40、プロダクション・メイクフェアリー
結局あれから先生の追跡を逃れた鹿野は、仲間が集まる場所、通称プラザ裏に行くことにした。
バスに乗って景色を眺めてると、しいちゃんのことが頭に浮かんで嫌な気分になる。
「あのブス、ちょっと頭いいからって。」
また先生に会ったら逃げる以外考えてない。
家に帰れって言われるのはウンザリだ。結局ここしか居場所がない。
親に不満は沢山あるし、何より姉と比べられるのが一番嫌いだ。
姉が何か言ったわけじゃないし、親が暴力振るうわけじゃ無い。
ただ、国立にストレートで入った姉の存在が、自分にはひどくストレスになっている。
私立や専門に入れるお金は無いからって、ママに冗談めいて言われて、あたしは笑い返しながら心は土砂降りの冷や汗だった。
あたしに国立は無理だ。
親と顔合わせるのが怖くなって、ママの財布からお金抜いて家を出ると、プラザ裏に行き、そして彼氏に会った。
泊まるとこが無いというと、気軽に泊めてくれたけど、3日目には布団の中に入ってきて……
大丈夫、ちゃんと愛してくれてる。愛し合ってる。
でも、 余計帰れなくなった。
後悔とかしてない。
でもあいつら、何か許せない。ムカつく。キラキラしてて、馬鹿みたい。
「鹿ちゃん、おひさ〜 」
さっそく同級生が、声をかけてきた。
ここに来れば誰かと会えるからホッとする。
「よう、あれ、何? 」
子供ばかりの場所に、1人古くさいヨレヨレのバックをたすきにかけた、サラリーマン風の男が何かを聞きまくって歩いていた。
「何か週刊誌だって。男の子の写真見せて、知らないかって聞き回ってる。
それがさ、隣のクラスの四季島みたいなんだよね。
知らないで通してるけど、しつこくて何かストーカーっぽい。
あいつ男のくせに可愛いから、ヤバいんじゃないかってみんな言ってるんだ。
ほら、背も小さいし、男子でも女の子みたいだし中学生に見えるだろ? 」
「へえ…… 」
顔を上げると、男はこちらへと向かってくる。
ストーカーだって? 男のくせに? 笑っちゃう。
あたしは立ち上がると、男へと駆け寄っていった。
グリーンのスポーツカーが、独特の低音のエンジン音を響かせ、町を駆け抜け一つのビルの地下駐車場に入る。
そこは、メイクフェアリーが入る複合ビルの一部だ。
ビルは親会社の所有で、駐車場から専用のエレベーターが付いている。
メイクフェアリーは小さなプロダクションだったが、過去Beエンジェの大ヒットで会社の業績は大きく伸びて巨大化し、相当の歌手俳優にモデルを抱える大手へと成長した。
だが、その後Beエンジェも引退し、売り出し中の新人歌手の薬物問題、スタッフの使い込みと立て続けで問題が起き、一時業績は谷のように落ち込み足下が揺らいだ。
社長が引責辞任し、Beエンジェのマネージャーだった春日井が社長となり、今の親会社に救って貰ったことで、ようやく業績も安定しつつある。
だがそれも、Beエンジェがらみで親会社の社長がファンだったからだ。
引退後も低空飛行で活動を止めていない現状に、再デビューの話を押してくるのはわかっていた。
だが、今の若者に、それはひどく納得出来ない事柄かもしれない。
グループ、グラスレビューのボーカル、ココナはその1人だ。
次の新曲は大々的にCMを打って売り出すと聞いていたのに、仲間からチャラになったらしいと聞いてすっ飛んできた。
「社長! マジ? ウソだろ? 今度の、大々的に流すって言ったじゃん! 」
「あー、ごめんココナ。ラジオCMとネットは流すから。
テレビだけ、お願い。予算、新人に譲ってあげて。
あっ、全部じゃないわよ? 深夜帯には流すし。
ゴールデンだけ、ごめんね? 」
「あ〜〜〜〜、いいMV出来たから、流れるの楽しみにしてたのに。
爺ちゃん婆ちゃんに話しちゃったよ、深夜帯なんて見れるわけ無いじゃん。
なんで? 新人に資金全部投入? 」
「全部じゃないけど…… 上からもかなりプッシュされてんのよ。
元々この事務所の恩人だし、彼がいなかったら、とっくに倒産してる。
だから、ね?
ごめん、ごめん、この借りはいつか返す。」
手を合わせて平謝りの社長に、新人と言われては折れるしか無い。
「なんだよ急に新人とか言い出すし、どんな奴? 挨拶もナシじゃん。
上がパトロンとか、マジむかつく! 特別扱いじゃん! 」
しいっと、社長が指を立てる。
「完全にシークレットだから。外で大きな声で言わないで。」
「言うなって言ってもさ、写真載ったので話題のあいつじゃねえの?
ここに籍残してるって言うのバレてるじゃん。」
結局、マリンとパパりんの写真は、顔を隠して本誌記事に掲載された。
ネットでは転載されてちらほら見るが、ボンヤリした写真にハッキリ写ってないので真偽で議論されている。
ミカエルは海外で暮らしているというのが、通説だったからだ。
「あ、あら、話題になったからって、いちいちデビューするわけ無いじゃないの〜 ほほほ! 」
「シャチョー、ウソ下手すぎ。さっき言ったじゃん、この事務所の恩人って。
でも40近いおっさんだろ? 踊るのもう無理だろうし、まともに歌えるの?
俺色々聞かれて迷惑してるんだけど。
演歌で出るって話、ほんと? 」
社長が、それを聞いて目をまん丸にすると、ぶーーーっと吹き出した。
「面白いわねー、うわさって〜 」
「社長―! お客さんでーす! 」
「はーい! あっ、こちらへどうぞ、わざわざお越し頂いて申しわけありません。」
ココナが声の方を向く。
ミカエルっておっさんかと思ったが、何かボーッとした冴えないスーツ姿の、2,30代の男だ。
結局何か、うやむやにされて、彼は事務所追い出された。
男はテレビで見たココナを、ドキドキして横目で追う。
本当に、ここは芸能事務所ってとこだ。普通に芸能人がいる。
デスクが並び、スタッフは思ったよりも多く、何か事務作業や電話を忙しくかけている。
雑多な事務所を想像していたけど、意外と書類も片づけられすっきりしている。
何人か仕事が終わったのか、声をかけて帰って行く。
そう言う時間だ。自分も終業後に寄っている。
男は居場所がないように落ち着かなかった。
社長が立ち上がり、にこやかに前に出てきた。
ビシッとした濃いグリーンのスーツが似合う、4,50代の女性だ。
「どうも、はじめまして。高瀬です。」
「ごめんなさい、お仕事に支障は出ませんでした? 」
「いえ、大丈夫です。帰りに寄りましたので。」
どうぞと言われ、ソファに男が座る。
すかさずお茶が出された。
「色々と、四季島家の事情はご存じのようですが。」
やっぱりその話かと、呼び出された雅史がため息を付く。
別れろと言われるか、会うなと言われるか、わかってる。
社会人と高校生との年の差の恋愛は、一般社会から見ると異常なんだ。
ここは別れるというのが正解だ。
俺は覚悟を決めてきた。




