第三章 その5
「ヴァイオレット・トワイライトがまた詰所にね」
ミナミは心底面倒そうに、羊皮紙を文机に投げた。窓枠に座り外を観察していたアンリもため息をつく。
「あの子たちからの報告が曖昧なのが気になるわね。ねえ、ラピスからの報告は?」
「なんか色ボケてるよ」
ミナミがアンリに差し出したものはラピスからの報告書。簡潔な文面で必要事項だけを伝えてくるはずのそれは、余計な文章が散見される。
「まさかターゲットに惚れたの? あの仕事人間が?」
「さあね。とりあえずヴァイオレット・トワイライトに会おうよ」
「……そうね。革命の気配もあることだし、第二王子殿下に取り入るのは悪いことではないわ」
二人の団長が立ち上がり、執務室を出ていく。
一方、ヴァイオレット一行と離れアイシアと行動を共にするオフィーリアは、グレンツィアの様子に違和感を感じていた。
「なんだか活気がありませんね」
「聖夜祭でメルーアの下の娘が死んで以来、ずっとこんな感じよ」
「レシュア様は人気がありましたものね」
ミヨがアイシアに同意を示す。オフィーリアの脳裏にあの死体の姿が蘇った。
「ヴァイオレット様は無事に成功するでしょうか」
「大丈夫よ。それより私たちはこちらに集中しないと」
アイシアは馬車を急がせる。向かうはクレイヤー領、ガルスム。オフィーリアの手には一通の手紙。差出人の名はダリア。
「それで、王国騎士団がクレイヤー領に現れたってのは本当なの?」
「はい。ガルスムにいる友人からその旨を記す手紙が送られてきました」
起き抜けのオフィーリアにジェゼールは手紙を渡してきた。それはダリアから送られてきた文通の返信。王国騎士団がクレイヤー領に大挙してやってきて、外出を自粛せざるを得ないという内容がつらつらと記されていた。それを見たミヨがアイシアに連絡し、こうして三人でクレイヤー領に向かっている。王立魔法士団取り入れの最後の仕上げに、ヴァイオレットたちとはグレンツィアで別れた。オフィーリアは自身の第六感が告げる嫌な予感に、寒気を覚えた。「ゲーム」にないイベント。「ゲーム」にない設定。これ以上、トラブルがあっても困るのだ。
「今日は貴方がたに紹介したい方がいるの」
「おや、素敵なサプライズですわね」
ヴァイオレットの開口一番に、アンリは優雅な微笑みで返す。王立魔法士団詰所の応接室には張り詰めた空気が漂っていた。互いの思惑と視線が交差する。
「入っておいでなさい」
ヴァイオレットが扉に声を掛けると、静かにそれが開く。そして中に人が入る。それを見たアンリとミナミはこれまでにない動揺を見せた。
「ハーミー……!?」
ハーミー、とは渾名だろうか。ヴァイオレットは手のひらで口元を隠し目を細める。クリスティーナは背筋を伸ばし、堂々たる歩みで隊長二人の前に立ちはだかった。
「お久しぶり、アンリ、ミナミ?」
「ハーミー、なぜ貴方がヴァイオレット様と?」
「順を追って説明いたしますわ。でもまずは、謝罪ですわね」
ヴァイオレットとクラウンが腰掛けるソファの横、スカーレットが座る二人がけ。そこに腰掛けたクリスティーナは、足を組んで真剣な顔を作る。
「出会ってからずっと、嘘をついていました。あたくしの名前はハーマイオニー・エルスコフではなく、クリスティーナ・スタラミー」
ミナミがぴくりと肩を跳ねさせる。アンリは瞠目していた。
「スタラミーって、ジェッタと同じ苗字?」
「その反応をするということはやはりジェッタ・スタラミーは王家と繋がりがあるのね」
ヴァイオレットの呟きが耳に入らなかったのか、それとも無視したのか。どちらからも返答はない。それを崩したのはクラウンの一声。
「すまないが、クリスティーナ嬢。私は何があったのかわからなくてな。説明してくれないか」
「かしこまりました、第二王子殿下」
クリスティーナは恭しく礼をした。アンリはまだ驚きを露わにしていたが、ミナミは態度を落ち着かせる。
「あたくしはスタラミー家の一人娘でした。お父様、ジェッタ・スタラミーに命じられ、貴方方と同じ魔法学院に入った」
「その時の偽名がハーマイオニー・エルスコフということなのね」
「理解が早くて助かりますわ。そして卒業後、あたくしはお父様について世界各地の呪いを収集しましたが、些細なことでお父様と決別したんですの」
「些細なことって?」
アンリがハンカチで額に伝った汗を拭いながら言う。クリスティーナは少し考えたあと、自身の左の手の甲を差し出した。その指には何もない。
「政略結婚」
「ああ、なるほどね」
ミナミは合点が言ったようだった。クラウンは何を思ったかヴァイオレットをちらりと見る。ヴァイオレットはクラウンに微笑んだ。彼は胸を撫で下ろす。
「だから、側近を連れて家から逃げ出そうとしたんですの」
「側近は? 私たちの知っている人?」
「キラ。当時の名前はグレフ」
「ああ、彼。彼も偽名だったのね」
アンリはソファの背もたれに身を投げ出し、天井の板目を見つめる。クリスティーナは淡々と続けた。
「この国はお父様の母国でありながら、お父様は入れない。だからノーザンに逃げ込んだというのに、お父様は密入国し、キラを捕らえた」
「密入国? そんな通報入っていませんよ」
それまで静かに話を聞いていたスカーレットが口を挟む。ミナミが突然大きなため息をついた。
「ジェッタ・スタラミーは王家と繋がっています。それはあなたたちもご存知では?」
「そうね。でなければここにハーミー……クリスティーナを連れてきたりしないわ」
ミナミとアンリが矢継ぎ早に繋いだ言葉をヴァイオレットは首の動きだけでそれを肯定した。
「その後スタラミーの親戚にあたるこの国の伯爵令嬢、アイシア・ヘンシークスから交渉を持ち掛けられましたの」
「アイシアちゃんから? また懐かしい名前ね」
「アイシアは言いましたわ。キラを助け出すことが出来たら……革命に協力してほしいと」
刹那の言い淀みを感じさせず放たれた言葉に部屋の空気が再び張り詰める。ヴァイオレットは思わず首を竦めた。アンリとミナミ、二人の放つプレッシャーが押し潰すような圧を持つ。
「革命?」
ミナミの声が重苦しく響いた。ヴァイオレットはクラウンの服の裾を人差し指で引っ掛けたあと、力強く頷いた。
「アンリ、ミナミ。この国の新たな未来を切り開くため、ヴァイオレット様に協力してくださいまし」
「ハーミー、無条件で私達が協力すると思ってるの?」
「無論。だって貴方達はあたくしに甘いもの」
無限にも一瞬にも感じられる見つめ合いは、アンリのため息とミナミの悪態で引き際となった。
「……報酬なしにはやりません。それ相応の報酬が?」
「革命が成功した暁には報酬として、そうですわね。大臣の座、などいかが?」
「悪くはない。でもそれは私達の主を裏切る程ではないですね」
「ではそれぞれに領地も」
「それはもう持っています」
ヴァイオレットが次に出す手札を脳内で吟味していると、その瞳をクラウンの大きな掌が覆った。
「では、ジェッタ・スタラミーの遺産相続などはどうかな?」
「殿下、」
ヴァイオレットの制止を聞かず、クラウンは前のめりになる。
「クリスティーナ・スタラミーは既に遺産相続の権利を放棄した。王宮と繋がる彼の遺産ならば、国王ならば好き勝手できるよ」
アンリとミナミの瞳が爛々と輝いたような気がした。
「なんなら、彼の集めた呪いを研究する専用の機関も創設しようか。どうだい?」
クラウンの最後の後押しは、効いたようだ。ミナミの顔が綻ぶ。
「……仕方ない。他でもないハーミーの頼みだ、やってやろうじゃん?」
「ミヨちゃんとヨウナちゃんを籠絡されてる以上、渋るわけにも行かないかもね」
渋渋といった口調で、だがあまり嫌そうにせず、アンリとミナミは存外あっさりと頷いた。これで、駒は揃った。
「さて、ヴァイオレット・トワイライト様。貴方にはとても感謝しなければならないようですね」
「あら、何を?」
「ハーマイオニー・エルスコフ……いや、クリスティーナ・スタラミーか。彼女と私達の巡り合わせを繋いでくれたこと」
「ミナミ・リャベスト、貴方案外気障なのね」
「お気に障りましたか?」
「いえ全く。そういうところ、好みだわ」
ヴァイオレットは瞳を一度伏せ、クリスティーナに向ける。クリスティーナは自信満々といった風に勝ち気な笑みを見せた。
「言ったでしょう、ヴァイオレット・トワイライト。彼女たちはあたくしに任せなさいってね」
「最前の選択だったわ。……さて、オフィーリアはそろそろクレイヤーに付く頃かしら?」




