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はじまりの刻 ~Shall we sweet?~  作者: 蒼良美月
第一章 出会い編
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6.菩薩様と犬

 それからの毎日はあっと言う間に過ぎていった。

 ただ、幸か不幸かわからないが、私はほんの少し前までは、現役の受験生だったわけで、これでも、第一志望は国内最難関国公立大学一択に向けて冬休みなどは1日10時間以上を受験勉強についやしてたわけで。

 結果落ちたのだが……

 そんな経緯もあり、試験に向けての勉強にはあまり苦痛には感じられなかった。


 そんな私の集中力に皆は最初は心配して何度も、交代で部屋で勉強している私の姿を見に来ていた。十時と三時のおやつの時間があるだけ、以前の受験前の追い込み時期に比べたら、この程度は何ら苦ではなかったんだけどなぁ……


「凛花、あんまり根をつめて無理をしてはいけないよ?」

 そう言って、養父が茶菓子の饅頭と茶を持って来てくれた。


「ありがとう、父様」


 熊男、もとい養父は「父様」の呼びにまだ慣れないようで、顔を真っ赤にして後頭部を掻き毟りながら、そそくさと部屋を出て行った。

 

 正式に「養女」の手続きを経た以上、いつまでも「女将さん」「熊男」いや熊男とは実際に本人には言ってはなかったが……「おじさん」と呼ぶのは流石に人目もあり、憚るので「父様」「母様」と呼ばせてもらうことにしている。



「どうだい? 凛花の様子は?」


「中将閣下、聡しい子ではあるとは思っておりましたが、ここまでとは、わたくしも流石に驚いております。そして、何よりもあの集中力と申しましょうか……身体を壊さなければ良いのですが……」


「そうか。それはちと心配であるな」

「今日はそんな凛花の様子を私以外にも気にしておいでの御方が……どうしても、と言われお連れ申し上げたのだが……」


 閉店後の店の周りにはひとけは少ないが、明らかに高貴な御方が使用するような、漆塗りに綺麗な貝殻や見事な蒔絵が描かれた馬車から一人の麗人が颯爽と舞い降りて来た。


「~君!」

 と、女将は言いかけて、ハッと自分の口元を咄嗟に押さえその後の言葉を飲み込んだ。

 顔面がすっぽり隠れる頭巾を頭から被り、艶やかな黒髪をなびかせながら、その麗人は独り言のように小声で呟く。


「息災か?」


 女将は頭部をたれたまま


「お久しゅう御座います」


 と、たった一言だけ答えた。


 覆面の麗人の後から、女将と中将閣下、一番後ろに亭主の李俊が続いた。

 二階の凛花の部屋の前につくと、中将閣下がいつもより少し大きめの声で


「様子見に来た。戸を開けるぞ」


 と、言いながら、その手はすでに戸に手がかけられていた。


「中将閣下、お見舞いありがとう御座います」


「凛花殿、中将閣下はやめて欲しいと先日言ったではないですか……」

 そう言いながら茶髪イケメン君が少し寂しそうに小声でボソボソと言った。


「そう申されましても、わたくしも困りますし、では右大臣様、中尉様、右大臣中将中尉様、どの呼び方が宜しいのでしょうか?」


 私はちょっと意地悪めいた顔で、目の前に座る茶髪のくりくり目の美男子に言った。

 最近よく見るようになったせいか、大変失礼ではあるのだが、この御方が、昔家で飼っていたトイプードルに見えて仕方がないのである……


 お手! と言えば出しそうな感さえしてきた。

 口が裂けてもそんなことは言えないが。国の最高権力者とも言える御方にそのようなことを言ったら打ち首どころではすまないであろう。


 そんなことを考えていたら、トイプードルの後ろから見慣れない麗人の姿が入口付近よりチラリとのぞいた。

 

その立ち姿は、この世のものとは思えない、何とも形容し難い姿だった。


陽炎(かげろう)? 天女?

 いや、違う。


 ── 光の君。光源氏。


 物語の中での架空の人物であることは、現代人にとっては周知の事実だったが、戸口に立つ()()を形容するなら「源氏の君」「光源氏」が一番しっくりくるだろう。と、絶対的自信があった。思わず、足が本当にあるのか確かめた。


 あった! 生きている!

 動いた! 


「失礼して良いですか?」


 鈴の音の如く軽やかな「シ」の音だった。


 しゃべった! 息している!

 まさに天女! 

 いや天女より美しい佇まい。


 頭から頭巾をすっぽり被り顔は見えないが、ろうそくの灯りから顔のシルエットが浮かぶ。

「人間じゃない天女」とは正にこのことを言うのだろうな。と、納得がいった。


 茶髪のトイプードル閣下をイケメンと言うなら、この目の前の御人は、美男子や、美丈夫などの俗人を称える言葉でなく、どこか神々しく恭しい月光のような存在だった。


「宜しいかな? 凛花殿?」


 ハッ! しまった! あまりの驚きに返事をするのも忘れていた!

 異世界人の私が、月から来た異世界人に驚くのは、まったくもって滑稽だな。と了承の言葉を述べながら反省していた。


「これは、これは良きことに」


 私がここ数日間ずっと勉強していた紙束を手に取り、パラパラとめくりながら、その月の君は言った。


「では、()()()会えるのを楽しみにしているよ」


 それだけ言って月の妖精は足音さえ残さず去って行った。

 かすかに部屋に残る伽羅の薫が、ここ数日間の寝不足と、久しぶりの極度の緊張からの解放からかはわからないが、ずーんと深い眠りに誘われた。



 ──あれ? 試験の日って明日じゃなっかったっけ?





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