表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の運動方程式  作者: 見開き7頁
二章 魔力の奔流の入り口にて
26/66

リタの見たもの聞いたもの

 まばゆい光に閉じた目を開いたリタは、虚空に浮かんでいることに気が付いた。何も見えないので自分が目を開いているのか閉じているのかも分からないような気がした。

 何かを見つけようと目を見開いたが、しばらくして乾いてきたので目を閉じた。少し目が痛くなった。

 じっくり瞳を潤わせて再び目を開くと、目の前に一人の少年が立っていた。まだ五歳くらいだろうか。大きな紙のようなものを持って何かを呟いている。

「どうしてたかし君は一緒に家を出なかったんだ・・・たろう君が歩きじゃなくて自転車だったらどうするつもりだったんだ?」

 知らない言語だが、意味は分かった。おそらく出発の時間で一悶着あった後なのだろう。

 少年が紙を便利そうな黒くて四角い鞄に片付けて歩き始めると風景が生まれ始めた。だが殆どがぼやけていて形が分からない。はっきり見えるのは少年の正面だけだった。

「彼が見ている範囲だけがはっきり見えるのでしょうか」

 彼が右を見ると右側がはっきり見えたので、きっと正しいのだろう。ここは街なのだろうが、地面が全て黒光りする石で出来ている。ここまでの経済力がある都市をリタは知らない。

「おーい、雅ちゃん!」

 ふと後方から女の子の声がした。ミヤビという子を呼んでいるらしい。その声に反応して男の子が振り返った。どうやらこの子はミヤビという名前のようだ。

「あ! 海南(かいな)ちゃん、ぼくの事雅ちゃんって呼ぶの止めてよ! ぼく男の子なんだから!」

「やー、雅ちゃんは雅ちゃんなのー!」

「えー!? じゃあ、どうしたらいいの?」

「えーとねー?」

 女の子が雅少年に耳打ちすると、彼の顔は真っ赤になった。その声は、聞こえない距離にいる筈のリタにも聞こえた。

「あたしの、だんなさんになって?」

 しばらくして、二人は楽しそうに歩いて行った。


 周囲にノイズがかかって場面が変わった。

「ここは、家、でしょうか?」

 リタにとっては見た事のない奇怪な部屋だった。映像の流れる箱、気軽に点く照明、壁に並んで開いた豚の鼻のような穴、何より、貧乏な人が住むような広さであるにもかかわらず、貴族よりも快適な生活を送れるような環境がある。

 そこにあるふかふかの椅子に先ほどの少年が座っていた。

 彼の思念がリタに流れ込んで来た。

 どうして海南なのか、どうして彼女が事故に巻き込まれて死ななくてはいけなかったのか。いや、死体を見たわけじゃないから行方不明なのだ。なんで彼女だけ消えたのか。

 どうして、彼女がこんな目に遭わなくてはいけなかったのか。

 映像の流れる箱を見ると、内容が頭に入って来た。ヒコウキという空飛ぶものが事故にあって、乗員は全員死亡した。着陸時の事故だったので物品はそこまで散らばっていなかったのだが、見つかるはずだった遺体が一人だけ見つからないのだそうだ。見つかっていないのは谷口海南(たにぐちかいな)というニホン人の十歳の女の子。雅を見るに、先ほどの女の子と同一人物だった。

 そこからは、苦痛だった。近親者として空港に着いて行き、花を供えたり、捜索願を出したと聞いたり、捜索が打ち切りになったり。

 しかし高校、という学校に入った後、ある人物との出会いがあった。その人は飛行機の開発をしている人で、休暇を使って日本に来たのだという。彼と雅が出会ったのは例の空港だった。墜落した飛行機の主任開発者らしかった。


 彼と雅は、色々な話をした。技術や、科学の事は分からなかったが、彼の飛行機への情熱、海南の事、雅の事。

 パズルのピースがはまったように、雅は工学の道に進んだ。

 そして大学に入って、夏休みを迎える。彼は友達と共に東京という日本の首都に旅行に行った。目的は観光で、男五人で大きな娯楽施設、着ぐるみがたくさんいる所に行ったり、アキバとかいう街に行ったりした。

 リタはそのシーンに口をわなわなとさせて衝撃を受ける。

「あ、ああ・・・あれは、め、め、メイドじゃないですか!? どうしてこんなに沢山いるのですか!? 実は日本ではメイドが立場を得ているのでしたか! 是非行ってみたい!」

 雅はメイド喫茶に行っていないので(なんと勿体無い)メイドの記憶は無かったが、リタは視界の隅っこにあるぼやけたメイド喫茶を見つめて鼻息をふんすふんすとさせていた。最早教育係として来たあの時や先程までのクールさは残っていなかった。

