4.誘惑
「何を入れた?」
天下一と言われる美丈夫が潤んだ目で、頬を赤らめながら、苦悶の表情を浮かべる様子は不謹慎だがとても艶やかだ。
「可笑しなことをおっしゃいますな? 紫の君」
その女はケラケラと笑いながら、自分が着ている衣を一枚づつ自ら脱ぎ捨て床へ落としていく。
「お前は、今上の側女であろう? 自分がしていることが分かっているのか?」
虫けらでも見るかの如く、女を蔑むように見る視線は、冷たくも無表情だった。
「勿論よーく分かっておりますよ? 紫の君」
「ならば何故、余に?」
「何故って? そんなこと。当たり前ではないですか? あんな木偶の坊と、麗しの君。どっちに抱かれるほうが良いかなんて」
「余がお前みたいな女を抱くとでも?」
無機質で感情をまったく感じられない声だ。
「私なら、朱雀を葬ることも可能ですよ? 悪い話ではないと思いますが? ホホホッ」
「悪いが、好いた女にしか欲情しないんでね。雄としては使いもんにはならんぞ」
「試してみます? かなりお苦しいようですが? 直ぐに楽になりますよ? ふふふ」
「試してみたいなら、やってみろ」
そう言って男は女の目を真っ直ぐに見た。その顔は全く無表情で、まるで能面をつけているかの如く、人とは思えぬ冷たさだった。
女が、男の膝の上にゆっくり跨がった。上半身は殆ど開けており、豊満な肉体が露わになっている。
女は自分の肢体をすり寄せ腰を揺らす。
「紫の君。ほら? 我慢は必要ないのですよ? 君の思うがままにお食べください」
身体が熱くなるのを、男は必死に堪える。喉が熱くなり水分を欲した身体は目の前の艶やかな唇を欲しそうになる衝動に、愛する女の顔を思いギリギリのところで堪えていた。
「さあ、早く食べなさい」
そう言って女は、男の首に自分の両腕を絡め、男の顔を自分の上半身に近づけようと、力を入れる。
だが、まったくその頭は動かない。
力一杯押しつけようと再度、試みるもピクリとも動かない。
──何でだ? 薬は間違いなく効いている。本来もう、しゃべることさえ苦しいはずだ。
息をするのも苦しいぐらい。
座位を保つのですら精一杯なはず。
体中が火照って体温も上がるはず。この薬の効果はアレで立証済みなはずだ。
それなのに冷たい? 何故だ? 量を間違えた?
いや、でもこの目は確実に効いている目だ。目は充血し、頬は赤く染まり、その唇は血の色をしていた。
何とも艶やかである。
女は、男の雄を確かめようと手を下げる。
!? 何故だ?
「使いものにならぬと、言ったろ?」
「陽瘻?」
「失礼な。健全男子じゃ!」
「ならば何ゆえ?」
「質問に答えろ。何故こんなことをした? 生きて帰れると思うのか?」
「貴方が欲しいからですよ? と言ったではありませぬか? ホホホッ」
「もう一度だけ聞く。何故だ?」
「寵を戴きたくて」
女が怪しく微笑む。
「相手が間違えているだろ」
呆れて、相手にするのも馬鹿馬鹿しくなった。
「そこまで阿呆な女ではなかったと記憶してたがなぁ。寧ろ出自の割には。と思っていたんだがな」
「有り難う御座います」
「褒めてないが? で、そろそろ降りて貰えんか? 重い。大女は好みじゃないんでな」
「お、大女って……」
女は開けた下着の前を直しながら、男の膝から降りた。
「どうしても駄目ですの?」
「殺されたいか?」
「どうせ殺すのでしょう? ならば冥土の土産に」
「目的は何だ?」
「だから、貴方様の寵を」
「埒があかんな。最後の問いだ」
男はそろそろ、この問答が面倒になり、ぶっきらぼうに言う。
「何を企んでいる。西の民の女」
「やはりご存じでしたか」
少し驚いた顔をしたが、半ば想定内の内容だった為、直ぐに落ち着いた顔に変わる。
「後宮に入る者の出自を調べない訳がなかろう? ましてや西国の姫が、わざわざこんな遠くの、しかも妃でもなく側女として」
「おかしいのが分かっていて迎え入れたのですか?」
女は驚いた顔をした。
「三千以上迎えている。訳ありの姫なんか別に珍しくもない」
「で、こんな目にお遭いになったのですね?」
「いや、何か企んでいる風を感じたからだ」
男は冷静に答えた。
「分かっていて呼び出しに応じたのですか?」
──先程までの態度とは変わり、女の言葉使いが、男に対して軽口は多少あるものの、敬意を感じられる言葉使いに変化していたことに、男は気づいていた。
女が、目を見開き男の側から一瞬後ろに下がった。
ドスッ。
その瞬間鈍い音がした。
女が床に横たわる。
「一応念のため縛っておくか。面倒かけやがって」
そういって、男は自分の羽織を破き細い布を何本か作った。
それを編んで一本の太い綱を作り、その辺りにあった木片を拾い、女の手足を縛りあげた。動くと余計に強く縛られて行くように工作しておいた。
「って覚えてろよ」
男は再度、気を失った女を睨んだ。
※次話も、少し大人な内容が含まれます。
苦手な方はお避けくださいませ。




