドアを三回ノックした。

「……おかしい。領主の邸宅というには人の気配がありません」

ミヨが眉を顰めた。三人は視線を巡らせ、ミヨとアイシアは構える。オフィーリアはエプロンスカートのしたから金色に輝くナイフを取り出した。ミヨとの契約で生まれた産物はオフィーリアの護身に役立っている。

「なに、そのナイフ。魔道具?」

「そんなところです」

アイシアの問いを有耶無耶にしつつ、オフィーリアは慎重に扉を押し開けた。

「ごめんください」

真っ暗なエントランスホールが目に入る。

「誰もいません」

「入りましょう」

ミヨが扉を音を立てて開いた。その場にバン! という音が響き渡る。

「……どうして誰もいないの」

音が聞こえて飛んでくる侍女の一人でもいていいというのに、影が動く様子もない。

「オフィーリア、クレイヤー夫妻がいるとしたら」

「執務室か寝室、あとは中庭と食堂です。この時間なら、たぶん執務室かと」

「案内して」

アイシアの表情が色を変える。オフィーリアはエントランスの奥に見える階段を駆け上がる。記憶を総動員して執務室に走り込んだ。

「旦那様、奥様! いらっしゃいますか!」

執務室の扉は鍵をかけられ固く閉ざされていた。ドアノブをがちゃがちゃ弄りながら声を掛けるが返答はない。

「いくら昼とはいえ、屋敷の中が暗すぎます。緊急事態でしょうか」

ミヨが廊下の壁に飾られた火の灯っていない燭台を見上げた。オフィーリアは扉に体当たりするがそれでも開かない。

「駄目です」

「仕方ないな」

扉の前で項垂れるオフィーリアを押しのけ、アイシアが立つ。両手を前に差し出すと魔力が迸る。

「押し出す魔法エクストラジオン!」

閃光とともに魔法弾が扉を無理やりに押し開いた。ノブが飛んであらぬ方向にはねる。ガシャンと何かが割れる音がした。砂埃を払い目を開ける。手にした黄金のナイフの切っ先を扉の奥に向けた。砂粒が払われて視界が明瞭になる。

「……は?」

現れたのは異様な光景だった。飛ばされたノブにぶつかって割れたであろう花瓶が、瓦礫の一部となって崩れ去っている。執務室に飾られていたはずの無数の調度品は瓦礫の下に埋もれたか、壊れたか、はたまた盗まれたか姿形もない。豪奢な獅子の燭台はあしらわれた獅子の瞳が抉られている。床にも壁にも天井にも傷、傷、傷、そして焦げ目と染み。オフィーリアの心臓が早鐘を打つ。窓ガラスの割れた向こうから冷たい風が吹き付けて、雪が積もりかけた窓のそばに引きちぎられた鎖が転がっていた。その鎖の落ちた床の右側、木と石で出来たシックな文机。その上に、

「旦那様……!?」

バロット・クレイヤーの死体があった。背後から大きな斧を背中に突き立てられている。オフィーリアは駆け寄ろうとしてミヨに制された。

「入ってはなりません!」

強い語気にオフィーリアが動きを止めると、アイシアが右手を振って部屋全体に魔法をかけた。

「検分の魔法インスペクシオン

へたり込んだオフィーリアをミヨが無理やり引き上げる。バロットの右腕は文机のこちら側にだらりと垂らされていた。助けを求めているように見えてオフィーリアは一歩後ずさる。

「酷いわね。魔法、魔法、魔法だらけよ。武器……いや、魔道具ね。それもかなり高性能の。他には……ああ、これは抵抗の跡か」

奥様は。咄嗟に浮き出たべトリー・クレイヤーの顔は血色と化粧が濃い。奥様を探しますと半ば叫ぶように執務室を離れた。早鐘を打つ心臓を無視して足を動かす。行く先はべトリーの私室。記憶を思い出す前のオフィーリアが、いつも宝石を磨いていた部屋。扉を開け放つと、風。

「おく、さま……」

冷たい沈黙がオフィーリアを支配する。こちらに背を向けた恰幅のよい体は大きく傷が入っていて、膝より下は倒れた本棚に潰されている。べトリーの死体の手前には彼女が大切にしていた宝飾品の入れ物だけが転がっていた。部屋のどこを見ても宝飾品の形はない。

「オフィーリアさん」

背後からミヨに声をかけられた。

「ミヨ……副隊長」

「今、アイシアが屋敷の中を見ていますが……その方は?」

「奥様、べトリー様です……死んでいます」

「……そうですか」

ミヨは無言でべトリーの死体に近づいた。そばに跪き、顔を一つ撫でる。瞼を閉じさせたのだとわかった。

「ミヨ副隊長。他に……生きている人間は」

つかえながらも、なんとか声を絞り出す。ミヨは振り返らなかった。ただ魔法でべトリーの死体を検分している。

「わかりません。一階の食堂に、使用人の死体が積み重なっていました」

オフィーリアの脳裏に甦るダリアの花のような微笑み。最悪の光景を想像して、朝餉が喉まで昇ってきた。

「友達、が、いないか、探してきます」

「あまり無理はせずに」

ミヨの声が遠く聞こえる。吹き荒ぶ風で冷えた息が廊下に吐き出されていく。

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