 そして夏休みの後半、実験が行われた。

 彼は死んだ。その光景もリタはまた見たのだが、彼女には死因に魔力が関係しているとしか分からなかった。どんな魔法なのかは分からなかった。ただ倒れただけの様にも見えたが、魔力の気配を感じた。

「そういえば結局、あの子は誰だったのでしょう?」

 これまで見てきていて分かったのだが、彼は黒野雅という姓名らしい。死亡したのは十九歳で、住んでいた国は日本にほんだ。

 名前の感じも、国も、街並みも、家も、人々の顔の雰囲気も、何もかもが、今までに見たり聞いたりしたことのないものだった。

「夢だと思っていたのですが、こんなものは知りませんし、天啓というやつでしょうか?」

 周囲にノイズが走り、今度は神殿のような所に立っていた。

「これは・・・見たことのない神殿・・・いや、どこかで・・・?」

 一瞬遅れて、雅の姿が現れた。

「彼がいるという事は、死後の世界でしょうか」

 玉座のようなところを見つめながら考えていると、いつの間にか細身の青年が座っていた。思えば最初からいたような気がしなくもない。

「こんにちは。黒野雅くん。歓迎するよ」

 リタはそこはしては駄目でしょうと内心突っ込んだ。

 そして先程までのビジョンで毎年の様に登場していたコタツというものが登場したり、みかんを出したり、心を読んだり、どう死んだかなどを話したり、ちーと? というものが無いとかなんとかで悲しんだりして、唐突に視界が暗転した。

 そしてまた見たことのあるような場所に移動した。

「あ、ここは童話に載っている・・・何でしたっけ。あ、『エルデの間』ですか!」

 あのお話は楽しかったなと子供時代を思い出したリタだが、そこにいる人物を見て驚くことになる。

 そこにいたのは先程の青年、神と言っていたが、より少し偉そうな青年と彼女と先程握手したっきりまだ見かけていない、ミヤフィ=ダールグリュンのような女の子の赤ん坊だった。

「あれ、ミヤフィ様? おかしいですね。流れからして雅くんがいると思っていましたが」

 考えていると彼女は先程の様にみかんを出した。リタも習って演劇を見る時のお供の定番、爆発玉蜀黍(ボンドコーン)を生み出す。折角なので塩を出して振りかけた。塩味が効いたサクサクの食感が美味しい。

「何かの間違いか?」

「それは君が転生して赤ん坊からやり直すからだ。ミヤビ=クロノ君。いや、ミヤフィ=ダールグリュンちゃん。君転生の意味を間違えてないか?っていうか間違えてたよね。見てたよ」

「えっ?」

 落として全部溢した。

 それからオダワラとの戦いが終わるまでの内容は全く頭に入って来なかった。

 そして、オダワラとの最後の戦いとダールグリュン夫妻との別れが終わってからやっと一言。

「ミヤフィ様って色々な事に巻き込まれて、可哀想です。それに最後の空間は一体・・・?」

 木魚四回と金物一回の後、この空間もそれと同じなのだと理解した。先程までのビジョンとあの空間は同じようなものなのだ。



「リタさん・・・目が覚めた?」

 急に後頭部ふかふかの感触を感じたリタが目を開くと、見えたのは自分を顔がぶつかりそうな程に覗き込むミヤフィだった。

 その額に軽く口付けをして、彼女を強く抱きしめる。リタの瞳は涙に潤んでいた。共感の涙である。

「なっ!?」

 ミヤフィは蛸の様に茹で上がった。酸素濃度が低い水中にいる魚のように口をパクパクさせている。

「ミヤフィ様・・・見ました。あなたの記憶を。今まで、お辛かったでしょう。大切な人を失いすぎです。日本にも大切な人は沢山いたご様子なのに、人に当たらず、私にも優しくしていただいて」

 ミヤフィは「それ見てきてその反応だったの!?」と驚いて、すぐに哀しそうな顔をした。

「リタさん、貴女も、見たんですか・・・? あ、貴方だって辛い思いをして来ているじゃあないですか!」

 どうやらミヤフィ様も私の記憶を見たようだ、リタは過去の黒い歴史を思い出して泣きたくなってきた。恥ずかしさに心臓が暴走し始めた。

 そして辛かったあの出来事を思い出して、眉をひそめた。

「辛くなんて、ないですよ。今は、貴女を見ている方が辛いです」

 ミヤフィがどれだけ辛かった事か。彼女も親を失った事があるので解る。

 だが、ミヤフィは笑い始めた。

「いいんです。私はお別れも出来ましたから。辛いですけど、心持ちはさっきよりましです」

「ですが」

「ママは今日くらい泣いて欲しいって言ってましたが、さっき十分泣きましたし、笑って送り出してあげましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